瀬戸内海の離島に未利用魚使った「海を休ませるレストラン」…漁獲減に危機感の若手漁師がオープン
未利用魚をふんだんに使った料理を提供する大石一仁さん(右)と妻の佑紀さん(香川県丸亀市の塩飽諸島・本島で)=近藤誠撮影
瀬戸内海に浮かぶ香川県丸亀市の離島に、サイズが小さいなどの理由で市場に出回らない「未利用魚」を使ったメニューを提供するレストランがオープンした。島で生まれ育った漁師の大石一仁さん(27)が、地元の海の生き物が減ったことに危機感を抱き、未利用魚を有効活用して海の現状に関心を持ってもらおうと発案した。観光客らに好評だ。(高松総局 中山真緒)
イカの一種「ベイカ」とほうれん草の煮物、タコとセロリのサラダ、ムール貝のアヒージョ――。丸亀市の丸亀港からフェリーで35分、塩飽(しわく)諸島・本島(ほんじま)にある「海を休ませるレストラン」では、島産の未利用魚をふんだんに使った料理が並ぶ。
富山市から訪れた会社員の男性(42)は「知らない魚もあり、ネットで調べて食べた。こんなにおいしいのに売られていないなんて」と驚いていた。
レストランは大石さんと妻の佑紀さん(27)が経営。大石さんは島の漁師たちが取ったグチやコノシロといった未利用魚を安価で買い付け、佑紀さんが料理をする。未利用魚は漁師が家族と食べたり、近所に配ったりするが、残った分は捨てられることもある。夫妻は「普段は漁師しか食べない魚を味わってほしい」とほほえむ。
大石さんは島で代々、漁を営む一家に生まれた。幼い頃から友人たちと海に出かけ、釣りをしたり潜ったりする毎日。中学生になると父親の漁船に乗り込んで漁を手伝った。
中学卒業後に漁師となり、海に潜って貝を、船上からサワラやタコを取った。島の飲食店で働いていた丸亀市出身の佑紀さんと知り合って結婚し、漁師生活は順調だった。
だが近年、慣れ親しんだ海に異変が起きていると感じるようになった。昔は貝を取る時に寄ってきたシタビラメやアナゴの姿が消え、海底にたくさんいたタコも見かけなくなった。
「今後も魚を取り続ければさらに減ってしまう。何とかしないと」。そんな思いから、未利用魚を活用するレストランを思いついた。
佑紀さんや漁師仲間も応援してくれた。今年2月に開店し、週2~4日営業している。いけすでマサバの完全人工養殖にも取り組み、3月から未利用魚とともにレストランで提供を始めた。来店客は徐々に増え、予約で席が埋まる日も出てきた。
大石さんは来店客に地元の海で魚が減っている現状を説明する。「『まさかこんな状況になっていたなんて』と驚くお客さんが多い」という。
乱獲や生息環境の悪化などに伴う水産資源の減少は世界的に深刻な課題となっている。「漁業を次の世代につなぐために地魚がたくさんいた豊かな海を回復させ、守りたい」。店名の「海を休ませる」に込めた思いへの共感が、離島の小さなレストランから大きく広がることを、大石さんは願っている。
農林水産省によると、瀬戸内海の漁獲量(養殖を除く)は2003年は約23万トンだったが、22年は約12万トンに落ち込んだ。漁業従事者が減ったことに加え、乱獲や海水温の上昇による生息域の変化、産卵や生息の場所となる藻場の減少といった様々な要因で魚介類が減っているとされる。
高度成長期に比べて「海がきれいになりすぎた」ことが一因との指摘もある。
瀬戸内海は高度成長期に工場排水が流れ込んでプランクトンの栄養分が増える「富栄養化」が進み、プランクトンが異常発生し、それらを餌とする魚介類が増えた。だが、排水規制の強化で栄養分が減りすぎてプランクトンが減少し、魚介類も減ったとされる。
栄養分を適度に増やすため、兵庫県は22年10月から、県内の工場など33か所で栄養分の濃度を上げた排水を実施。香川県は今年3月、濃度の制限緩和に向けた計画を策定した。
◆塩飽諸島・本島=大小28の島々からなる塩飽諸島の中心の島で、人口は約250人。戦国時代から江戸時代にかけて活動した塩飽水軍の拠点として栄えた。今も残る古い町並みが、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。