武器弾薬が届くまでの隙をついたロシア軍の猛攻、ウクライナ地上軍に危機迫る
ATACMS(Army Tactical Missile System)が供与されたことはウクライナ軍にとって朗報だが・・・(写真は2021年12月14日ノースカロライナ州で、米陸軍のサイトより)
1.ウクライナ軍の防御に突破口形成の危機
戦闘様相を局地的に見ると、東部戦線のウクライナ地上軍のいくつかの防御陣地で、突破口が形成されそうな危機が迫っている。
というのも、十分な弾薬や必要な武器が前線に到着しない間、ロシアは戦勝記念日までに何としても戦果を挙げたいからだ。
2.両軍の地上作戦全般と東部戦線の概観
両地上軍の攻防全般と東部戦線の攻防の実態はどうなのか。
ウクライナ軍の反転攻勢が止まり、ロシア地上軍はウクライナ軍と対峙する中で、北部から西部にわたる全線において攻撃を行っている。
米国の戦争研究所(ISW)が作成した「Russia’s Invasion of Ukraine」の地図のロシア軍占拠地域の変化を概観すると、大きな変化はないように見える(図1参照)。
その戦闘様相の強度と要領によって区分すると、
A:戦力を集中して突破を目指して攻撃する地域(主攻撃)、
B:その地にもともと配分された戦力で攻撃し、できれば地域を獲得する狙いで攻撃する地域(助攻撃)、
C:少ない戦力でウクライナ軍の防御部隊を引き付け転用させない地域(助攻撃)、
D:威力偵察または渡河作戦を妨害する地域の4つがある。
図1 ウクライナの領土とロシアの占拠地域の変化
左:2024年4月、右:2023年10月、出典:米国戦争研究所(ISW) Russia’s Invasion of Ukraineの地図に筆者が説明を加えたもの
その中でも、ウクライナにとって厳しい局面にあるのは、ロシア軍が戦力を集中して突破を目指して攻撃する東部戦線の戦闘である。
特に北から、
①東部戦線の東部バフムトのチャシウ・ヤール、
②東部ドネツク方面北側のアウディウカからオチャレティネ、
③ドネツク方面南側のマリンカからパラスゴィウカの地域である。
ロシア軍はこの地域に最も多くの戦力を集中し、次から次へ戦力を投入し、絶え間ない攻撃を実施している。
この地域では、戦闘行動としてどのような戦いが行われているのか、 また戦況推移の状況はどうなのか、そしてウクライナ軍はどのような思いで戦っているのかを考察する。
3.アウディウカからオチャレティネへの攻勢
前述の①~③の地域の中で、ロシア軍が最も戦力を集中して戦い、ウクライナ軍が苦戦し防御陣地に突破口が形成されようとしているのは、アウディウカからオチャレティネへの攻撃である。
この地の戦闘が今、最も注目されている。
アウディウカ要塞の戦いからオチャレティネ付近までの攻撃要領と時期的段階から、以下の概ね4つの段階に区分して説明する。
①アウディウカ要塞に楔を入れた段階(10月上旬~1月下旬までの4か月間)
②ウクライナ軍の後退行動とロシア軍の追撃段階(2月上旬~下旬までの1か月間)
③ウクライナ軍の新たな陣地への突破攻撃(3月上旬~下旬までの1か月間)
④新たな陣地への突破口形成と陣内戦闘(4月以降)
図2 ロシア軍、アウディウカからオチャレティネへの攻撃前進
出典 米国戦争研究所の戦況推移図データを基に筆者作成
4.アウディウカからの攻勢、4段階の戦闘
この間の戦いでは、ロシア軍がこの地域に戦力を集中して次から次に戦力を投入し、航空支援も増加させた。
一方、ウクライナ軍は弾薬や武器が最も不足していた時期であり、これまで最も困難な戦いを強いられてきた。
細部については、以下のとおりである。
(1)アウディウカ要塞に楔を入れた段階(図2①)
ウクライナ軍が守るアウディウカ要塞に対して、ロシア軍は東部・西部・南部の3方向から攻撃した。
そして、3方向に楔を打ち込んだ。突破口を形成した。①の破線に至るまでに4か月を要した。
この段階は、ロシア軍の無謀な歩兵戦力投入とウクライナ軍の要塞死守により、ロシア軍の損害が最も多い時期でもあった。
(2)ウクライナ軍の後退行動とロシア軍の追撃段階(図2②)
突破口を形成された結果、ウクライナ軍は退路を遮断される脅威を感じたために、この地から計画的・自主的な後退行動を行った。
離脱から後退行動というのは本来、地上作戦の中では極めて困難な作戦であり、混乱するものである。
離脱が見破られた場合には、包囲殲滅される場合もあるからだ。
ウクライナ軍の一部は離脱が遅れ、捕獲された兵士もいたという情報があったが、戦争研究所の両軍の行動の流れを見れば、主力は秩序だって後退することができたと考えられる。
本来、撤退については発表しないものだ。
ウクライナ軍総司令官が2月17日、「包囲を避け、兵士の命を守るため部隊を撤退させる」と発表した時には撤退がほぼ完了していたと思われる。
とはいえ、ウクライナ軍が後退行動を行ったために、多くの領土を奪取されたことは事実である。
(3)ウクライナ軍の新たな陣地への突破攻撃(図2③)
ロシア軍は、ウクライナ軍の新たな陣地に対して攻撃を続行した。
この段階の戦いは概ね1か月間で、ロシア軍はこの新陣地の一部に楔を打ち込んだ。
これは、ウクライナ軍が弾薬や武器が足りなくなっていた段階で、ロシア軍が絶え間ない攻撃を行った結果によるものだ。
この陣地のオチャレティネ方向で、突破口を形成されてしまった。他の方向もロシア軍の強い圧迫を受けている。
ウクライナ軍がこの陣地線でロシア軍の攻撃前進を止められなかったことは、この地域の防御の瓦解に結び付く可能性がある。
(4)ウクライナ軍の新たな陣地への突破口形成と陣内戦闘(図2④)
ウクライナ軍の前線部隊には、米国が4月24日に決定した緊急支援がまだ届いていないようだ。
ウクライナ軍にとっては、必要とする弾薬・武器が不足する中での戦いである。ロシア軍は、このチャンスを逃すことなく猛攻撃を仕掛けている。
そして現在、オチャレティネ方向に戦力を次から次へと投入し、楔を打ち込むように攻撃している。
この地で、ウクライナ軍は新たな陣地の第1線防御陣地の一部が破られ、その内部の縦深陣地で戦っている。通常、陣内戦と呼ばれるものだ。
ロシア軍歩兵が死傷した兵士を乗り越えて次から次に攻撃することによって、ウクライナ軍は陣内に浸透され逐次後退を余儀なくされている。
現状でも、ウクライナ軍はロシア軍の攻撃前進を止められてはいない。
ウクライナ軍は、この陣地内でロシア軍の前進を止められなければ、5~10キロ離れた次の陣地での防御になる。
そうなれば、東部戦線での防御を大幅に見直さなければならなくなる。
5.ウクライナが苦戦を強いられている理由
ウクライナ軍が苦しい戦いを強いられ、一部の地域では後退を余儀なくされているのには理由がある。
(1)弾薬・武器不足で、突入するロシア歩兵を止められない
ウクライナ軍は、アウディウカからオチャレティネ正面のほかに、10月以降、東部バフムトでは約5キロ、マリンカでは約2~3キロ攻撃前進された。
他の戦線では、ロシア軍が攻撃しているが戦線に大きな動きはない。
ウクライナ軍には補充されているものもあるようだが、3つの地域でのロシア軍の攻撃を止められるほど、十分な弾薬と武器が届いていていない。
ロシア軍は、歩兵に損害が増えようとも次から次へと歩兵を送り込んで、ウクライナ軍陣地へ浸透攻撃をさせてきた。
このため、歩兵の損失も著しく増加した。
特に、アウディウカ要塞を攻撃している間は、攻撃しても前進できずに多くの損失を出した。グラフ1に示すように、2023年10月から、ロシア軍兵員の損失は急増した。
ウクライナ軍に必要な弾薬が十分にあれば、ロシア軍が無謀な攻撃を実施した場合、グラフ1のAの曲線(破線)のようになると予想した。
この時、ウクライナ軍は保有する弾薬が不足し始めたが、ロシア軍歩兵を倒すのに最小限の量はあったようだ。
だが、ウクライナ軍が後退せざるを得なくなりつつあった1月から、Bの曲線になったのだ。
ロシア軍が「肉挽き器攻撃」と称される無謀な攻撃を重ねてきても、損失は増加せずに、減少した。
このような経過でウクライナ軍の弾薬が不足してきた結果、ロシア軍歩兵に損害を与えられず、浸透を許してしまったのである。
グラフ1 ロシア軍兵の損失の推移
出典;ウクライナ軍参謀部日々発表データを筆者がグラフにしたもの(月の数値は先月24日から当月23日まで)
(2)増加するロシア空軍爆撃に対して、やられっぱなし
ロシア軍戦闘機等による爆撃回数は、2023年5月から増加した。
その後、アウディウカ要塞攻撃開始から一時減少傾向にあったが、その後、著しく増加している。
ウクライナ軍は、ロシア空軍戦闘機や攻撃機がウクライナ軍陣地に対地攻撃を実施しても、ほとんど対応できなかった。
滑空爆弾を投下する「Su-30・34・35」戦闘機に対しては、パトリオットミサイルを一時的に前線まで進出させて攻撃させることができるが、この防空ミサイルが不足していたために対応できなかった。
「Su-25」攻撃機は、爆弾投下やロケット攻撃を行う場合、敵陣地の近くを低空で飛行する。
ウクライナ軍は、携帯対空ミサイル「スティンガー」があれば撃墜できるが、この時期にはこれも不足していて、ロシア軍機による対地攻撃に何もできずにやられっぱなし状態であった。
グラフ2 ロシア空軍の空爆回数の推移
出典:ウクライナ参謀部日々発表データを筆者がグラフにしたもの
6.瀬戸際の東部戦線
ウクライナ軍がアウディウカの地域でロシア軍の攻撃を止められるか、突き抜けられて戦果拡張されるかで、今後の戦況は大きく変わる。
今、その瀬戸際にきている。
戦況を左右するものは、ロシア軍の今の攻撃を止められる弾薬と武器が十分に届くかどうかだ。
また、「F-16」の引き渡しを受け、ウクライナ地上軍がやられっぱなしのロシア軍戦闘機を撃墜できるかできるかどうかだろう。
ウクライナ軍には、米国製の射程300キロの「ATACMS」ミサイルシステムが3月から相当数供与され、すでに使用されている。
クラスター弾は、広範囲を制圧できるとはいえ、射程300キロあるATACMSは、クリミア半島など戦線から遠方にあるロシア軍部隊の集結地や訓練場、空軍基地、重要施設に重点的に使用したいはずだ。
もしも、アウディウカからオチャレティネの防御戦闘で、陣地がさらに突破される恐れがある場合、弾薬・武器が前線に届くまでの応急的措置として、その地点にATACMSを一時的に使用して、攻撃を阻止することになるであろう。
7.日本は傍観しているだけなのか
敵が前進して、目の前に迫っているにもかかわらず、その敵に向かって射撃することもできず、火砲の射撃支援も得られない。
その敵は、友軍の近接航空支援(対地攻撃)で、ウクライナ軍陣地を爆撃して破壊している。
上空を飛び回る敵の戦闘機に、味方の戦闘機は何もできない。
戦っているウクライナ軍兵士は、どれほど恐怖を感じているだろう。
ウクライナ軍にとっては、侵攻を受けた当初もそうだったろうが、弾薬や武器が枯渇してきている今ほど、恐ろしさを感じている時はないに違いない。
このようなウクライナ軍の状況を見て、西側の一員としての日本は、ただ傍観しているだけでよいのか。