高校授業料無償化が「早々にドロップアウトする」子供たちを増やしている皮肉 都立高校の定員割れも毎年増加傾向
2024年度から私立を含むすべての高校授業料の「実質無償化」を決めた小池百合子・東京都知事(時事通信フォト)
受験シーズンが到来するなか、保護者の関心は「合否」ばかりではないかもしれない。今春から、東京や大阪では高校授業料の負担に大きな変化が見込まれているからだ。高校授業料無償化の先にある教育の未来とは──。【前後編の前編】
東京都では高校授業料助成に設けられていた「所得制限」がなくなる
全国的に高校授業料はすでに実質的に無償、もしくはそれに近い状態になっているが、来年度は東京・大阪でさらに制度が拡充される予定だ。大阪府では所得制限なしで公立・私立を問わず授業料(年間の上限は63万円)を公費負担とする無償化策を来年度から段階的に実施する。同じく東京都の小池百合子知事は昨年12月5日、年収910万円未満の世帯を対象に最大47万5000円まで支援する同制度の所得制限を来年度から撤廃する方針を示した。
都では制度による支援対象が拡大されるが、文部科学省によれば、すでに何年も前から、約8割の家庭が授業料無償化の恩恵に与って(高等学校等就学支援金制度を利用して)いる。子供を持つ親からすれば、教育費の家計負担の軽減につながるありがたい政策と言える。
しかし、授業料無償化は“いいことばかり”と言えるのか。教育費の無償化議論は、主に「少子化対策」や「経済格差是正」という側面から語られることが多い印象で、それが教育現場にどんな影響を与えているかについて聞く機会は少ない。
そうしたなか、塾講師のX(旧Twitter)アカウントとして知られる「東京高校受験主義」氏が小池知事の無償化策発表当日である12月5日にポストした内容が、一時、話題になった。その投稿を要約すると、以下の通りだ。
授業料無償化で、これまで「私立はお金がかかる」という理由で、公立を併願し、2月まで受験勉強をしていた層が、偏差値40〜50の私立を推薦で単願受験するようになった。(すると、中学3年の)11月ごろに進学先が決まるのでそれ以上、受験勉強する必要はない。同じ境遇の「遊び放題グループ」を形成して中3の後半を過ごし、遊びぐせが抜けないまま進学するので高校入学後、ドロップアウトする子が増えている(要約終わり)。
高校授業料の無償化で、進路選択によっては中学3年の途中で学習放棄をするケースが増えているとの指摘である。もしこれが真実なら、「高校授業料無償化」の意図しない結果と言えるのではないか。
高校無償化を進めた「張本人」に聞く
そもそも高校授業料の無償化は、2010年に民主党政権下で成立・施行した「高校無償化法(公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律)」から始まった。その推進役となったのが、当時、文科省副大臣で、現在、東京大学公共政策大学院教授などを務める元参議院議員の鈴木寛氏だ。無償化へ舵を切った理由は何か。
「1976年に発効した国際人権規約の13条2項には、『中等教育(中学・高校)は、すべての人に漸進的に無償にする(ただちに誰もが無償とする必要はないが、無償にする方向で政策を進める)』とあります。たとえば、アメリカは19世紀から、英仏は戦間期(第1次世界大戦と第2次世界大戦の間)から無償にしてきた。
1979年に同条約を批准した日本ですが、実は13条の無償化部分については長年、留保していました。世界で同様の留保をしていたのはマダガスカルとルワンダと日本の3か国だけです(2012年9月、日本は留保撤回を国連事務総長に通告)。それで、私が文科省副大臣を務めていたときに、高校無償化の音頭を取り、就学支援金を交付する法を作りました。その意味では、私が“張本人”です」(鈴木氏、以下同)
少子化対策や格差是正とは関係なく、無償で中等教育を受ける権利は国連が定めた“人権”の一つだった。世界では無償が当たり前で、日本はむしろ遅れていたという。しかし、前述の塾講師が指摘したような事態が起きることは想定していたのか。
「その塾講師の方が語った内容は事実だろうと思います。ただ、東京では授業料無償化がきっかけで起きたかもしれませんが、実は地方では東京より早く、同じような生徒の学業放棄が起きている。
これは無償化ではなく、東京よりはるかに早く進む少子化による影響で、定員割れが広がり、受験勉強しなくても高校に入れるようになったからです。学力上位層は別にして、今はもう、入試を“脅し”に使って中学生に勉強させることができなくなっているのです」
近年は都立高校でも定員割れが起きている。創育/新教育研究協会が公表している都立高の合格状況を見ると、都立普通科(コース制、単位制普通科を除く)で、定員割れで受験者全員が入学する「全入」になった高校は、2017年度には1校もなかったが、翌2018年度には男女とも全入が6校、男子のみ全入が1校、女子のみ全入が3校出た。それ以降、全入の都立は増加傾向にあり、2023年度には男女とも全入が17校、女子のみ全入が1校となった。定員割れが起きているのは主に偏差値による序列で下位の高校だ。
(後編につづく)
取材・文/清水典之(フリーライター)