「下着が出る心配も違和感もない」新レオタードを考案した杉原愛子に、保護者から届いた切実な感謝「娘のレオタード着用に抵抗がありましたが…」―2024上半期読まれた記事
レオタードに代わる選択肢として杉原愛子が製作した「アイタード」。本人に思いを聞いた
2023ー24年の期間内(対象:2023年12月~2024年4月)まで、NumberWebで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。スポーツ総合部門の第2位は、こちら!(初公開日 2023年12月28日/肩書などはすべて当時)。
パリ五輪を目指して本格的に現役に復帰した体操の杉原愛子(24歳)。今年9月の全日本シニア選手権では、足の付け根から太もも上部にかけての部分までカバーする新しい形のレオタードを着用したことも話題になった。
自身が考案・プロデュースし、「アイタード」と名付けた新型レオタード。これを女子体操選手の選択肢として普及させたいという思いや背景に迫った。(NumberWebインタビュー全3回の3回目/#1、#2から続く)
女子の体操界で長年にわたって大きな悩みとなってきたのが盗撮問題だ。体の柔軟性を表現する動きは本来、美しさやしなやかさを示すうえで女子の体操競技において必須な要素だ。しかし、盗撮に限らず正規の報道においてでさえも、性的な意図を感じさせるアングルでの撮影や配慮を欠いた写真の掲載が目に付く時代が長く、選手や関係者は対処法に苦慮してきた。
杉原が「アイタード」を開発した理由はまさにそこにある。
「自分自身、レオタードの写真で嫌な思いをしたことがありますし、実際に変なメッセージを目にしたこともあります。けれども、以前は少し気にしながらも“これしかないからしょうがない”と思って諦めていた部分もありました」
東京五輪で「ユニタード」が登場も、普及しなかった
ところが、女性アスリートへのセクシュアル・ハラスメントを問題化する機運が世界的に高まってきた流れを受け、21年からドイツの女子チームが足首まで覆うロングスパッツタイプの通称「ユニタード」を着用するようになった。この選択は女子体操界に一石を投じることになり、人々の考え方に多様性をもたらした。ドイツチームは東京五輪も含めて現在もユニタード姿で世界選手権などの主要大会に出場している。
ただ、ロングスパッツタイプは世界的に見ると普及には至っていないのが現状で、今年の世界選手権でもドイツ以外に着用するチームはなかった。また、日本では少なくとも主要大会では着用されていない。
杉原に見解を尋ねると「私自身はユニタードを選びません」という答えが返ってきた。
「理由としては、タックル(抱え込み姿勢)やターンで足を持った時に滑ることがあって危ないのと、滑るという怖さがあるからです。手足の長い欧米人に比べて日本人はスタイルを気にしているのもあるかもしれません」
メリットは「下着が出る心配も、穿き心地の違和感もない」
杉原が指摘したように、ロングスパッツタイプのユニタードは試合でいきなり着用すると練習の時と感覚が違ってくるというリスクが大きい。けれども、ハイレグタイプのレオタード一択という現状を変えたいという思いは募る。
そこで考案したのが脚の付け根から2センチ以下という短いスパッツ部分を足した「アイタード」だった。
男女とも体操競技のユニフォームには素材やサイズなどについて細かな規定がある。杉原によると、「女子は鎖骨のところが半分以上出たらダメとか、肩甲骨の下が出たらダメとか、脚の付け根から2センチ以下とか、厳しくルールが定められています。新型ウェアは規定に対応したものを(レオタード製作会社の)オリンストーンさんと打ち合わせをしながらつくりました。審判委員会にも規定内であることを確認済みです」とのことだ。
日本では女子選手が練習する際にはレオタードを着た上からショーツ型のスパッツを重ねて穿いていることが多い。そのため、杉原が考案した「アイタード」なら普段の練習の感覚と変わらず、技を繰り出すときにも影響がない。
「全日本シニア選手権の時に初めてアイタードを着て試合をした時には、現場にいた選手や指導者の先生から『これ、めっちゃいいやん』という声を多くいただきました。『私も着たい』という声も多かったです。レオタードの時は下着が出る心配があったのですが、アイタードを着ればその不安はなくなりましたし、安心して動けるからストレスも少ない。練習通りにスパッツを履いてる感覚でできるから、穿き心地の違和感もありません。体操に集中できる衣装だと思っています」
「娘のレオタード着用に抵抗が…」保護者からの“切実な感謝”
「アイタード」をお披露目した後には、杉原自身が想像していなかった反響もあった。体操教室に通う子どもの保護者から「自分の娘がレオタードを着ることに抵抗があったので、説得して体操を辞めさせようと思っていたのですが、アイタードを見てからこれなら体操を続けさせられると思いました」というダイレクトメッセージが届いた。
「こういう考えもあるんだというのを初めてそこで気づきました。私自身は子どもの頃にレオタードが嫌だと思っていたことがまったくなかったし、当たり前だという固定観念しかなかったので、意外でした。だから、そういう面でも貢献できたという思いも生まれましたし、選択肢が広がるのは良いことだと思います。性的な面の予防にもなるんじゃないかなと思います」
意外だった声はそれだけではない。
「新型ウェアを開発する会議の時に、男性スタッフから、“男性だと女子体操のファンですと大きな声では言えない雰囲気を感じる”と聞きました。やっぱり性的な目で見ていると思われてしまう、というのが理由です。こういう意見を聞くと、今まで私が気づかなかったユニフォームのマイナス面を知ることができて良かったなと感じますし、アイタードという選択肢ができることによって、男性が堂々と女子体操ファンであると言えるようになるんじゃないかなと思います」
パリ五輪では「アイタード」を着用するのか?
審判員として競技会に行った時には高校の指導者から「アイタードを着たいと言っている選手がいる」という相談を受けた。これらの反響を受けて、12月23日に行なわれた「アクティングカップ」という体操競技のイベント会場でアイタードを試着できるブースを出すなど、販売に向けての動きも進んでいる。
ところで、パリ五輪の代表になったとすれば、アイタードを着用する意向はあるのだろうか。杉原はこう言った。
「ある意味そこも課題点だと思っています。団体戦では全員が同じレオタードを着なくてはいけませんし、オリンピックとなると難しいところではありますが、個人で出るならばそういう選択肢もあってもいいと思います」
杉原がチャレンジすることによって新たな課題が可視化され、みんなで課題を共有することによって解決への一歩が生まれる。杉原の今後がますます楽しみだ。
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