人生100年時代に「長生きリスク」防ぐには…「継投型」で資金準備、散歩・体操そして「ポジティブ・シンキング」
(写真:読売新聞)
■取材帳 異次元の長寿〈8〉
男性88歳、女性93歳。何の数字かおわかりになるだろうか。死亡する人が最も多い年齢(2022年)で、これを見ると90歳まで生きるのは決して珍しくないことがうかがえる。90歳どころか、今では100歳以上が9万人を超え、将来的に70万人台にまで増えると予測されている。まさに「異次元の長寿」の時代。最終回は、若いうちから知っておきたい老後資金や健康に関する話をお届けする。(文・編集委員 猪熊律子、写真・鈴木竜三)
老後資金をいくら貯(た)めればよいか。悩む人は多いだろう。長生きにより老後に備えた資金が足りなくなり、生活困窮に陥る「長生きリスク」という言葉を聞けばなおさらだ。
「人生100年時代」の長生きリスクに対応する知恵として参考になりそうなのが「WPP」という考え方だ。18年に日本年金学会が提唱した。
働ける間はできるだけ長く働いて(Work longer)、私的年金(Private pensions)や貯金で中継ぎし、最後は公的年金(Public pensions)が抑えの切り札の役割を担う。頭文字を取ってWPP。かつてプロ野球で活躍したリリーフ陣が「JFK」と呼ばれたことにヒントを得て、名古屋経済大学の谷内陽一教授が命名した。
継投型の利点は「5~10年分備えれば良い」など、私的にいくら準備すれば良いのかの目標が明確になる点だ。かつて「老後2000万円問題」が世間を騒がせたが、目安がわかれば不安は和らぐ。
公的年金に抑えの切り札を担わせるのは「公的年金には『終身(死ぬまで)受け取れる』『物価変動に対応できる』という強みがあるから。可能なら、その受給額を増やす方策も検討したい」と谷内教授は言う。
公的年金は65歳から受け取るのが一般的だが「繰り下げ受給」といって受給開始時期を遅らせることができれば、年金額は1か月遅らせるごとに0・7%増える。最大で84%(75歳まで繰り下げた場合)増額する。
年金の受給見込み額をスマホで簡単に試算できるツールもある。厚生労働省の「公的年金シミュレーター」(nenkin-shisan.mhlw.go.jp)だ。ID・パスワード不要で利用でき、働き方などに応じて受給見込み額が棒グラフで示される。こうしたツールを使うのも一案だ。
■散歩や体操を生活習慣に
「超高齢者(85歳以上)、百寿者(100歳以上)、超百寿者(105歳以上)、スーパーセンチナリアン(110歳以上)の研究を通じて、健康長寿のメカニズムを解明したい」
そう話すのは、慶応大学の新井康通・百寿総合研究センター長だ。
同大学では約30年前から長寿研究に取り組んできた。それらの研究によると、100歳以上で自立した日常生活を送っていたのは約2割。自立の高齢者に共通しているのは〈1〉心臓、血管など循環器系の老化が遅い〈2〉認知機能を保てている〈3〉筋肉や骨量減少がもたらす虚弱になるのが遅い――だった。これらの特徴は「体内で起こる慢性炎症を抑制できていることと関係している」と新井センター長は話す。
慢性炎症は肥満や腸内細菌叢(そう)の乱れ、免疫老化などから起きる。特に注意したいのが肥満で、肥満の人の脂肪細胞からは炎症性物質が多量に分泌され、炎症が慢性化し、糖尿病や動脈硬化、心筋梗塞(こうそく)などのリスクも高まる。
慢性炎症を抑える有効手段は、やはりバランスの取れた食事と適度な運動だ。85歳以上元気高齢者の約7割が散歩を生活習慣にし、体操をしている人も多かった。
性格も長寿と関係するようだ。認知症のない百寿者への心理検査では「開放性(創造的、好奇心旺盛)」「外向性(社交的、活動的、ハデ好き)」「誠実性(意志が強い、几帳面(きちょうめん)、頑固)」が高い傾向が見られた。物事を前向きにとらえる「ポジティブ・シンキング」や、普段から自分は幸福だと感じる「幸福感」が高い傾向もうかがえた。長寿の遺伝的要因は2割程度とされる。生活環境を見直すなど、工夫の余地は大きそうだ。
◇■人間の柔軟性や強靱性を実感…取材を終えて
「老いの泉」(原題は「THE FOUNTAIN OF AGE」)という本がある。米国の女性解放運動の草分けとして世界的に知られ、06年に85歳で亡くなったベティ・フリーダンさんが1993年に出版した(日本語訳は95年刊)。自身の体験や老年学の研究成果、エイジズム(年齢差別)への考察、老年期における仕事や住まいのあり方などがつづられている。
フリーダンさんは当初、老いを肯定的に受け止められなかったが、研究を重ねるうち、高齢者は「ただ衰えていくもの」という「老いの神話」の犠牲者かもしれないと考え始める。そして最後には「老いは希望に満ちた未知の冒険」との結論に達した。
当時78歳だったフリーダンさんに米国で取材したことがある。「子育ての義務や野心や名声のための仕事、周囲のしがらみから解放された高齢期は、素直な自分をさらけ出し、やりたいことができ、社会や隣人のために何かができる『最も人間らしく過ごせる時期』」と語っていたのが印象的だ。
今回、90代の方々にインタビューして、人間の持つ柔軟性や強靱(きょうじん)性、好奇心や探求心の強さを実感した。戦争や不況、家族との離死別、健康や仕事の喪失など様々な体験をしてきた方たちが、若い頃には想像もしなかったネット社会、キャッシュレス社会を当然のように受け止め、前向きに、一日一日を大事に生きている。老いの持つ豊かさを感じさせてくれた取材だった。