【キャズムに陥るEV販売】悲観論が出回るなか、トヨタ・日産など日本の自動車メーカーが巨額のEV投資に踏み切る背景
EV悲観論もある中、日本の自動車メーカーはなぜEVへの投資にアクセルを踏み始めたのか(トヨタ自動車・豊田章男会長。時事通信フォト)
トヨタ自動車とテンセント、日産とバイドゥの事例など、日本で電気自動車(EV)市場を牽引する大手自動車メーカーと中国IT企業の提携発表が相次いでいる。IT関連企業が自動車産業に参入する流れは、「ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV=ソフトウエアで定義される車)化」とも言われている。最前線をジャーナリストの井上久男氏がレポートする。【前後編の後編。前編から読む】
【写真】関係者を驚かせた日産とホンダの提携。両社長のツーショット
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SDVの時代には莫大な開発コストやこれまでにない知見が必要になる。このため、自動車業界では「合従連衡」の動きが加速している。日本でも驚くべき動きがあった。
今年3月15日、日産自動車とホンダが協業を検討すると発表したのだ。企業風土も違い、長年競い合ってきた両社がなぜ手を組もうとするのか。それはEVシフト、SDV化に対応するためだ。
記者会見でホンダの三部敏宏社長は「新興企業の動きは速い。このままでは競争に負け、淘汰されるかもしれない。トップランナーでいるためには、今動くしかない」など危機感をにじませた。
現在、両社は6月半ばまでに協業の具体策を組むべく、複数の検討チームが動いているが、そのチームの一つに「EVのソフトウエア開発」が含まれている。ホンダはすでにソニーと合弁で「ソニー・ホンダモビリティ」を設立。こちらはブランディングの色が強いとされ、日産との提携はより現実的なEV量産を見据えたものだろう。
企業の連携は進むが、EVの販売自体は「キャズム」に陥っている。キャズムとは、導入期に一定の存在感を示した製品が普及期で壁にぶち当たり、伸び悩むことを指す。
テスラの業績低迷は、価格競争以外に欧米でEVの販売が伸び悩んでいることも一つの要因だ。新規性や革新性に惹かれて購入した層向けが一巡したことや、充電設備がまだ十分でないことも影響している。
後退感が出た今こそ追いつくチャンス
EVが伸び悩む一方で、米国などでは日本勢が得意とするハイブリッド車が伸びている。このため、「EVの時代はもう来ない」といった悲観論も出回り始めた。
こうした見方に追い討ちをかけるのが、米国政府がEVの「普及見通しシナリオ」を軌道修正したことにある。
米環境保護局は3月20日、2032年時点での乗用車の新車販売に占めるEV比率の見通しが最大で67%としていたのを、56%にまで下方修正した。EV比率が下がる分は、プラグインハイブリッド車(PHV)とハイブリッド車(HEV)が増える見通しだ。後退感が出た今こそ追いつくチャンスとみた日本勢は、巨額のEV投資に踏み切り、アクセルを踏み始めた。
トヨタは4月、米インディアナ工場に14億ドル(約2184億円)を投資し、SUVタイプの新型EVの生産を開始すると発表した。昨年は米ケンタッキー工場でも米国初となるEVの現地生産を始める計画を発表しており、2拠点目となる。
完成車だけでなく、米国のEV向け電池生産にも2兆円規模で投資しており本気度が窺い知れる。
ホンダも4月25日、カナダに150億カナダドル(約1兆7100億円)投資し、EVや電池の新工場を建設すると発表。2028年から稼働させる。
米GMや米フォードはEVへの投資戦略を大きく見直している。両社はテスラやBYDに追随すべくEVへの投資を加速させたが、後退局面では尻すぼみになった。“後出しじゃんけん”で負けた構図に近い。自動車産業でトップランナーの地位を維持するため、日本勢は同じ轍を踏むわけにはいかない。
ただ、現代は変化の形が読めない「非連続の変化」の時代だ。企業が生き残るためには、計画を立てることに時間をかけすぎず、実行しながら軌道修正していくしかない。実行なくして変化には対応できないということだ。
(了。前編から読む)
【プロフィール】
井上久男(いのうえ・ひさお)/1964年生まれ。ジャーナリスト。大手電機メーカー勤務を経て、朝日新聞社に入社。経済部記者として自動車や電機産業を担当。2004年に独立、フリージャーナリストに。主な著書に『日産VS.ゴーン支配と暗闘の20年』などがある。
※週刊ポスト2024年5月17・24日号