”動物に好かれるサラリーマン”が一戸建てにタダで住めても転勤命令に従いたくない理由
マリー・ホール・エッツの『わたしとあそんで』という絵本をご存じだろうか。
原っぱにひとりで遊びにいった少女は、バッタ、カエル、カメ、リス、かけす、ウサギ、ヘビなどに次々と出会う。
だが、少女が「あそびましょ」と捕まえて遊ぼうとすると、みんな逃げていってしまう。
少女は仕方なく、池のほとりの石に座ってじっとする。
すると逃げた動物たちが次々と戻ってきてくれた、という内容だ。
動物が寄ってくるワケは
飼い猫を抱こうと追い回し、高い棚の上に逃げ込まれたと嘆く息子に、この絵本を渡したことがある。
追いかければ逃げる、だが動かずに静かにしていれば、好奇心から近づいてくるのが動物の習性なのだと、やさしく教えてくれる同書から学んでくれればと思った。
一方で、漫画『動物にモテるサラリーマンの受難』(NANNO著/KADOKAWA)の主人公半田くんには、そんなエッツの絵本のアドバイスは必要ないらしい。
彼は何もせずとも「動物にモテる」からだ。
半田くんとは、動物にまみれたサラリーマンのちょっと壮絶でほのぼのとした日常を描いた本書の主人公である。
どれくらいモテるかというと、半田くんが一歩外に出ると、散歩中の犬は飼い主そっちのけで半田くんにへばりつく。外に出ずとも、スズメは窓から部屋に入り、半田くんの頭に巣を作る。
公園のベンチに座れば、あたりの鳥たちがみんな寄ってくるし、卒業旅行で行ったオーストラリアではいつの間にかコアラがスーツケースに潜り込んで大変な目にも遭っている。
自ら望んだわけではない。
動物たちが勝手に寄ってくるのだ。
『動物にモテるサラリーマンの受難』(NANNO著/KADOKAWA)
だが、そんな半田くんに転勤命令が出た。新支店は「山乃奥種村」にある、森に囲まれた場所だ。
クマも出没するそんな場所に住んだら、動物に異常に好かれるサラリーマンの日常はどうなってしまうのか。
半田くんは全力で抵抗するのだが……。
動物にモテるキャラはなぜ生まれたか
動物にモテまくる半田くんとその後を追うカモの親子、動物園から脱走したカモノハシ、そして半田くんを取り巻く会社の後輩とのやりとりはX(旧ツイッター)でも、
「心優しいサラリーマンが、動物に好かれまくる展開に笑えました」
「発想の面白さと登場する動物たちのかわいさ、それに対応する人間の意外さが可笑しくて何度読んでも笑ってしまいます」
「どの動物も愛おしく、登場人物も平和で、みんなに読んでもらいたい一冊です」
などと話題となった。
横断歩道を親子で「てっちてっち」と必死に追いかけたり、プリンとしたお尻を見せながら次の瞬間には野生の顔に戻って突っついたりするカモや、半田くんの周りに集まってくる犬やたぬきやからすたちは、擬人化されているわけではない。
しかも無表情だ。
なのに、動物の意思というか、あざとさのようなものを感じさせ、そうした黒さも含めてかわいらしく目が離せない。
半田くんの同僚たちも、私たち読者も引き込まれてしまうのである。
これまでにあまり見たことがない“動物にモテまくる”男性の話、作者のNANNOさんはなぜ描こうと思ったのだろう。また、NANNOさんも動物好きなのか、訊いてみた。
漫画のためし読みとともに、ご覧いただきたい。
――決して自ら望んだわけではないのに、動物にモテまくってしまう半田くん。かといって、うるさがるわけでも、自慢するわけでもなく、淡々と自分の運命を受けて入れているような……。半田くんキャラはどうやって生まれたのでしょう。また、ずばり半田くんはNANNOさんのタイプですか。
「こういうキャラを作ろうと思って作ったというよりかは、描いていく内にあの性格になっていきました。
そして私のタイプか!? どうでしょうね、考えたことがなかった……。猫に好かれたいのに猫には嫌われちゃうとことかは不憫で好きです(笑)」(NANNOさん、以下同)
――「ほのぼの癒される」という声の中に、「和み系漫画と思いきや、結構人間の黒い部分が見え隠れして油断ならない」「勘違いとギャグとシュールの合間にクソ可愛い動物が至る所に出てくる」などと、独特の世界観を評価する声が目立ちました。この作品で何を描きたいと思われたのでしょう。どんなきっかけで生まれたのですか。
「元々イラストレーターの仕事をしていてクライアントありきの絵を描いていたこともあり、誰からも頼まれていない自分発信の作品を作りたかったんです。
なのでとにかく背伸びせずに素直に自分の描きたいことを描いた結果、この作品になったと思っています。
当時山の近くに住んでいたので、『動物が沢山出てくる話が描きたい × 山が舞台の話にしたい= 動物に好かれる男が山奥に飛ばされる話を描こう』という感じでしたね!」
――ツイッターやnoteで連載されていましたが、読者からのフィードバックが大きかったのは、どのエピソードでしょうか。
「半田くんが会社に遅刻しそうなのに、カモを見捨てられずに連れて行っちゃう回ですかね! 読者さんからは『そういうとこやぞ』というようなお声を沢山いただいました」
◇遅刻ギリギリの出勤途中で、後を追うカモの親子を見捨てきれずに抱き上げてしまった半田くんには、読者からの共感も大きかったようだが……。
とはいえ、このままカモを抱えて会社に行くのか?
後編「“動物に愛されるサラリーマン”がカモの親子からストーキング…騒動に巻き込まれた顛末」にて半田くんのさらなるモテ受難をお伝えする。
窓を開ければスズメが頭に巣を作り、道を歩けば散歩中の犬に囚われる主人公の半田くん。ストーカーのカモをうっかり会社に連れて行ったことで騒動になるが、カモそっくりのカモノハシの登場で、事態はさらにややこしくなる。
無表情なのに、なぜか何を考えているのかわかってしまう動物たちからも目が離せない、『動物にモテるサラリーマンの受難』。