「もうこれしかない」発達障害が判明した息子・娘の進路を案じた、ある夫婦の選択
学校で周囲から浮いてしまう。そんなわが子をどう見守るべきか(写真はイメージです) Photo:PIXTA
もしわが子が発達障害だったら――
今や一つのクラスに2~3人
どうせわが子を大学に進ませるのなら、できれば手に職を着けさせ、将来に渡って食べることに困らないようにしてあげたい――。
文部科学省の『学校基本統計』(令和5年)によると、今、4年制大学への進学率は57.7%だ。短期大学を含むと61.1%、高等教育機関(4大、短大、高等専門学校4年在学者と専門学校入学者)となると84%にまで達する。
もはや「大学全入時代」といえる今だからこそ、わが子に合った大学を選びたいところだ。教育熱心なパパ、ママたちの間では、子どもが小学生のうちから来る大学入試に備えて対策を練ることは、さほど珍しいことでもなくなった。
とはいえ読者の中には、「もう成人といってもいい、高校を卒業する18歳の年齢に達した子どもの進路に、親があれこれ手を尽くすのは……」とお考えの向きもあるかもしれない。
だが、その子に発達障害があったならどうか。ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如・多動症)といった障害を抱えているとなればどうだろうか。わが子のことであれば、きっとできる限りの手を尽くそうと思うはずだ。
かつては「アスペルガー症候群」と言われていたこれらの障害で何が困るかといえば、本人に降りかかる「生きづらさ」に尽きよう。
他者の気持ちを推し量ることが不得手。ゆえに周囲とのコミュニケーションが取りにくい。だから幼稚園や保育所、小中高、大学と続く学生時代には、クラスでうまくやっていけない。いつしか「浮いた感じ」になってしまうこともしばしばだ。
加えて時間の観念が育ちにくい。常に自分の都合で動く。遅刻や締め切りといった約束事が守れない。
それでいて、こだわりが強い。ある人は、部屋の中にある洋服を決まった間隔で並べる。またある人は、机の上に筆記具を出した際、見た目が揃うように並べる。またある人は、出かける前、必ず紅茶、それも決まった銘柄のそれを飲む……。
これらのルーティンが崩れると、人によってはイライラして他人に当たり散らす、またある人は何事にも手がつかず1日を無駄に過ごす、またある人は自分のこだわりを自らの手で全うするまで他のことには一切手をつけられない、といった具合だ。
2022年の文部科学省の調査によると、「通常学級に在籍する小中学生のうち8.8%」に発達障害の可能性があるとしている。小中学校の一つのクラスの2人ないし3人程度に、発達障害の傾向があるということだ。
発達障害に限りなく近い
グレーゾーンも……
もっとも、小中学校の教員ら教育現場界隈では、この調査結果について「体感としてはもう少し多いかなという印象」と口を揃える。
というのは、医学的に発達障害という診断が下されることはないものの、その実は発達障害に限りなく近い……というケースもあるからだ。グレーゾーンと呼ばれるそれである。
たとえば、IQが高いがゆえに発達障害と診断を下せない、しかし本人は、対人関係が苦手、些細なことにこだわる、粘着質などなど発達障害ゆえの生きづらさを抱えているといったケースがそうだ。
そんな発達障害を持つ子を抱えたがゆえの苦悩と実態について、2人の発達障害の子を持つ家族に訊いてみた。話を聞けば聞くほど、「子どもの生きやすさは親次第」ということがわかる。
兵庫県神戸市に住むタナカさんファミリーは、夫(53)、妻(43)、娘(16)、息子(13)の4人家族だ。娘と息子は、地元では進学校として名の通った私立の中学校、高等学校に通っている。
だが、進学校へと進んだにも関わらず、娘と息子、そしてタナカさん夫婦の将来の目標は、「2人の子どもを芸術家にすること」だ。娘は美術大学へ、息子は音楽大学への進学をそれぞれ目指している。進学校での勉強と並行して、画塾やピアノレッスンへと通う日々だ。
そもそもタナカさん夫婦が2人の子どもたちを芸術家にしたいと考えたのは、ひとえに子どもたちが持つ特性ゆえだ。娘も息子もADHD(注意欠如・多動症)とASD(自閉スペクトラム症)の特性を持つ。
こうした特性ゆえ、先々は高校、大学へと進学し、周囲に溶け込み、時にはサークル活動をこなし、どこかの企業に就職し……という、世間で言うところの「ごく普通の進路」を歩ませることが困難と見ているからだ。
「人との距離が近すぎる」
担任に言われて気づいたこと
そもそも、タナカさん夫婦が自分たちの子がよその子たちと、「どこか違う」と感じたのは、娘が小学校5年生のとき、クラスでいじめやからかいを受けていたことがわかったときの話である。
誰にでも優しく話しかける。積極的に友達を作ろうとする。しかし、親の目から見ても、その人と人の距離は「時として踏み込み過ぎでは?」と感じることもあった。子ども同士ならいざしらず、同じマンションに住む住民、挙句の果てには買い物にいった店のスタッフ、バス停で待つ大人にも積極的に話しかける。
「ちょっと人と人との距離が近すぎるような気がして……」
学校で娘はクラスに溶け込んでいると思い込んでいたタナカさん夫婦だが、保護者懇談会の席上、担任教師から「クラスの児童の間で浮いている」「友達同士、何人かグループがあるが、その輪のなかに無理やり入ろうとする」といった行動が目に余るといった話を聞く。やがて、それがからかいとなり、いつしかいじめへと発展したというのが担任の言い分だった。
その若い女性の担任教師は、意を決したかのように、タナカさんの妻にこう語り、懇談会を締めくくった。
「お宅の娘さん、ずっとしゃべりっぱなしです。私にもそう。クラスの子どもたちのうち、お友達と思った子にはずっとべったりくっついてしゃべりっぱなしなんです。これだと正直、誰でも鬱陶しいと思いますよね?」
タナカさん夫婦にすると、「この物言いは教育者としてどうか」と思ったものの、確かに娘は、家でもずっとしゃべりぱなしである。特に妻のほうには、ずっとべったりくっついている。妻のストレスは溜まる一方だ。何とかしなければとは思っていたが、どう何とかすればいいのかわからなかったというのが、正直なところだった。
そうした事情もあり、妻から担任教師が娘についてこう話していると聞いた際、合点が行くところもあった。妻は担任教師から「児童の療育や精神科といったクリニックへの受診」を勧められたという。
タナカさん夫婦は、この勧めを前向きに捉え、インターネットなどで情報収集。やがて、この手のケースに強みを持つクリニックを見つけ、受診を申し込む。だが今、こうした申し込みは多いのか、初診まで3カ月待てといわれた。
家族全員「発達障害」
息子・娘はASDとADHD
3カ月後、夫婦は娘と息子を連れて家族全員でクリニックへと受診に赴いた。息子は「こういう機会なので」と思って連れて行ったのである。その後5カ月にわたって知能検査なども行い、娘と息子にはASDとADHDという診断結果が出た。妻もまた同じ。夫はADHDだけ診断がついた。
「確かに私も生きづらさを抱えていたというか、学生時代、それこそ小中高大と、ずっと浮いていました。いじめられたこともあります。だから会社勤めも続かず、自営業をしているのもそうした理由からなのです」
タナカさんは大学卒業後、一度地元の専門商社に入社したものの、周囲の人間関係に気を配ることに、本人曰く「ただただ疲れた」ことから、あまり人と接することのない自営業への転身を決意。学び直して歯科技工士となり開業。結婚して今に至る。
「妻とも気が合うのは、お互い人に気を遣い過ぎるところです。まさかそれが障害だったとは……。でも、これが原因だとわかれば、あとは対策を練るだけです。今、私たち夫婦にとって大事なのは、2人の子どもたちをどう育て上げるか、そこですから」
生きづらさを抱えていた妻もまた、大学は出たものの夫と同じく就職で大きく躓いた。会社訪問時、採用面接時にしなければならない「御社が第一志望です」「御社から内定を頂いたならその時点で就職活動を終えます」といった就活トークがどうしてもできない。
就活といえば、誰しも身に纏うのがリクルートスーツだ。このリクルートスーツが自らの個性を打ち壊されるようで辛く、とても着られない。とりわけ襟のある服は無理だ。これも感覚過敏という特性ゆえだという
何でも本音で勝負。そもそも決まった時間に出社して、周囲に合わせて仕事をして、退勤する――そんなルーティンに耐えられないのだ。
「1日、2日なら、そうした会社員としてのルーティンもこなせると思うのです。でも3日となると、もう無理。だから折角就職できた会社も、1週間で退職しました」
こう語るタナカさんの妻は、関西を代表する国公立大学の卒業生だ。自らの経験から「大学名で就職はできても、生きづらさを抱えていると(仕事が)続かない」ことは、おそらく昔も今も変わらないと考えた。
家族全員が発達障害と診断された日の夜、タナカさんの妻は夫に、子どもたちの将来や教育方針について、こう持ちかけた。
「2人とも会社員や公務員は無理だと思う。周囲の目を気にして、気を配って……、そんなことできるはずがない。医者や弁護士といった仕事もそう。結局は人と接する仕事。難しい。だったらもう芸術家になってもらおう、自分たちで芸術家を育てよう――」
もちろん芸術家、ピアニストや画家といった職業も人と接することはある。演奏会や個展の開催時における折衝事、ギャラの交渉もあるはずだ。
とはいえ、組織で働く会社員や公務員とは異なり、基本、「ひとりでの仕事」である。最低限、必要な対人スキルは身につけなければならない。でも、対人関係が苦手でも、そのあたりを手当すれば、やっていけるかもしれない。
「妻からこの話を聞いたとき、まさにそうだと。このまま子どもたちを公立小学校から中学、高校、大学……と進ませても、はたして私や妻が出た経済学部に入っても、どこかの会社に勤められたとしても、まず持たないし、そもそもこれからの時代、大学名だけで就職が決まるなんてこともないなと。ならば芸術系への進路もアリかなと」
普通の仕事はチームワークが必要
本人にとっては想像以上に「苦痛」
こう語るタナカさんだが、妻には芸術家以外の進路、例えば医師や薬剤師、弁護士、あるいは理容師に美容師といった、いわゆる師士業職への進路もあるのではと、対案を出した。芸術家では生活面での保証がないように思われたからだ。
しかし、妻に言わせると、夫が言う師士業職は時としてチームで活動することもある。特性を抱えている人には、それが苦痛でならない。
それに医師に薬剤師、弁護士になろうとするならば、進学校から難関と言われる大学に進まないと、なかなかその進路への射程距離が見えてこない。
平たく言えば、高校から進学校へ、そして大学へという進路に行き着くまでの道のりが、タナカさんファミリーの2人の子には、とても困難なことのように思われたのだ。
理容師、美容師もまた同じである。中学校や高校を卒業後、理美容学校を出たところで、いきなり開業というわけにもいかないだろう。最初は新人として修行を積み、それから……という過程において、最初の修行の段階でまず持たないことが予測される。仮に理美容師になれたとしても、客との対話などとてもできるとは思えない。
そうすると、やはり画家か音楽家しか進路はないとの結論へと行き着く。
画家なら絵を描き売ればいい。音楽家なら音楽を奏でる、もしくは作曲した楽譜を売ればいい。その合間に生徒をとって教授業もできる。どちらも職人芸的なところがある。
たとえ会話ベタでも“腕”で技量を伝える講師もいる。特性を持つ2人の子どもたちにぴったりな職業に見えた。
もっとも巷では、美大や音大を出れば就職口が完全になくなるので勧めないという声もある。だがそれは、他のケースも同じ。大学で文学部を出て一流企業へと就職する人もいれば、法学部や経済学部といった「就職に強い学部」出身でも就職が覚束ない人もいる。
美大・音大でも就職はできる
だったら、今動くべき
要は人次第だ。美大や音大出身で一般企業へと進む人も、これからは増えるだろう。
そう考えるとタナカさん夫婦は、どうせ子どもたちを大学に進ませるならば、美大や音大へとやったほうが、最低限、画力とピアノ演奏の技量が残る、そしてそれは、きっと誰かからのニーズがあるものと思えた。
だったら、早くに手を打たなければならない。タナカさん夫婦はすぐに動いた。
「それまで娘は絵が好きで。息子はピアノでした。私はピアノを、妻は絵を今でも習っています。その縁もあり、子どもたちには、『本格的にプロを目指せる先生』を探し出し、そちらに通わせました」
同時に、タナカさん夫婦の間で、ずっともやもやしていたことがあった。公立の学校では、特性を抱えた子は生きにくいのではないか、という疑問である。
公立の小中と進み、公立高校の受験となると、内申点が問われる。授業中、静かに座っている。テストをすれば高得点。時に担任教師に代わってクラスをまとめ上げる。リーダーシップもあれば、サポート役もこなすフォロワーシップもあり。そういう絵に描いたような優等生タイプでなければ、難易度の高い公立の進学校への進学はまず無理だ。
すこしでもクセのある子、勉強はできるが協調性のない子――となると、公立高校の進学校への進学は厳しいものがある。
タナカさん夫婦は、良し悪しではなく、こうした公立高校への進学の仕組みは、自分たちの娘、息子には不利で合わないと思っていた。
娘は、誰とでも仲良くなりたいと思い積極的に絡んでいく。でも、その相手との間合いがわからない。だから最後は、同じクラスの子たちのみならず、担任教師にまで疎まれる。
おおらかで自由気ままといえば聞こえはいいが、その実は、時間は守らない、友達と遊ぶ約束をしても目先の何かに気が向いてしまい、結果的に約束をすっぽかす。
親の目から見て、わが娘ながら、これではからかいやいじめのターゲットにされても仕方がないと、合点がいくところもある。
対して息子の方は、同年代の子どもたちに比べて体格もよく、勉強もずば抜けてできる。だから、学校の勉強がつまらなく思えるのだろう。先生が授業を始めると、勝手に解説を始める。注意をする子がいたら言葉で言い負かしてしまう。提出物の類は出すものの、時として担任教師のあら捜し的なコメント付きだ。娘とは真逆のタイプだが、行き着く先は、「周囲から浮いてしまう」ところは同じである。
公立だと浮いてしまう……
「特性」を持つ子が多い私立に絞る
娘も息子も、これも特性と言えばそうなのだが勉強ができる。なので、このまま公立中学に進めば、学業成績では公立の難関校も狙える位置にいるだろう。しかし日々の学校生活での平常点や人物評価となると、その雲行きは怪しい。
「どうせという言い方は変ですが、公立中学校から公立の進学校を狙う場合、今や塾通いは当然です。そうなるともう、うちの子の場合、すべてにおいて“平均点”を求められる公立高校よりも私学の方が、合っているのではないかと……夫婦で話し合った次第です」
こうしてタナカさん夫婦は、小6に進級した時点で娘を私立中学合格に定評のある塾に通わせた。息子のほうは、音大卒業生には珍しく進学校から音大へと進んだピアノ講師に、勉強も家庭教師として見てもらうことにした。
結果、タナカさん夫婦の娘と息子は、それぞれ私立の中高一貫校へと進学し、娘は美大を、息子は音大を目指している。タナカさんは言う。
「私立の中学だと、うちの子のような特性を持つ子、もしくは診断こそ受けていないけれども特性があるだろうと思われる子、グレーゾーンの子といったクセのある子が多いのです。だから、うちの子くらいのクセなら目立たないというか。その点はよかったです」
ここまで語った後、こう付け加えた。
「やはり進学校だけあって、どこのお子さんも勉強についていくのが大変なようです。なのでいじめやからかい、そういうのとは無縁です。親の目から見ても、娘も息子も、中学に進学してから、そうした環境に揉まれて、ぐっと大人になりましたよ」
中学受験界隈ではよく知られる「あるある話」だが、このタナカさん夫婦の子どもたちに見られる特性、その中でも高い集中力を発揮する、細かいことに気を配る、粘着質と思えるくらい決してあきらめないところといったそれは、とても受験と相性がいい。
それゆえに、公立の小学校でいじめやからかいに遭い、中学受験、私学へ進学するという話は、昔からよく耳にするところだ。
「だから、娘、息子が通うどちらの学校も、うちの子と似たような子ばかり集まっているのです。うちの子だけが特別だということもありません。皆、クセが強いです。それでも皆仲良く、和気あいあいとやっています」
特性ゆえに生きづらさを抱えている子も、個性の強い面々が集まり、またそうした生徒たちの扱いに慣れた教員が揃っているという環境であれば、生きづらさを感じることもないようだ。
入学したら「模範生徒」に
チャンレンジは始まったばかり
私立の中学高校へと進学したタナカさん夫婦の子どもたちは、小学校時代、問題児扱いされた公立の小学校時代とは打って変わって、タナカさんが保護者会などで担任教師と接する際、2人とも「大人しい模範的な生徒」と担任から言われている。
この言葉、タナカさんの娘の小学生時代、「ずっとしゃべりっぱなしで鬱陶しい」と言った公立小学校の担任教師にはどう聞こえるのだろうか。
もっとも、タナカさん夫婦と子どもたちは恵まれている。中学と高校、それぞれ初年度で約130万円、年間で約80万円の学費を、2人の子どもたちに使えるだけの経済的余裕がある家庭だからだ。対して公立校では授業料は無料。給食費や教材費が毎月約1万5000円といったところである。
発達障害を抱えている子、皆が、私学に通える訳ではない。公立の小中校でも「生きづらさ」を抱えている子たちが過ごしやすい環境作りと教員の理解が必要だ。
(カタカナ名は仮名)
(フリージャーナリスト 秋山謙一郎)