日銀・植田総裁が唱える「第2の力」は既に実現している?為替介入も超円安で利上げを迫られる悪循環の始まり
「第2の力」による好循環の実現を目指す日銀の植田総裁だが(写真:共同通信社)
- 日銀は賃金と物価の好循環が強まり、消費者物価が基調的に2%に向けて高まっていくことを狙っているが、人手不足による賃上げがどこまで持続的かは定かではない。
- 逆に、物価の上昇が続く中で賃上げが止まれば、物価上昇に対応するため、景気が悪くても利上げせざるを得ない悪循環に陥りかねない。
- 市場が期待する米国の利下げもしばらく先になりそうで、円安ドル高という構図は当面続きそうだ。
(大崎明子:ジャーナリスト)
日銀は9月利上げ、市場予想以上のペースか
4月29日の祝日、外国為替市場ではドル円が一時160円をつけ、その後、155円まで急落した。おそらく為替介入はあったのだろう。
4月26日の日本銀行の金融政策決定会合の結果は現状維持の「ゼロ回答」だった。そのため、会見途中から円安が急速に進行。国民生活を圧迫している円安インフレへの対処を口にしない植田和男総裁に記者たちのイラだちがつのり、その点に質問が集中した。
やりとりは「すれ違い」に終止した。「すれ違い」は、植田総裁が言う第1の力と第2の力についての認識の違いで生じている。
第1の力とは、すなわち円安や原油高などによる輸入物価上昇が国内の財・サービスに転化されていくことによる物価上昇圧力であり、いわゆる円安インフレで多くの場合は一時的に終わる。
第2の力は賃金と物価の「好循環」が強まっていき、「基調的な」消費者物価上昇率が2%に向けて高まり、安定していくこと。つまり、国内要因による安定的な物価上昇だ。
記者の質問は第1の力である円安に集中したため、植田総裁は「円安は今のところ基調的な物価上昇率に大きな影響を与えていない」「ほかの(為替以外の)さまざまな情報を丁寧に見た上で判断する」と素っ気なかった。
だが、他方で第2の力と「基調的な物価見通し」については、企業の価格設定行動の変化で目標達成の確度は高まっていること、「基調的な物価上昇が見通しに沿えば」、追加利上げや国債の買い入れ減額など「緩和的な政策の見直しを進める」ということもハッキリ述べた。
また、「来年の春闘まで待つという意味ではなく、そういう状況が見えたら動く」とも念を押している。
状況次第であり得る6月利上げ
「展望リポート」に示された物価見通しについて1月と4月を比べると、2023年度は不変だが、24年度については1月の中央値2.4%に対し、4月では2.8%と上がっている。
文章においても、1月は「賃金が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方」といわゆるデフレ的なノルム(日本に浸透してしまった規範)について触れられているが、今回はそうした表現が消えて物価は上振れリスクのほうが大きいとしている。
さらに、「消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は2024年度に2%台後半となったあと、2025年度および2026年度は概ね2%程度で推移すると予想される」「見通し期間後半には『物価安定の目標』と概ね整合的な水準で推移すると考えられる」と目標達成への自信が示されている。
こうしたことから、9月の利上げはほぼ確実だろう。市場の予想以上に速いペースの利上げも予想される。日本の中立金利(景気を冷やしも熱しもしない金利)はゼロ近傍なのでせいぜい2%までだとしても、0.25%ずつで8回になる計算だ。
円安が長期にわたり第2の力に影響することもゼロではないとも述べているため、状況次第では、次の6月会合でも利上げはあり得るとみる。
上昇の兆しが見え始めた家賃の存在
かねて筆者は政府日銀の目指す「好循環」の実現は困難な一方、「悪循環」によるインフレに対処するために、利上げが必要になってくるとみている。
「好循環」は賃上げを好感して人々が消費をし、企業もそれによって売上高が伸びるので、また賃上げをするというイメージだろう。
確かに、今年2年目の春闘で平均5.20%の高水準の賃上げ(連合の第4回集計、4月26日発表)、定昇を除くベアでも3.5%程度が実現していることで、中小企業にも賃上げが広がっていくだろう。夏場以降には、賃上げが実際に人々の所得に反映される。
一方、円安に加え、地政学リスクの高まりで昨年末には落ち着いていた原油価格が再び上昇している。
これまで、物価を抑制してきた電気代・ガス代の補助金が5月で終了することに加えて、再生可能エネルギー発電促進賦課金(再エネ賦課金)の引き上げも効く。日々報道されているように好調なインバウンドの影響で宿泊施設や外食の価格も高騰している。日本人の節約志向、消費の冷え込みは続いてしまう。
ポイントは、日本の場合は米国と違って、需要が強くないことだ。企業による賃上げも、人手不足という供給要因に押されて、円安メリットを受けられない企業もやむなく選択している面がある。いずれ物価上昇に賃上げが追いつかなくなり、スタグフレーション的になると予想される。
さらに、これまで日本の物価が上がりにくい原因の一つとされ、動向が注目されていた家賃が上昇の兆しを見せている(図表2)。
【図表2】
民営家賃の推移
これは今後、全体的な物価の底上げに影響してくる可能性がある。家賃上昇の背景にある地価上昇も、日本人の都市集中だけでなく外国人による不動産買いの影響があり、日本人の生活が豊かになっているとは言いがたい面がある。
また、日銀の利上げが円安に背中を押される形で早まるとしても、米国の利下げは想定以上に遅れそうで、日米の5%以上の政策金利差は続く。ドル円は一時的な円高はあっても、基調としてドル高円安が続いて、消費の重しになる。
強すぎる米国経済がもたらすリスク
4月30日から5月1日に開かれる米FOMC(連邦公開市場委員会)後のパウエルFRB(連邦準備制度理事会)議長の会見(日本時間2日明け方)に注目が集まっている。
図表3にあるように、市場関係者が満額回答と喜んだ3月会見以降、インフレ率は下げ渋り、堅調な雇用指標が続いていることが明らかになった。
【図表3】
米国のPCEコア
4月16日にパウエル議長は「インフレについて確信を得るまでには想定したよりも時間がかかりうそうだ」とし、ほかのFRB高官からも利下げ見送りを示唆する発言が相次いだ。
4月18日にはニューヨーク連邦銀行のウィリアムズ総裁が「米国経済は強く、利下げの緊急性を感じない」と述べた。こうした中、長期金利は一時4.7%台まで上昇し現在4.6%台で推移している。そのため、株式市場は調整入りしている。
いつものようにFOMC前に織り込ませた格好であり、今回のFOMCではサプライズはないだろう。市場が警戒しているのは、次の一手が「利下げ」ではなく「利上げ」とされることだが、市場にさらに冷や水を浴びせるようなことは避けて、あくまで次の一手は「利下げ」であるという姿勢は堅持するだろう。
現在長期化している高金利政策、長期金利の上昇が景気を冷やすのをもうしばらく待つというスタンスだ。
強すぎる需要の落とし穴
IMF(国際通貨基金)が4月に発表した経済見通しでは、米国とインドが上方修正され、スペインを除く欧州各国は下方修正となった(図表4)。欧州は既に景気減速が鮮明で利下げは不可避なので、対ユーロではドルがいっそう強くなり、これも米国のインフレ減速の妨げとなってしまう。
【図表4】
IMFの4月経済見通し
米国のインフレの原因はコロナ禍をきっかけに始まった労働供給の減少や、地政学を背景とした原油価格の上昇などの供給制約だけではない。
コロナ禍の中でトランプ政権、バイデン政権にまたがって多額の財政出動が行われ、給付金がばらまかれたことで、家計にかつてない余裕が生まれ、需要が強く喚起されることになった。さすがに財需要は減少してきたが、サービス需要は根強い。
借金が少ないので高金利にも耐えられ、インフレによる負担増が株高による資産効果で吸収されている状態が続いている。
2024年1-3月期の実質GDP(国内総生産)成長率は前期比年率1.6%と大幅に減速したものの、中身を見るとインフレが加速した下でも個人消費は前期比年率2.5%増と強かった。また、純輸出が鈍化した一方、輸入が伸びたためGDPにはマイナスに働いたが、これも消費や設備投資など内需が強いことの裏返しでもある。
一方で、4月の製造業PMI(米国購買担当者景気指数)は49.9と4カ月ぶりに好不況の分かれ目である50を割ってきており、FRBの思惑どおり、需要の減速が続くかもしれない。
年内は利下げのタイミングが来るのかどうか微妙なところだが、大統領選挙の年でもあり、「インフレのコントロールに失敗しているので利上げします」というわけにもいかない。FRBの難しい舵取りは続く。
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大崎 明子(おおさき・あきこ)
早稲田大学政治経済学部卒。一橋大学大学院(経営法務)修士。1985年4月から2022年12月まで東洋経済新報で記者・編集者、2019年からコラムニスト。1990年代以降主に金融機関や金融市場を取材、その後マクロ経済担当。専門誌『金融ビジネス』編集長時代に、サブプライムローン問題をいち早く取り上げた。2023年4月からフリーで執筆。