首位カープを支える救援投手陣が心に刻む「減らす勇気」とは? ブルペンでの球数を減らして現れた大きな成果
昨季は最優秀中継ぎ投手賞を受賞した島内颯太郎。今季もカープ投手陣のなかで最多登板を続ける
書店に行けばタイトルに「勇気」という言葉が使われた書籍が目に留まるが、今季セ・リーグ首位を走る広島ブルペンに浸透しつつあるのは、「減らす勇気」だ。
新井貴浩監督が就任した昨季から、救援陣の球数を試合だけでなくブルペンでの準備も含めて管理している。
近年は投手の分業制が明確化され、先発の球数も100球前後を目安とされる傾向がある。完投数は減り、規定投球回に到達する先発も少なくなった。その分、負担は救援陣に回る。
昨季から一軍担当として体制を支える菊地原毅投手コーチは言う。
「自分も経験があるけど、投手はやっぱり数を投げれば安心するところはある。でもブルペンの数球を減らせれば、1年を通して見たときの負担は違う」
現役時代の2001年に当時の日本記録に並ぶシーズン78試合に登板し、オリックスへ移籍した05年には最優秀中継ぎ投手にもなった経験を選手に伝えている。
救援投手陣の過酷な毎日
救援投手は酷なポジションだ。一軍にいる限り毎試合に備えなければいけない。毎日ブルペンで待機し、出番はいつ巡って来るか分からない。安定した投球を続けていた先発が突如乱れて急ピッチで準備することもある。先発が立ち上がりから乱れれば序盤から準備しなければいけないし、登板間隔が1週間以上空くこともある。投球練習を終えて臨戦態勢を整えても、出番が巡って来ないことは珍しくない。かと思えば、一度気持ちをリセットしたのに再び準備することもある。ブルペンの電話が鳴り、「行ってくれ」と言われれば行かなければならない。
ブルペンでの球数を減らせれば負担も減ることを頭では理解していても、不安がよぎれば投球にも影響する。すべての投球が勝負球となる救援投手は相手にわずかな隙も見せられない。今季からブルペン担当に復帰した永川勝浩投手コーチは、菊地原コーチとともに救援陣の背中を押している。
「“減らす勇気”をもてるマインドになってもらうために、伝えられることは伝えたいと思っている。みんなそうだけど、最後は自分がマウンドで成功しないと分からないと思うから、教えるのではなく、雑談の中で分かってもらえるように。彼らの人生は今年だけじゃなく、来年も再来年も、その先もあるんだから」
球数減の目的は長丁場のシーズンで限られた戦力を最大限に生かすことだが、同時に選手個々のためでもある。目の前の試合にすべてを注ぐように身を削って投げるようでは、あまりにも代償が大きい。
今季ここまで、広島救援陣は13投手で計3121球の球数を記録している(データはすべて6月27日時点)。試合数では67試合。ブルペンで準備してきた球数もあれば、準備しても登板機会が巡って来なかった試合もある。試合終了後、登板しなかった救援投手がアイシングしている姿が物語るように、彼らに蓄積されるのは「3121球」による疲労だけではない。
昨季チーム最多62試合に登板した島内颯太郎は、今季もここまでチーム最多33試合に登板する。蓄積疲労も懸念されるが、意外なほど平然としている。
「シーズン序盤は雨天中止も多かったので、正直それほど投げている感覚はありません」
強がりのように感じないのは、ブルペンでの球数が減ったことが影響しているのかもしれない。最優秀中継ぎ投手となった昨季、ブルペンでの投球数を前年までの20球から15球に減らした。そして今季は、さらに減らして10球でマウンドへ行く。試合数だけの単純計算だけでも、昨季と比べて165球少なく、一昨年と比べると330球も減ったことになる。
球数を減らし真ん中のみ
徹底した準備で入団4年目に通算100セーブを達成した守護神の栗林良吏も、入団から昨季まで3年間の15球から11球以下に球数を変えた。昨季まではブルペンでも内角、外角とコースにきっちり投げ分けて準備してきたが、今は肩をつくることだけを意識してすべて真ん中へ投げ込む。
「しっかり投げる準備をしているので、4球減っても問題はない。肩がつくれれば11球以下でもいいと思っている。最初に結果が出たことで大丈夫だと思えたところもあります」
試行段階だったオープン戦で好結果が出たことで不安はなくなった。入団3年目の昨季、初めて抑え以外のポジションで投げた経験も生きている。実際に11球以下でマウンドに上がった試合もある。
島内はセットアッパーとして8回、栗林はストッパーとして9回を任されている。役割が明確なので重責を担うが、登板までの逆算はできる。一方で、ほかの救援陣は登板のタイミングが読めないため準備も大変だ。
投球フォームをサイドスローに変えた塹江敦哉は、昨季までの13球前後から大胆に球数を減らした。
「開幕したばかりのころは“3球”でした。真っすぐとスライダーだけで3球。最近はカットボールとフォークも使うので、6球くらいです。バックアップの回数が増えると思っていたので、キャンプから準備していました」
フォームを変えたことで、左のワンポイントという新境地を切り開いた。特に先発投手の代え時を迎える試合中盤は慌ただしくなる。それでも、首脳陣の期待に応えられるよう、フォーム改造を決めたときから覚悟していた。投球練習以外で全身の筋力の体温を上げたり、プライオボールを用いたりして工夫を重ねた。
今季の登板数28試合はすでに昨季の8試合を大きく上回る。“左殺し”という役割で生きて行く覚悟を決め、首脳陣にとっても貴重な存在となった。
塹江とともに勝ちパターンを支える役割を担う森浦大輔は、昨季ブルペンでの球数を15球から10球に減らしたことに加え、マウンドで与えられる5球の投球練習も4球にとどめている。
「バッターが立ったとき、いい球を投げられるかは別なので。バテないように投げようと思って」
マウンド度胸と同じように表情をひとつも変えずに淡々と語る。新人から2年続けて50試合登板した経験は伊達じゃない。
肩を作るのは1試合2回まで
選手個々だけでなく、チームとしての改革も当然ある。菊地原コーチは選手のサポートを約束する。
「選手が努力をするだけじゃなく、自分たちもベンチとブルペンでしっかりと連携をとって、できるだけ肩をつくる回数を減らさなければならないと思っている」
救援投手には肩を作らせるのは1試合で2度まで。延長戦に入らない限り1試合に3度肩をつくらせることはない。“無駄づくり”に制限をかけた。また、ここまで2連投はあっても、3連投はない。ベンチ入りさせても、試合前からノースローが決まっていたケースも何度かある。
ここまでの救援防御率はリーグトップの阪神の1.87に次ぐ1.96をマークする。新井体制下での改革の成果は、直近5年の救援防御率からも見てとれる。
◆直近5年の広島救援防御率
20年 4.64 リーグ6位
21年 3.50 リーグ4位
22年 3.31 リーグ5位
23年 3.14 リーグ3位
24年 1.96 リーグ2位
救援陣の安定は広島の躍進に大きく貢献している。4勝2敗で滑り出した交流戦明けの2カードでは、栗林が1試合、島内は2試合しか登板していない。チームが掲げた「減らす勇気」をそれぞれが持ち、2投手を除いたとしても救援陣の防御率は2.24とリーグ3位の同2.37の中日を上回る。小さな1歩だったかもしれない「減らす勇気」は、いま大きな成果を生んでいる。