『虎に翼』現象を制作陣はどう見ているのか。「自分ごと」にさせる「NHKの集合知」
女性法律家のさきがけ・三淵嘉子をモデルとする、吉田恵里香氏による脚本×伊藤沙莉主演のNHK連続テレビ小説『虎に翼』が、放送6週を終え、異色の盛り上がりを見せている。
朝ドラ発の流行語や人気キャラ、ブレイク俳優、社会現象などは多々あったが、オンライン&オフラインで、この作品に触発されて「私の話」をする人が続出しているのだ。それは例えば、自分と母の進学にまつわる話や、学校や職場で受けてきた男女差別や格差の話(過去記事を参照:『虎に翼』で新たな朝ドラ現象。「寅子は私」と語りはじめた女性たち)。
こんなにも視聴者が朝ドラを「自分ごと」としてとらえ、口々に語り出すケースは見たことがない。
「虎に翼」(C)NHK
こうした自然発生的な現象が生まれた背景には、おそらく作り手の強い意志がある。なぜなら『虎に翼』には、社会的に虐げられ、軽視されてきた全ての人々の思いを拾いあげようという思いが随所に感じられるからだ。
例えば、憲法記念日の朝日新聞(5月3日)に掲載された脚本家・吉田恵里香氏の書面インタビューに、心打たれた人は多かった。
「若い世代が思考のスイッチを切ってしまいがちなのは、そう上の世代から仕向けられてきたからです。ある種の搾取で、それが今の時代の『スンッ』なんだと思います。(中略)エンターテイメントが代わりに声をあげて、攻撃をかわす盾になれたら」(同インタビューより)
近ごろは朝ドラに限らず、またドラマだけでなく、「悪い人がいない優しい世界」を描くエンタメ作品が増えており、「正しさも人それぞれ」と、曖昧なイイ話風にまとめるケースが多い。そんな中、正面からストレートに違和感や問題点を突きつける脚本家の覚悟を持った強さと正しさには、思わず痺れてしまう。
「虎に翼」(C)NHK
しかし、ドラマは脚本家1人が作るものではない。脚本家の思いが制作陣に伝わらず、曲解されたり、「面白ければ良い」「話題になれば良い」と踏みにじられたりしてしまうケースも残念ながら多数ある。
今回、本作の制作統括を務める尾崎裕和氏と、オープニングのディレクションも担当した演出の橋本万葉氏にコメントをもらうことができたので、彼らの過去作に関するインタビューの内容も交えて、『虎に翼』が生まれた背景を読み解いていきたい。
「寅子の物語であり、たくさんの女性の物語でもあることを表現したい」
まず触れたいのは、第1話冒頭で次々に映し出された、疲れ、俯き、立ち止まり、物憂げな表情を見せる市井の人々の姿。こうした姿は特に第1週の中では何度も登場した。朝ドラのプロデューサーや演出家から「最初の2週間で物語の世界観を提示する」という話をよく聞くが、本作では「市井の人々の悩みや苦しみを受け入れ、寄り添うこと」こそがモチーフであり、世界観そのものに見える。
オープニングのアニメーションにもこうした市井の女性の姿が描かれている。時代や年齢・職業などが異なる様々な女性が登場し、ときに輪になり、共に踊る姿は、寅子の戦ってきた時代から100年後の現代に生きる女性たちまでが輪になり、連帯するイメージと重なる。オープニングに込めた思いについて橋本氏は言う。
オープニング映像より/「虎に翼」(C)NHK
「朝ドラのオープニングというと、何かモチーフを使って表現することが多いのですが、今回は分かりやすいモチーフのないところが難しいなと思いました。『虎に翼』は主人公・猪爪寅子の物語でありつつ、さまざまな時代を生きてきたたくさんの女性たちの物語でもあると考えています。それ自体を表現したいと思いました」(橋本氏)
オープニングでは、さまざまな時代の女性たちが共に踊るシーンも印象的だ。
「オープニングは、『小さな箱にぎゅっと押し込められたものが外に飛び出た時のエネルギーの大きさやその時に感じる気分の良さ』を表現したいと思いました。『虎に翼』で描かれる当時の女性たちの生きづらさは、現代を生きる女性として私自身も今でも感じることが多くあります。
寅子たちに共感する一方で、『今も変わらないんだ』と思ってしんどくなることもしばしば。でも、少しずつでも変わっていることもある。そういう意味で、明治から現代までのたくさんの女性たちが躍ることで、解放される気持ちよさも感じていただきたいと思いました。今はしんどいかもしれないけど、いつか…!そんな気持ちで、何かに抑制されて生きづらさを感じているような方々が、少しでも良い気分で一日をスタートできると良いなと思っています」(橋本氏)
『恋せぬふたり』の再タッグが作品に織り込む、現代の問題意識
本作を語るうえで欠かせないのは、視聴者が寅子たちに共感・共鳴し、自身の経験や思いをつぶやき、連帯している現象だ。制作陣はこれをどう捉えているのか、制作統括の尾崎裕和氏はこう話す。
「虎に翼」(C)NHK
「主人公に限らず他の登場人物にも共感や連帯する声をたくさんいただいていて、それをとても心強く嬉しく思っています。これまでの朝ドラでもそのような目線でドラマを見ていた視聴者の方たちもいるのではと思いますが、『虎に翼』においてそのような反応が多いのは確かだと思います。
この作品は、三淵嘉子さんという一人の女性法曹を主人公のモデルとし過去を描くドラマですが、現代を生きる私たちにつながる視点や問題意識を織り込んだ物語にもなっています。それが視聴者の方たちにしっかり伝わっているからこそ、いただけている反応なのかなと思っています」(尾崎P)
理性的で思慮深くフェアな主人公だけでなく、他の登場人物も魅力的だ。登場人物が序盤から比較的多いにもかかわらず、物語を転がすための便利な駒として消費されるキャラがなく、一人一人が尊重されていること、幾重にも重なる緻密で重厚な構成は、吉田恵里香氏の巧みな手腕によるもの。
「虎に翼」(C)NHK
ドラマでは作品の善し悪しが論じられる際、脚本家と主役ばかりに目線がいきがちだが、実はプロデューサーや演出家が脚本家の意向を尊重しているか、意思疎通ができているか、それがチーム全体で共有できているかも非常に重要である。
その点、本作の吉田氏と制作統括の尾崎裕和氏は、「アロマンティック・アセクシュアル」の男女を描いたよるドラ『恋せぬふたり』の再タッグであり、同作で共にアロマンティック・アセクシュアルの当事者の方や団体に取材を重ね、物語を紡いでいった経験・信頼度から吉田さんに白羽の矢が立ったという経緯がある。
尾崎Pの丁寧な取材を重ねたドラマづくり
尾崎氏はもともと、よるドラ『ゾンビが来たから人生見つめ直した件』(通称「ゾンみつ」2019年)、『腐女子、うっかりゲイに告る。』(2019年)、『ここは今から倫理です。』(2021年)などの異色作を手掛けてきた人であり、丁寧な取材を重ねてドラマ作りをすることが得意な人でもある。
例えば、尾崎氏が企画プロデュースを手掛けた『ゾンみつ』について、過去のインタビュー(リアルサウンド2021年6月28日「NHK『よるドラ』はテレビドラマに何をもたらすか 尾崎裕和Pに聞くこれまでの歩み」)でこう語っている。
「『世界が滅ぶ話』をやってみたいというのがきっかけでした。当時、世の中のことや自分の境遇や局内のことなどに対して、腹の立つことがいろいろあって『こんな世界なんか滅んでしまえばいい』と私自身が怒っていたんですよね」
また、『ここは今から倫理です。』は雨瀬シオリ氏の同名漫画が原作だが、「高校倫理考証」をつけたのは尾崎氏の案(リアルサウンド2021年3月6日「『ここは今から倫理です。』を“学園モノ”として描いた意義 演出&制作統括に聞く」より)。これは、原作にもあるエピソードを実写化においてどうリアルにするか、高校生だけじゃなく、観ているみんなに響くようにするにはどうすればいいのかを考え、実際に倫理の先生たちに話を聞いてみようということだった。同記事にある尾崎氏の次の言葉は、『虎に翼』にも通底している。
「人間が2000年以上かけて考えてきたことが、実は普通の日常生活、学園生活の様々なことにつながっている」
「虎に翼」(C)NHK
加えて、NHKが運営するサイト「自殺と向き合う」に寄せられる投稿や、「パパゲーノ」(死にたい気持ちを抱えながら、その人なりの理由や考え方で『死ぬ以外』の選択をする人)の当事者たちへの取材をもとに、加藤拓也氏の脚本で作られたドラマ『ももさんと7人のパパゲーノ』(2022年)でも、尾崎氏は制作統括を務めている。そこで主演を務めていたのが伊藤沙莉で、『虎に翼』は再タッグなのだ。
そんな尾崎氏のドラマ作りのスタンスは、『LIBRA』(Vol.24 No.4 2024/4)のインタビューで「企画をするときは、現代の人たちが見て、何か響くテーマであったり、何か考えられる内容であったり、今の時代に作る意味みたいなことを考えることが多いです」と語られている。
生理の描かれ方に見た、NHKの集合知
また、『虎に翼』で大いに話題になったのが、第3週で寅子の「お月のもの」(生理)のしんどさを描いたこと。朝ドラで生理を描いたのは、記憶にある限り、『おしん』(1983年)でおしんの養女に赤飯を炊いたとき以来だが、この第3週の演出担当が、オープニングのディレクションを担当した橋本氏で、吉田恵梨香氏(脚本)と作った特集ドラマ『生理のおじさんとその娘』(2023年)の再タッグでもあった。
橋本氏はNHKの公式サイト「みんなでプラス みんなの声で社会を“プラス”に変える」(2023年4月28日「ドラマ『生理のおじさんとその娘』制作の裏側で考えたこと~生理を言語化するのってむずかしい!~」)の中で、このドラマを作ろうと思ったきっかけについてこう語っている。
「2019年、2回目の育休中のことです。私はこれから自分のキャリアをどうしていこうかなぁとぼんやり考えていました。そんな時、世界経済フォーラムから『ジェンダーギャップ指数2019』が発表されました。日本は前年の110位からさらにランクを下げて153か国中121位。このニュースに多くの女性たちがSNS上で戸惑いや怒りの声を発信しているのを連日目にしました。
ドラマの制作現場も“男性社会”です。和気あいあいと進んでいる打ち合わせ中に、『この部屋に女性は私1人…』とふと気づいてしまい、なんだか居心地が悪く感じてしまうこともしばしば。(中略)そして『女性たちを応援するドラマを作りたい』と思うようになりました」
そこから、ネタ探しをする中で、生理用品の歴史について書かれた記事を読み、ドラマのオーディションに参加した10代~20代の女性100名余りに生理のことやスマホの使い方、最近の流行などについてインタビューを決行。そうして集めた生の声が、ドラマのリアリティにつながっていた。
加えて、『虎に翼』のプロデューサーの一人、石澤かおる氏は、2012年より『あさイチ』で特集担当のディレクターを経験、2014年夏より番組全体のブランディングを行っていた人だ。
もともとNHK職員は、ドラマ作りに携わる人も皆、基本的には地方局勤務で取材・報道などを経験し、ドラマ部に来る。そうしたスタッフの取材ノウハウに加え、女性の声を拾いあげてきた経験、生きづらさや社会問題への意識が共有された集合知が、おそらく『虎に翼』には詰め込まれている。視聴者1人ひとりが「自分ごと」として物語をとらえ、「私の話」をしたくなるのも、制作陣が伸ばしてくれた「連帯」の手が見えるから、それをつかみたくなるからではないだろうか。
「虎に翼」(C)NHK