日米金利差やデジタル赤字だけではない“異常な円安”の「真の原因」
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市場は注目、日銀6月会合の追加利上げ
金利差だけが円安の要因なのか?
歴史的な円安局面が続くなかで、6月11日、12日のFOMC(米連邦公開市場委員会)とそれに続いて13日から始まる日本銀行の金融政策決定会合に市場の注目が集まっている。
市場の関心はFRB(米連邦準備制度理事会)の利下げ実施と日銀の追加利上げの見通しだ。
円ドルレートの今後を考える際に日米の金利差の動向が重要であることは間違いがない。一方で最近の円安は日米の金利差だけでなく、「デジタル赤字」に象徴される日本経済の構造に問題があるとする見方もある。
どちらも間違いではないが、最近の異常な円安の原因を十分に説明することにはなっていない。
なぜなら、ほかに「真の原因」があるからだ。
デジタル赤字の直接の影響はない
1日の日本円取引191兆円、圧倒的な投機資金
為替レートは、各国間の金利差によって決まると言われる。日米間について言えば、その理由は次の通りだ。
日本の金利がアメリカの金利より低ければ、日本円で資金調達して、これをドルに変換し、ドル資産に投資すれば、金利差に相当する利益を得られる。この取引は円を売りドルを買う取引なので、円安が進む(正確に言うと、金利差があり、しかも将来円高にならないという見通しが必要だ。なぜなら、金利差があっても将来、大幅に円高になれば、金利差による利益は吹き飛んでしまうからだ)。
日米の10年債利回りを比較すると、2020年から21年には、日本もアメリカもほぼ0%でほとんど差がなかった。(為替レートに影響するのは2年債利回りだと言われるが、ここでは便宜上、10年債利回りを取る)。
ところが、22年4月から23年7月までの期間にFRB(米連邦準備制度理事会)が政策金利を引き上げた。その結果、10年債の利回りは、24年6月には日本は約1%、アメリカは約4.5%となり、金利差が約3.5%に開いている
仮に金利差の拡大だけが円安の原因であるとすれば、日米の金融政策によって為替レートを元の水準に戻すことは可能だ。
つまり、アメリカが金利を引き下げ、日本が金利を引き上げ、金利差を20年頃の状態に戻せば、為替レートも20年から21年の水準(1ドル=105円から110円程度)に戻るだろう(正確に言うと、この期間の物価上昇率が両国で異なるので、その分を調整する必要がある)。
しかし、最近時点の円安はあまりに異常だ。そこで金利差だけではなく、日米経済の構造的な劣化が影響しているのではないかという考えがある。この考えが正しければ、金融政策だけでは、いまの異常な円安を元に戻すことはできない。
例えば、デジタル関連のサービス収支の赤字が膨らんでいるのは、日本におけるデジタル化の遅れを示すものであり、簡単には解決できない。このため、サービス収支の赤字は減らすことができず、そのために円安になるという考えがある。
確かにデジタル赤字の拡大は問題だ。しかし、これが円安の原因だとは考えられない。なぜなら、赤字額が金融取引額に比べて、比較にならないほど少ないからだ。
投機筋は自己資金の何倍もの短期の借り入れを行い、投資総額を増やして投資する。投機資金は借入れによって資金を調達できるので、額が実需とは比較にならないほど巨額になりうる。
このため、外国為替市場では、貿易などの実需ではなく、投機資金の動きによって為替レートが決まるのだ。
国際決済銀行(BIS)の調査によると、世界の外国為替取引高は1日当たりの平均7兆5000億ドルだ。このうち日本円は約17%だ。だから1.28兆ドルだ。1ドル=150円で換算すると191兆円になる。
これに対してデジタル赤字額は、23年度に約5.6兆円だった。これは年間の数字であり、1日の数字に直せば平均して156億円ということになる。これは、上で見た外国為替取引高に比べて極めて小さい。
「新NISA(少額投資非課税制度)の導入によって、投資資金の海外流出が増え、円安を加速している」という見方についても、投機資金の規模に比べると極めて少ないので、同様の評価をすることができる。
このように、通常、指摘される構造要因は、いまの円安の直接的な原因とは考えられない。
円安は22年以降の2年間で急速に進んだ。それまでは1ドルは105円から110円程度の水準だったのが、いまは160円近くになっているのだから、円の価値が3割以上低下したことになる。日本経済の構造的悪化が進んでいるのは事実だが、2年の間に円の価値をこれほど落とすほど急激な構造変化が起きたとは考えにくい。
日本では金利を上げられない
経済の弱さが金融政策の自由度縛る
ただし、別の観点から、円安が進む日本の構造を問題視することができる。それは、金融政策に関して強い制約がかかっているため、金融政策の自由度が低くなっていることだ。
仮にいまの日本で、金利をアメリカ並みの水準に引き上げれば、大混乱が起きるだろう。住宅ローンが高騰したり、ゾンビ企業が借入金を返済できなくなって破綻したりするだろう。また国債を発行して財政資金を調達するのも困難になる。
最も大きなものは、株価への影響だ。株価は将来の利益の割引現在値だから、将来の利益が一定であり、かつリスクプレミアムを無視すれば、株価収益率の逆数(=利益÷株価)は利子率と等しくなる。したがって、利子率が上昇すれば株価は下落する。
では、アメリカで、株価は利上げに対してどのように変化したか?株価をダウ平均値で見ると次の通りだ。
上昇を続けていたダウ平均株価は、2021年末にピークになり、22年までは低下した。しかし、暴落というほどの下落ではなかった。そして、22年10月初めをボトムとして、その後は上昇基調になり、23年10月からは明確に上昇した。
22年9月には、10年債利回りもピークになり、その後はほぼ一定。そして24年になってから再び上昇した。
利子率の変動に応じて株価は変動したのだが、24年以降の株価は22年のピークよりも高くなっている。
このように、アメリカの株価は利上げの影響を受けたが、暴落というような事態にはならず、総じて堅調に推移した。
つまり、アメリカの株価は、金利の大幅な上昇に対して大暴落には至らない耐性を持っていたと考えることができる。つまり、経済が強いために大幅な金利引き上げが可能なのだ。
しかし、いま日本で長期金利を4%にするような金融引き締めを行なえば、株価は大暴落するだろう。だから、そのような利上げを、為替レートを円高にするために行うことは難しい。このような意味で経済の弱さが金融政策の自由度を引き下げているということができる。
政治的に不人気の金融引き締め
日銀の独立性、確保されていない!?
利上げを行なったのは、FRBだけではない。イングランド銀行も利上げを行った。ヨーロッパ中央銀行もそうだ。
この結果、ポンドやユーロは、2022年にはドルに対して減価したが、現在では20年頃の水準に戻っている。円レートが2000年頃より大幅に減価したままであるのとは大きな違いだ。
イングランド銀行は22年に、当時のトラス内閣が財源の裏付けのない減税案を提案してポンドが急落した時、国債の買い支えをごく限定的にしか行なわなかった。このため、トラス内閣は減税案の撤回に追い込まれ、その後、トラス首相が辞任した。このように、内閣を潰してさえ、ポンドの価値を維持しようとしたのだ。
つまり、以上の国々では、インフレ退治や通貨価値維持のために、政治的には人気のない金融引き締めを行うことができた。しかし、日本で同じような引き締めを行おうとしても、経済がそれに耐えられないため、実行できない。
このような違いこそが、構造上の最も大きな違いであり、そして、異常な円安をもたらした真の原因と考えることができる。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)