人気の「ネパール人経営のカレー屋」がやっている、日本人に媚びないメニューとは
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インドやネパールから来日してカレー屋を開く人達は珍しくなくなった。しかし、ただ黙って店先に座っていても売り上げは伸びない。その突破口は地域コミュニティとの関係作りと自らのホスピタリティにあった。※本稿は、室橋裕和『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』(集英社)の一部を抜粋・編集したものです。
「日本人はこれが好きなんだろう」
経営をうまくいかなくする固定観念
クマル・バンダリさん(仮名)はカトマンズ出身、現地の大学で経営を学び、日本語もペラペラなインテリだ。現在は東京都内にある税理士事務所の正社員として勤務している。事務所の経営は日本人だが、案件を扱うのは外国人という会社なのである。クマルさんはネパール人経営の会社を担当し経理全般を管理、経営のアドバイスなども行っている。ほかにもさまざまな国の社員がいるそうだ。
こうした多国籍な士業の事務所がいま、増えている。日本に外国人が増えるにつれ、外国人経営の企業も多くなっているからだ。この国で会社を起こすまでになった外国人はたいてい日本語が達者だが、それでも税務署や入管に提出する細かな書類の読み書きまでこなすのはなかなか難しい。かといって事務専門の日本人を雇うまでの余裕はない。だからそこをアウトソーシングするのだ。ビザ関連は行政書士に、経理や税務関連は税理士に。そうした士業の事務所では顧客とのコミュニケーションや営業のため外国人を雇用する動きも広がっている。
そのひとりとして長年「インネパ(ネパール人経営のインドカレー屋)」の経理を見てきたクマルさんが言う。
「経営がうまくいっていないカレー屋のほうが多いでしょうね」
その理由のひとつは、「固定観念」にあるという。ネパール人たちが「日本人はこういうものが好きだろう」と信じて連綿とコピペされ続けてきた、甘い味つけのカレーとナンに代表されるメニューの形態だ。
「日本人も変わってきています。30年前とは違う。モデルを変えて新しいものにチャレンジすることも大事なのですが、話を聞いてくれないオーナーもいるんです」
元来、日本人は食に関してはアグレッシブな人々だと思う。多様な食文化に触れたい、とりあえず食ってみっかという心意気がある。だからガチのネパール料理だって受け入れられると思うし、実際に日本でも少しずつ増えているのだが(そして油が少なく豆や野菜の多いネパール料理のほうが日本人にはなじみやすいと思う)、そこを理解しようとしないカレー屋が多いのだとクマルさんは嘆く。
「というのも、言葉をあまり勉強していないから日本人のお客さんと話さない。だから日本人の気持ちがわからない。日本に交じろうという気持ちが薄いんです」
とりわけ、ここ10年で急増した「第2世代」が気にかかる。ネパールでもあまり教育機会に恵まれなかった人々が、語学や日本の社会を学びながらカレー屋を営むのはなかなかに難しい。また、味がいまいちでお客が定着しない店も、根っこのところは同じなのだとか。
町内会に参加、大学と協力…
地域への参加が利益へつながる
「お客さんがどうしてカレーを残したのか、聞いてみることもしないし、考えない人も多いんですよね」
言われてみれば僕の事務所の近所にあるカレー屋は繁盛しているが、ときどきこんなことを熱心に聞いてくる。
「今日の日替わり、どうだった?かぼちゃとチキン。あんまり出なくて」
おいしかったけど、かぼちゃと鶏肉をカレーに合わせるのは日本だとあまり見ないように思うからお客さんがイメージしづらいのかも、なんて伝えると、ふむふむと頷きなにやら奥さんと話し込む。きっとメニューを改善するのだろう。
こうして日本人の意見を聞いて工夫をするカレー屋のほうが、実のところ少ないのだという。そこにはネパールが抱える教育格差の問題があるとも話す。せっかく開業したけれど1、2年で閉めるようなケースも見てきただけに、クマルさんの意見はなかなか手厳しい。それに日本のSNSやグルメサイトを活用したマーケティングをしない店もあるそうだが、そこから感じるのはやはり日本社会に溶け込んでいないということだ。
「つまり逆に言えば、うまくいっている店は地域の日本人としっかりつながっているんです」
たとえば、基本的なことだが近所の人にあいさつをする。町内会や商店街に加入して、なにか催しとか定期的な掃除などがあれば参加する。
「子供がいるなら学校と積極的に関わるべきです。登下校の時間に子供の見守り活動をするネパール人の親もいます。“お父さんお母さんの仕事を見てみよう”とか、小学校のそういう授業に協力して、子供たちを見学に招いているカレー屋もあるんです」
そういう店は、「あ、何丁目のあのカレー屋さんね」と覚えてもらえるし、来てもらえる。言葉がわからないうちはボディランゲージでもいい、近所づきあいをしようという姿勢を見せることがなにより大事だとクマルさんはよくアドバイスしているのだという。
「近くに大学があれば、なにか多文化関連や国際関係などのサークルとつながったり、学生のアルバイトを雇ったり。とにかく、その地域にどんなコミュニティがあるのか調べて、そこが日本人だけでも勇気を出して飛び込んでいくことです」
そういえば僕が住んでいる新大久保にも、商店街に参加している「インネパ」がある。祭りがあれば出店を出すなど街の活動に協力的だが、あの店は確かに人気だ。外国人というよりも、新参の商売人としてしっかり根づくために努力することが、結局は成功への近道ということなのだろう。
ターゲットは日常に疲れているあなた?
カレー屋に癒しを求めて
「もうひとつのポイントは“女性”です。うまくいってる店ってたいてい、女性のお客さんが多いんです」
クマルさんは持論を語る。というよりも、「インネパ」の中にはアジアの裏町的なあやしいたたずまいで、女性がやや入りづらい雰囲気の店もあるのだ。それでは世の半数を占める女性を顧客としてはじめから失っていることになる。
「だからおしゃれな外観・内装にする、野菜をたくさん使ったヘルシーなメニューを用意するなど、なにかアピールできるものが欲しいですね」
それと子供づれの母親やファミリーをいかに取り込むか。
「子供に『あのカレー屋さんに行きたい』と言わせる店であることです。キッズセットがあったり、子供向けのおもちゃや塗り絵なんかを用意してるカレー屋もあるんです」
親子で安心してくつろげる店であること。それは「インネパ」が生き残っていくためのひとつの戦略かもしれない。ネパール人はたいてい子供好きだからだ。お客の子供でも全力でかわいがってくれる。多少騒いだところで気にしない。そもそも店主やコックの子供たちだって店内で遊んでいたり宿題をやってたりするのだ。そこにはおおらかにしてテキトーなアジアの空気感がある。
日本人の店だとこうはいかない。子供が迷惑をかけないか、常に神経をとがらせ周囲に気を遣わなければならないからだ。少子化が進んで子供は大事な存在になっているのに、なぜか子供を取り巻く環境は世知辛くなっているのが日本の現状なのだが、ネパール人の店だとそんな気苦労はない。僕の知人の女性は、小学生と幼稚園の子供2人をつれてよくネパール人のカレー屋に行くという。
「子供が泣いても怒らないし、話を聞いてくれる。ほっとするんです。だからママ友たちでときどき子づれでネパール人の店に行くんです。親同士が話してるときは子供の面倒を見てくれたりするし」
『カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」』 (集英社) 室橋裕和 著
そして、できればホールで接客するのは女性がいいとクマルさんは言う。
「女性のほうがコミュニケーション能力が高いのか、日本語力が伸びるように思います。それにネパール人女性はホスピタリティ豊かです。女性の柔らかな接客のほうが日本人女性も子供も安心するでしょう」
そこに癒やされているのは男性も同じだ。夜は居酒屋メニューをメインに打ち出している飲み屋のような「インネパ」もあるが、日本人のオッサンたちがネパール人のおばちゃんにグチを聞いてもらっている姿をよく見る。寂しさを抱えた年寄りのたまり場になっているようなカレー屋もある。なにかと疲れた日本人の居場所になっているような店は、たいてい長続きしているように思う。