GDPで日本を抜いたドイツで吹き荒れるリストラの嵐、ドイツ経済で何が起きているのか?
経営破たんしたドイツの大手百貨店ガレリア(写真:ロイター/アフロ)
- GDPで日本を抜き世界3位の経済大国になったドイツだが、景気低迷の中でリストラの嵐が吹き荒れている。
- もっとも、景気の低迷以上にドイツの経済界が恐れているのは人手不足による供給制約。今後、景気が回復してもその拡大に対応できるかどうかは疑わしい。
- 「インダストリー4.0」というかけ声の下、投資を強化してきたはずのドイツでさえこの状況。少子高齢化に伴う人手不足が深刻化する日本に必要なのは、需要の刺激ではなく雇用の流動化や賃金の弾力化といった供給サイドの改革だ。
(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)
2023年、ドイツは米ドル建ての名目国内総生産(GDP)で日本を抜き、世界3位の経済大国となった。そのドイツの2024年の失業者数は、過去10年で最も多くなるようだ。
ドイツで最も実績を持つ経済研究所の一つであるケルン経済研究所(IW)は4月26日、2024年の失業者が280万人と、2015年以来で最多となる見込みを示した。
ドイツの直近2023年10-12月期の失業者数は137万人と、1年間で4万人増加している(図表1)。IWの予測に基づけば、今後1年で、失業者はさらに140万人増えることになる。
【図表1 ドイツの失業者数と雇用者数】
(出所)ドイツ連邦統計局
現に、景気の停滞が顕著なドイツでは、様々な企業で雇用の整理が進められている。今年1月に倒産した大手百貨店ガレリアが、その象徴的な存在といえるだろう。
ガレリアの経営破たんは、親会社のオーストリアの不動産大手シグナ・ホールディングスが欧州中銀(ECB)による急激な利上げや、それに伴う不動産市況の低迷の影響を受けて倒産したため。経営再建中のガレリアは今後、ドイツ国内にある16の店舗を閉鎖する。それに伴い1400人が失職する見込みだ。
ドイツを代表する完成車メーカーであるフォルクスワーゲンも、リストラに着手している。
雇用者増の背景にある働かなくなったドイツ人
フォルクスワーゲンは2024年1-3月期の営業利益と純利益がそれぞれ前年から2割も減少するなど経営が悪化している。管理職の早期退職を促すため、割増退職金の準備に伴う引当金を9億ユーロ(約1500億円)計上することが、5月の頭に報じられたところだ。
今後も景気は停滞するため、ドイツで雇用整理の動きが広がることになるとIWは予測している。
加えて、ドイツでの就労資格を持つウクライナからの難民や移民が増えていくことも失業者の増加につながる要因だ。不景気の真っただ中にあった2005年の失業者数(490万人)には及ばないが、ドイツの失業者は今後さらに増えることになる。
このように、失業者が増える環境にもかかわらず、最新2023年10-12月期の雇用者数は4852万人と、1年前の4561万人から21万人増加した。その最大の理由は、雇用者の労働時間がこの10余年で着実に減少しているように、ドイツ国民が働かなくなっていることにあると考えられる(図表2)。
【図表2 ドイツの労働投入量】
(出所)ドイツ連邦統計局
ドイツ国民が働くなった理由としては、法規制の強化に加えて価値観の変化があるようだ。家庭や学業との両立を図りたい現役世代にとって、労働時間の削減は時代の要請だ。これは日本も同様である。
一方で、企業は景気が停滞しているとはいえ、必要な労働投入量(=一人当たり労働時間×労働者数)を確保しなければ、経済活動が行き詰まる。
とはいえ、国民の勤労意欲を刺激することは容易でない。
ドイツの経済界からはドイツ国民はもっと働くべきだという声が上がっているが、むしろ労働界では週休3日制の実現を要求する声が根強い。とりわけ、ショルツ政権の支持母体であり、国内最大の労組でもある金属産業労組(IGメタル)は、週休3日制の実現を強く主張している。
したがって、ドイツの企業は労働者の数を増やすことでしか、経済活動を維持するために必要な労働投入量を確保することができない状況となっているようだ。
ドイツが不景気であり、失業者が増えているにもかかわらず、雇用者もまた増えている状況の背景には、こうした国民の労働時間の短縮化という構造的な要因が存在している。
ベビーブーマーの退出、徴兵、難民増の三重苦
さらに、賃金の急増で経済の高コスト化が進んでしまったことも、ドイツの経済界を悩ませている。
ドイツは2015年に最低賃金制度を導入したが、2021年に成立した左派のショルツ連立政権は、分配重視の立場からインフレを上回るピッチで最低賃金を引き上げた。その結果、国民の賃金は企業業績の改善を上回るテンポで増加した。
こうした環境の下で、今後ドイツの労働市場は労働供給の構造的な減少に直面する。
何より大きな動きとして、戦後生まれのベビーブーム世代の引退がある。連邦統計局の推計によると、今後2036年までに現在の労働人口の約3割に相当する1290万人の労働者が法定の年金受給年齢に達し、労働市場から退出する可能性がある。
加えて、今年4月にボリス・ピストリウス国防相が言及したように、ロシアへの警戒感や米国への不信感から、2011年7月に停止された徴兵制が再開される見通しとなっている。
停止直前の徴兵制の下では、18歳から27歳の男性に対して6か月の兵役が課されていた。再開後の条件は不明だが、これもまた労働供給の構造的な減少要因となる。
このような労働供給の減少は、ドイツ経済にとって負の供給ショックとなる。賃上げで労働力を確保しようにも、それは企業業績に見合う範囲でしか実現できない。
それでは、不足する労働力を外国人労働者でまかなえるかというと、それも限界がある。意思疎通や教育、文化的な摩擦などの問題は大きく、またハイスキル人材は各国との取り合いだ。
ドイツの姿は明日の日本
そもそも不景気であるにもかかわらず、人手不足が深刻である現状に鑑みれば、ドイツが今後、景気の拡大に対応できるかは疑わしい。投資を強化して資本生産性や全要素生産性を引き上げるにしても、時間を要する。
加えて、ドイツ企業も外資系企業も、不安定なエネルギー情勢もあってドイツでの投資に慎重になっている現実がある。
結果として、国民が労働時間を増え過ぎた賃金に見合うだけ増やすか、または労働時間に見合う水準まで賃金を見直すか、あるいはその両方を進めるかしないと、ドイツは経済活動を維持することができないだろう。
短期的には経済規模が縮小するかもしれないが、両方をバランス良く進めることが現実的な選択肢かもしれない。
かつて「インダストリー4.0」の名の下に、投資を強化してきたはずのドイツでさえこの状況である。
日本でも、少子高齢化に伴う人手不足は今後ますます深刻化する。需要の刺激よりも大切なことは、供給を維持するための、そして効率化させるための構造改革、具体的には雇用の流動化や賃金の弾力化といった改革の断行にある。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
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【土田陽介(つちだ・ようすけ)】
三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)がある。