ロシア最強の防空システム「S-300系SAM」がウクライナ軍に相次いで撃破されている理由
S-400のTEL車両(2015年5月9日のモスクワ戦勝記念日記念パレードの際の撮影)(Соколрус, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)
(数多 久遠:小説家・軍事評論家、元幹部自衛官)
まだ未確認ですが、ロシアがクリミア防衛のために配置したと言われる「S-500」が、配備早々に撃破されたとの情報があります。
S-500は、ロシアの最も高度な防空システムである「S-300」シリーズの最新型です。この他にも、ロシアがウクライナ内の占領地や周辺のロシア領内に、多数配備しているS-300系SAM(地対空ミサイル)が、最近になって相次いで撃破されています。
その一番の理由は、本年(2024年)4月に成立したアメリカの追加予算で決定した、弾道ミサイル「ATACMS」(Army Tactical Missile System、エイタクムス)を含めたアメリカ製長射程攻撃兵器の追加供与と、それに付随したそれらのロシア領内への使用許可でしょう。
以下では、S-300系SAMが相次いで撃破されている原因を考察するとともに、供与された長射程兵器の中でも、特に効果的にロシアの防空網を破壊していると言われるATACMSが効果的である理由を考えてみます。
多連装ロケットシステムM270 MLRSから発射されるATACMS(https://sill-www.army.mil, Public domain, via Wikimedia Commons)
S-300系SAMの脆弱性
アメリカが、射程300kmのATACMSを供与して以降、ロシアのS-300系SAM(S-300、S-400、S-500)が、相次いで撃破される事態となっています。
S-300と同レベルの性能と言われるパトリオットの運用に関わっていた筆者からすると、これは少々意外でした。S-300系SAMが、本当にパトリオット並みの性能を持っているのならば、そう簡単に撃破されることはないと思っていたからです。事実、パトリオットの方は、ATACMS以上の射程を持つロシアの短距離弾道ミサイルであるイスカンデルであっても迎撃しています。一部のパトリオット車両が被害を受けたという情報もあるものの、戦闘能力を失う事態にはなっていません。
ロシアはS-300系SAMを大量に保有しているだけでなく、海外へも多く売り込んでいます。S-300系SAMを「カタログスペックだけのポンコツ」だとする主張もありますが、それらの国は当然カタログデータだけで購入を決めたはずはありません。実射テストの結果も見た上で購入を決めているはずです。
しかし、S-300系SAMは多数が撃破されています。実際に撃破されている以上、S-300系SAMには何らかの弱点があり、そこを突かれたと考えることが妥当です。
最近になって、その弱点を考察するために役立つと思われる映像が公開されました。それは、今年5月に、ドネツク地方の占領地にロシアが展開させていた「S-400」をATACMSが破壊した際のドローンによる空撮映像です。
この映像では、S-400は交戦しており、接近していたATACMSに対しても交戦していたと思われます。画面の左と、奥側に向けても交戦しているため、2方向からの攻撃がなされたのでしょう。
S-400は、複数のミサイル弾種を運用できますが、このS-400が破壊された後の映像も確認されており、使用していたミサイル弾種をある程度絞ることができます。
破壊された発射機に搭載されていたキャニスター、発射されずに破壊されたミサイルの残骸、それにドローン映像に撮影されていた発射時の噴煙から、サイズの小さな9M96系ミサイルではなく、S-400用のミサイル弾としてオーソドックスな48N6系ミサイルを使用していたと思われます。
この場合、誘導方式はセミアクティブレーダーホーミングであり、ATACMSなどの弾道ミサイルと交戦するためには、交戦用レーダーを目標方向に停止させて戦闘する必要があった可能性が大です。S-400の交戦用レーダーは、回転させながら運用させることもできるようですが、ATACMSのような弾道ミサイル相手では、回転させたままでは、目標の位置情報更新が遅れ、命中率が極端に低下する可能性が高いからです。
ドローン映像を見る限り、最初は画面左奥からの目標に対し交戦しています。後半で画面奥からの目標に対して交戦していますが、画面奥からのATACMSに対する交戦開始が遅れ、迎撃に失敗したのかもしれません。
なお、画面左への交戦は、ATACMSではなく、レーダー誘導ミサイルのHARMであった可能性も考えられます。
この2方向からの同時攻撃に対して、S-400は脆弱な可能性がありますが、S-300を運用していたウクライナは、その弱点を承知していたため、その弱点を突いた可能性が考えられます。
これは一つの可能性に過ぎませんが、ウクライナはS-300(S-300PT、S-300PS、S-300PMU、S-300V1)を運用していました。ウクライナがS-300系SAMの弱点を認識していたことは確実です。
十分な迎撃能力を備えていたはずのS-400
その一方で、ATACMSが猛威を振るっている理由として、ATACMSこそ、「ロシアのキンジャールが備えている」とロシア軍が喧伝していた、機動によるミサイル回避能力を備えている可能性があります。
核の搭載も関係するため、明確に後継と位置付けられているわけではありませんが、ATACMSの初期バージョンである「ブロック1」は、実質的に通常弾頭型の短距離弾道ミサイル「MGM-52ランス」の後継でした。このため、ATACMSの配備に伴ってランスミサイルは退役しています。
MGM-52C ランス(U.S. Army, Public domain, via Wikimedia Commons)
このランスとATACMSの初期型、ブロック1は、カタログスペック的には、さほど差がありません。ランスの射程125kmに対して、ATACMSブロック1は射程165kmと30%ほど延伸されているだけです。
ランスからATACMSへの更新には、ランスの燃料が、毒性があり扱い難い非対称ジメチルヒドラジンであるのに対して、ATACMSは固体燃料で扱いやすさを求めたという点もあるのですが、最大の違いは命中精度です。
ランスは、当初核弾頭搭載を前提に設計されたことも関係していますが、機械式のジャイロしかないなど、今で言う慣性誘導装置の精度が高くなく、当時はGPSも存在しなかったため、加速段階で弾道軌道を修正するだけで、終末段階は無誘導で直線的に落下するだけでした(大気圏内を落下する弾道ミサイルは、放物線ではなく、空気による揚力が働くためほぼ直線軌道となります)。
さて、ここでランスをとり上げた理由は、2つあります。
1つは、パトリオットに弾道ミサイル能力を付与するために標的として使用されたものがランスミサイルだったこと。
もう1つは、対ランスを想定して、弾道ミサイル能力付与を考慮されたロシアのミサイルが、S-300系SAMのS-300Pシリーズだったからです。そして、このS-300Pの改良発展型としてS-400が作られています。
なお、S-300P以外の有力系統は「S-300V」となります。こちらは、準中距離弾道ミサイルである「パーシングⅡ」の迎撃を念頭に開発されています。パーシングⅡは核搭載が前提で、射程1700kmでした。このS-300Vの発展改良型がS-500です。
この点を考えれば、S-300VとS-500は別として、S-300PとS-400は、ランスに対しては十分な迎撃能力があると思われます。
そして、このことを踏まえれば、S-300PとS-400は、ATACMSに対しても相応の迎撃能力があるはずです。何せ、ATACMSブロック1は、誘導装置の精度こそ上がったものの、GPS誘導能力はなく、その弾道経路もランスと大差なかったからです。
射程が延伸されGPS誘導が加わったATACMS
では、なぜそれらのSAMが相次いで撃破されているのか。
注目すべきは、ATACMSがブロック1から「ブロック1A」にバージョンアップした際、射程が300kmに延伸されていることです。
数値的には倍加ですが、射程が500kmにも及ぶと言われるイスカンデルよりも射程が短く、パトリオットがイスカンデルを迎撃していることから考えても、射程が300kmであれば、S-300系SAMの最新バージョンであれば、十分に迎撃できると思われます。しかし、実際にはS-300系SAMが撃破されています。
ここでさらに見逃してはならない点は、ATACMSがバージョンアップした際に、射程が伸ばされるだけでなく、GPS誘導が追加されたことです。
慣性誘導では、射程が伸びるに従って微妙な誤差が大きな影響を及ぼします。もちろん慣性誘導装置の精度も上がっていますが、仮に同じ慣性誘導装置を備えていた場合、ATACMSのブロック1からブロック1Aにバージョンアップし、射程が倍加したことで、着弾時の誤差も倍加してしまうのです。
ブロック1Aでは、これを修正するためにGPS誘導が追加されました。GPSは、ミサイルの飛翔段階のどこであっても、ズレが大きければミサイルの軌道を修正させようとします。
しかし、300kmという短射程であっても弾道ミサイルの飛翔経路の大半は、空力操舵の不可能な宇宙空間です。高度20kmを飛べる飛行機はほとんどありません。射程300kmを飛翔するATACMSの最高高度は100kmを優に超えます。
結果的に、GPSでの軌道修正は、飛翔の後半、落下し空力操舵が可能となる概ね30km以下で行われることになります。この高度まで落下してから、GPSによって軌道修正を始めるのです。
一方、S-300系ミサイルの対処可能高度も30km以下です。一部のミサイルには、サイドスラスターを装備したものもありますが、サイドスラスターは基本的にミサイルの姿勢を変えるものでしかありません。ミサイルの進行方向を修正するためには空力に頼らざるを得ないため、サイドスラスターを装備していても、ある程度空気が存在する高度でなければ機動できません。
空気の希薄な宇宙空間でミサイルが軌道を変更するためには、THAADミサイルのようにサイドスラスター(ミサイルを横方向に動かすための動力装置)に加え、スラストベクタリング(推力の向きを偏向させる)機構を装備し、キルビークルから使用済みロケットモーターを切り離す機構が必要です。
つまり、高度30km以下のS-300系SAMミサイル弾が機動できる範囲は、ATACMSが目標に命中するために軌道変更を行う領域でもあるのです。
その軌道修正の理由が命中させるためであっても、軌道変更を行えば、それは迎撃ミサイルに対する回避行動となります。そして、高度100km以上から落下してくるATACMSが、高度30km以下の操舵可能な領域を通過する時間は30秒ほどしかありません。
しかし、ATACMSも命中直前まで機動するはずはありません。最終的には目標に命中させるため直線的に突入せざるを得ないためです。そのため、ATACMSを迎撃するためには、低層で迎撃をすることが好ましいと言えますが、S-300系SAMは、長射程性能を追求しているため、この低層での迎撃性能が不足している可能性があります。
装備されていなかった9M96系ミサイル弾
長射程性能を追求すると、ミサイルは必然的に大型にならざるを得ません。すると、加速性能が悪化し、十分な機動性能を発揮するための速度に達するまでに時間を要してしまいます。冒頭で貼ったXのポストを見ても、発射されたミサイルの加速が鋭いとは言えません。
パトリオットPAC-3は、そうした問題を乗り越え低層での迎撃も念頭に置いて開発されています。ミサイルのサイズは小さく、PAC-2弾と比較して射程は減少していますが、発射直後から加速が凄まじく、発射から間もなくしてミサイルを機動させるために十分な速度まで加速します。
サイドスラスターについても、空気の薄い高空での作動用と言われますが、キャニスターから飛び出した直後の低速状態でも初期飛翔方位を調整するために使用されるように、反応速度の短い、つまり素早い操舵機構として装備されています。
ロシアの技術者も、このS-300系ミサイルの弱点は認識していました。そのため、S-400用のミサイルとして小型で射程は短いものの、低層での弾道ミサイル迎撃に向いた9M96系ミサイル弾が開発されています。PAC-3弾を真似たと言えるでしょう。
しかし、冒頭に埋め込んだXのポストに映されていたS-400は、この9M96系ミサイル弾を装備していなかったようです。
9M96系ミサイル弾は、その他のミサイル弾を入れるキャニスターに4本のミサイルを格納できますが、破壊されたS-400ユニットの映像に、それらしきものは確認できません。
ATACMSで狙われることは分かっているのですから、まだ保有弾があるなら配備すべきです。既に9M96系ミサイル弾は枯渇している可能性があります。
さらに、このS-300系SAMでATACMSを迎撃する場合、低層での撃破を狙った方が良いということは、当然ながらS-500でも共通です。
しかし、S-500は、この問題に対してはS-400よりも弱点を多く抱えていると言えます。先に述べたようにS-500は、S-300V系を発展させ、射程1000kmを上回る準中距離弾道ミサイルの迎撃を強く狙ったものです。そのため、ATACMSが機動を始める前の高高度で迎撃できる可能性は高いのですが、ミサイル弾は、他のS-300系ミサイル弾よりもさらに巨大で、ATACMSが大気圏に突入し、機動を始めてしまうと対処不可能となる可能性さえあります。
S-500は、ATACMSに対し、S-400以上に脆弱な可能性がある・・・と指摘するつもりだったのですが、指摘する前に破壊されてしまいました。
ロシアの防空網が崩壊する可能性も
「S-400は2方向からの同時攻撃に対して脆弱な可能性があり、ウクライナがその弱点を突いた」「S-300系SAMは長射程性能を追求しているため、低層での迎撃性能が不足している」という以上の2つの可能性は、公開された映像から推定できるS-300系SAMが撃破されている原因に対する考察です。これ以外にも、S-300系SAMが相次いで撃破されている原因があるかもしれません。
しかし、それが推定できるようになる前に、ロシアの防空網が崩壊するかもしれません。それには、ATACMS以外の供与兵器やウクライナが独自に開発した兵器が関係しています。これについては、別の機会にまとめたいと思います。