「世界から10年遅れ」日本の半導体産業に吹いている“2つの追い風”とは?《国内主要プロジェクト一覧表付き》
日本の半導体産業は「世界から10年遅れ」と呼ばれる状況が続いていたが、2024年は2つの追い風を理由に「シリコン列島日本」の幕開けの年になるかもしれない。そう語るのは40年にわたって半導体業界を追ってきた泉谷渉氏だ。
◆◆◆
日本の半導体産業に2つの「追い風」
「半導体は今や世界の『戦略物資』とも言うべき存在だ。安全保障の要であり、我が国においても半導体産業は異次元の国家的支援の対象となる。現に2023年度の補正予算では2兆円もの金額を投入した」
自民党の幹部が唸るように呟いた言葉だ。
「半導体」とは簡単に言えば、電気を通す「導体」と、通さない「絶縁体」との中間的な電気抵抗を持つ材料を使った電子部品のことである。電気信号の増幅、スイッチング、電気から光への転換などを行う。自民党幹部が世界の「戦略物資」と重視するのも当然のことであり、半導体がなければ、液晶テレビも、ゲーム機も、自動車も、パソコンも、スマホも作れない。
TSMC熊本第一工場 ©時事通信社
現在、世界における半導体の市場規模は78兆円だが、経産省によれば、2030年に100兆円に達すると予測されている。「AI革命」「SDGs」など、半導体の需要増加が見込まれる世界的な潮流を加味すれば、早くも2025年には103兆円を超えると筆者は見ている。
2022年には、半導体が中心となる電子情報産業の市場規模が450兆円に達し、400兆円の自動車産業を凌駕した。自動車産業が戦後の世界経済を牽引してきたことを考えれば、これは画期的なことだ。
筆者は産業タイムズ社に入社し、1991年には国内唯一の半導体専門紙「電子デバイス産業新聞」(当時「半導体産業新聞」)を立ち上げ、記者としては40年近く半導体を追い続けてきた。89年、日本は「半導体王国ニッポン」と呼ばれ、世界シェアは50%を超えていた。しかし、90年代に入った頃から負けに負け続け、今や世界シェアは8%程度にまで落ち込んだ。筆者は業界の最古参記者として、日本の半導体が大躍進を遂げてから凋落するまでの時代をこの目で見てきた。
だが、後世、2024年は「シリコン列島日本」の幕開けの年として記憶されることになるだろう。
世界を見渡せば、各国が「最新のAI半導体の開発と量産」に力を入れ、米国と中国の間では「半導体戦争」が繰り広げられている。「シリコン列島」の誕生前夜を日本が迎えたのは、この二つの「追い風」が吹いたからである。日本は、この「追い風」をチャンスとし、半導体による国おこしに動き始めている。
エヌビディアが世界1位に
2022年に日本の主要企業8社と日本政府の支援を受けて設立された半導体の国家戦略カンパニー「ラピダス」は現在、北海道千歳市に巨大工場を建設している。ラピダスは半導体王国ニッポンを復活させるための牽引役を担っている。
政府は世界トップに君臨する台湾の半導体メーカー「TSMC」を熊本県へと誘致し、今年中には量産を開始する予定だ。さらに2023年10月には、台湾の半導体大手「PSMC」が宮城県仙台エリアに工場を建設することを発表し、最近は、東北大学発のベンチャー企業と連携するというニュースも飛び込んできた。
こうした事例は全国的に広がりつつある。半導体の技術で「世界から10年遅れ」とまで言われていた日本はこの数年の間に再び「半導体立国」となる挑戦を始めた。そのチャレンジが可能になった最大の理由は、政府の巨額の支援である。その決断は、先ほど述べた二つの「追い風」に促されたものだ。さらに言えば、かつての「半導体立国」を担った技術者が60代、70代を迎え、その技術や経験を継承するならば、今を逃したら後はない、という危機感も政府にはあったはずだ。
勃興しつつある「シリコン列島日本」について詳述する前にその誕生を後押しした二つの「追い風」、すなわち「最新のAI半導体の開発・量産」と「半導体戦争」について説明しておこう。
今年1月「米国半導体工業会(SIA)」は「2023年11月の世界半導体売上高が前年同期比5.3%増を記録した」とアナウンスした。この1年あまりはコロナの影響もあり、トーンダウンしていた半導体業界に急上昇の機運が見えてきたという分析だ。
さらに、SIAは「この成長の背景にはAIなどの新技術が台頭してきたことがある」とも付け加えた。
AIを社会に行き渡らせるには、膨大な計算を処理する能力が広汎かつ大量に求められ、それを支えるのが半導体である。マイクロソフト、グーグル、アマゾン、アップルなどはAI専用半導体の独自開発に入っている。
パソコンに使われるCPU(中央演算処理装置)の他に、GPU(画像処理装置)、FPGA(書き換え可能な集積回路)などの最新半導体を搭載したAIサーバーの出荷台数は、2023年に世界で前年比40%増となり、120万台を超えた。24年も同じく40%増となる見込みで、全てのサーバーのうちAIサーバーが占める割合は12%まで拡大すると予想されている。
生成AIで使用されるGPUのシェアは、米国の半導体メーカー・エヌビディアがほぼ独占している。近年は、半導体の世界チャンピオンの座をインテルとサムスンが交互に奪い合ってきたが、2023年の売上高ではこの2社を抜いて、エヌビディアが世界1位に躍進した。その背景にはAIサーバーへの急激な需要の増加がある。
ベンチャー界の“希望の星”
このような状況を受けて、日本でも、AI専用の半導体開発が加速している。
その最たる例が、AIベンチャーの「プリファード・ネットワークス(PFN)」(東京・千代田区)だ。同社は早くからIoT(モノのインターネット化)とAIの融合に着目してきた。このベンチャーは、AIやロボットが莫大なデータを処理する際にクラウドを介さず、各端末(エッジ)が横の連携を取り、分散協調的に処理し、ネットワークへの負担を減らす「エッジヘビーコンピューティング」の技術を提唱したことで一躍名を上げた。
また、AIに膨大なデータを処理させる「深層学習」のフレームワーク「Chainer」を開発し、トヨタ自動車やファナック、国立がん研究センターなどと協業してきた実績もある。創業5年にして、当時、国内唯一の「ユニコーン」(企業価値が10億ドルを超える未上場企業)となり、総資産は200億円を超え、今や日本ベンチャー界の“希望の星”とも言われている。
PFN社は、2016年にAI半導体「MN-Core」の開発にも成功し、同社のオリジナルスパコンには、この半導体が搭載されている。翌17年には、トヨタ自動車から105億円の資金提供を受け、自動車分野におけるAI技術の共同開発を急ピッチで進めている。
PFN社の生成AIの基礎開発を日本政府は積極的に支援している。それは経済的支援にとどまらない。国内最大の演算規模を持つ産業技術総合研究所のスパコン「ABCI」の計算能力のうち2割を同社が優先的に利用できるようにしている。
PFN社の急成長の背景には、AI半導体の特需、それに応じて加速する研究開発、それを支援する政府という黄金の三角形が見て取れる。
◆
本記事の全文は、「文藝春秋 電子版」に掲載されています(泉谷渉「 半導体列島が補助金ラッシュに沸いている 」)。
(泉谷 渉/文藝春秋 2024年4月号)