「投資家は落胆」でも、日本企業に直撃のアメリカ新規制の行方
日本企業にも影響するアメリカ証券取引委員会(SEC)の気候変動開示規制。今後どうなるか、予断を許さない状況だ。
気候変動が業績にどのような影響を与えるのか。企業に対し、気候リスクや温室効果ガス排出量の情報開示を義務付ける動きが世界的に加速している。
2023年1月、欧州連合(EU)の企業サステナビリティ報告指令(CSRD)が発効。同年6月には国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が、乱立する開示基準の統一を目指し、第一弾の基準を公表した。
そして2024年3月6日、経済界や共和党の反発に遭いながらも、アメリカの証券取引委員会(SEC)が米上場企業に情報開示を義務付ける規則を採択した。
対象となるのはアメリカ企業だけでなく、トヨタ自動車や本田技研工業、ソニーグループ、三菱UFJフィナンシャルグループなどのメガバンクといった、アメリカの証券取引所で米預託証券(ADR)が売買されている外国企業も含まれる。
ただ、規制の採択に伴い、共和党寄りの複数の州で訴訟が起こり、執行が一時停止される事態も起こっている。
「アメリカ大統領選で共和党が勝利したとしても、情報開示の方向性は変わらない」
そう語るのは、SECの国際部門で気候関連情報開示に携わり、現在は温室効果ガス排出量算定(炭素会計)プラットフォームを展開するパーセフォニ(Persefoni)の最高グローバル政策責任者、エミリー・ピアス氏だ。新規則の注目点と今後の見通しについて聞いた。
賛否両論だが、投資家は「落胆」
パーセフォニ(Persefoni)の最高グローバル政策責任者を務めるエミリー・ピアス氏。前職はSECの国際部門でアシスタント・ディレクターを務めていた。
── SECがアメリカで上場する企業に対し、温室効果ガス排出量や気候リスクに関する情報開示を義務付けることを決めました。
SECの役割は、投資家に投資に関する有益な情報を与えること。投資家からは長い間、気候変動に関する情報を把握したいという要望があり、その声は近年急速に高まっています。
投資家からするとその情報を投資に生かしたい。でも公的な情報がないため、例えば有料で自ら情報を入手するしかない。しかもそれらは情報が断片的で比較不可能な部分があるため、非常に非効率だったのです。
投資家の要望に対し、今回規制という形で応えられるようになったことは大きな前進です。
── 開示対象は。
基本的にはアメリカで株式公開をしているほぼすべての大企業。日本企業も対象です。温室効果ガス排出量の報告範囲はスコープ1(自社排出)と2(エネルギー使用に伴う排出)。数値に関しては、保証(根拠)も明確にして開示することが求められます。
── 当初はスコープ3も含める方向で検討されていた。
最終的にスコープ3(取引先の排出)が外されたことについては、賛否両論を呼びました。投資家は概ね、スコープ3、つまりバリューチェーン全体が含まれなかったことに対し落胆しています。
── その他の特徴は。
ユニークなのは、異常気象による企業の損失についても報告することになった点。最近アメリカ全土で竜巻や干ばつ、洪水といった異常気象が頻発しているためです。
気候変動が要因かどうかにかかわらず、自然災害による損失を分析して報告する必要があります。
「SECより厳しい」EU・カリフォルニア規制との関係
── 企業の反応は。
アメリカでは現在、スコープ3まで開示している企業が比較的多い。というのも、カリフォルニア州とEUの規制では既に、スコープ3まで開示することが決まっているからです。
今後は、今回導入が決まったSECと、カリフォルニアとEU(企業サステナビリティ報告指令=CSRD)の規制における情報格差、その溝をどう埋めていくかが課題になるでしょう。
── SECの情報開示は2027年からスタートします。
2027年から開示義務が始まるということは、2026年からデータを集め始めなければなりません。2026年のデータを2027年に開示するということです。
EUのサステナビリティ指令(CSRD)がSECより1年早く、2026年から開示が義務付けられることを考えると、1年前倒しし、2025年をトレーニング期間と位置づけて収集し始めることが現実的でしょう。
── EUの指令の影響は。
EUのCSRDの対象企業は非常に広範囲。しかも国際的な取引をしている企業も非常に多い。CSRDの対象になった企業が、取引先の企業に対しデータを求めてくることがあり得えます。
つまり、CSRDはヨーロッパにとどまらず、アメリカや日本などほかの国にも波及する。そのため、2025年からデータを収集する必要があると思います。
── カリフォルニア州の規制については。
カリフォルニア州もSECより厳しく、範囲も広い。たとえ子会社であっても同州でビジネスを行い、一定の売り上げ(5億ドル)を超えている企業はすべて対象になります。