ブレイキン界で「影響力」持つ女優、七瀬恋彩とは何者か…「日本を代表するブレイカー」でメインも
ダンスのプロリーグ「Dリーグ」に参加するチーム「コーセーエイトロックス」に異色のブレイクダンサーがいる。七瀬恋彩さん(21)、ダンサー名はCOCOA。女優としても活動し、SNSの総フォロワーは約190万人という彼女。パリ五輪で正式競技に採用された「ブレイキン」(ブレイクダンス)の世界で「影響力」があるとされる。果たして、どんな人物なのだろうか。(デジタル編集部 古和康行)
七瀬恋彩さん
チームで生き残るのは大変
4月、都内。コーセーエイトロックスの練習が行われるダンススタジオは前日に行われた国内最大級のダンスバトル大会「DANCEALIVE」の話題で持ちきりだった。さらに、集まってくるダンサーのファッションや、誇らしげに飾られたトロフィーからは、人生をダンスにささげた人たちの場所であることが感じられた。
スタジオに置かれていたトロフィー。有名大会のものも多数あった
国内唯一のプロダンスリーグ「Dリーグ」で、このチームは唯一ブレイキンを主軸にしている。メンバーは豪華で、国内外の大会での優勝経験や上位入賞を果たしたダンサーが数多く所属している。ブレイキンの統括団体「日本ダンススポーツ連盟」もチームを「日本を代表するブレイカーたち」と評価する。
そんな中にあって、七瀬さんは目立った成績を残してはいない。本人も「実績は他のメンバーとはかなり差があります」と語る。
ミーティングでKakuさんの話を聞くコーセーエイトロックスのメンバーと七瀬さん(右)
それでも、チームのディレクターを務めるKakuさん(本名:角谷直人)は「レベルの高いチームで生き残るのは大変。ブレイキンが特技だと公言する有名人はいるが、彼女は『できます』というレベルを超えている。必要なメンバーだ」と、七瀬さんを評価する。
この日は次のステージへ向けて、ダンスの構成を決めていた。「ここはCOCOAがメインで……」。Kakuさんがそう告げた時、七瀬さんの目が、少し引き締まった。
「運動音痴」克服のため
「幼稚園のかけっこですら周回遅れにされていた」という“運動音痴”だった幼少期。見かねた母がダンス教室に連れていってくれたのが、始まりだった。ブレイキンとは8歳の時に出会った。動画で初めて見た回転技「パワームーブ」の 虜(とりこ) になった。
インタビューに応じる七瀬さん。ブレイキンとの出会いを語るとき、笑顔があふれた
「小中学校時代はバトルや大会に出まくった」という。中学では演劇部と両立しながら、ダンスの腕を磨いた。高校からは部活を行わずダンスに専念。スタジオから飛び出し、活動の場を公園や夜の路上にも広げ、腕を磨いた。「当時はブレイキンを専門で教えてくれるスタジオも少なかったので、ストリートでも練習していました」と明かす。こうして、ダンサー同士の輪も広がり、そのつてで東京パラリンピックの閉会式にダンサーとして出演するなど経験を積んだ。
彼女を一躍有名にしたのは、SNSだった。高校時代に開設していたインスタグラムのフォロワーは「2000人くらい」だったそうだが、これを見た芸能事務所から高校を卒業する直前の1月にスカウトされた。「ダンスの専門学校に通おう」と思っていた七瀬さんだが、面談では、ダンサーではなく「俳優業をしたい」と伝え、採用された。
屈指の発信力
実は、SNSは、事務所に所属して本格的に始めたという。生活感あふれる自室の中で、ブレイキンの技を披露する動画を毎日のように撮影し、TikTokに投稿した。それを見ていたかどうかはわからないが、2か月でコーセーエイトロックスのスタッフからチームに誘われた。
COCOA
ダンスのプロリーグである「Dリーグ」は2020年の設立から大きな話題となった。もちろん、ダンサーの一人として知っていたが、自分とはレベルの違う人たちの舞台だと思っていた。驚きが勝ったが、目の前のチャンスに飛びつき、チームに加わった。
変わらず、熱心に投稿していたTikTokもフォロワーが増えていった。当時は「他に同じような投稿をしている人はいなかった」そうで、目新しさがあった。視聴者と会話しながら、リクエストに応えて踊る生配信も行った。
コーセーエイトロックス
おとなしそうな少女が自室で豪快なブレイキンの技を披露する姿は、大きな反響を呼び、ブレイキン界の中でも屈指の発信力を持つようになった。今やTikTokでのフォロワー数は130万超で、インスタなどと合わせると総フォロワーは約190万人にも上る。日本オリンピック委員会(JOC)の渡辺将広ハイパフォーマンスディレクターも、「七瀬さんのSNSでの活動はブレイキンの普及につながっていて、影響力がある」と評するほどだ。
「見てもらう」ことは誰にも負けない
五輪に出場するために必要な「選手登録」はしていない。だが、一人のB-Girlとして「ブレイキン」が五輪競技になったことには胸が躍る。「あのブレイキンが……今でも信じられない」「深夜だけどリアルタイムで見る」と言葉は軽やかだ。
練習前、入念にストレッチする七瀬さん(中央)
五輪代表が内定しているブレイキン日本代表のSHIGEKIX(本名:半井重幸)とは、過去にチームで一緒に踊ったことがある。「まさにアスリート。ひとつの技や動きへの意識の高さが違う。失敗をほとんどしないし、リカバリーの見せ方もうまい。ダンスへの向き合い方は真剣そのもので、途方もない練習量をダンスから感じた」と言い、「パワームーブで音ハメできる技術がとてつもなく高い」と称賛する。
そんなSHIGEKIXや、チームのメンバーに総合力では及ばないが、彼女にしかできない“必殺技”がある。それは、倒立した状態で頭と肩を前面に出してフリーズ(=静止)する「ハローバック」という技だ。
全日本選手権で3位に入ったこともある実力の持ち主で、コーセーエイトロックスのリーダー、Ryo-spinさん(本名:尾花亮)は、「COCOAのハローバックのレベルは高い。静止するのも難しい技だが、彼女は1~2分も止まっていられる」と語る。
七瀬さんの「ハローバック」
必殺技を撮影のために見せてもらった。脚を振り上げ、ピタリと静止してポーズが決まる。かなり負荷のかかる動きだが、きれいな笑顔は保ったままだ。
実は、彼女が国内随一のブレイカー集団で生き残る理由が、ここにある。彼女は言う。「実績も技術もチームのみんなにはかなわないかもしれない。でも、私は演技やSNSでの活動を通じて、『見てもらう』ことについては誰にも負けないと思っている。見ている人が楽しくなるステージングこそ、私の強みだと思います」