ビッグモーター事件の「その後」… 店長や工場長が明かす「創業一族から解き放たれた」現状と課題
昨年4月に報じた「客のタイヤへの穴空け」。動画内では自然なパンクに見せるための細かな指示が飛んでいた
5月1日――。この日は、ビッグモーターにとって「運命の日」となった。
伊藤忠商事を中心とする企業連合からの買収が発表されたビッグモーター。買収額は600億円にものぼる。再スタートとなり、新体制の全容が見えてきた。
「4月15日、ビッグモーターの和泉伸二社長(55)は社員に向けたメールで新会社の始動日を伝えました。同社は、今までの保険金不正請求などの調査・賠償を行う会社として存続します。一方で中古車の販売や買い取り、修理などの業務は、5月1日に新会社へ移管されます。
資金確保のために売却したのか、最盛期には5万台あった中古車在庫も、現在は2万台前後にまで減少。約6000人いた社員も、4100人ほどに減っています。残った社員は基本的に新会社へ移籍します。全国約250ヵ所ある店舗も新会社に帰属する。社名も変更する予定で、5月からは順次、店舗の看板の架け替えなども進んでいくと聞いています」(自動車生活ジャーナリスト・加藤久美子氏)
買収において伊藤忠を中心とした企業連合が最も重要視したのが、兼重宏行前社長(72)と息子の宏一前副社長(35)ら創業一族との断絶だ。和泉社長はことあるごとに「コンプライアンス最優先の会社に生まれ変わる」と語っているが、それは本当に果たされたのか。
FRIDAYは過去12回にわたってさまざまな疑惑を追及してきた。「スクープのその後」を追いかけながら、ビッグモーターの現在地に迫った――。
今からちょうど1年前、FRIDAYが’23年5月5日号で報じたのが「客のタイヤに穴空け」騒動だ。ビッグモーターが客のタイヤを故意にパンクさせ、工賃を水増しして請求したり、損保会社へ保険金を不正に請求していた実態を報じた。多額の保険金を不正請求されていた、あいおいニッセイ同和損保の広報担当者が明かす。
「不正請求が認められた事案については、保険金の返還請求を行い、すでに返還されています。また新規契約の引き受けも停止しております。さらに当社は’23年11月30日付でビッグモーターとの損害保険代理店委託契約を解約しております」
FRIDAYが昨年9月29日号で報じた業者向けの自動車のセリを行う準大手オークション会社・X社との癒着(ゆちゃく)も解消されたようだ。X社は大口出品者であるビッグモーターに対して、複数のアカウントを発行し、禁止されている自社出品車への入札を黙認。落札価格の不正な吊り上げを手助けしていたとされる。
「記事が出る数日前に、ビッグモーターの商品管理部が直接、X社へ『今後は価格の吊り上げをやめます』といった旨の通達をしました。以来、不正な価格の吊り上げは行っていません」(ビッグモーター幹部)
騒動以降、ビッグモーターの中古車在庫減少に合わせて、X社のオークション規模も縮小している。最大の会場である関東のオークションでは、昨年4月には1回約5800台の出品があったが、4月17日に開かれた最新の回では、約3700台まで減少している。
関東に存在するX社のオークション会場。不正はなくなったというが、一方で出品台数の減少は続いている
変わらない「本部の圧力」
変化は他にもある。創業一族が根付かせた超利益至上主義に伴う過剰なノルマは、大幅に見直された。かつては懲罰として炎天下で一日中草むしりをさせられたり、教育と称した暴力もあったというが、それもなくなったという。西日本の店舗で店長を務める男性が明かす。
「来客数は騒動前に比べ、一番少ない時で10分の1まで減りました。目標台数はありますが、かつてのノルマのような強烈なものではありません。勤務時間も9〜20時から、昨年9月に10〜19時へと変わりました。それでいて給与は以前と同水準を保証してくれています」
一方で、変わっていない部分もある。とくに現役社員が口を揃えるのが、本部に勤務する幹部陣の姿勢だ。関東の店舗を担当する店長はこう嘆く。
「本部の社員は兼重親子のもと、厳しいノルマの中で結果を出してきた人たちです。だからこそ、不正をしてでも結果を出すことが当たり前だと、今でも考えている。和泉社長のもとでも、当初は理不尽な利益目標の設定がありました。それに反対しようものなら『能力がないんだから、お前の考えは聞いていない』『バカは手を動かせ』と言われ、聞く耳すらもってもらえなかった。現場のことなんて考えてないんですよ」
東日本の店舗に勤務する工場長も続く。
「本部からの圧力は感じます。とてもじゃないけど意見なんて言えない。結局、本部の人間を変えないと、現状では理不尽な命令が出ても反対することはできない。相談することも無理です」
本部の姿勢が変わらないことを痛感しているのが、ビッグモーターから見捨てられた人たちだ。本誌は昨年9月1日号で不当解雇された方々の悲痛な叫びに耳を傾けた。長野県の店舗の営業部門に勤務していた男性は「態度が気に食わない」という理由で、昨年6月に最終的に解雇された。
「ビッグモーターからはいまだに何の連絡もありません。問い合わせ窓口に電話して、メールでも不当解雇の実態を訴えて、僕の連絡先を残したにもかかわらずです。結局、本部としては捨てた人たちはどうでもいいんでしょう。労基署に問い合わせたんですが、対面でないと対応が難しいと言われて……。解雇されてから地元に戻っていた私にとって長野まで通うことは厳しく、泣き寝入りです」
さらに関東の店舗に勤務していた女性も「本部の人員を代えないと本当の意味での生まれ変わりはない」と糾弾した。
宏一前副社長は降格人事を乱発するなどして怖れられた。恐怖政治に逆らえず社員の多くが不正に手を染めた
一代で年商5800億円企業に成長させた宏行前社長。近年は過剰なノルマによる超利益至上主義に傾倒していた
和泉社長は創業一族の膿を出しきるべく奮闘しているが、本部に残る古参幹部の刷新には、まだ課題が残る
創業一族の責任
5月1日の運命の日を前に、不正を主導してきた人物たちにも動きがあった。宏一前副社長とともに不当降格などを乱発し、歪な社風を生んできた「ロイヤルファミリー」のうち、残っていた取締役の二人が昨年末をもってビッグモーターを退社した。また本誌が今年2月23日号で報じたように、街路樹伐採問題において主導的な役割を担った元取締役の蒲原(かもはら)敏之氏も、器物損壊の容疑で神奈川県警に逮捕された。捜査の手は宏一前副社長にも伸びる可能性がある。
そんな中、創業家に新たな動きがあった。
「新体制設立に関して、創業家がおよそ100億円を拠出したんです。それに先立ち、昨年末に自宅や別荘を抵当に入れ、25億円を銀行から借りています。債務返済や全国で相次ぐ訴訟対応の原資に充てるそうです。彼らなりの罪滅ぼしの一つということでしょう」(全国紙社会部記者)
それでも創業家はいまだに莫大な資産を持っている。推定60億円の自宅に加え、クルーザーや別荘を多数所有し、その総額は80億円を超えると見られる。
再始動を前に、改めて自分たちの責任をどう感じているのか――。宏行前社長の豪邸のインターホンを押したが、応答はなかった。また宏一前副社長の自宅と言われる超高級マンションも訪れたが、やはり何の反応もなかった。
「兼重一族との関係断絶は伊藤忠商事から支援を受ける際の最重要項目でした。伊藤忠の厳しいチェックを通っている以上、創業家との関係は断ち切れていると思います。大切なことはこれから何を生み出していくかです」(前出・加藤氏)
取材に答えた前出の西日本の店舗の店長は「会社を辞めるつもりはないですよ。これからビッグモーターがどう変わっていくのか、一緒に見守っていきたい」と語った。再スタートを切るビッグモータの真価が問われるのはこれからだ。
『FRIDAY』2024年5月10・17日号より