「刑務所の食事メニュー」は身長180センチで明暗?刑務所栄養士が明かす実態とは
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粗末で質素な「クサいメシ」というイメージがある刑務所の給食。現役の刑務所栄養士である著者が見た刑務所メシの実態とは。本稿は、黒栁桂子『めざせ!ムショラン三ツ星』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。
刑務所ごとに食事量が異なる?
懲役を快適に過ごすための方法とは
「前の刑務所のほうが麦飯が多かった」
B君がそうこぼした。
受刑者にも転勤のような制度が存在する。自身が希望して許可され、別の刑務所に移る場合もあれば、勝手に決められる場合もある。
ちなみに犯罪を起こしてまず行くところは警察だ。だが、そこから先、どのような場所をたどるのか知らない人は多い。逮捕されて警察署の留置場で生活し、取調室で取り調べを受ける。その後、裁判で刑が確定するまでは拘置所で過ごし、懲役刑が確定すると刑務所に移送されて来る。
しかし、最初の刑務所で刑期を終えるまで過ごすとは限らない。本人の意思とは関係なく配属先が決まる転勤がほとんどであるが、わずかに本人の希望による転勤もある。
刑務所によっては、社会復帰のためにさまざまな資格を取得できる職業訓練施設があり、取得したい資格があるなど目的によっては受刑者の希望が通ることもあるのだ。晴れて資格取得して戻って来れば、「成績」もアップする。
成績とは、受刑者の担当刑務官が評価者になって、受刑者の生活態度や刑務作業への貢献度などに基づいてつける点数のこと。半年に一度その評価によって彼らの優遇区分が変わるので、受刑者にとっても非常に重要だ。
区分は1類から5類まで5段階あって、点数が悪いと下げられることもある。区分によって、個室に入れたり、参加できる集会があってそこでお菓子を食べられたり、手紙を出せる回数が増えたり、さまざまな優遇を受けられる。
成績がよければより快適に暮らせるし、仮釈放(刑期満了前に刑務所を出ることができる制度)も期待できる。区分ごとに名札の色が異なるため、お互いに「成績」が一目瞭然になっているのだ。
「赤六法」で定められたムショ飯
正月三が日だけは3食とも白飯
B君は職業訓練でうちから某刑務所に移り、数年してまたここに戻ってきたばかりだった。そのため、某刑務所の食事と比べてうちの麦飯は少ないと感じたようだが、そんなはずはない。
受刑者の食事については、通称「赤六法」の中で事細かに定められており、それに従って給与されているからだ。
赤六法の正式名は、『矯正実務六法』という。上下2巻からなり、刑務所職員が仕事をする上で必要な法令集である。憲法から始まり、政令、省令、訓令、通達などが載っている。1巻の厚さは10センチになるだろうか。分厚くて重たいので、買っていない。
公務員たる者、何かにつけて根拠に基づいた仕事や行動が求められる。色とりどりの付箋がたくさん貼られている幹部の赤六法を見ると、勉強嫌いな私は、昇進に無関係な職種でよかったと思ってしまう。
そんな赤六法の食事に関する該当ページは、全体に比べたらそれほど多くはない。正直、その該当ページだけ配ってくれればいいのだが、そうはいかないらしい。
赤六法にある矯正施設被収容者食料給与規程では、刑務所で給与する食事の主食は麦飯であること。さらにその麦飯は、米7に対して麦3であること。米は各施設で玄米を精米しているのだが、その搗精率も玄米1を0.93~0.94の範囲でと決められている。つまり、1キロの玄米を精米してでき上がる重量は930~940グラムの範囲でないといけない。
この精米は、娑婆で販売されているものよりも精度が低いため、見た目はやや茶色く、7分搗き程度に相当する。学校給食で出される麦飯は真っ白い精白米に対して麦が10パーセントである。それに比べて、7分搗き米に3割の麦が入った麦飯は一般の人の想像よりも茶色っぽい。
ただ、刑務所でも正月三が日だけは、米100パーセントの白飯が3食給与される。それも赤六法のルールに記載されている。白飯といっても、相変わらず7分搗き米だから、娑婆の銀シャリとは異なるのだが、彼らにとっては特別なのだ。
主食の量は受刑者の仕事量に比例
刑務所メシは意外とハイカロリー
主食の量は、おかずの量が全員1日あたり1020キロカロリー以上と同じなのに対して、仕事量によって3段階になっている。
立ち仕事をする人はA食で1日あたり1600キロカロリー相当、座り仕事はB食で1300キロカロリー相当、居室で過ごす人たちはC食で1200キロカロリー相当。1食あたりは、それぞれを3で割った量が主食量となる。
A食の場合だと、1600キロカロリーの主食と1020キロカロリーのおかずだから、1日あたり2620キロカロリー以上ということになる。
刑務所のメシは痩せると言われているため、食事も摂取カロリーが低く、質素だと思われているが、実はそれほどでもない。厚生労働省による「国民健康・栄養調査」のデータ、日本人の平均摂取エネルギーよりも多いのだ。
さらに身長が180センチ以上の場合は、主食が加算されるという仕組みになっている。
例えば、立ち仕事をしている身長180センチの人は「A180」、座り仕事の185センチの人なら「B185」と、飯椀の色も変えているし、フタにも表記して区別している。間違って配膳してしまったら、大変なことになってしまう。
ちなみに麦飯のほかにも主食としてコッペパンやうどん、ラーメン、やきそば、スパゲティがあるが、それらも同じ仕組みで分量が決められている。
さて、「麦飯の量が少ない疑惑」はその後、無事解決した。出張でその刑務所を訪問した際に麦飯を計量させてもらったのだ。当然ながら、当所と同じ量を盛っている。
そこの麦飯が多く見えたのは、飯椀の形状による目の錯覚だと思われる。そこの椀は手にしっくりくる丸みのある形なのだが、うちの椀は直線でスマートなのだ。そんな些細なことと思うかもしれないが、それだけ食事への執着が激しいということだ。
そのことをB君に説明すると、意外にもすんなり納得した。ごねられるかもと心配したが、こういうときに赤六法を盾に毅然とした対応ができるのだから、めんどうくさいと言っていてはいけないなぁと思い知らされる。
赤六法は、職員の身を守ってくれる存在なのだ。しかし、彼が納得したのは法令通りだからということではなかった。
「先生、わざわざ調べてくれたんですね」
私が彼の疑問を覚えていて某刑務所で実際に量ってきたことがうれしかったようだ。おかげで彼からの信頼度はアップした(らしい)。彼らもただやみくもに難癖をつけているわけではなく、誠意をもって接すればわかってくれるのだ。
仕事に対して真摯に取り組む。一社会人として当たり前のことだが、それができなかった者がここにはいる。彼らが社会復帰したときに、見本となるような振る舞いをしなければと感じた。
許されない食事を与える行為
上下関係が生まれ衝突の危機も
ただ、B君の麦飯への執着は別のところにもあった。彼はもともと食いしん坊の大食漢。完全な肥満体型の、自称「動けるデブ」だったそうだ。その原因は米!彼はご飯大好き男子だったのだ。
炊場では全員が立ち仕事のため、A食になる。もっと背が高ければもう少しご飯の多いA180を食べられたのにと、嘆いている。
「でも、Sさんのメシと俺のメシが同じ量っていうのは、ちょっと……」
いくら法令通りであっても、小柄なS君と同じ量なのが解せないようだ。
「悪いけど、それはどうしようもないわ」
私がそう返すと、
「ですよね~。残念だなぁ」
と、彼は笑った。
『めざせ!ムショラン三ツ星』 (朝日新聞出版) 黒栁桂子 著
身長の低いS君が食べられないと言って残しても、それをもらうことは禁止事項だ。残すのは自由だが、他人に与えてはいけない。そういったやり取りは貸し借りとなり、上下関係を作ることからトラブルに発展しかねないという。
学校給食であれば、欠席者のヨーグルトをめぐってじゃんけん大会になったり、残ったおかずはおかわりできたりするものだが、ここではそんなことはとんでもない。
そういえば、コロナ禍以降は、前後机の向きを変えてグループにならず一方向を向いて黙って食べるのが学校でもスタンダードになっているが、ここでは昔から黙って食べる“新しい生活様式”が厳守されてきた。ある意味、時代を先取りしていたと言えるのかもしれない。