なんと「カミソリの刃」すら通らないピッタリ密着した石積み…あまりに「精巧すぎて」スペイン時代が見劣りしてしまう「インカの文明の超技術」
あの時代になぜそんな技術が!?
ピラミッドやストーンヘンジに兵馬俑、三内丸山遺跡や五重塔に隠された、現代人もびっくりの「驚異のウルトラテクノロジー」はなぜ、どのように可能だったのか?
現代のハイテクを知り尽くす実験物理学者・志村史夫さん(ノースカロライナ州立大学終身教授)による、ブルーバックスを代表するロング&ベストセラー「現代科学で読み解く技術史ミステリー」シリーズの最新刊、『古代日本の超技術〈新装改訂版〉』と『古代世界の超技術〈改訂新版〉』が同時刊行され、続々と重版を重ねています!
それを記念して、両書の「読みどころ」を、再編集してお届けします。今回は、前回に引き続いて、インカ文明の石積み技術を解説します。
精緻な石組みはどう組まれたのか
インカ帝国の首都として栄えたペルー南部の都市・クスコのロレート通りには、直方体に成形された同じ高さの石を規則正しく積み上げた石壁(石組み)が少なくないが(前回記事の図「インカの石積みと、増築されたスペイン人による石積み」参照。下に再掲)、誰もが驚くのは、次ページの図「第6代皇帝インカ・ロカの宮殿跡の石壁」に示すような、たくさんの不定形の石が“カミソリの刃すら通らない”ほど精巧に積み上げられていることである。
【図】インカの石積みと、増築されたスペイン人による石積み
繰り返すが、インカの石組みには石と石の接合面にモルタルなどの充填・接着材は一切使われていない。石の面と面が直接、“カミソリの刃すら通らない”ほど密着しているのである。これらが掌(てのひら)に載るような小さなものであれば話は簡単であるが、相手は大きな石の塊である。
エジプトのピラミッドの建造には大した驚きを示さなかった現代の最高の石職人の一人である望月威男氏が「考えられない」と驚きを隠さないのが、この不定形の石が“カミソリの刃すら通らない”ほど精巧に積み上げられている事実なのである。
以下、プロツェン教授の調査結果(J-P.Protzen, Inca Architecture and Construction at Ollantaytambo, Oxford University Press, 1993.)を基に、クスコ最大の秘密に挑戦してみたいと思う。
これが積み上げ手順だ!
図「第6代皇帝インカ・ロカの宮殿跡の石壁」の真ん中にあるのが、クスコの石壁の中でもとりわけ有名な“12の角(かど)の石”である。この石の底辺の長さは1.5メートルほどである。いま、この“12の角の石”(“T”とする)が置かれたところからの、石の積み上げを考えてみよう。
【写真】第6代皇帝インカ・ロカの宮殿跡の石壁
最初にTの両脇にA、Bの石が置かれる。
まず、AとBの下面を下層の石の上面と密着させなければならない。そのため、A、Bは後方に倒してーーつまり、それぞれの底面が手前に出る状態にして、下層の上面と密着するまで研磨加工が繰り返される。
プロツェン教授は研磨材の使用について言及していないが、私は「縄文時代の翡翠(ひすい)の穿孔法」や「古代瓦の切断法」を研究した際の経験から、「スラリー」(研磨材+水)が使われたと推測するのが妥当だと考えている(拙著『古代日本の超技術〈新装改訂版〉』の第1章、第5章参照。翡翠の穿孔法については、こちらの記事でも取り上げた)。
上下の密着が確認された段階で、A、Bを左右にずらし、Tの左面に接するAの右面はTと密着するまで研磨加工が繰り返される。Tの右面に接するBの左面についても、同様の研磨加工が繰り返される。石を石の上に載せる(積む)場合は、密着するまで研磨加工を繰り返すには石を何度も持ち上げなければならないのできわめて大変な作業になるが、横に置いての作業であればそれほど難しいことではない。
積み上げられる石の面を互いに“カミソリの刃すら通らない”ほどに密着させるためには、微細な表面加工に使われた小さなハンマーのほかに、金属製のタガネやヤスリも使われたのではないかと推測される。インカ人が鉄器をもたなかったのは確からしいので、タガネやノミは青銅製だったのではないか。
私は宇宙から地上に飛来した隕鉄製の道具も否定しきれない。いずれにせよ、金属製の道具はまだ発見されていないのであるが。
AとBがTの両脇に安置されたら、以下は同様なプロセスでC、Dを安置させる。続いてE、Fの安置である。
T、E、G、Fの前面に突起が見られるが、これらの突起は、石の運搬のほかに石を後方に倒すときに利用されたものと思われる。
最後に問題になるのは、EとFの間に嵌め込まなければならないGである。上方から嵌め込むとすれば、GをEとFの高さ以上に持ち上げなければならない。
いったいどのように積み上げたのだろうか。
不定形の隙間を埋める石
ここで登場するのが、「楔石(くさびいし)」である。
インカの石職人は石壁を建造するとき、横幅が定められた両側から順次、中央に向かって石を置いて(積み上げて)いった。建材である石が定形であれば、最後に残る中央の隙間の幅も高さも最初から予想されるとおりになるが、不定形の石を置いて(積み上げて)いく場合は、最後に残る中央の隙間の幅も高さも不定形になる。
そのとき、この不定形の隙間を埋めるのが楔石で、これは前述のように左右の両面が密着するまで研磨加工を繰り返された後に、前方から嵌め込まれるのである。
【写真】楔石
不定形の石を“カミソリの刃すら通らない”ほど精巧に研磨加工し、積み上げていくのは、すべてその場での反復作業であったろう。
いずれにせよ、何事にも「効率」と「経済性」を求める現代人の感覚からすれば、想像を絶するほど気が遠くなるような作業に違いないが、インカ人はそれを当たり前のように成し遂げた。結果的に、強度の地震にもびくともしないような石造建築物を遺したのである。
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