インド総選挙、生成AI作成の偽動画が拡散…規制法なく事実上野放し
インド南部チェンナイで、AIで作成した画像や動画を見せるナヤガムさん(4月9日)=浅野友美撮影
【ニューデリー=浅野友美】6月の開票に向けて各地で投票が順次行われているインド総選挙(下院選)で、生成AI(人工知能)で作成された偽動画の拡散が問題になっている。党首や候補者らの中傷や礼賛を目的に作られているとみられるが、インドでは偽動画の規制法が整備されておらず、事実上野放しとなっている。
■SNS
4月下旬、与党インド人民党元総裁のアミット・シャー内相が印南部テランガナ州で「人民党が政権につけば、最下層のカーストや少数部族に割り当てている議席を廃止する」と演説する動画がSNS上で拡散した。後に偽物と判明し、実際には「最下層のカーストや少数部族への議席は与えられる。それは彼らの権利だ」などと述べていた。
地元メディアによると、偽動画は最大野党・国民会議派のSNSで共有され、関与したとされる党関係者が逮捕された。作成の経緯は不明だが、同党選出の州首相も警察から聴取を受けた。シャー氏は「国民会議派が誤情報を広げようとしている」と批判した。
3月に汚職容疑で逮捕された野党・庶民党の指導者が檻(おり)の中でギターの弾き語りをする動画も、人民党幹部のX(旧ツイッター)などで広まった。こうした動画が他党を攻撃する手段として使われている。
■「復活」
死亡した政治家がAIによって「復活」した映像もあった。
2018年に死去した南部タミルナド州元首相が、現在州首相を務めている息子の政治を称賛する演説動画だ。息子は南インドの主要地域政党の党首で、父も同党のカリスマ的指導者だった。
地元のAIクリエイター、センシル・ナヤガムさん(47)は4月、読売新聞の取材に作成の手順を語った。
まず依頼主の党関係者が用意した台本を手配した役者に朗読させ、録画。動画投稿サイトのユーチューブで見つけた元州首相のビデオから声を複製し、顔もAIで修正した。8分間の動画は、2時間ほどで完成したという。
ナヤガムさんは動画作成の目的について、「投票先未定の人がこの声を懐かしがれば、この政党の候補者へ投票したくなる」と語った。「AIがあれば何でも作れる。今後選挙向けの動画の新たな市場が形成されるだろう」と主張した。
■「結果に影響」64%
ニューデリーのNPO法人が1月に発表した総選挙に関する調査では、18~35歳の79%が「SNSなどで偽情報を受け取った」と答えた。「偽情報が結果に影響すると思う」と回答した人も64%だった。
印政府は、偽動画の規制に向けた議論を昨年11月に始めたばかりだ。地元紙トリビューンによると、ユーチューブはAIで作成した動画などに目印をつけるように求めているが、実効性は不明だ。
ニューデリーにある「インターネット自由財団」のプラティク・ワグレ常任理事は「偽動画で候補者や政党の信用を落とせば、投票を阻止できてしまう。AIによるコンテンツが増え続ける中、法規制だけが正解ではない。当面は偽物を見破る技術が向上するのを望むしかない」と語った。