病院の断水対策に「井戸」、災害時の医療提供体制の要に…厚労省「導入する災害拠点病院が年々増加」
熊本市民病院の敷地内に設置された井戸の元栓にあたるバルブ(4月8日、熊本市東区で)
医療機関の災害時の断水対策として、井戸水への注目が集まっている。自前の水源を確保することで、給水量の低下や断水の長期化に備える狙いがある。断水の影響は大きく、2016年の熊本地震では入院患者が避難する一因になった。能登半島地震の被災地でも、病院の機能を維持するうえで問題となっており、対策が急務となっている。(小川晶弘、中村直人)
■熊本地震では受水槽が破損
熊本市東区の市立熊本市民病院で4月8日、職員が敷地内のマンホールを開け、深さ80メートルの井戸があると説明してくれた。
「水がなければ医療を提供できない。井戸は重要なインフラ(社会基盤)です」
388床がある地域の基幹病院で、救急患者の受け入れを24時間体制で行っており、市病院局事務局総務企画課の中村大治課長(47)は強調する。
病院は熊本地震で被災し、天井や窓ガラスが壊れたほか、水道水をためる受水槽の天板も部分的に破損。雨水などが入り、医療用や飲用で使えなくなった。入院中だった310人は安全確保のため、転院や退院を余儀なくされた。
これを教訓に、19年に移転した新病院には井戸と浄化装置を整備。昨年度は使用水量の94%を井戸水で賄った。
厚生労働省によると、熊本地震の直後、熊本県内では最大で約43万戸が断水。県内の医療機関約2500か所に被害を尋ねたアンケートでは、160か所が「貯水槽・給水タンクの損傷」を挙げた。
■別ルート確保で安心感
医療現場では医療機器の洗浄などのほか、入院患者の食事や入浴など幅広い用途で水を使う。水不足は、衛生環境の悪化や健康被害につながる恐れがある。
全国の災害拠点病院を対象にした11年の調査で井戸設備があったのは229病院だったが、18年の緊急点検では439病院(調査した736病院の約6割)が、井戸水の利用が「ある」と答えた。厚労省の担当者は「熊本地震などの災害が相次ぎ、井戸水を導入する災害拠点病院の数と割合は年々増えている」と説明する。
福岡徳洲会病院(福岡県春日市)は17年に井戸を設置し、水道水と混ぜ合わせた水を日常的に使っている。担当者は「診療の継続に期待できる」と話す。
薬師寺医院(佐賀県鹿島市)は、1970年の開業時に整備した井戸の使用を2013年に中止していたが、熊本地震を受けて「復活」させた。院長の薬師寺浩之さん(60)は「各地で災害が起きており、水道水とは別のルートを確保しているのは安心感がある」と力を込める。
■被災地に提供も
自治体と連携する動きも出ている。三重県鈴鹿市は、災害時に井戸水を供給してもらう協定を2医療機関と結ぶ。市防災危機管理課の山本章善課長は「飲料水確保は大きな課題で、供給の安定化につながる」と話す。
熊本市は熊本地震後、災害時に井戸水を住民に提供する「災害時協力企業井戸」の登録制度をつくった。同種の協定を結んだ井戸を含めると103か所あり、17か所は医療機関という。
大阪公立大の遠藤崇浩教授(環境政策学)は「病院で使う水を全て備蓄で賄うには膨大なスペースが要り、水源の確保は課題だった。井戸は足元にある『天然の備蓄庫』で、有効な選択肢の一つ。地域に提供する動きが広がれば、早期の復旧につながる」と話している。
■透析に大きな影響
断水で大きな影響を受けるのが人工透析治療だ。腎臓に代わって血液から老廃物を取り除く過程で大量の水が必要となるため、治療継続が困難となる。
熊本地震では透析患者の男性が転院を余儀なくされ、災害関連死で亡くなった。能登半島地震で被災した石川県内では、透析施設43か所のうち最大で7か所で透析ができなくなった。
厚生労働省の研究班が全国の透析施設に行った2021年の調査では、回答した507か所のうち井戸水などを確保しているのは約3割の142か所だった。水道管の耐震化率は全国平均で4割余りにとどまっており、水道以外での備えが求められている。