中国不動産バブル、誰も止めようとしなかった
米ニューヨークのヘッジファンドマネジャー、パーカー・クイラン氏は、中国北部の天津市で高銀金融(ゴールディン・フィナンシャル)が手掛ける新開発地区「天津ゴールディン・メトロポリタン」を訪れた際、あれだけのスペースを一体どのように埋めるのかと疑問に思った。
最低100万ドル(現在のレートで約1億5600万円)から購入できるマンションがあるほか、ニューヨークのエンパイアステートビルより大きいオフィスタワーやオペラが上演できるホール、ショッピングモール、ホテルが計画されていた。総面積はモナコの国土より広くなる予定だった。
買い手を呼び込む策はあるのか、とクイラン氏は尋ねた。「ポロです」。同氏を案内した販売担当者はこう答えた。
「ポロ? 馬の?」とクイラン氏は聞き返した。
「いかにも」。彼女はこう答えたという。
乗馬服に身を包んだ担当者の案内で、100頭余りのポロポニー(ポロ競技用の馬種)が飼われている厩舎(きゅうしゃ)を見て回った。クイラン氏は、富豪でポロ愛好家でもある高銀金融の創業者が、このプロジェクトの実現可能性を調査したのかどうか尋ねた。彼女は分からないと答えた。
「そこで私は理解した。ポロ好きだとの理由で外国の企業経営者が天津にやってきて、ここに本社を構えるはずだという構想なのだと」とクイラン氏は言う。「信じられない思いだった」
同氏はニューヨークに戻ると、中国不動産株の下落に賭ける投資にもっと資金をつぎ込んだ。
それは2016年、中国の不動産ブームに火がつき、人々が浮かれていた頃の話だ。当時でさえ見る目がある人には真実が明らかだった。ブームはすでにバブルと化し、最悪の結末を迎える可能性が高かった。
しかしバブルはさらに悪化する道をたどった。音楽が鳴りやむのを誰も望まなかった。中国の不動産デベロッパーや住宅購入者、不動産仲介業者、さらにはブームを後押しした米ウォール街の銀行までもがみな警告サインを無視した。
デベロッパーは銀行や弁護士の助けを借り、負債額をごまかす方法を見いだした。購入者は不動産市場には建物が多すぎるとうすうす感じながらも、買い進めた。魅力的なリターンを追い求める国内外の投資家はデベロッパーに豊富な資金を供給した。
中国政府が市場急落を許すわけがないという一見揺るぎない前提があった。中国の人々はすでに財産の大半を住宅に投資していた。これが大幅に値下がりすれば、国民の貯蓄の多くが露と消え、共産党への信頼も失墜する可能性がある。
今の中国には、もっと早くそれを抑制する行動を起こさなかったツケが回っている。
中国のデベロッパー50社余りが国際的債務の不履行(デフォルト)に陥った。中国不動産を専門とする民間シンクタンクKeyanによると、約50万人が職を失った。中国全土の約2000万戸の住宅が未完成のままで、完成には4400億ドル(約68兆7000億円)が必要だと試算されている。
主要都市の中古住宅価格は3月に5.9%下落した。デベロッパーへの土地売却による収入を絶たれた地方政府は、債務の支払いに苦しんでいる。かつて国内総生産(GDP)の約25%を占めた不動産関連産業が今や経済成長の足かせとなり、中国経済全体がぐらついている。
「価値はないも同然」
クイラン氏が天津のポロ競技場を見て回った2016年、香港在住の2人の会計士が中国本土を訪れ、米中級車ブランド「ビュイック」のレンタカーで視察に出掛けた。
ギレム・タロック氏とナイジェル・スティーブンソン氏、2人が所属するGMTリサーチは「金融のアノマリー(変則性)」や「ごまかし」と彼らが呼ぶものを見つけ出すのが仕事だ。彼らは中国住宅市場にはそれが多いと感じていた。
その頃すでに政府当局者やエコノミストの多くがバブルを警告していた。だが市場失速の兆しが見えるたびに政府がきまって介入した。購買意欲を刺激する新たな政策を打ち出し、金利を引き下げ、住宅購入の上限を引き上げた。すると市場の信頼が回復し、再び販売が軌道に乗り始めた。
疑念を抱いたタロック、スティーブンソン両氏は、中国全土を車で回りながら、空きビルや破綻したプロジェクトの多さに目を見張った。
両氏が注目したのは売上高で最大のデベロッパー、中国恒大集団(チャイナ・エバーグランデ・グループ)が手掛けるプロジェクトだ。創業者の許家印会長は中国一の富豪に上り詰めようとしていた。米誌フォーブスによると2017年時点の個人資産は400億ドル余りだった。
2人は恒大のプロジェクトを16都市の40カ所で視察し、その多くが収入ゼロかそれに近い「死んだ資産」であると結論づけた。空室の目立つホテルやテナントが入ったことのない店舗スペース、主要な人口集中地域から遠く離れた開発地区などだ。
北朝鮮国境から車で数時間の港湾都市のプロジェクトでは、6棟の高層マンションが放置されたままで、作業員も入居者も販売スタッフもいなかった。しかし恒大の帳簿上は稼働資産とされ、評価損は計上されていなかった、と両氏は言う。
2人が特に注意を払ったのは恒大の駐車場だ。多くはほぼ空車だった。彼らの算定によると、恒大は約40万台分の駐車スペースを建設しており、貸し出しや販売の不調にもかかわらず、監査済み財務諸表では75億ドルの評価のままだった。1台分当たり2万ドル近い評価額ということになる。
恒大は駐車スペースを棚卸し資産ではなく投資資産として計上するという、業界では異例の会計処理により、駐車場の価値を過大に見積もり、早期に利益を計上することが可能だった。2人の会計士はこう話す。
「当社のみるところ、同社は債務超過であり、株式の価値はないも同然だ」。その年、「眠れる監査人」と題する報告書の中で彼らは顧客にこう述べた。恒大は借入金を増やさなければ存続できない、と結論づけた。
恒大は財務諸表は監査を受けていると述べ、自社の会計およびビジネス慣行には問題がないと主張してきた。
タロック、スティーブンソン両氏によると、顧客の多くが彼らの分析に同意したものの、それに沿って行動した顧客は少なかったようだ。
顧客の対応は正しかった。中国不動産市場は政府が1年前に打ち出した救済策が奏功し、間もなく急反発するところだった。翌2017年に住宅販売は11%増加し、恒大の香港上場株は458%急騰した。
デベロッパーは多くの資本を必要とし、その調達に協力する金融機関には手数料が入った。データ会社ディールロジックによると、2017~21年に中国不動産デベロッパーはドル建て債券で2580億ドルを調達した。ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなどの米銀大手はその引き受け業務で17億2000万ドルの手数料を得た。
「穴掘り」
中国の銀行やフィデリティ、インベスコ、ブラックロック、ピムコなどの国際金融大手は中国の不動産関連債券に投資した。2桁の利回りがあるこうした債券は需要が強く、供給を大幅に上回った。投資家は怪しげな構造も許容する傾向があった。
人気の手法の一つは、ダミー子会社を使って債券を発行し(銀行関係者や投資家は「穴掘り」と呼ぶ)、親会社の不動産開発会社がその債務を保証するものだった。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が確認した資料によると、6月30日と12月31日を除き、年間を通じて保証が適用された。除外された2日は中国不動産会社の大半にとって決算の基準日だ。
親会社はこの手法により、自らの貸借対照表において子会社の債務保証で発生した負債の額を開示することを避けられた。これは違法ではない、と弁護士や会計士は主張する。貸借対照表はある時点の企業財務状況のスナップ写真に過ぎないからだという。
またデベロッパーは借り入れの際、同じ担保を何度も差し入れることがあった。デベロッパーやこうした活動をよく知る銀行関係者が明かした。
ヘッジファンドのある幹部は、6件の私募債発行のタームシート(条件概要書)に同じ担保リスト――子会社の株式、売掛債権、会社役員の自家用ジェット機や住宅――があるのを見たと振り返る。同幹部は高いリターンが必要だったため、その債券を購入した。
中国の銀行はこの種の債券引き受けに熱心で、価格がどうあれ、自己資金を何千万ドルも投じることがあった。銀行関係者やあるデベロッパーの幹部はそう語る。銀行が参加すると、他の投資家は需要が強いと受け止める。その結果、金利が抑えられ、デベロッパーの資金調達コストは低下した。
「当時、われわれが投資家を選んだのであり、その逆ではなかった」と幹部は言う。
デベロッパーで中国最大手に浮上した恒大は、2020年には世界の企業上位100社に入ることを目指していた。
中国格付け会社3社は、恒大に「トリプルA」の最高格付けを与えた。一方、米格付け大手S&Pグローバル・レーティングは同社に投資不適格級の「Bプラス」しか与えなかった。
2020年初めの新型コロナウイルスによる都市封鎖(ロックダウン)で一時的な休止はあったものの、不動産市場は飽くなき上昇を再開した。
中国の住宅とデベロッパー在庫の総額は52兆ドルに達した(ゴールドマン・サックス調べ)。米国住宅市場の2倍、米債券市場全体を上回る規模だった。中国の広発銀行と西南財経大学の報告書によると、中国人は資産の78%近くを住宅用不動産に投資していた。これに対し、米国人は35%だった。
懐疑的だったニューヨークのヘッジファンドマネジャー、クイラン氏は天津の新開発地区を訪れた後、積み上げたショートポジション(売り持ち)により数百万ドルを失った。中国不動産株の空売りは、同氏によると悪魔と会話するようなものだ。10ドルの株が2年以内にゼロになると悪魔は約束した。「その際に言わなかったのは、その2年間に株価は最初100になり、後にゼロになることだ」
2020年末には、警告サインを無視できなくなっていた。
天津の住宅価格はロンドンの最高級住宅街に並ぶほどだった。中国全土で何百万戸もの空き家が発生していた。
クイラン氏の目には前兆が明らかだった。習近平国家主席は「住宅は投機ではなく、住むためのものだ」と繰り返し、規制当局が信用引き締めに動くとの報道もあった。クイラン氏は新たな空売りを仕掛けた。
「三つのレッドライン」
2021年元日に規制当局は守るべき財務指針を定めた「三道紅線(三つのレッドライン)」を導入。過剰債務を抱えるデベロッパーの新規借り入れを制限した。銀行は融資の早期返済を要求し始めた。投資家はデベロッパーの債券を購入するのをやめた。
恒大は数カ月以内に建築資材や建設サービスの会社への支払いに窮するようになった。2021年8月には数百カ所の開発プロジェクトで建設を中止した。同年、政府に支援を求めたが、救済措置は講じられなかった。
中国の住宅購入者は、デベロッパーの資金が底を突き、物件が完成しない可能性を恐れて購入をやめた。デベロッパー大手100社の売上高は急激に落ち込んだ。ディールロジックによると、中国不動産企業のハイイールド債発行高は21年の230億ドルから22年には4億3100万ドルに急減した。
ドミノ倒しのようにデベロッパーは流動性危機に陥った。
モーニングスターによると、2021年末時点で米ブラックロックが運用するハイイールド債ファンドは中国不動産債券に依然9億4100万ドルのエクスポージャー(投資残高)を抱え、米ピムコのファンドは7億4100万ドルだった。フィデリティ・インターナショナルは債券ファンド1本に12億8000万ドルのエクスポージャーがあった。
香港の会計士の1人、スティーブンソン氏は2021年8月、恒大株が高値から95%下げたとはいえ、まだ空売りでもうけられると指摘していた。株価はゼロになると見込んでいた。
同年12月、恒大の国際債券はデフォルトに陥った。2024年1月、香港の裁判所は恒大に清算を命じ、同社株は1株2セントで取引停止になった。
3月、中国証券当局は、恒大が2019年と20年の売上高を計784億ドル水増ししていたと発表。過去最大級の金融詐欺疑惑となった。
恒大の監査法人を務めていたプライスウォーターハウスクーパース(PwC)は2023年初めに辞任した。一部の不動産販売の売上高の認識に関連する情報を得られなかったとしている。もう1人の香港の会計士タロック氏は最近、恒大に関する2016年の報告書をPwCの苦情窓口に送付した。返事は期待していないという。
クイラン氏が視察した天津の開発地区を手掛けた高銀金融は倒産した。ステッキ風にデザインされたオフィスタワーは、ユーチューバーがスタントの映像を撮影する人気スポットとなった。ギネスブックは「世界で最も高い空きビル」に認定した。
現在コントラリアン・アルファ・マネジメントの最高投資責任者(CIO)を務めるクイラン氏は、中国不動産株の空売りで最終的にどの程度もうけたのかは明かそうとしない。
彼はようやく報われた気がする一方で、もっと大きく賭けていなかったことを残念に思う、と語った。