「特攻は無駄死に」だったか…福原遥主演映画で物議をかもしたセリフを正面から考える

（ネタバレを含みます。未見の方はご注意ください）

2023年12月8日、映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』（主演・福原遥、水上恒司。監督・成田洋一。主題歌・福山雅治）が封切られた。原作は汐見夏衛。2016年に文庫で刊行されたライトノベルで、2020年頃、ショート動画のTikTokで読者による『とにかく泣ける作品』という投稿がバズったことから重版を重ね、文庫本·単行本·児童文庫合わせて90万部を売り上げ、さらに部数を伸ばしている作品なのだという。

ストーリーは、ごく大雑把にいえば、現代の女子高校生（原作では中学生）が大戦末期の1945年にタイムスリップし、特攻隊員に恋をして……というものである。

この映画が公開されたのを機にSNS上で、「特攻隊員の死は無駄死にか」という議論が展開されたが、今回はそれについて思うことを書いてみたいと思う。

観客は若年層がほとんど

私は昨年12月25日月曜日、都内の映画館で『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』を観た。真珠湾攻撃から82年となる12月8日にこの映画が封切られたのは知っていたが、はじめは観に行くつもりはなかった。昨年末に寄稿した記事『「ゴジラ－1.0」、じつは「時代考証」の観点から見ても「ものすごい映画」だったといえるワケ』にも書いたように、私は30年近くにわたって戦争体験者の取材を続けてノンフィクションの本を出し、それが縁で映像作品の考証、監修にも携わることがある。そんな職業的習慣から、自分が関わっていない作品を見ても、登場人物の経歴を逆算したり、重箱の隅をつついてしまう困った習慣がつき、特に日本の戦争ものの映画は、純粋に作品に没頭できずに疲れることが多いからだ。

そんな私がこの映画を観に行ったのは、「マネー現代」編集部より、『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』が封切られた頃から、SNS上で「特攻隊員の死は無駄死にか否か」という議論が交わされているから、それについて記事を書いてみては？と提案を受けたからである。

クリスマスとはいえ月曜日、しかも昼食時を挟む時間帯で、お客はそんなにいないだろうとタカをくくっていたら、予想に反して映画館はほぼ満席だった。開演の10分前にネットの予約画面で確認すると、132席のうち残席は最前列を中心に20席。しかも、11月、12月にそれぞれ何度か観た『ゴジラ－1.0』と『翔んで埼玉～琵琶湖より愛をこめて～』の客の年齢層が比較的高めだったのに対し、『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』はほとんどが30代以下とおぼしき若い人で、カップルの男性を除けばほぼ女性客ばかりだったのには驚いた。これほど客層がはっきりと分かれたのはネットの力だろうか。

映画のストーリーはよくあるタイムスリップもので、特に主人公が迫りくる大型トラックに意識を失い、気がつけば1945年の世界にいて特攻隊と出会うという流れは、故今井雅之氏作の舞台『THE WINDS OF GOD』（1988年初演）とソックリである。じつは私は、『THE WINDS OF GOD』のテレビドラマ版『零のかなたへ~THE WINDS OF GOD』（2005年。出演・山口智充、森田剛、沢尻エリカ。監督・中山史郎）の軍事考証の一部をお手伝いしたことがある。

タイムスリップという、そもそもあり得ないことが起きているフィクションだから、それはそれとして、実在の「冨屋食堂」の鳥濱トメをモデルにしたとおぼしき松坂慶子演じる鶴屋食堂のツルをはじめ、戦時中を生きる人たちの描写はよいと思った。なかでも、特攻隊員たちの飛行場での所作がしっかりしていたのが印象に残る……と思ってエンドロールを見ると、やはり軍事所作指導に『ゴジラ－1.0』や『永遠の0』と同じく元自衛官の越康弘氏、長谷部浩幸氏の名前があった。自衛隊と旧陸海軍では挙措動作がちがうけれど、軍人経験者から直接指導が受けられなくなったこんにち、旧軍との差を理解したその道のプロが携わることで、要所がピリッと引き締まるという例である。

俳優陣の好演もあいまって、恋愛ドラマとして思わず引き込まれるものがあった。特攻隊員が搭乗する一式戦闘機「隼」も、これまでの陸軍特攻ものの映画と比べてもリアルである。福原遥演じるヒロイン百合が、水上恒司演じる初恋の特攻隊員佐久間彰の出撃を涙とともに見送って、ふと一陣の風が吹き、現代に戻ってくる。そして、社会科見学で訪ねた戦争史料館で、百合が、彰が自分に宛てた手紙と再会するシーンでは、館内のあちこちですすり泣く声が聞かれた。

福原遥は2022年度後期のNHK朝ドラ「舞いあがれ！」でヒロイン岩倉舞を、水上恒司は2023年度後期の朝ドラ「ブギウギ！」で、ヒロイン福来スズ子の最愛の人・村山愛助を演じているから、それぞれお茶の間でも馴染みがあるだろう。

戦争の悲劇は「泣ける」で済まされるのか

ただ、職業柄、引っかかる点はいくつかある。

早稲田から陸軍に入った特攻隊員の階級がなぜ伍長？（大学あるいは高等学院を卒業しているなら「特別操縦見習士官」となり少尉に任官後に出撃するのが自然である。あるいは当時の早稲田実業学校か早稲田商科学校などに在学中、陸軍の少年飛行兵を志願し、教育終了時に現役の伍長となり部隊配備されたものだろうか）とか、B-29の編隊があんな低空で機銃掃射しながら爆撃するのは、「東京大空襲」の「民間伝承」を鵜呑みにしたものであり得ない（これはNHKの考証担当シニアディレクター・大森洋平氏もつねづね指摘している）とか、福原遥が出撃を見送るとき、隊門に番兵の1人もいないのはおかしくないかとか、出撃が7月7日とされていたけれども、陸海軍ともに沖縄への特攻作戦は、陥落の情報が入った6月22日で事実上意味を失い終了したはず（陸軍でそれ以降にも4名、7月19日に沖縄方面で戦死した特攻隊員がいるが）、などである。社会科見学の史料館が海軍の阿見町予科練平和祈念館で、じっさいにはそこに陸軍特攻隊の遺書はないから「あれ？」と思ったが、これはそういう舞台設定ということで納得すべきなのだろう。

ちなみに私も、伯父が陸軍特攻隊の生き残りである。また、遠縁にあたる角谷隆正陸軍少尉（特別操縦見習士官1期、戦死後大尉）が昭和20年4月29日、鹿児島県の知覧基地を発進した第十九振武隊で特攻戦死しているが、遺書は知覧特攻平和会館にある。

というわけで、映画の中身そのものは、よほど煩いことを言わなければ「感動の恋愛ドラマ」として見ごたえのあるものだった。だが少々違和感を覚えるのは、制作・配給サイドもふくめて「泣ける映画」という煽りが過ぎるように感じることだ。

たとえば公式サイトの「感想投稿キャンペーン」には、

〈SNSで「初めて本を読んで泣いた」「号泣した」と超話題〉

とあり、じっさいに寄せられた感想も「感動した」「泣いた」のオンパレードである。感動を伝えるのに「泣く」以外の表現はないのだろうか。胸の奥底から突き上げてくる、涙にならない感動というのもあるだろうに……。

商業映画だから、興行収入を上げるため宣伝文句でメインターゲット層を煽るのは、ある意味当然ではある。だが、500人を超える旧軍人や遺族にインタビューを重ねてきた取材者として、また特攻戦死者の親族の端くれとして、隊員たちの死や愛する者との離別を「泣ける」で片づけてしまっていいのだろうか、という思いは残る。

それでも征かざるを得なかった

12月22日配信のY！ニュース、Real Soundによる「『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』が泣ける本当の理由とは？　“いま”戦争を描く作品の意義」と題する記事に、そんな違和感に対する手掛かりがある。

〈『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の場合は、日本がかつて繰り広げていた戦争によってもたらされる離別が悲しみを誘い、涙を流させる。〉

〈自分を助けてくれた優しい彰が特攻によって命を散らすことに、百合は納得がいかなかった。それは日本が負けたという歴史を知り、特攻が何ら戦況を変えなかった事実を知り、そして戦後の日本がアメリカの庇護下で大いに発展して、自分たちが享受していた平和な状況へと繋がったことを知っているからで、彰にも他の特攻隊員にもそのことを知らせたいと考えた。

百合は訴えた。「……特攻なんて、自分から死にに行くなんて、馬鹿だよ。そんなの、ただの自殺じゃん……。馬鹿だよ。特攻を命令した偉い人も、それに従っている人たちも、みんな馬鹿。やめればいいのに。逃げちゃえばいいのに」。そしてこうとも。「特攻なんて、体当たり攻撃なんて、ただの無駄死にだよ。みんなが命を捨ててと敵艦に突撃しても、結局敗けるんだよ」。彰は自分を曲げなかった。〉

――現代の高みからは何とでも言えるという好例だろう。戦争の渦中、特に1945年の特攻隊員たちの多くは、この戦争で日本がほんとうに勝つと本心から思っているほど馬鹿ではない。それでも当事者にとっては「いつ終わるかわからない戦争」だから、戦うほかの選択肢はなかった。敵の侵攻を少しでも遅らせ、日本本土上陸を思いとどまらせ、愛する人たちを守ろうと、彼らは死の恐怖と戦い、現世に思いを残しながらも征かざるを得なかったのだ。

そんな特攻隊員たちに、「自分から死にに行くなんて、馬鹿だよ。そんなの、ただの自殺じゃん」「結局敗けるんだよ」などと誰が言えるだろうか。現に、「終戦の日」とされる8月15日にも敵機の空襲があり（関連記事「知られざる『終戦後』の空戦～8月15日に戦争は終わっていなかった」）、激しい空戦で双方に戦死者が出ているし、昭和天皇の「玉音放送」の前後にも特攻隊が出撃しているのだ。

1945年に生きるということ

Real Soundの記事には、

〈現代人ならごく普通の考えも、戦争の中で教育を受けて来た彰たちには伝わらない。〉

とあるが、伝わらないのは当たり前である。それは「戦争の中で教育を受けて来た」からではなく、1945年という時代に生きているからだ。たとえば2019年の日本で、どこから来たかわけのわからない女子生徒が、「もうすぐ新型肺炎のウィルスが蔓延して大勢の人が死に、海外にも行けなくなり、3年半もマスクの外せない生活が続くんだよ。マスク買っときなよ」と言ったり、2011年2月の東北、あるいは昨年12月の能登半島で、「もうすぐ大地震が来てこの町は津波で流されるから逃げて！」……などと言っても、それを真に受けて言うことを聞く人がどれだけいるだろうか。

記事についたコメントも、多くは内容に賛意を示し、映画を観た感動を伝えるものだったが、なかにこんなコメントもあった。

〈映画の感想を読みながら、みなさん素直で真っ直ぐだなと思いました。

新聞ラジオがSNSに代わり、映画の宣伝も感想も「大号泣、超感動、大ヒット、感涙必至！」と、軍艦マーチが流れるくらい特攻隊員を“ある意味”祀り上げる。私の様に生き残られた方々に直接話を聞いてきた感覚で発言すると、異質な意見として大多数のなかで叩かれる。

何ら変わらないことに気が付いてほしいです。（中略）

文中を引用しますが、

特攻が何ら戦況を変えなかった事実を知り、そして戦後の日本がアメリカの庇護下で大いに発展して云々・・そんなことタイムスリップ出来ても知らせたくないです。〉

このコメントの筆者は、別の投稿者からの〈映画の感想は観てるけど、映画は観ていない様ですね〉と嘲笑するかのようなリプライに対し、正体を明かしている。2007年7月に刊行され、当時話題になった本、『8月15日の特攻隊員』（新潮社）の著者、吉田紗知。25歳のとき、大好きだった祖父が亡くなったことをきっかけに戦争体験者の聞きとり取材を始め、そのなかで曽祖父の弟・大木正夫上飛曹が、1945年8月15日、玉音放送の後に第五航空艦隊司令長官・宇垣纒中将が自ら率いた「最後の特攻隊」で亡くなったことを知る。そして、その死の真相を掴み、最期の状況を知ろうと、2年半にわたって関係者を探し、丹念に訪ね歩く。

――足を棒にして親族である特攻隊員の死と向き合い、その意味を問い続けてきた彼女にとって、特攻隊員の死をただ「泣ける」エンターテインメントの具として消費するような『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の宣伝の煽りは釈然としない、いや耐えがたいものであったのだろう。

戦争批判と特攻戦死者への敬意

では、特攻隊員たちの死はほんとうに「無駄死に」だったのだろうか。

数多くの元特攻隊員（なかには何度も出撃して敵艦隊に遭遇できず、生還した人もいる）や遺族に直接インタビューを重ね、遠縁とはいえ身内を特攻で亡くしている私の立場から見れば、彼らの死が「無駄死に」だったなどとはとても言えない。

『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の劇中、ヒロインの百合が言った「結局敗けるんだよ」はその通りだ。しかし当時を生きた人たちにとって、戦争は現在進行形の現実である。

「特攻」を美化すべきではないし、人の死を前提とした作戦を推し進めた陸海軍の上層部は批判されて然るべきだと思う。戦争で軍人が死ぬのはやむを得ない。だがその「死」は任務の遂行の結果であって目的ではない。たとえ上官であっても部下に「死」を命じることはできない、というのが当時をふくめ近代軍隊の常識である。ましてや「俺も必ずあとから行く」と部下を死出の出撃に送り出しながら、約束を違えて戦後をのうのうと生きた将官や、特攻を推し進めた参謀本部（陸軍）、軍令部（海軍）などの参謀たちに同情の余地はない。そして特攻隊を賛美し、「神」とまで持ち上げ、敗戦とともに掌を返した新聞などメディアの責任も問い続けられるべきだろう。

だがそれらと、特攻戦死者（に限らず戦没者全般に対してだが）に敬意を払うこととは、本来ならば両立する別の話だ。時の流れは連続している。幸いにして戦争を生き延びた人々の子孫であるにすぎない戦後世代が、彼らの死を「無駄死に」と断じることは、戦死した本人にも、遺された遺族に対しても失礼きわまる、およそ人の尊厳や命の大切さを無視した暴論である。その区別ははっきりとつけるべきだと思う。

ファンタジーが事実を覆い隠す

前述の陸軍特攻第十九振武隊で戦死した、私の遠縁である角谷隆正少尉の兄・角谷彰彦が、『八尾市久宝寺地区戦没者記録集』（1971年、久宝寺遺族会。大阪府八尾市久宝寺地区の戦没者214柱の詳細が掲載されている）に寄せた手記が残っている。

〈振武隊は陸軍の特攻隊であるが、海軍の神風特攻隊に比べ、その名を知る人は少ない。（中略）その振武隊員の数六百六十七名とある。旧装備をカバーするため故意に人命軽視の没理性的行動を賞揚し、作戦を誤り敗戦を招いた陸軍の責任は解体により雲散霧消したが、振武隊の名もともに忘れ去られたのは残念である。第十九振武隊が首都防衛の任を捨て沖縄救援のため西下して伊丹に来た。目前の生家に一泊も許されず戦場に赴くに際し「最後に空より村を見、家を見た。実にのどかな村である。我が家も明瞭に判った。二回三回突っ込んで（急降下して）飛去った。これで見納めである」と遺書に述べている弟の身上を憶い如何にその死を評価するかを反芻吟味し乍ら、現時点に於ては決しかね、後世の判断に委す外なしとしても、天のみが唯一の贈り物とし永遠の若さを与えてやって呉れたかと遺影を見るにつけ考えるこの頃である。〉

この文章が書かれたのは戦後26年。もし、弟・隆正が生きていたら50歳になる年だった。戦後79年を経たいまでは想像もつかないぐらい、戦争は未だ身近な記憶だった頃である。簡潔な文章のなかに、兄として、忘れ去られつつある弟の死になんとか意味を見出そうと想いを巡らす苦しみと、深い哀しみが読みとれよう。特攻戦死が発表されたとき、角谷家を「軍神の家」と持ち上げた村人たちが、敗戦後、態度を豹変させて石を投げにきた、という話も聞いている。

『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』が、「（若い人が）戦争を考える入口に」という声がある。確かにそんな一面はあるだろう。ただ、これまでもそのように言われた架空戦記や漫画、アニメなどはいくつもあったが、ファンタジーから得た感動は結局はファンタジーの世界で完結してしまい、そんな人はかえって先入観にとらわれて「ほんとうのこと」を受け入れなくなるという例をしばしば見聞きしてきた。悩ましい問題である。

過ちを繰り返さないために、反省することは大切だ。しかしその反省は、あくまで「事実」に基づいたものではならない。ファンタジーをもとに特攻隊員を「無駄死に」呼ばわりしたり、逆に美化したりするところからは、得るべき教訓など生まれてこない。

繰り返すが、『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の映画そのものは、恋愛ドラマとして、思わず引き込まれる力のある作品だ。だが大ヒット作ならなおのこと、ヒロインのセリフから、特攻隊員の死は「無駄死に」だったとの決めつけが、この作品に「号泣」する若い世代に定着してしまうことを私は危惧する。これは泣かせどころのツボを押さえた原作のうまさと、ヒロインを演じる福原遥の迫真の演技がそれほど強い印象を残した、つまりすぐれたエンターテインメント作品であることの裏返しでもあるのだが。

『太平洋戦争の真実』

『カミカゼの幽霊』