ボーイング、米アウトソーシング時代に幕引き
米航空機部品大手スピリット・エアロシステムズは一つのサイクルを完了する。元々は米航空機大手ボーイングの一部だったが独立したサプライヤーとなり、そしてまたボーイングの一部に戻る。米企業の間ではアウトソーシング(外部委託)はかつて期待されていたようなものではないとの認識が広がっており、今回のスピリットの件はその格好の例となる。
ボーイングは1日、スピリットを全額株式交換方式で買収すると発表した。買収規模は1株当たり37.25ドルで、これは前週末の終値に13%上乗せした水準となる。スピリットの投資家にとっては好都合だと思われる。2019年末以降のスピリットのトータルリターンはマイナス53%で、ボーイングのマイナス42%よりも悪い。スピリットはカンザス州ウィチタに本社を置き、ボーイングの小型機「737MAX」の胴体などを製造する。
新型コロナウイルス流行がジェット機生産に与えた打撃はスピリットでは特に深刻だった。同社の赤字は2020~23年に26億ドル(約4200億円)に膨らんだ。今年の純損益は6億8100万ドルの赤字になるとアナリストは予想している。スピリットの品質管理を巡る問題はボーイングでは頭痛の種になってきた。飛行中の737MAX9型機の壁の一部が吹き飛ぶ事故が1月に起き、ボーイングは議員や顧客から厳しい視線を向けられてきた。
スピリットではボーイングと競合する欧州航空機大手エアバスとの取引が売上高全体の19%を占めており、事業の一部をエアバスに売却することでこの問題を解決する。
今回の垂直再統合は最近の歴史を踏まえると理にかなっており、一元的な監督体制と工場間の作業工程の簡素化によって空の旅の安全確保は強化される可能性が高い。ただこれは、大半の業界で経営者が約30年間にわたり行ってきたことを否定するものでもある。
ボーイングは2005年にウィチタとオクラホマ州タルサの事業をカナダの投資会社オネックスに売却し、その結果スピリットが誕生した。当時、航空業界はまだ2001年9月11日に米国で起きた同時多発テロの影響から回復する途上にあった。IT革命はコンサルタントやビジネススクールの人気化を伴ってアウトソーシングの流行につながった。1980年代後半までは、アウトソーシングは珍しかった。コンビニエンスストアチェーンのセブンイレブンでさえ、自社向けの牛乳を生産する牛やキャンディーの生産を垂直統合していた。
1989年にイーストマン・コダックはデータセンターの管理をIBMに委託し、アウトソーシングが広がるきっかけとなった。ゼネラル・エレクトリック(GE)は1996年、サポート業務をインドなど海外の低賃金国に移管する「オフショアリング」がコスト削減に寄与することを示した。サプライチェーン(供給網)は世界中に広がった。米製造業の総輸出のうち、輸入品の付加価値創出分が占める割合は1990年代半ば13%だったが、2000年代後半には20%にまで上昇した。
ボーイングがスピリットを独立した企業として切り離した理由の一つは労働協約の見直しであり、この点ではおおむね成功した。もう一つは、販売先のメーカーの数を増やし「規模の経済」を追求することだったが、これはうまくいかなかった。
ただ、アウトソーシングの根幹をなすのは、知的財産や関連の専門性を重視し、資産の保有を抑えた「アセットライト」企業は相対的に経営がうまくいくとの考え方だった。
こうした視点からすれば、航空機の胴体といった航空構造物を製造する事業を切り離すのは当然のことのように思われる。航空構造物は事業としては資本集約的で競争が激しく、最終的な組み立てに向けた生産への重圧は大きい。この点はジェットエンジン事業と似ているものの、粗利益率はさらに低い。スピリットの同業他社では事業閉鎖や他社による買収が相次いできた。2018年には航空機部品などを手掛ける英GKNが英投資ファンドのメルローズ・インダストリーズに買収された。
話は航空構造物に限らない。ボーイングは2000年代に、「787ドリームライナー」の製造で70%以上をアウトソーシングした。ところが、自社で直接製造するのではなく組み立てに注力することの問題が次第に明らかになった。ボーイングは供給の管理に失敗し、遅延やコスト超過を繰り返した。
エアバスはボーイングに追随し、2009年に航空構造物子会社のプレミアム・エアロテックとステリア・エアロスペースを切り離した。両事業の買い手が見つからなかったのは幸いだったかもしれない。エアバスは現在、航空構造物事業を同社の一部として再び重視している。
垂直統合の復活に動くのは航空宇宙業界だけではない。インテルは米国内での半導体生産を強化しているほか、ゼネラル・モーターズ(GM)は車載電池の工場を建設し、スウェーデンの家具大手イケアはコンテナ船を買収している。
「アセットライト」経営の欠点の一つとして、企業は技術革新における強みをじわじわと失いやすいことが挙げられる。なぜなら、生産工程ではさまざまな要因が相互作用をもたらし、試行錯誤によって得られるものが多いためだ。サプライチェーン内において利益率が低ければ淘汰(とうた)され、少数の供給元に集約されることも問題となる。このため企業は波乱の時期に大規模な投資を行う資金力がなかったり、あるいは地政学的要因が足かせになったりするかもしれない。こうしたリスクは新型コロナウイルス流行に伴う供給不足で浮き彫りになった。特に顕著だったのは、製造を自社では行わない「ファブレス」が一般的な米半導体業界だ。この業界は半導体生産を東アジアのファウンドリー(製造受託企業)に委託してきた経緯があり、航空構造物の場合と似ている。
スピリットは追い詰められた末に再びボーイングの一部に収まることになったが、時代の流れを象徴している。