「毎日ラーメン二郎」から逃げ出した私が、それでも二郎が最強と確信するワケ
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ニンニクヤサイマシマシアブラカラメ! まるで呪文のような注文方法で知られる「ラーメン二郎」。ジロリアンと呼ばれる熱狂的なファンを抱え、「二郎系」という一大ジャンルを築き上げたラーメン二郎の魅力の源泉はどこにあるのか? 凡百のラーメン店との違いを考察する。(イトモス研究所所長 小倉健一)
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「毎日ラーメン二郎」鬼デスクの指令
大盛りの太麺に、麺が隠れるぐらいの山盛りのキャベツともやし、ニンニク、背脂、醤油がトッピングされたラーメンで有名な大繁盛店といえば、「ラーメン二郎」だ。
2010年当時、プレジデント編集部に在籍していた私は、当時のデスク(企業でいう管理職)に「ラーメン二郎を毎日食べながら、経営学的な観点から繁盛している秘密を解き明かしてくれ」という指示を受けた。
わざわざ毎日行かずとも、シンプルにラーメン二郎の繁盛の秘密を経営学的に解き明かせばいいのではないかと疑問を抱いたが、若手の私に取材方法への異論を差し挟む余地はなかった。結局、毎日ラーメン二郎を食べながら取材を進めることになった。
取材初日、神田神保町店に向かった。店内はカウンター席が10席のみ。「小ラーメン、ニンニクあり)」(当時の値段は650円)を頼んだ。麺とスープの上に積まれた野菜の山は高すぎて、今にも崩れそうだったことを覚えている。野菜をいくらどかしても、スープがなかなか見えてこない。
「途中で逃げた」と罵られ
小ラーメンのはずだが、一般的なラーメンの特盛に相当する量の麺が入っている。ニンニク、豚肉の塊(かたまり)も尋常ではない。
何度か箸が止まり、恐ろしい時間をかけて、やっとの思いで食べきったものの、食後は胃袋がずっしり重い。思考力がなくなり、1日まったく仕事にならない。夜になってもお腹が空くことはなかった。
毎日食べろと言われたが、さすがに連日というのは人権問題ではないかと考えて、2日目以降、毎日食べるのは断念した。早期に戦線離脱をしてしまったわけだが、一緒に取材をしたライターさんは、1週間、最後まで毎日食べ続けた。
原稿にも「途中で逃げた編集のO氏」と繰り返し書かれ、しばらく罵られたが、あの量を1週間食べ続けたら、人格そのものが変わってしまうのではないかという恐怖があったのだ。
当時の取材ノートと記事が掲載されたPRESIDENT(2010年6月14日号)を読み返すと、経営学者の牧田幸裕氏が、ラーメン二郎についてこんな分析をしていた。
「迎合しない」二郎のオリジナリティー
《「独自のポジションを築け」と二郎は意図せずに経営者にメッセージを発しています。いま日本の企業の出す製品やサービスのほとんどがコモディティー化しています。つまり悪くはないのだけれど特徴がない》
《基本機能は十分に満たしているものの、みな同じ機能を向上させることだけに集中してしまっており、結果として小さな差異ができても消費者にとってはあまり意味のないものなのです。他の会社が持っている機能をうちは捨ててみよう。そんな発想が大事になってきます》
《二郎は、メニューがほとんどない。基本は、大と小。ときどきつけ麺があったりしますが。餃子をだすわけではない、炒飯があるわけではないというすごく不親切な状態です。ただ、強烈な特徴のあるものが前面にでることで、顧客にコストを払って迎合する必要がなくなります》
こうしたオリジナリティーの追求は、二郎ほどではないにせよ、現代のラーメン経営にも強く生かされているものである。
例えば、ラーメン専門店「まこと屋」だ。
躍進する「まこと屋」
1999年に大阪郊外のロードサイドで創業した「まこと屋」は、2023年には東京進出も果たし、海外店舗を含めて84店を擁するラーメンチェーンだ。有名ラーメンチェーンといえば、幸楽苑が364店、天下一品が219店、一風堂が135店、一蘭が78店であり、大型チェーンと言って差し支えないだろう。
そんなまこと屋のオリジナリティーは、スープを店内でつくっていることだ。これは「商品力に直結する作業は、非効率であっても現場に残す」という方針に基づいている。
一般チェーンでは、品質を長時間、維持するのが難しいスープは工場でつくり、店舗では温めるだけとなっているところも多い中、愚直に店舗でのスープづくりをやめていないのだ。
その理由について、まこと屋を運営するマコトフーズの笠井政志社長は、月刊食堂(5月号)の取材にこう明かしている。
「1000円の壁」突破、店内炊きへのこだわり
《牛骨ラーメン(=まことラーメンのジャンル)のマーケットは醤油や豚骨に比べると小さいは小さいですよね。ただ、それ以上に競合する店の数が他のジャンルに比べて極端に少ない。その点が優位に働くんじゃないでしょうか。むしろニッチなジャンルだからこそ、商品そのもので差別化できるメリットのほうが大きいかもしれない》
《ライバルが増えないのは、クセが強い牛骨は豚骨や鶏ガラに比べてスープを炊く難易度が高い。だから、多店化しようと考える企業が少ないんだと思います。かといって濃縮スープでは品質が落ちます。だからよほどの技術の低下がない限り、スープは店内炊きを続けるつもりですし、少なくとも200店まではそれで継続したいですね》
目の前に安易な効率化の道があるのがわかっているにもかかわらず、あえてその道を通らないというわけである。
人手不足が顕在化する中で、セントラルキッチン(工場でほとんどの調理をしてしまう飲食チェーンのスタイル)は設けずに、店舗ごとのキッチンの効率化でカバーしていくのだという。200店を達成すれば天下一品に並ぶことになり、ラーメン業界に大きなインパクトを与えることだろう。
このまこと屋は「ラーメンの壁」とされる平均客単価1000円を超え、客単価1200円の売り上げを誇る。2024年2月にオープンした東京・渋谷店では、月商1000万円を達成したというから驚きだ。
話をラーメン二郎に戻そう。
ラーメン二郎の店長は何を語ったのか?
当時の私たち取材班は、ラーメン二郎目黒店の店長・若林克哉さんへのインタビューにも成功している。ラーメン二郎は、あまり取材を受けるようなお店ではなかった。「毎日、二郎を食べてます」という口説き文句が、案外、取材OKを導いた可能性もあった。
そういう意味ではデスクの指示は慧眼だったし、ライターの尽力には感謝しかない。とはいえ、一般人が毎日食べるのは少々つらいボリュームだと思うが……。
さて、業務のお忙しいさなかに結構な時間、インタビューに応じてくれたわけだが、そのとき印象的だったのが若林さんのこの話だ。
「次の日まで口の中にベトベト残るラーメンを」
「分量の配分も適当だし、豚肉なんて赤字だけどアバウトにやっています。次の日まで口の中にベトベト残るようなそんなラーメンを目指しています。うちは、ラーメンの東スポ(娯楽性を重視した大人気新聞、東京スポーツのこと)なんですよ。新聞の形をしているけれど中身はぜんぜん違う」
「二郎のラーメンは、10人中全員に大好きと思われる必要はない。2割ぐらいの人が手を挙げてくれればいいな、と考えています」
ということだった。このことはさきほどの経営学者・牧田氏の指摘とも合致する。あえて「次の日まで口の中にベトベト残るようなそんなラーメンを目指しています」というのだから、「一般人好み」のラーメンを狙っていないのは明白だろう。デートコースには絶対に選ばれないラーメン屋を目指すことで、究極の差別化ができあがったということだ。
他者がマネできないようなオリジナリティーこそが、ラーメン屋の繁盛の秘訣ということだ。現在の多くの飲食店が犯している過ちは、数値管理を過信し、お店の魅力を自分で殺してしまっていることではないだろうか。どう考えても利益を圧迫する二郎のボリュームに、学ぶべきことは多い。
「ジェネリック二郎」と名高いセブン‐イレブンの「とみ田監修デカ豚ラーメン」(写真の一部を加工しています) Photo:Diamond
セブンのデカ豚ラーメンは855kcal、税込691円 Photo:Diamond
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温めると部屋中にニンニク臭が充満する Photo:Diamond