「日本野球に対する裏切りだ。これは日本社会の問題だよ」ロッテ元監督ボビー・ヴァレンタインが“足手まとい”扱いをされるようになった“切実な事情”
2008年12月、千葉ロッテマリーンズのボビー・ヴァレンタイン監督が2009年限りで退団となることが発表された。シーズン前から監督の退団が決まっているのは極めて異例だが、はたしてその背景にはどのような事情があったのか。
ここでは、ジャーナリストのロバート・ホワイティング氏の著書『 新東京アウトサイダーズ 』(角川新書)の一部を抜粋。続投を求めるファンと解任を推し進めるフロント、それぞれの声を振り返っていく。(全2回の1回目/ 続き を読む)
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ボビー・ヴァレンタインの栄光と転落
ヴァレンタインは、二度目の首位を勝ち取ることはできなかった。2006年には4位、2007年には2ゲーム差で2位。その間、トレイ・ヒルマン率いる〈日本ハムファイターズ〉が、二年連続でパ・リーグの優勝旗を獲得し、2006年には日本シリーズも制覇している。
それでも、ロッテの観客数と収入は、大きく増えた。テキサス・レンジャーズとニューヨーク・メッツの元監督、ヴァレンタインは、成功の波に乗っていた。日本野球のコメンテイターの「ガイジン監督には絶対無理だ」という予想を、みごとに裏切りつつあった。
現に、千葉ロッテマリーンズの重光昭夫オーナーは、ヴァレンタインと生涯契約を結ぶことも、口に出し始めている。ヴァレンタインのサポーターたちは、日本の野球殿堂入りにふさわしい、と誇らしげだ。
ところが、彼の監督人生は、ここからガラガラと崩れ始める。
2008年は、4チームによる首位争いではあったが、マリーンズは4位で下位に終わった。世界トップクラスの高給取りの監督に、世間はこんな結果を求めているわけがない。しかも、2008年の間に、観客数は2.7%しか伸びなかった。これではコストが到底カヴァーできない。
球団の深刻な財政難が背景に
というわけで、12月、ヴァレンタインがアメリカから日本に戻ってきたところで、だしぬけに告げられた。2009年に契約が切れたら、更新はしない、と。
若く人当たりのいい社長の瀬戸山隆三が、メディアに説明した。
〈 ロッテマリーンズは、千葉周辺のコミュニティに、前例のないほど活気を与えてきましたが、年間、3000万ドルから4000万ドルの赤字をはじき出しています。チケットの売り上げは確かに伸びたが、選手の年俸、スタジアムの改良など、出費も伸びている。新しいヴィデオ・ボードやHDTV(ハイヴィジョンテレビ)放送機器だけでも、年間800万ドル以上かかる。〉
同時に、テレビ放映料は相変わらずゼロに等しい。ローカルテレビ局は、マリーンズの一試合を中継するのに、いまだにわずか1500ドルしか払ってくれない。もっと人気のある読売ジャイアンツの放映料と比べると、雀の涙だ。
野球チーム、マリーンズは、〈ロッテホールディングス〉の子会社で、姉妹会社である〈ロッテホテル〉と同様、2008年の世界金融危機以来、急激に財政難に苦しみ、救いようのない状態にあった。
会長の鶴の一声で…
重光は以前、ヴァレンタインの将来については、2009年のシリーズの結果次第で決める、と宣言していた。ヴァレンタインの契約が終了した時点で、チームの状態と、ファンの希望を考慮に入れたうえで、決める、と。
ところが、父親の重光武雄会長が反対した。ロッテ帝国の85歳を超えた帝王、重光武雄は、チューインガムの小さな売店から身を起こし、単身でビジネスを築き上げた人物だ(当時、多くの在日朝鮮人が、靴磨き、夜の水商売、ヤクザ稼業などで生計を立てていた)。
息子がヴァレンタインと結んだ2000万ドルの契約が、はなから気に入っていなかったロッテ会長は、一刀両断。そのような法外な値段で契約を延長することは、まかりならぬ、と。
さらに、オフシーズンの三者会談——父親、息子、球団代表——の中で、父親は、球団の赤字を、20億円(2000万ドル)に抑えるよう命じた。
「ヴァレンタイン・ファミリー」への非常な解雇通告
財政カットの使命は、瀬戸山社長に託された。瀬戸山は、この状況下でヴァレンタインの報酬は高すぎる、と思った。とくに、彼から見れば、ヴァレンタインは下り坂の人間だ。
しかも、瀬戸山に言わせれば、チームの近代化のために、ヴァレンタインがリストアップした人間の数を考えると、社長の計算では、ロッテは年間800万ドルの出費を強いられている。
メディアが「ヴァレンタイン・ファミリー」と呼ぶグループの中には、荒木重雄がいる。この〈日本IBM〉の元社員は、ITに精通しており、ビジネスの最新化のために採用された。
嘉数駿もいる。ハーヴァード大出身の若者で、洗練された選手データベースを作った。
ラリー・ロッカもいる。このニューヨークの元スポーツライターは、〈レディーズ・ナイト〉〈サラリーマンズ・ナイト〉〈ディスコ・ナイト〉など、アメリカンスタイルのプロモーションを企画し、まんまと数百万ドル相当のロッテのコマーシャルをとりつけた。
瀬戸山は彼ら全員とほかの数人に、退任届を出して退職金を受け取るよう、頼んだ。
この電撃作戦について明記すべきは、いきなりクビ切りされた連中のうち、一人として、とくにヴァレンタインは、話し合いや今後の交渉をする機会を、一切与えられなかったことだ。解雇宣言は、迅速かつ最終の決定だった。
またたく間に、“生涯監督”から“足手まとい”へと格下げされ、茫然としたヴァレンタインは、この悲惨な展開の説明を求めて、重光昭夫オーナーのところへ直行。しかし驚いたことに、オーナーはヴァレンタインの電話にも出ず、eメールにも応えない。
消されていく名前と功績
ヴァレンタイン時代のマリーンズのように、アメリカ人監督が“名物”になったケースは、日本プロ野球のほかのチームに例はない。球場の入り口にあるテレビ・スクリーンには、ボビーがファンに挨拶している映像が、繰り返し映し出される。球場内のコンコースには、高さ三メートルのボビーの壁画と金言が並んでいる。
「チームはファミリー。幸せなファミリーはチームを強くする」
フードでさえ、彼の名前を使用した。〈ボビー・ボックス・ランチ〉、ラベルに彼の写真入りの酒、彼の名前の付いたビール、ボビーのバブルガム、等々。スタジアムのメインゲート付近には、ボビーをまつる小さな神社があり、彼をかたどった紙人形が置いてある。そして球場に程近い通りの名前が、〈ボビー・ヴァレンタイン通り〉。
しかし今になって瀬戸山は、ヴァレンタインの功績を思い出させるものすべてを、消し去ろうとしている。神社、メインゲートのテレビ・スクリーン、壁画、ポスター、ビール、ハンバーガー、その他、ボビー・ヴァレンタイン・グッズは、徐々に姿を消していった。
ヴァレンタインのたくさんのサポーターは、いったいどうなっているのか、と首を傾げた。
なぜこんなに速く、こんなに下まで落ちてしまったのだろう。
ヴァレンタイン監督が築いてきたファンとの特別な絆
ロッテ応援団のメンバーも、さまざまなファン・グループも、この急展開に憤りを隠せない。彼らはマリーンズ監督時代のヴァレンタインと、特別な絆で結ばれていた。ボビーは彼らに、応援する価値のあるチームを提供してきたばかりか、彼らをチームの重要な一員として扱ってきた。ほかの日本人監督は、外部の一般客とは一線を画す傾向があるが、ボビーは違う。
スタジアムの中でも、外でも、彼はいつでもサインに応じている。決起集会には、必ず出席する。ホームゲームの後は必ず、応援団の定位置であるライトスタンドに、選手たちを向かわせる。ファンと握手したり、感謝を表したりするために。
ロッテの応援団を「ナンバー26」と呼ぶことにしている。大声で熱心に応援する彼らは、チームの登録選手25名の番外選手にあたる、という意味だ。「ロッテのファンは世界一」と何度も公言している。
「よくこんなひどいことができたもんだ!」
東京の眼科製品会社で働く、ロッテの応援団メンバー、安住和洋は、こう語る。
〈 何年もロッテの試合を観に行っています。外野席のチケットは、いつだってすぐ取れた。たいてい半分ぐらい空いていますから。ところがボビーがきてから、何もかも変わった。並ばないとチケットが買えない。彼はロッテを特別なものにしました。以前とは違って、ロッテをコミュニティの大事な一部分にしたんです。
ボビーは、球場の中でも外でも、千葉ロッテマリーンズの驚異的な成功監督ですよ。野球一般、とくにアメリカ野球の、偉大なる大使でもある。彼が実践している改革が実を結ぶには、少し時間がかかるのは明らかです。だからといって、彼を追い出すのはおかしい。経済的な問題を解決するには、ほかに方法があるはずだ。〉
スポーツマーケティング企業の重役、アサダ・ダイゴは、ホームゲームのときは、必ずと言っていいほど応援席に現れる。
「よくこんなひどいことができたもんだ!」
彼は声を荒らげた。
〈 俺たちのチームは、“真のワールド・シリーズ”が戦えるくらい素晴らしい、と言ってくれた人だぞ。そんなこと言ってくれる人が、ほかにいるか? マリーンズは、読売やソフトバンクのように、大型スター選手やフリーエージェントに、給料を払えるようなチームではないけど、ボビーは素晴らしい仕事をしてくれている。ボビー・ヴァレンタイン以上の監督はいないさ。日本野球に対する裏切りだ。これは日本社会の問題だよ。何かを変えようとすると、すぐ叩かれるんだ。〉
ロッテ組織の突然の変化によって、日本プロ野球史に残る、さらなる衝突のシーズンを迎えることになる。
〈 「内気な億万長者の息子」と「PL学園元チアリーダーのド派手な女性」が…千葉ロッテマリーンズ監督解任騒動の裏側で育まれていた“奇妙な関係”の実情 〉へ続く
(ロバート ホワイティング,松井 みどり/Webオリジナル(外部転載))