うっかりメンズエステ店で指名をしてしまった大藪春彦賞作家…五反田のホテルの一室で繰り広げられる現役女子大生との「押し問答」【「鶯谷」第九話#1】
作家は、聖地・五反田を訪れた。前回「公団住宅の家賃も満足に支払えない大藪春彦賞作家が、五反田で趣味が読書の現役女子大生を指名したら「当たり」がやってきた!」で出会った、ゆりかちゃんとの対話が続く。
ゆりかちゃんの特別サービス
ゆりかちゃんがいった。
「うちはエステのお店なんです」
意味が分からなかった。
「エステって、女の人が美顔とか目的にする?」
「男の方もおやりになりますよぉ~」
可愛らしく微笑んだ。
「でも、女も男もラブホでエステはしないでしょ」
「ウチの場合は特別なサービスが付くからラブホテルの利用になるんだと思います」
特別なサービス……
いわれて思い出した。
ゆりかちゃんのお店には泡洗体というサービスがあった。一緒に泡風呂につかって、キャストの身体で客の身体を洗ってくれるサービスだ。
オイル・トリートメントというサービスもあった。ベッドに横になった客の身体にオイルをかけて、キャストが全身でサービスしてくれるのだ。しかも(今回は交通費が割高なので)デリバリ-を選択しなかったが、それだけのことをしてくれるなら、風俗と変わりがないではないか!
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「ウチの店では粘膜の接触が禁止されているんです。NGなんですよぉ~」
NG……
不愉快な思いをさせられた『現役セクシー女優』を連想してしまった。
でも、ゆりかちゃんはほんとうに若くて可愛らしい娘なのだ。あんなすれっからしの女と一緒にしていいわけがないだろ。
上下の薄いシャツを着て
「粘膜の接触が禁止されているのであれば、キスができないのは納得できるよ」
納得はできないが、理解している風に振舞った。
でも、キスでさえNGとされる店で……
「泡洗体はどうするの? お風呂で裸になってイチャイチャするんでしょ。私はNGだといわれたらキスは我慢できるけど、我慢できずにキスをするお客もいるんじゃないのかな?」
他人事のようにいったが、私も我慢できない。
いや、全裸のゆりかちゃんに密着されて我慢できるはずがない。
「泡洗体は上下の薄いシャツを着てしますから、そこまで興奮するお客様はいらっしゃらないですよぉ~」
なるほど、シャツを着るのか。
それなら興奮どころか興ざめだな。
ゆりかちゃんの黒いプレイバッグを横目で見ながら納得した。あのバッグの中には、そんなものも用意されているのか……
「オイル・トリートメントも、その薄いシャツでするの?」
オイル塗れにされて、身体を密着するプレイを受けても、それではなおさら興ざめではないか。
「たいめんってなんですか?」
「オイル・トリートメントではシャツは着ませんよぉ~」
そんなことをしたらお客様が白けておしまいになるでしょ、と目を細めて微笑んだ。
「だよね、裸のままで身体を密着させないと意味がないよね」
納得した。
「裸のままではありませんよぉ~」
否定された。
ゆりかちゃんの話によれば、オイル・トリートメントの時にはマイクロビキニを着用するらしい。
「それでも十分満足して頂けるんですよぉ~」
たしかにそうかもしれない。マイクロビキニはTバック以上に体を覆う面積が少ないビキニだ。
「でもそれじゃ、対面でオイル・トリートメントをする際にやっぱり興奮したお客さんが……」
「たいめんってなんですか?」
ゆりかちゃんが小首を傾げた。その仕草は可愛いのだが、かりにも対面を理解できない大学生がいるのだろうか?
現役大学生という紹介はコメント欄に書かれてあったものであり、それを疑った私だったが、ゆりかちゃんの愛苦しさにそんな疑いは消し飛んでいた。
(大学といってもいろんなレベルの大学があるんだから)
そう考えて疑いを払拭した。
(あの人の大学もそうだったな……)
私が思い出したのは、知り合いの社長さんが理事長を務める大学だった。
大学といっても女子短大なのだが、その短大は、足し算ができれば合格できるレベルだと理事長本人から聞いたことがあった。
過剰なまでの自己承認欲求
「ねぇ、たいめんってなんなんですか? 小説家さんなんですから難しい言葉も知っているんでしょうけど、それでゆりかをいじめちゃ、イヤですよぉ~」
怒った口調で、いやこの場合は「オコに頬を膨らませて」と表現した方が良いのであろうか? などと詰まらないことも考えながら教えてやった。
「向き合わせになることを対面っていうんだよ」
「そうなんですか。小説家さんて難しい言葉を知っているんですね」
腕組みをして感心している。
「対面だったら唇が間近になることもあるだろ。そんな時にキスされたりしないの? もちろん私はしないけどね」
うっかりを装ってしてやろうと企んだ。
そもそも現役の大学生かどうかはともかくとして、趣味が読書であるなら対面を知らぬはずがないではないか!
私が紹介された週刊誌の記事でさえ、まともに読めたのかどうか怪しいものだ。
週刊誌には文字とは別に写真も掲載されている。写真付きで紹介されるほど、有名な小説家さんなのだと、それでゆりかちゃんが、いやこの小娘が頬を紅色にしたのではないか。
頬を紅色に染めたというのは私の思い込みであり、私の過剰なまでの自己承認欲求がそう勘違いさせたのかも知れないのだ。
作家の自己承認欲求ははたして満たされるのか。後編「「どこまでしてもらえるのか」…ラブホの一室で繰り広げられる大藪春彦賞作家と女子大生の不毛なディベート…そして小娘はすすり泣く」でその顛末を描く。
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