大谷翔平新通訳、水原一平とは全然別の訳し方。違いは「行間」
大谷翔平新通訳、水原一平とは全然別の訳し方。違いは「行間」
ここのところ世間を騒がせた、大谷翔平氏の専属通訳水原一平氏の違法スポーツ賭博事件だが、その後大谷氏の新通訳としてウィル・アイアトン氏が就任し、実際に稼働を始めている。
おもしろいことに、水原氏、アイアトン氏両名の「通訳の流儀」には大きな違いがあるという──。大谷翔平「新通訳アイアトン」、水原一平と訳し方の差くっきり。実例で分析に続いて以下、国際交渉のコンサルティングを行うYouWorld代表取締役の松樹悠太朗氏が、水原氏の流儀を分析した後に、「2つの流儀」は、対話に実際にどう影響するかを考察する。
水原訳は「主張と本論の順番を入れ替える」
大谷翔平「新通訳アイアトン」、訳し方が水原一平と段違い。実例で分析したでは主にアイアトン氏の通訳の流儀について紹介した。
本稿では、過去の水原氏の通訳例も見ながら、2人の「流儀」を比較してみたい。
水原氏は「意訳スタイル」であると言われている。アイアトン氏と比較すると大きく違う点の一つは、水原氏は英語の作法に合わせて主張と本論の順番を入れ替える点である。次に違う点は、水原氏は話の要点を捉えつつ、必要であれば単語を入れ替え、時には肉付けし、不要であれば割愛するなど、その都度日本語と英語の行間の調整を瞬時に行いながら通訳を行っていくことである。
水原氏の通訳を紹介したYouTubeの一例
彼のこのスタイルが顕著に表れているのが次の3つの通訳例である。まずは英語のコミュニケーションの作法に合わせた通訳のスキルを見ていく。アイアトン氏の通訳とは違い、1.の本論と2.の主張が入れ替えられていることが分かる(本稿でも記事末に、同じ内容を表形式でも掲載した)。
(大谷選手の実際のコメント)
まあ、1. 攻撃に本当にいいリズムをくれるピッチングだったなと思うので、2. 今日はサンディー素晴らしい活躍だったなと思います。
(水原氏の通訳:ChatGPTによる和訳)
1. 明らかに彼は素晴らしいピッチングをしました。2.良い流れをもたらし、マウンドから私たちの方にその流れを持ってきたと思います。
さらに次の例は、英語の行間に合わせて単語を入れ替えた通訳である。
(大谷選手の実際のコメント)
まあチャンスだったので、あの、どんどんストライクに来たら振ろうと思っていて、まあ、結果いい結果になったので、すごくいいホームランだったなと思います。
(水原氏の通訳:ChatGPTによる和訳)
はい、何人かのランナーが出ていましたし、大きなヒットを打てばリードを奪えると分かっていたので、ストライクをスイングしようと狙っていました。
──打者にとって「チャンス」と言えば、日本語の行間では塁上にランナーがいることを指す。これは広く日本では理解されている。
しかし英語に通訳する際、チャンスは「機会」と訳される。これでは行間が広くなり、どのような「機会」であるかは不明瞭だ。
冒頭で述べたように、英語のコミュニケーションでは、発話者は行間を狭め、誰が聞いていても同じ様に理解できるように発言を行うため、水原氏は「チャンス」という言葉が持つ日本語の行間を理解した上で、英語らしく「何人かのランナーが出ていましたし、大きなヒットを打てばリードを奪えると分かっていた」といった具合に、「行間を狭めた」通訳を展開したのである。
実は水原氏の行間の調整は日本語から英語だけに適応されているだけではない。次はインタビュアーの英語を日本語の広い行間に直した例を見ていく。
(インタビュアーの質問)
最後の質問ですが、ショウヘイ、今夜は先発のパトリック・サンドバル(投手)にもちょっとした愛を注がなければなりません。彼はまたもやとても良い投球を見せましたね。ヤンキースの打線と対戦する彼を見るのはどれほど楽しかったですか?
(水原氏の通訳:ChatGPTによる和訳)
まあ先発のサンディすごいいいピッチングしてましたけど、(サンディを)どういう風に見守ってましたか?
インタビュアーはパトリック・サンドバル投手がこの日どのようなピッチング内容だったか、さらにはその投球内容は評価に値すると具体的に表現している。行間はとても狭い。
しかし水原氏がこの英語の質問を日本語にしたとき、要点はずらさずに包括的で行間が広い表現に通訳していることが分かる。太字でハイライトした部分がそうである。
また、青字部でも同じように、インタビュアーは「どれほど楽しかったですか?」と狭い行間で楽しみの程度を質問しているのに対し、日本語では「どのように見守っていたか?」という具合に、「行間が広い」質問に通訳されている。
このように見ると水原氏は日本語と英語の行間をそれぞれの行間とコミュニケーション作法に自然な表現となるように通訳していたことが分かる。しかし、このような流儀を考慮せず、通訳された言葉だけを見ていくと、水原氏の訳は確かに雑さを感じさせてしまうだろう。訳が適合していない印象が強くなるからだ。
「2つの流儀」は、対話にどう影響するか?
では彼らの流儀の違いは、どのように大谷選手とインタビュアーの対話を左右するのだろうか?
まず「直訳スタイル」を見ていこう。「直訳スタイル」は、行間や作法の違いよりも一つ一つ訳すことに力を入れる為、それぞれの発話者の要点を見失うリスクがある。それが顕著に表れている対話がある。
アイアトン氏が通訳を行った際の対話である。青字部に注目してみると冒頭で触れた「ぎこちない印象」が理解できるだろう。
(インタビュアーの質問)
デイブ・ロバーツ監督は、時々一つのスイングがすべてを解き放つことがあるとおっしゃいました。あなたにとって、そのスイングが攻撃面で事態を好転させるきっかけになると感じましたか?
(アイアトン氏の通訳:ChatGPTによる和訳)
実際、今朝、私は監督と話をしました。彼はただ自分らしくいることを勧めてくれて、あまり無理をしないようにと言ってくれたので、それは本当に私を助けてくれました。自分自身を落ち着かせて、自分らしくいることができたので、本当に嬉しいです。そして、これからもそれ(自分らしくいること)を続けられるといいなと思います。
(インタビュアーの質問)
これはあなたにとってドジャースタジアムでの初めてのホームスタンドでした。 1試合で両チーム合計6本のホームランを打ち、ここでのこのエネルギーの電気を感じました。 これ(ホームランの打ち合い、満員のスタジアム)がどのような経験だったと表現しますか?
(アイアトン氏が通訳した大谷選手の回答:ChatGPTによる和訳)
確かに、この観客の前でプレーできることは、活力を感じます。だから、良い成績を続けられることを願っています。
上の対話の1つ目の対話では、質問者は、ホームランがなかなか出なかった大谷選手に対して、今回の1号目のホームランが、前年度のようにホームランを打つきっかけになるか、という意図をこめて質問している。しかし、大谷選手の回答は質問に対して明確な回答とはなっておらず「これからも自分らしいスイングを続けられるといい」というちぐはぐさがある。
2つ目の対話は、1つのゲームで6本のホームランが出た試合であったことに加え、ドジャース・スタジアムで初ホームランを打った際のファンたちの大きな興奮についてなどに、具体的にどのような印象を持ったか、と聞いている。
一般的な英語の会話なら、「今日は凄い試合だったね」とか「ファンの声援には感謝しているよ」という回答となるところ、大谷選手の回答は今後のことを述べる展開になってしまっている。
一つ一つ丁寧に訳そうとすることが行間や作法への意識を阻害することで、要点からずれた通訳となり、それがぎこちない印象を与える対話となってしまうのだ。
「意訳」スタイルには、行間を読み間違うリスクも
一方で水原氏の通訳には、そもそも行間を読み間違うリスクがある。行間に慣れてくれば要点がずれるような対話にはなりづらい半面、通訳の依頼主に「雑」な印象を与えてしまう危険性があるのだ。対話がスムーズであればいいのではないか、と感じると思うが、実際に通訳に当たった際、以下のような通訳は依頼者に不信感を与えてしまう可能性がある。
(インタビュアーの質問)
シーズン30本目のホームランは大きな瞬間でしたね。ヤンキースの守備のミスを利用することにどれくらい集中していましたか?
(水原氏の通訳:ChatGPTによる和訳)
あのホームランの方、振り返ってもらっていいですか?
この対話は2021年の際のものであるが、インタビュアーの質問が2つの文章で展開されているのに対し、水原氏の通訳は一文(ひと言)となっており、その長さから水原氏が「文字通りちゃんと訳していない」ということくらいは大谷選手も感じるだろう。
このように感じさせることには、対話自体が要点を見失うリスクはないものの、自分のサービス(通訳)を利用するクライアントとの信頼関係を築く上では、障害となってしまう可能性があるのだ。
またもう一つのリスク、あるいは難しい点は、日本語と英語の双方の行間を読めるようになるためには、それぞれの文化におけるコミュニケーションを一定期間以上経験することが必要となる、ということである。
水原氏は大谷選手のドライバーを努めるなど、大谷選手と常に行動を共にしていた経験値が背景にある。このように大谷選手の行間を学ぶ期間が十分にあっただけでなく、日本ハムファイターズで通訳を努めた経験から、日米間の野球文化の違いや交わされる言葉の行間なども経験した背景がある。
このような経験がある水原氏だからこそ、行間を瞬時に調整する「通訳スタイル」が可能になったと言えるだろう。
結婚会見での水原氏の「失敗」
だが、実は水原氏でも経験値が足りないことが読み取れた大谷選手のインタビューがある。大谷選手が結婚を発表した際の囲み取材である。
大谷選手はインタビュアーに「What can you tell about your new wife?(奥様について何か教えてくれる?) 」と聞かれた際、水原氏の通訳を通じて、奥様の真美子さんのことを「普通の人ですよ」と答えていた。
しかしである。この「普通の人」という日本語の行間はとても広い。日本の芸能人が自分の結婚相手を「普通の人、一般の人、一般人」と表現した場合、「(私と同じような)芸能人ではない」ことを意味する。
大谷選手の結婚発表の際のインスタグラムを読むと、メディアに対して「両親族を含め無許可での取材などはお控えいただきますよう宜しくお願い申し上げます」と発言していたこともあり、この「普通の人」という表現は「平凡でどこにでもいる人」という意味ではなく「私のようなメディアに出る人ではない、一般の人」という行間があったと読み取ることができる。
しかし水原氏にとって、大谷選手の結婚発表の通訳はもちろんこの時が初めてであり、インタビュアーの「What can you tell about your new wife? 」をそのまま「奥様について何か教えてくれる?」と通訳した上、大谷選手が言った「普通の人」を「She is a normal Japanese woman.」と訳してしまった。
これまでの水原氏のインタビューを見れば、結婚発表の通訳経験があれば、インタビュアーの質問を「大谷選手にとって真美子さんはどのような存在ですか?」と通訳しただろうことは容易に推測できる上、大谷選手の真美子さんに対する発言も「彼女は私のような芸能人でありません」と、誰が聞いても分かるように、英語の行間を汲んで通訳しただろう。
後日、英語の記事ではこの「She is a normal Japanese woman.」という訳に対して「not celebrity / non-celebrity(芸能人ではないという意味)」と注意書きを入れた記事があったことからも、この表現が英語では理解しづらいものだったことが分かるだろう。
水原氏もアイアトン氏も、野球選手の通訳として高い経験値に裏付けされたスキルを持っていることは間違いない。しかしその両通訳者の流儀には違いがある。その違いこそが、対話やクライアントに異なった影響を与えるのである。そればかりでなく、水原氏のような「心得た」通訳でさえ、経験が浅いトピック(上の場合の「結婚会見」など)の通訳であれば、要点を捉えることが難しくなる。
日本はまだまだこれから世界に出ていくシーンが増えていくだろう。その際に通訳者の力を借りることも増えていくことが予想されるが、国際コミュニケーションをより円滑に行うためにも、日本と海外では行間の違いがあることを理解した上で、まずは通訳者の流儀を理解し、通訳者と信頼関係を築くことに努めるべきだろう。
さらには(費用面などの相談は必要になるだろうが)、あらかじめ質疑応答のシミュレーションを行い、少なくとも「依頼者の行間」を通訳者にしっかり理解してもらっておくことは、事業の国際展開を成功に導く鍵の一つとなるだろう。
日本と英語の行間の違いでコンサルティングを行っている筆者の視点から、前回に続き、本稿でも両通訳者の違いを見てきた。読者であるビジネスパーソン諸氏にとって、国際ビジネスの成功へのヒントとなったとすれば幸いである。
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松樹悠太朗(まつき・ゆうたろう)◎1978年香港生まれ。国際交渉のコンサルティングを行うYouWorld 代表取締役。特徴的な技術は、日本語と英語の行間や作法の違いによるコミュニケーションのニュアンスを調整すること。特に国際交渉の軌道修正、効果的な英文Eメール、プレゼン資料の修正において成果を上げている。クライアントはスタートアップCEO、金融機関取締役、日系商社支社長、製薬関連企業代表、日本刃物ブランドなど。
(以下は上で紹介した「実例」を表にしたものである:内容は同じ)