日本の解き方 「実質賃金マイナス」が続く理由 安倍・菅政権に大きな試練も…岸田政権と顕著な差 利上げ急いで好機を逃すのか
安倍晋三元首相
実質賃金のマイナス基調が続いている。プラスに転換させるには、どのような経済政策運営が必要となるだろうか。
物価と失業率の逆相関関係(物価が上昇すれば失業率は下がる)を示す「フィリップス曲線」上で、NAIRU(インフレを加速させない失業率)を目指すというのが筆者の主張だ。
この状態になれば、「インフレ率プラス1、2%程度」の継続的な賃上げ、つまり実質賃金のプラス転換を実現しやすい。
ただし、この筆者の理解は、日本の経済学者には不評だ。その理由は「フィリップス曲線は安定的ではないので、インフレ率と失業率の実際の関係は簡単には分からない」というものだ。
しかし、統計数字の小数点以下をきちょうめんに考えすぎではないか。経済学は精密科学ではないので、小数点以下はあまり意味がないと捉えて大ざっぱにみれば、フィリップス曲線の不安定性も気にならなくなる。
『安倍晋三回顧録』にもフィリップス曲線の話が書かれている。「最も重要なのは雇用です。2%の物価上昇率の目標は、インフレ・ターゲットと呼ばれましたが、最大の目的は雇用の改善です。マクロ経済学にフィリップス曲線というものがあります。英国の経済学者の提唱ですが、物価上昇率が高まると失業率が低下し、失業率が高まると、物価が下がっていく。完全雇用というのは、国によって違いはありますが、大体、完全失業率で2・5%以下です。完全雇用を達成していれば、物価上昇率が1%でも問題はなかったのです」とある。
日本のNAIRUは、安倍元首相のいうように2%台前半だが、安倍氏は「NAIRUを聞いても答えられない人ばかりだ」と嘆いていた。
となると、景気をみるうえで重要な指標は「失業率」と「インフレ率」になる。ただし、インフレ率は、「ビハインド・ザ・カーブ」の原則から、インフレ目標の2%を超えてもすぐ引き締めをせずに、4%程度まで我慢したほうがいい。そのほうが高圧経済を誘発し、賃金上昇が容易になる。2%を下回るようなら、財政・金融政策の一体発動で対処すべきだ。
このあたりのマクロ経済の理解の差なのか、実質賃金の動きをみると、第2次安倍政権・菅義偉政権と、現在の岸田文雄政権の差は顕著だ。
安倍・菅政権当時は、民主党時代に仕組まれた2度の消費増税と「コロナ・ショック」という大きな試練があり、その直後は実質賃金はマイナスになったが、それ以外の期間ではおおむねプラスだった。安倍・菅政権の105カ月中、実質賃金がマイナスだったのは57カ月で、54%だった。
一方、岸田政権では菅政権直後のプラスを除き、29カ月中24カ月がマイナスで、その比率は83%だ。
6月に所得税と住民税の減税を行うのはいいが、もっと早く、昨年12月に行っておくべきだった。その一方で、利上げをするなど、岸田政権はせっかくのチャンスを生かせていないのではないか。 (元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)