「小池百合子首相」誕生の可能性はまだある!政治学者が本気で期待するワケ
Photo:Bloomberg/gettyimages
政治資金パーティーを巡る「裏金問題」を受けて、安倍派と二階派の議員に処分が下された。その中には、小池百合子東京都知事の「国政復帰の後ろ盾」と目された大物議員も含まれる。これによって、小池知事の自民党復帰や総裁選出馬は先送りになったと見る向きは多い。だが、本当にそうなのか――。政治学者が大胆な説を展開する。(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)
裏金議員の処分は不公平!?
岸田首相に自民党内から批判の声
自民党は4月4日、政治資金パーティーを巡る「裏金問題」を受けて、安倍派と二階派の議員ら39人を処分した。このうち、安倍派の座長を務めていた塩谷立(しおのやりゅう)元文部科学相と、安倍派で参議院側のトップだった世耕弘成前参院幹事長には「離党勧告」が出された。
このほか、下村博文元政務調査会長と西村康稔前経済産業相には「1年間の党員資格停止処分」が科された。ただし、2018年からの5年間において、収支報告書への不記載額が「3526万円」と最も多かった二階俊博元幹事長は処分の対象外となった。二階氏が次の衆議院選挙に立候補しない考えを表明し、事実上の「政界引退」宣言をしたためである。
一方、処分の対象となった39人には岸田派議員が含まれず、岸田文雄首相「本人」への処分もなかった。党内から「不公平だ」との声が上がったが、岸田首相はそうした批判を気にしていないようだ。国民からの支持率も低下しているものの、今の岸田首相には、上記の処分を断行できるほど強い権力・権限が集中しているといえる。
裏金問題が発覚する前の岸田内閣では、岸田派・安倍派・麻生派・茂木派が党内の主流派を形成していた。そして、岸田派を除く3つの派閥が首相の権力・権限を牽制(けんせい)および制限してきた(本連載第286回)。だが現在は、その派閥のほとんどが事実上消滅した。
麻生派だけは存続を決めたが、この派閥は岸田派と同じく、故・池田勇人元首相が立ち上げた池田派(旧宏池会)を源流としている。このことから、解散した岸田派が麻生派を頼って合流し、旧宏池会を復活させるのではないかという「大宏池会構想」がまことしやかにささやかれている。現段階ではあくまで臆測にすぎないが、実現した場合は、岸田首相の強力な後ろ盾となる可能性もある。
そのため厳密に言えば、現在の麻生派は「岸田首相の強力な牽制役」だとは言い切れない。こうした要因によって、今の岸田首相にはヒト・モノ・カネが集中している。結果、岸田首相の支持率は低下しているにもかかわらず、なぜか権力が強まっている。この不思議な状況を、本連載では「低支持率首相による独裁体制」と呼んでいる(第349回)。
「首相交代」を阻止するべく
強権振るう岸田首相
岸田首相の「強権」は今、9月の自民党総裁選での再選に向けた、自らの権力基盤の強化に向けて振るわれている。
従来の総裁選では、不人気な首相がその座を降りて新たなリーダーが就任すると、まるで政権交代が起きたかのようなフレッシュな印象を国民に与えた。この「疑似政権交代」は、旧体制での閉塞感を忘れさせる「最終兵器」として機能してきた(第285回)。
昨今の岸田首相は、この「疑似政権交代」が起きて新たなリーダーが誕生しないよう、着々と手を打っている。
最大派閥・安倍派は解散に追い込まれ、幹部はことごとく処分された。「ポスト岸田」と目されていた西村康稔前経済産業相には1年間の党員資格停止処分が下された。同じく萩生田光一前政調会長は1年間にわたって「党の役職停止」となった。
高市早苗経済安全保障担当相は無派閥であり、裏金とは無縁だとみられる。しかし、彼女を支持する議員の多くは、安倍派を中核とする保守派だ。
高市氏の支持者の中には、何らかの処分を受けた者もいる。処分の対象となった議員は、関係各所への説明・謝罪に追われる。次の選挙で落選の危機にあり、地元での政治活動に専念せねばならない。
当然、次の総裁選で誰を担ぐかを考える余裕はない。高市氏は総裁選出馬への意欲を隠さないが、「みこしを担ぐ人」が減ってしまうと総裁を目指すのは難しくなる。
また、現在は自民党の外にいる「最強の総裁候補」こと小池百合子東京都知事も、その動向が不透明になっている。詳しくは後述するが、その裏側でも岸田首相が「強権」を振るった可能性がある。
小池知事を巡っては、近く国政に復帰して自民党に入り、「日本初の女性首相」の座に就くための最後の挑戦として、総裁選に打って出るのではないかとうわさされてきた。
その挑戦の一歩目として、小池知事が衆議院東京15区補選(4月16日告示・28日投開票)に出馬する可能性が取り沙汰されてきた。この選挙区は、かつて自民党議員が汚職で二度辞職したことがあり、「自民党政治の腐敗の象徴」として注目を集めてきたエリアだ。
ところが、この衆議院東京15区補選に、作家で政治団体「ファーストの会」(*)副代表の乙武洋匡氏が出馬表明した。幅広く支持を得るため無所属として出馬するが、元々は小池知事が、ファーストの会の公認候補として擁立するために、乙武氏を副代表に迎えた経緯がある。小池知事の出馬の可能性は消滅し、国政復帰も断念したとみられている。
※小池知事自身が特別顧問を務める地域政党「都民ファーストの会」が、国政進出に向けて立ち上げた政治団体。
小池知事が出馬断念の裏で
岸田首相が暗躍!?
小池知事はかねて、今回処分された萩生田前政調会長と親密な関係を築いてきた。今年1月には、萩生田氏のお膝元である東京都八王子市の市長選に小池知事が駆け付け、自民党推薦の初宿(しやけ)和夫氏を応援したこともある。
すでに萩生田氏が裏金問題の渦中にあったことから、選挙は異例の大苦戦となっていた。そこに小池知事が応援に入り、形勢を逆転させて初宿氏は辛勝できた。小池知事は萩生田氏の窮地を救い、恩を売った形となった。
そのため、小池知事が国政復帰して首相を目指すならば、萩生田前政調会長を中心に安倍派が担ぐ形になると思われた。しかし「派閥解散」によって、このシナリオは難しくなった。
萩生田氏だけでなく、事実上の政界引退を発表した二階氏も、小池知事とは親しい間柄にある。小池知事が政界入りした90年代から、両者は新進党、保守党、そして自民党で行動を共にしてきた。小池知事が自民党とたもとを分かっても、その関係は続いてきた。
したがって、二階氏が小池知事の「最後の挑戦」の後ろ盾になる可能性もあった。しかし、二階氏に政界引退によって、そのシナリオも雲散霧消した。
一部報道によると、その背後で“暗躍”していたのが岸田首相だという。
もともと二階氏は、自身の三男を後継者とし、和歌山の選挙区(衆議院新2区)を継がせるつもりでいた。しかし、冒頭で触れた世耕前参院幹事長は、将来の首相就任を目指していることから、二階氏の引退後は衆議院新2区を引き継いで衆議院へのくら替えを狙っていたとされる。衆議院選挙区を巡って、二階・世耕の両氏は「戦争状態」にあった。
そこに、岸田首相が「裏取引」を持ちかけたというのだ。二階氏が政界を引退すれば、裏金問題で処分はしない。その選挙区の後継を三男とする。世耕氏には「離党勧告」を出し、衆議院にくら替えする芽を摘む。さらに、世耕氏の参議院選挙区には、二階氏の長男を公認候補として擁立することを検討する――。二階氏はその取引を受けたというのだ。
(参考記事)
・息子二人を国会議員に…二階元幹事長「引退会見」のウラにあった、岸田首相との「裏取引」の中身(『現代ビジネス』2024年4月2日掲載)
・絶体絶命!世耕弘成氏をさらに追い込む二階俊博氏の「息子2人を国会議員に」構想…関係者は「好き勝手にさせない」と激昂(『SmartFLASH』2024年4月4日掲載)
結果、岸田首相は「強権」を牽制し得る二階氏と世耕氏を自民党から追い出した。それだけでなく、最大のライバルとなり得る小池知事の国政復帰の芽も摘んだ。「一石三鳥」の効果を得たといえる。
今後も岸田首相は、強力な「人事権」「公認権」「資金配分権」を行使して政敵をつぶし、自らの権力基盤を盤石にしていくだろう。
9月の自民党総裁選には、石破茂元幹事長、野田聖子元総務相など、実績ある政治家が出馬を検討すると思われる。しかし、岸田首相に権力・権限が集中し、派閥がなくなった今、立候補に必要な「20人の推薦人」を集めるのは大物政治家といえども至難の業だといえる。
総裁選で対立候補を推した議員は、岸田首相の権力・権限によって徹底的に干されるかもしれない。また、岸田首相は国民からの支持率がどんなに下がっても、心が折れて退陣することはないだろう。絶対に延命して、9月の総裁選で勝利するために、どんなことでもする。それが「低支持率首相による独裁体制」による、当面の目的である。
政治学者が大胆提言!
小池都知事が首相になるための「奥の手」
小池知事は今後、こうした状況を黙って見ているのだろうか――。あくまで筆者による仮説だが、本稿では彼女の将来について、大胆なプランを提言してみたい。
筆者を除いたほとんどの識者が、自民党に戻る可能性をつぶされた小池知事の国政復帰は「ない」とみているようだ。だが、本当にそうなのか。
小池知事が立憲民主党や日本維新の会をはじめとする野党を取りまとめ、政権交代を目指しても面白いのではないか。掲げる公約はもちろん、自民党の「中央集権」に対抗した「地方主権」である。「希望の党」を率いて敗れた17年の総選挙のリベンジを目指すのだ(第169回)。
改革と地方主権を掲げる馬場伸幸・日本維新の会代表。消費増税を封印し、安全保障政策などで現実路線を志向する泉健太・立憲民主党代表。「中道路線」を貫く玉木雄一郎・国民民主党代表。そして、かつて民進党を希望の党に合流させて政権交代を狙った前原誠司氏(新党「教育無償化を実現する会」代表)。
彼らには過去のさまざまな因縁がある。それらを乗り越えて、「シン・野党連合」といえる一大勢力をまとめ上げる才覚を持つのは小池知事ではないか。
小池知事は、日本新党からの政界参入、自民党入り、都知事への転身、希望の党を結成しての総選挙挑戦など、常識外れな行動で数々の修羅場を生き抜いてきた人物だ(第137回)。
それだけの実績と経験を持つ人物が、最後にして最大の目標である「日本初の女性首相」になる上で、自民党に担がれる必要はどこにあるのか。諦めるのはまだ早い。それよりも「シン・野党連合」をまとめ切って自民党を倒すという、小池知事らしい常識外れな挑戦に期待したい。