米国の大手4社が日本に「4兆円」巨額投資、TSMC決算でわかった世界経済の「一大変化」とは?
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スマホからAIデータセンターへ――。半導体最大手TSMCの決算で明らかになったのは、世界経済のけん引役がシフトしたことだった。米オラクル、マイクロソフト、グーグル、AWSの4社が約4兆円もの対日データセンター投資を表明してもいる。この一大変化を見逃してはいけない。(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)
TSMC決算で明らか「スマホからAIデータセンターへ」
世界最大のファウンドリー(半導体の受託製造を行う企業)である台湾積体電路製造(TSMC)が4月18日、2024年第1四半期(1~3月期)の決算を発表した。増収増益もさることながら注目すべき最大のポイントは、スマートフォンからHPC(ハイ・パフォーマンス・コンピューティング)へ成長領域がシフトしたことだ。スマホはリーマン・ショック後の世界経済を支え、けん引役となったが、そうした役目はAIへバトンタッチしたのだ。
AIの展開に必要なデータセンターの建設は世界的に急増している。わが国においても、マイクロソフト、グーグル、アマゾン・ドット・コム傘下のAWS、オラクルがデータセンターの建設(対日直接投資)を発表した。今後も、AI利用のための大規模なデータセンターの建設は増えるだろう。
一方、米金融市場で今、年内の利下げに対する見方が変化している。当初は、年内に3回から6回の利下げがあるとの見方が多かった、ところが、根強いインフレ傾向もあり、「利下げの回数はかなり減る」との予想が多数派になりつつある。この影響もあり、長期金利の上昇圧力が強くなっている。
中東情勢の緊迫感も懸念材料だ。米AI関連銘柄には割高感もあり、世界的に株式市場の調整リスクが上昇しつつある。これから、世界的に景気への先行き不透明感が高まる恐れもある。
そうした状況にもかかわらず、TSMCは設備投資計画を堅持している。中長期的なAI利用の加速、データセンター建設需要にしっかりと対応する戦略が明確であることを、再確認する機会になったと言えよう。
「AI関連の飽くなき需要に対応する」魏哲家CEO
「AI関連の飽くなき需要に対応するため、世界の関連企業がTSMCと協業を強化している」
TSMCの決算発表説明会で、魏哲家(C.C.ウェイ)最高経営責任者(CEO)はこう語った。その10日ほど前には米アリゾナ州フェニックスに第3工場の建設を計画していると発表したばかりだった。
第3工場では、回路線幅2ナノ(ナノは10億分の1メートル)以下の線幅の半導体を生産する予定だ。この工場に関して、TSMCに支援を提供する米商務省は、30年までに世界の最先端半導体の20%を生産する目標を明らかにした。
TSMCは高価格帯AIチップの受託製造体制を強化する戦略を一段と明確にしている。その競争力を取り込んで、世界のAI革命を主導する米国の野心はしたたかだ。
現在、TSMCは主に六つの用途に分けて売上高の割合を公表している。HPC、スマホ、IoT(インターネット・オブ・シングス、工場などでの省人化などを支える機器向けのチップ)、車載用半導体、デジタル家電、その他だ。1~3月期、AIの深層学習を行うサーバーなどHPC向けチップの売上高が全体の46%に達した。これは、18年以降の最高値を更新する金額だ。
一方、18年10~12月期に売上高の53%を占めたスマホ向けチップの比率は、38%に低下した。18年頃を振り返ると、世界のスマホ需要、特に主要先進国における販売は飽和し始めていた。そしてその後は中国スマホメーカーの低価格モデルに需要が向かい、コモディティー化が進んだ。24年1~3月期、米アップルのiPhoneの出荷台数は前年同期比で10%近く減ったと見られ、中国市場において苦戦しているとも伝えられている。
スマホ向けチップからAI、特に、AIの性能向上に欠かせないデータセンター向けのGPU(画像処理半導体)やHBM(広帯域メモリー)へ――。世界の半導体産業の需要の源泉は急速にシフトしている。IoT、車載、デジタル家電向けといった利幅が相対的に薄いチップが、TSMCの売上高に占める割合は低下した。
4社で約4兆円!増えるAIデータセンターへの投資
TSMCのさらなる成長に向けて重要なのは、AIのトレーニングのためのデータセンター建設が増えることだ。4月18日、オラクルは今後10年間で80億ドル(約1兆2000億円)を投じ、わが国でデータセンターを拡充すると発表した。オラクルだけではない、これまでにマイクロソフト、グーグル、アマゾンも合わせて4社で約4兆円の対日データセンター投資が表明されたことになる。
今、スマホ向けのチップ需要が鈍化する一方、GPUの需要が加速度的に増加している。データセンター分野でも、非AIとAI関連という二極化が起きている。従来のデータセンターは「コロケーション型」と呼ばれるものが多かった。
コロケーションとは、データセンター内の共同スペースを活用して企業独自のサーバーを設置・運営・管理する方法をいう。それにより、企業は自前でのサーバー運用にかかるコストの軽減や、災害時における事業継続性の向上に取り組んでいる。コロケーション型データセンターへの需要は底堅い。
他方、ChatGPTが22年11月にスタートしたのをきっかけに、HPC型データセンターの需要が急増している。AIの利用増加で、企業や政府が取り扱うデータの容量も格段に増え、コロケーション型データセンターの需要も押し上げられている。米マッキンゼーの予測によると、30年までのデータセンターの需要増加ペースは年率5.4%だという。このペースは世界経済の平均的な成長率(3%の前半から半ば)を上回る。
TSMCの主な収益源がスマホからAI向けのHPCにシフトしつつあることは前述した通りだ。23年末時点で、世界のファウンドリー上位10社の売上高に占めるTSMCのシェアは61.2%に拡大し、韓国サムスン電子は11.3%に低下した。24年1~3月期、TSMCが増収増益になったことで、同社のシェアはさらに引き上がった可能性が高い。GPUなど先端のAIチップの供給において、TSMCの独走状態に拍車がかかっている。
TSMCの設備投資「維持」の意義は大きい
TSMCは経営計画において、280億~320億ドル(約4.2兆~4.8兆円)もの設備投資も維持している。今後の展開にもよるが、AIなど先端チップの製造技術強化に向け、TSMCは二つの分野で設備投資を積み増すだろう。
まず、前工程の強化がある。次世代の回路線幅2ナノメートルの製造ラインの量産体制の早期確立、次々世代(1ナノ)の量産開始などが考えられる。
また、後工程(ウエハー上に形成した半導体回路を切り出し、ケースに封入し、周辺ユニットとの配線などを行う工程)でも設備投資は増えるだろう。世界の半導体メーカーにとって微細化のコスト負担は増大傾向にある。
ユーザーの要求を満たすチップをより効率的に製造するため、チップレット生産など新しい半導体の製造技法の開発が加速している。米オープンAIとマイクロソフト、メタ、アマゾン・ドット・コムなどが開発を強化する大規模言語モデル=LLMの性能向上に向け、カスタマイズされたチップセット供給の重要性が増している。
従来、後工程は台湾の日月光集団(ASEテクノロジー・ホールディング)など、専業メーカーが高いシェアを持つ。TSMCがAIチップ需要を確実に取り込んでバリューチェーンを強化するために、後工程事業を強化する必要性は急上昇しているだろう。
世界経済の先行き不透明感が高まる中、TSMCが従来の設備投資計画を維持したことは注目すべきだ。足元、世界の株式市場は不安定になっている。米国経済は想定以上に好調で、24年にFRBが利下げを行う可能性は低下した。イランとイスラエルの報復攻撃など、中東情勢の緊迫感が増していることもインフレ懸念を押し上げる。スマホ需要の飽和や中国経済の低迷で、オランダのASMLでは最先端EUV露光装置の新規受注が弱かったという。
中長期的に、生成AI、さらには汎用型AI(AGI)の利用を目指す企業や政府は増え、GPUなどの需要は拡大するはずだ。TSMCは高成長を実現するために設備投資を減らすことはできない。
わが国の関連企業がAIの成長加速という変化を取り込むためには、リスク管理をより厳格にしつつ、需要が増える分野でスピード感をもって設備投資を積み増すべきである。