女性の視点が会社を変える 技研製作所取締役・前田みかさんが推進「ワークインライフ」 一聞百見
「創業者の方針で20代から経営会議に座らされていた」という前田みかさん=東京都江東区の技研製作所東京本社(三尾郁恵撮影)
政府は「東証プライム上場企業は2030年までに女性役員の比率を30%に」と呼びかけている。上場企業である技研製作所(本社・高知市、東京都)は技術系企業で男性社員が多く、女性社員が占める割合が19.3%だ。しかし、6年前に女性活躍推進のプロジェクトを立ち上げて以降、女性管理職の比率が5.1%から10.5%に倍増、数々の表彰を受けてきた。その背景をプロジェクトを立ち上げた同社の前田みか取締役専務執行役員(57)に聞いた。
--毎年のように女性活躍、健康経営優良企業として表彰を受けていますね
前田 近年、国を挙げて女性の管理職を増やそうという声が高まっています。当社は平成29(2017)年に東証一部上場企業となりましたが、社内をみたときに、本物の女性管理職が育っていないと感じ、女性の活躍推進プロジェクトチーム「ポジティブ・アクションプロジェクト」を30年に立ち上げたのです。発足から今年で7年目。この間、男性社員の育児休業取得率はゼロから100%に。女性の管理職は5.1%から10.5%と向上しました。そうした成果が認められたのだと思います。
令和3年度女性活躍・子育て支援リーディング企業表彰で最優秀賞受賞。表彰式に参列する前田みかさん(右から4人目)と女性社員ら。中央は浜田省司・高知県知事=令和4年3月(技研製作所提供)
--どのように取り組みを進めましたか
前田 当社は技術系であることもあり、男性が経営の担い手でした。ですから、女性の管理職を育てるためには、経営体質の改善が必要でした。ですので、チーム構成は部門横断型で人材を集め、女性を中心に男性はアドバイザーとして若干名としました。そして、男性の育児休業取得の推進、健康経営、介護休業体制の強化など業務改善でない経営課題をテーマに取り組みました。
女性活躍推進のプロジェクトを進める前田みかさん(左)と女性社員。右隣は執行役員の簑田美紀さん(三尾郁恵撮影)
--女性の視点での改革が必要ということですね
前田 もちろんそれもありますが、各テーマの担当である女性社員が役員の前でプレゼンをし施策を実現する過程で、会社全体を見渡して横断的に課題を解決する思考力、コミュニケーション力、経営資源の最適活用といった、マネジメントに直結する能力を養うことがプロジェクトの狙いであるのです。
--これまでの手応えはどうですか
前田 男性は比較的縦割り的な思考、行動をしがちですが、女性は目的達成のためには、部署や上下関係を乗り越えて、分からないことは教えを請い、迅速に情報をとってきます。部門横断的な会社の体質改善には女性の視点、推進力が必要なのだと改めて感じています。
名誉会長就任式で自ら開発した杭打機サイレントパイラーの模型を手にする創業者の北村精男さんと前田みかさん(技研製作所提供)
--男性社員からの抵抗はなかったですか
前田 もともと当社は、創業者で現名誉会長の北村精男(あきお)が「仕事をするのに男も女もない。能力のあるものが力を発揮できる会社であるべきだ」という考えなので、男性社員は非常に協力的ですね。私が入社した平成元年当時、女性社員は20人程度でしたが、20代から経営会議の片隅に座らされ、北村から「将来女性が経営に参画するときが来る。今から話を聞いておけ」といわれていました。
社員の幸福度アップに着手
--入社当時、女性社員は社内でどのような位置づけでしたか
前田 入社時の面接で当時社長だった北村からいわれたのは、「当社は海外に進出する。男女関係なく能力次第でどんどん仕事をしてもらう」でした。実際に新人研修が海外だったこともあり、非常に魅力的な会社だなあという印象でした。
--入社してみて女性社員の待遇はどうでしたか
前田 当時、社員数は182人(現在は海外含め連結で711人)ぐらい。そのうち女性社員は24人(同125人)。女性は寿退社が当たり前でした。給与は、女性は大卒でも高卒の男性より低かったです。2~3年して、北村が「女性も何でもやってもらう」といって、過去にさかのぼり差額を支給してくれました。一方で、20代から経営者の視点を学ばせられました。
--現場での仕事の内容はどうでしたか
前田 当時当社が開発した無振動無騒音の杭打機(くいうちき)「サイレントパイラー」が売れに売れた時代で、工場はフル稼働でした。私は事務職としてその現場におりましたので、機械の製作に関わる男性社員の夜食の注文をとったり、クリーニングの手配をしたりするのが仕事でした。ほかの女性社員は機械の展示会でオペレーターをしたり、言われた通りの図面をひいたりが仕事で、まだまだ女性社員が独創性を発揮してという環境ではなかったです。
--北村さんの思惑と現場にずれがあったのですか
前田 当社は杭打機の開発販売と同時に、杭を地中に打ち込む圧入技術による工法を全国に普及させる「全国圧入協会」(東京都)や、技術や工法を研究実証する「国際圧入学会」(同)を創設しました。北村はこれらすべてに関わりながら発明家として新製品を開発しさらに株式上場への動きもあったので、現場は社員に託していたと思います。
--さらに平成7年阪神大震災後は「国土防災」を経営方針に掲げましたね
前田 かつては振動や騒音などの公害発生機といわれた杭打機を無振動無騒音化した「サイレントパイラー」を発明開発した北村の経営理念は、絶えざる工法革命による社会課題の解決です。いわば、開発型の企業なので、もともと風通しがよいのですが、プロジェクトを進めるにあたり、北村に「社会課題の解決のために、まずは身近な社員の幸福度を上げたい」と主張したら、北村は「今後生き残るのは社員満足度の高い企業だ」と二つ返事で承諾してくれました。
--サイレントパイラーで鋼矢板や鋼管杭を壁状に打ち込むインプラント工法は地震や水害から防潮堤や堤防を守る技術として知られるようになっています
前田 気候変動もあり国外でも工法の採用が増えつつあります。将来は売り上げの7割を海外事業でというのが目標ですので、女性社員の活躍推進は多様なグローバル人材の獲得に向けての第一歩だと考えています。
脱属人化で仕事を効率的に
--グローバル人材育成はどう進めていますか
前田 日本人社員はこれまで海外での語学研修をのべ100人が受け、海外への意識が高まっています。新たに取り組んでいるのは外国人社員の日本での研修です。当社は製品、技術、工法を普及させるため、「市場形成」「製品・部品供給」「現場技術支援」「保守サービス提供」の4指標を定めています。海外ではまだ4つを満たしている地域がないので、研修を通じて全ての指標を満たす地域をつくろうとしています。
--研修内容はどのようなものですか
前田 現在、米国、アジア、ヨーロッパ各地から現地採用の社員が圧入トレーニングセンター(兵庫県の関西工場内)で研修中です。圧入技術や工法への理解を深め、機械のオペレーションや故障の探究とメンテナンスなどが1人でできる多能工となってもらうことで、小規模でも海外各地域で4つの指標を満たし、将来彼らがインストラクターとなって人材を育てていくことを目指しています。この事業にも女性活躍推進のプロジェクトが関わっています。
--というと
前田 男女の育休を実現するためには、仕事の属人化をなくし、誰もがいつでも休暇中の社員の代わりができなくてはなりません。そのためには、全体の業務を棚卸し、仕事の効率化を進めることも必要です。経営計画で日常業務を7割の人員で行い、残りの3割の人員で新事業を進めることを目指しています。その3割を海外事業関連に回そうとしていて、これにもプロジェクトの成果が大きく関連しています。
--新型コロナウイルス感染拡大でリモートワークが増え、仕事の効率化が進んでいるといわれます
前田 リモートワークによる業務効率化が働き方改革につながっています。その効果を5つのレス(省力化)といっています。ペーパーレスによるコピー用紙購入費用削減、通勤レスによる通勤手当削減、出張レスによる旅費交通費削減、社宅・転勤レスによる社宅費用削減、オフィスレスによる家賃などの削減が全社的に進みました。その結果、令和2年2月までの1年間に比べ、3年3月からの1年間は約3億2千万円の経費削減となりました。固定費削減分をベースアップや育児支援金の支給に回すことができ、実際に2年連続で2万円のベースアップが図れました。
--育休取得が進まないのは所得減少への心配だといわれます
前田 社内のアンケートでも「同僚へ負担がかかることへの罪悪感」と「収入面への不安」が1、2位でした。当社では休暇を取得した場合の給付金額が一目で分かるシミュレーションツールを開発し、3カ月以上の取得者を対象に育児休業支援金制度を設け1カ月あたり5万円、最大60万円を独自に男女ともに支給しています。育休を取得した男性社員は育児や家事を経験することで時間効率が身につき、残業代も減るという効果もでています。
--男性の育休取得で好循環が生まれたのですね
前田 業務の属人化を脱することで、育児だけでなく介護休暇の取得や、社員が病気になっても療養しながら仕事を続けることも可能になります。プロジェクトを始めて数年でこれだけの成果をあげることができたのは、女性社員が経営課題をわが事として社員ひとりひとりの立場に立ち、きめの細かい取り組みをしたからだと思います。今後も「ワークインライフ」を進めるために女性の管理職育成に取り組みます。
まえだ・みか 昭和41年、高知市生まれ。高知大人文学部経済学科卒、平成元年技研製作所入社。28年取締役、29年常務、令和2年専務、現在取締役専務執行役員。平成30年女性の管理職育成の「ポジティブ・アクションプロジェクト」を創設。その成果により、同社は「イクメン企業アワード2020グランプリ」、令和3年度と5年度「なでしこ銘柄」、「健康経営優良法人2024」など受賞。