「世間の不満のはけ口に使われた」 炎上した「産休クッキー」メーカー会長が嘆く日本社会の“生きづらさ”
先月、「#産休クッキー」なるワードがXを騒がせた。妊婦の女性が、「産休をいただきます ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします」というメッセージと、かわいらしいイラストがプリントされたクッキーを職場で配った旨をポストしたところ、「不妊治療中の人への気遣いに欠ける」「産休で迷惑をかけるのにお花畑すぎる」といったバッシングが相次いだのだ。炎上した“産休クッキー”を手がけるメーカーの会長は、「世間の不満のはけ口に使われた」と話すが、その真意とは。
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今回騒動となった“産休クッキー”を製造・販売するのは、ITベンチャー「ドリームエクスチェンジ」が運営する、「スイーツ工房focetta(フォチェッタ)」。同社によると、2012年ごろに、オリジナルイラストやメッセージをプリントしたクッキーを商品化したという。
クッキーのデザインは、顧客からの要望に応じて都度制作しているが、ニーズが見込めるものは一般向けとして商品ラインアップに加えている。“産休クッキー”も、15年ごろに産休を控えた女性からのオーダーを機に、定番商品となったものだ。
同社の“産休クッキー”には、赤ちゃんや動物、ベビーカーなどがモチーフのイラストとともに、「産休中よろしくお願いいたします」「ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします」といったメッセージが添えられている。
中には、赤ちゃんのセリフとして、「みなさんの優しさに甘えているのはママじゃなくてボクだね」「ワタシが責任を持って職場復帰させるから」「何ヶ月か後の優しくなったママに期待しててね」などと書かれた、パンチの効いたデザインもある。
■「ハッピーな雰囲気を出さないで」
産休を控えた女性たちは、どのような心理から、“産休クッキー”を配っているのだろうか。同社代表取締役会長の瀧口信幸さんは、オーダー内容をふまえてこう推測する。
「かわいらしく親しみやすいデザインが人気なので、産休を取ることへの肩身の狭さや引け目というよりは、職場で自分が抜ける穴を埋めてもらうことへの感謝や気遣いとして、同僚や後輩に渡す人が多いのだと思います」
だが今回、その親しみやすいデザインが、かえって受け取る側の感情を逆なでするとして、SNSで炎上した。騒動を受け、同社には匿名2件、記名1件のクレームが届いた。3件とも、「子どもに恵まれなかった女性」からのものとみられ、「こんなデザインのクッキーをもらっても喜べない」という趣旨の訴えだったという。中には、「ハートマークが描かれているのが許せない。ハッピーな雰囲気を出さないでほしい」という内容もあった。
ほかにも、騒動の直前に“産休クッキー”を購入した人からは、「これを配ってよいものか」という相談メールが1件届いた。だが、SNS上の騒ぎの大きさに比べ、同社が受けたバッシングやダメージは限定的なもので、商品の売れ行きにも変化はなかった。
相談メールについても、送り主の女性に対して、「このクッキーは幸せアピールをするものではなく、仕事を引き継いでもらう方への感謝の気持ちを伝えるものです」と説明したところ、納得してもらえたという。
■トレンドワード「#子持ち様」
「SNSは少数派の意見が一気に拡散されて、多数派の意見のように見えることがあるし、“産休クッキー”への批判は、顧客層となる方々の声ではなかったのだろうと思います。世の中に蔓延(まんえん)している不満のはけ口として、うちのクッキーが使われたのかなと思います」
と、瀧口さん。「不満」とは、一体何を指すのか。
「私の身内にも、子どもが欲しくてもできなかった人がいますが、今の日本はそういう方々へのケアが足りていないのではないでしょうか。不妊治療の費用を助成する自治体は増えていますが、お金を出す以前に、治療する上での年齢的な制限などの基本的な知識を学校で教えていれば、手遅れになってしまって悲しい思いをする女性は減るのに、と思います」
今回やり玉にあがった“産休クッキー”だが、瀧口さんは「販売をやめる気はない」と、きっぱり。子どもが産まれることを祝う気持ちや、産休制度自体を否定するような論調に迎合するのは不本意だと考えているからだ。だが、妊娠した女性への憎悪ともとれる声をどう受け止めればよいのか、正直戸惑っているという。
「Xの炎上を見たお客さまから、『生きづらい世の中ですね』『誰も悪くないのに』という心配の声が届いたのですが、その通りだなと。自分自身の不妊治療がうまくいかなかったからといって、全員が子ども嫌いになるわけではないとは思いますが、この風当たりの強さは一体どうすればいいのか……。おかし屋にはちょっと荷が重いです」
最近では、子育て中の女性をうらやんで攻撃する「#子持ち様」というワードもXでトレンド入りした。心ないトレンドワードが露呈する、母親や子どもに対する冷たい眼差しは、この国の少子化の一因になってしまってはいないか。
(AERA dot.編集部・大谷百合絵)