「初のダウン」で怪物・井上尚弥の評価は下がったのか…米メディアが明かす”ネリ戦の印象”と期待する”意外な対戦相手”
米メディアが語るネリ戦の感想
6ラウンドKO勝ちで、WBA/WBC/IBF/WBO統一スーパーバンタム級タイトルを防衛した井上尚弥。5月6日に東京ドームを埋めたファンの数は、日本側の発表で4万3000人、米国内で生中継したESPNでは、放送中に実況アナウンサーが5万5000人と述べた。
米国で東京ドーム興行の中継が始まった時刻は、東時間の午前4時、西では午前1時。メインイベントの井上vs.ルイス・ネリ戦の開始は、その4時間後であった。
なかなか酷なスケジュールだが、LA在住でフォトグラファーを生業としながら、アマチュアボクサーとしてリングに上がるイタリア系アメリカンのアダム・デルジューディスは、午前1時からTV前に座り、自らを指導するトレーナーと共に、食い入るように画面を見詰めた。
アメリカ人フォトグラファーのアダムさん(筆者撮影)
井上がネリを下した直後、試合の感想を訊いた。
「1990年2月に催されたマイク・タイソンvs.ジェイムス・“バスター”・ダグラス戦以来のビッグイベントだったから、日本中が注目したでしょう。東京ドームの雰囲気はどうだった?楽しんだんだよね? ESPNでの観戦でも、とても興奮したよ。一緒に見ていたコーチも同様だった。ただ、井上のスタートはいつになく不安定だったね。おそらく彼は、この規模のイベントに緊張したんだと思う」
そして……、とイタリア系アメリカンは続けた。
「山中慎介に2勝しながらも、一度は禁止薬物の使用、もう一度は体重超過といった過去のいきさつから、ネリを嫌う日本人は多いよね。井上は、そんなジャパニーズファンの期待にも応えたかったんじゃないか。あくまでも個人的な想像だけどさ。色んな感情が胸を覆い、早い回でのノックアウトを狙っているように見えた。それが、粗さを生んだ印象だ。ネリは、粗削りな部分を突いた。
サウスポーであり、セオリーを無視して型破りな戦いをするネリの攻撃に慣れるまでに数ラウンドかかった。ファーストラウンドのダウンは、それらの因子が挙がるね」
信じられないほど強い精神力を見せた
デルジューディスは、井上のダウンシーンを目にしながらも、4冠統一スーパーバンタム級チャンピオンの勝利を確信していた。
「ファーストラウンドで、ネリの左フックをもらって井上が倒れた時も、僕はチャンピオンが挑戦者を仕留めると思っていた。彼がKOするためには、何点か調整する必要があったけれど。実際、ネリとの距離感、タイミング、パンチの軌道を把握した井上が圧勝したよね。
2回にはカウンターの左フックでネリを沈め、差を見せ付けていった。パンチ力もスピードも、そして何よりリングIQの違いを示した」
第4ラウンド、リングを支配しながら、井上がノーガードでネリを挑発する様に、デルジューディスは少なからず違和感を覚える。
「ああいう立ち居振る舞いは、井上の性格から少し外れていると僕は感じた。が、チャンピオンがノーガードでネリを誘ったのは、向こうの出方を伺い、それに合わせた対策があったからだよ。
自信に満ち溢れた選手が、相手を挑発するシーンを時々見る。普段、僕はそんな光景を気にはしない。けれど、一部のファイターは試合を妨げるようにやり過ぎるよね。僕は、ああいうタイプが好きじゃない。今回の井上は巧みに、ネリの心理を揺さぶったんじゃないかな。
同時に、倒されたことへの怒りや、ネリに恥をかかせたいという気持ちが表れたのかもしれない。2度目のダウン、そしてフィニッシュも、鮮やかだった。
井上はダウンを挽回し、ネリを完膚なきまでに叩きのめした。信じられないほど強い精神力を見せたよね。彼は肉体的にも精神的にも特別な才能を持っており、僕は今回も彼の姿に感銘を受けたよ」
井上尚弥の評価はどう変わったのか
米国で放映されたこれまでの井上のファイトをTV観戦し、昨年7月の4冠統一ウエルター級タイトルマッチ、テレンス・クロフォードvs.エロール・スペンス・ジュニア戦を会場から撮影したデルジューディスは、パウンド・フォー・パウンド・ランキング1位をクロフォード、2位を井上としていたが、微妙に変化したようだ。
「今回、井上は確かにダウンを喫したが、評価は全く下がらない。衰えたわけじゃない。ファイターが強敵と戦う折、このようなことは起こりうる。ピンチに陥った時、どのように反応するかがその選手のクオリティを決定する。井上はパウンド・フォー・パウンドでトップを争う偉大な男であることを、改めて証明した。井上が、同論議でナンバー1なのかナンバー2なのかは、正直言って分からない。
クロフォードは昨年7月以来、試合をしていないが、井上は活動的だよね。素直に述べるけれど、僕は両者共にパウンド・フォー・パウンドKINGに相応しいと考える。同率で1位だよ。現時点で差は見られない。2人は最高の現役ファイターだ。僕はこの8月予定されているクロフォードの次戦で写真を撮る。おそらく、彼は素晴らしいパフォーマンスを見せるだろう。そこでまた、井上と比較することになるかな」
デルジューディスは井上尚弥に注目する一方で、WBCバンタム級チャンピオン、中谷潤人も高く評価している。中谷のラスベガスでのファイトやLAキャンプを撮影したこともある。
「ネリ戦を見て、4冠スーパーバンタム級王者にとって、WBCバンタム級チャンプは非常に難しい相手になるだろうと感じた。なぜなら、サウスポーであるネリのスタンスと懐の深さが、少なくとも一時的には井上を苦しめたからだ。中谷潤人は、ネリよりもリーチがあり、身長も高く、はるかに熟練した選手だ。マッチメイクがうまく運べば、日本でのメガ・ファイトになるね。井上vs.中谷戦はワクワクするなぁ」
中谷潤人
フォトジャーナリストであり、アマチュアボクサーでもある42歳の彼は結んだ。
「まずは、中谷が他のバンタム級王者たちと戦って、4本のベルトを統一する姿が見たい。何と言っても4名全員が日本人だからね。そして、次のステップとして井上尚弥とのファイトが実現することを強く望む。間違いなく、素晴らしいファイトになるよ。
近いうちに日本に飛び、彼らのビッグマッチを撮影したいね。楽しみにしている。井上尚弥の戦いぶりや、東京ドームの光景を見ながら、そんなことを考えていた。
まぁ、今回の井上は、自身の偉大さを遺憾なく発揮した。十分な調整を行い、悪役であるネリを打ち破った。日本のボクシングファンは留飲を下げただろう」
米国の大手メディアであるCBSは、日本時間8日に発表した最新パウンド・フォー・パウンド・ランキングで井上尚弥を1位とした。2位がクロフォード、そして3位は井上vs.ネリ戦の前日に4冠統一スーパーミドル級タイトルを防衛したサウル・”カネロ”・アルバレスである。
世界に誇るジャパニーズ・モンスターは、己の存在を、どこまで輝かせるか。デルジューディスとって井上尚弥は、ファインダー越しに捉えたくてたまらない男でもある。
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