雨の夜、マダガスカルで出会った「怪しい華人」と…場末のバーで”国民食”として振る舞われた「マダガスカル中華」のお味は?
北米中華、キューバ中華、アルゼンチン中華、そして日本の町中華の味は?北極圏にある人口8万人にも満たないノルウェーの小さな町、アフリカ大陸の東に浮かぶ島国・マダガスカル、インド洋の小国・モーリシャス……。 世界の果てまで行っても、中国人経営の中華料理店はある。彼らはいつ、どのようにして、その地にたどりつき、なぜ、どのような思いで中華料理店を開いたのか?
一国一城の主や料理人、家族、地元の華人コミュニティの姿を丹念にあぶり出した関卓中(著)・斎藤栄一郎(訳)の『地球上の中華料理店をめぐる冒険』。食を足がかりに、離散中国人の歴史的背景や状況、アイデンティティへの意識を浮き彫りにする話題作から、内容を抜粋して紹介する。
『地球上の中華料理店をめぐる冒険』連載第1回
バーで話した男
マダガスカルの首都アンタナナリボ郊外。バーでちびりちびりとやっていると、浅黒い小柄な男が隣に座った。
聞けば華人(訳注:本書では、中国を離れて海外に暮らす中国人やその子孫を総称して「華人」とした)だという。そこで中国語でちょっと言葉を交わした。
どちらから?これからどちらへ?お名前は?
そんなやり取りをしているうちに、男が広東語圏出身者とわかり、中国語(北京語)から、お互いに慣れている言葉に切り替えた。
Photo by gettyimages
お名前は?
「じゃ、阿王(アー・ワン)で」
男はそう答えた。広東省など中国南部では、親しい間柄になると名前の1文字に「阿(アー)」をつけて愛称にする習慣がある。「〜ちゃん」といった意味だ。私の場合、中国語名は関卓中だから、友人らは関に阿をつけて「阿関(アー・クワン)」と呼ぶ。男が言う「王」は中国では一般的な姓で、全世界に何千万人もいるはずだ。
「ここでどんな仕事を?」
今度はこちらから質問だ。
「山にこもってあちこち掘ってるんですよ」
「金鉱ですか」
興味津々に尋ねた。島国のマダガスカルは南北に背骨のように山脈が走っていて、その西側が中央高地と呼ばれ、希少鉱物が豊富に埋蔵されている。
「話せば長くなるのでね。もう4ヵ月。じきにほかに移りますよ」
王がはぐらかす。どうやら裏がありそうだ。香港マフィア映画はあきるほど見てきたから、男がこれ以上深入りされたくないことはすぐにわかった。
そもそも、王という名前だって偽名かもしれない。
マダガスカルの中国スープ
その日はヨハネスブルグを出発して、夕方ようやくこちらに着いたばかり。迎えに来てくれたのは、ポール・リーだ。フロントガラスの向こうが見えないほど激しい雨の中、暗い田舎道を延々と走る。どのくらい走っただろうか。たどり着いたのが、このバーだった。
中国系モーリシャス人のポールは、マダガスカルに在住20年。私が泊まることになったレストラン兼宿屋の共同オーナーだ。本人いわく「おもしろ半分」で経営しているという。
「さあ、冷めないうちに」とポール。
ケープタウンから丸一日かけてアフリカ大陸を横断したとあって、腹ペコだった。目の前においしそうな料理が並ぶ。モーリシャス風の炒飯とクレオール料理(アフリカ・インド・フランスの影響を受けた料理)の定番であるルガイユ・ドゥ・ブフ(牛肉にオニオン、ガーリック、チリ、生姜、タイム、コリアンダーを加えて濃厚なトマトソースで煮込んだ料理)をいただいた。
食べ終わるころ、ポールが厨房に「スプ・シノワーズ(中国スープ)を」と声をかける。
Photo by gettyimages
「ぜひこれを。マダガスカルの国民食なんです」。そう言いながら指差す熱々の料理は、ワンタンスープそのものだった。
「この国には、中国から入ってきた文化が2つあって1つがこの料理。もう1つは、あちこちで見かけるリクショー(人力車)です」
まさかマダガスカルにまで華人が暮らしているとは思いも寄らなかった。この巨大な島国でワンタンスープやリクショーが文化に彩りを添えていたのである。
『「鍋を片手に世界の果てまで」…世界中に広まった“華人”の中華店を訪ねて地球を一周した著者が語る「冒険の始まり」』へ続く