宇野昌磨「挑む!」gpシリーズへ「明らかにレベルの高い自分が今ここにいる」

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© スポーツニッポン新聞社 フィギュアスケート男子の宇野昌磨

 フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ開幕を前に、男子で18年平昌五輪銀メダルの宇野昌磨(トヨタ自動車)が、テレビ朝日を通じてコメントを発表した。

 「挑む!」をテーマに掲げた宇野は、「フィギュアスケーターだと23歳、24歳というのは決して若い歳ではないですが、それでも僕は挑む、挑戦する立場でいたいと思っています。今年、僕がやろうとしていることは、自分への挑戦だと思っているので、こういう言葉にしました」と理由を明かした。

 その上で「グランプリシリーズ、この2年間特殊な状況でもありましたけど、まったく良い成績を残せていません。ただ、そのときの自分と比べて、明らかにレベルの高い自分が今ここにいることは間違いないです。間違いなく、皆さんが期待できるシーズンに出来ると思うので、僕も精一杯頑張りますので、少しでも期待して楽しんで見ていただきたいと思います」と意気込んだ。

 さらに「北京五輪…本当に日本のレベルがどんどん高くなっていて、出場するのも一筋縄にはいかない状況ですが、今の僕のできているものすべてを出し切れば自ずと結果はついてくると思うので、来たる日に向けて、毎日頑張っていきたいと思います」と決意を込めた。

 宇野は第1戦スケートアメリカ(10月22日開幕、ラスベガス)と第4戦NHK杯(11月12日開幕、国立代々木競技場)に出場する。

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  • <速報>渋野日向子が「66」で一気に浮上 古江彩佳も首位と1打差に接近

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  • 松坂さんにプロ入り時の恩師が新たな約束迫る 自身は通算200勝の記念ボールを贈る

    © 西日本スポーツ 今季限りで現役を引退した元西武の松坂大輔さん(41)の引退セレモニーが4日、メットライフドームでのファン感謝イベント「LIONS THANKS FESTA 2021」内で開かれ、1999年の入団時に監督を務めていた東尾修さん(71)が西武での指導者復帰を迫った。 入団時には自身の通算200勝の記念ボールを贈り、松坂さんの達成時に返す約束をしていたことを引き合いに出し、「私に対して約束を果たしてないことがありますよね。だからもう一つ約束をしてほしい。今度(野球界に)帰ってくるときはライオンズのユニホームしか着たら駄目だぞ」と問うと、松坂さんは「こればかりは僕がやりたいと言っても帰ってこられるわけではないので。またライオンズに声を掛けてもらえるように努力します」と返した。
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  • 渋野日向子は6つ伸ばして25位タイまで急浮上 古江彩佳も5位と上位をキープ

    <Qシリーズ 3日目◇4日◇マグノリアグローブ(米アラバマ州)◇クロッシングズC(6664ヤード・パー72)、フォールズC(6643ヤード・パー71)> 来季米国女子ツアーの出場権をかけた予選会は3日目のラウンドに入った。トータル2オーバー・72位と後半戦進出圏外で2日目を終えていた渋野日向子は、クロッシングズCで7バーディ・1ボギーの「66」をマーク。この日のベストスコアタイで6つ伸ばし、トータル4アンダー・25位タイまで大きく順位を上げた。 予選会会場で撮影!渋野日向子ドライバースイング動画 首位と2打差のトータル7アンダー・5位タイからスタートした古江彩佳は、フォールズCをプレー。3日目も4バーディ・2ボギーの「69」と伸ばし、トータル9アンダー・5位タイと上位キープした。ここまで3日間60台を並べている。 トップに立つのはトータル12アンダーのポーリーヌ・ルサン-ブシャール(フランス)で、2打差に19年の韓国ツアー賞金女王チェ・ヘジン(韓国)ら3人が続いている。また日本ツアーでプレーしたカリス・デイビッドソン(オーストラリア)が13位タイと上位につけた。 予選会は合計8ラウンド。まず今週4日間をプレーし、上位70位タイまでの選手が、来週9日から始まる後半戦に進む。最終的に上位45位タイまでに入った選手が、来季の出場権を獲得する。 © Cross Planet, Inc. 渋野日向子が大きく順位を上げ前半の最終日へ(写真は2日目)(撮影:ALBA)
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  • 【日本ハム】ドラ1達孝太は柔軟の達人 “ビッグボス思考”解剖学を学んでます…本契約&施設見学

    © スポーツ報知/報知新聞社 施設見学をおこないビッグボスポーズをするドラフト1位・達(代表撮影)  日本ハムのドラフト1位・達孝太投手(17)=天理高=が4日、“ビッグボス思考”を早くから取り入れていたことを明かした。ビッグボス・新庄監督は以前から股関節の柔らかさの重要性を説いているが、右腕は「(体の)柔軟性に関しては他の選手より自信があります」とうなずいた後、驚きの発言をした。  「もともと、そんなに柔らかいわけでなく、今、解剖学を勉強しているんですけど、勉強する中でその筋肉を意識してストレッチをすることで普通以上の効果が得られて柔らかくなった」  プロ入り前から高い意識を持つ194センチ右腕が参考としているのは、「プロメテウス」という「お医者さんとかが読む本」。中学時代から世話になっているトレーナーの話が当初は全く理解できず、一方的に言われるだけだったため、「反論できるようになりたい」と高3の春にネット購入した。現在も解剖学を学び続けているという異色のルーキーは、寮にも“愛読書”を持参するという。  この日は札幌市内で契約金1億円、年俸1000万円で本契約を結び、施設見学も行った。「秋季キャンプの放送を見て、どの監督よりも考えている監督だなと思ったので、プレーできるのが楽しみです」。ビッグボスはタレント育成に意欲を示しているが、達は間違いなくその候補の一人だ。(後藤 亮太)
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  • 川崎・旗手怜央がスコットランド・セルティックに約2億円で移籍…今季30試合5得点でv貢献

    © スポーツ報知/報知新聞社 川崎・旗手怜央  川崎の日本代表MF旗手怜央(24)が、スコットランド1部セルティックに移籍することが4日、分かった。移籍金は約2億円にのぼるとみられる。準決勝に進出している天皇杯が終了後に渡英する。  強じんなフィジカルとドリブルでの推進力を武器にする旗手は、昨年に順大から川崎に加入。本職のFWに加え、インサイドハーフやサイドバックなど複数のポジションでプレーでき、今季は30試合に出場して5得点をマーク。主力としてリーグ連覇に大きく貢献した。今夏には東京五輪にも出場。11月には日本代表にも初めて選出された。  セルティックは旗手のプレーを高く評価し、早い段階から補強候補としてリストアップしていた。今夏には同じく川崎から東京五輪に出場したMF三笘と田中碧が海外移籍。2人に負けじと欧州に活躍の舞台を移す。  また、セルティックはG大阪のMF井手口陽介(25)の獲得に乗り出している。
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  • 最近ようやく… ろう者は洋画を好む理由がわかりますか

     ろう者の視点で選んだ映画を集めた「東京国際ろう映画祭」が4日、開幕した。東京都渋谷区のライブホール「ユーロライブ」での上映は5日までの2日間だが、3回目の今回はオンラインでの上映に初めて取り組み、12日まで開催する。実行委員会代表の牧原依里さん(35)自身もろう者。子どものころから映画が好きで、洋画を見て育った。今は映画作家として活動する。原点は、素朴な疑問だった。【谷本仁美】 可能性にふたをしないで  牧原さんは両親も共にろう者で、子どもの頃から一緒に洋画をよく見た。映画は身近な存在で、いろいろなことを映画から学んだ。ただ、映画には苦い思い出もあった。  小学2年までろう学校に通った牧原さんは、3年から普通校へ転校。中学校では50音を指の形で表す指文字の存在を同級生が教えてくれ、一緒に覚えるようになると、同じクラス、同じ学年に広まった。  文化祭で取り組んだ映画製作。指文字で意思疎通ができるのに、本当はやりたかった監督ではなく、カメラマンを選んだ。「みんなの迷惑になるかもしれない」と遠慮したのだ。結局、コミュニケーションがうまく取れず、カメラマンを途中で降りた。「ろう者には無理なんだと思い込んでいた。『ろう者=弱者』と、何となく受け止めていた」と振り返る。  映画を作ろうと思ったきっかけは2013年のイタリア旅行だ。訪れたローマでたまたま開催されていたろう映画祭で、初めてろう者が作った映画を見た。ろう者の役を実際にろう者が演じ、ろう者の視点から描いていた。そのとき、自分で自分の可能性にふたをしていたことに気づいた。「私も映画を作ってみよう」。会社勤めをしながら、手話通訳の支援を受けて映画専門学校に通った。 どんな当事者にも寄り添って  牧原さんの監督第1作は、「LISTEN リッスン」(16年)。15人のろう者が全身で思い思いの「音楽」を表現する。58分間、せりふや音楽がまったくない無音の作品だ。毎日映画コンクールドキュメンタリー部門にノミネートされるなど、話題を集めた。  今回の映画祭に牧原さんは、家族の不条理やあり方を問う「田中家」を出品した。ろう者の役でも、ろう者が演じられることは日本では少ない。しかし、耳の聞こえる人がろう者を演じても、視線や会話の間、体の動きなどから、ろう者には不自然さが気になってしまう。海外の映画で、日本人の役をアジア人が演じていると違和感を覚えるのと同じだ。「田中家」は、俳優だけでなく製作スタッフはすべてろう者だ。  ろう者が映画を見るときに洋画を選ぶのは、字幕があるから。一方で、ろう者をテーマにした作品であっても、邦画には字幕がなかった。「当事者が見ていると思っていないのだろうか」とずっと不思議に思っていた。障害の有無や年齢にかかわらず、誰もが分かりやすい「ユニバーサル上映」の一環として、最近ようやく邦画にも、効果音まで説明した字幕が付いたものが増えた。しかし作品数は限られ、上映日数も短い。製作側になった今、牧原さんは「当事者が出ている映画を作るなら、観客にも当事者がいることを意識するのが作る側の誠実さだ」と強く思う。  牧原さんは、ろう者が映画に携わる機会を増やしたいと取り組んでいる。自身がローマで味わったように、ろう者が心から共感できる作品を届けたい。そして、作品に携わるろう者の懸ける思いが、見た人の心に突き刺さり、社会が少しずつ変わるかもしれないと信じて。 東京国際ろう映画祭 12日までオンラインでも  東京国際ろう映画祭は17年から隔年で開催。ろう者をとりまく手話社会や、ろう文化の魅力を映画を通じて伝えようと取り組んでいる。今回は海外も含めた32作品を上映。一部作品には視覚障害者向けの音声ガイドを取り入れた。  今回のテーマは「異質」。ろう者のLGBTQをテーマにした「虹色の朝が来るまで」(日本、18年)▽ろうの両親から生まれた聴者が主人公の「私はボリ」(韓国、18年)▽目と耳に障害がある盲ろうの男性と少年の交流を描く「フィーリング スルー」(アメリカ、19年)――など、少数者に光を当てた作品がそろう。  また期間中に、より理解しやすい字幕を付けるため、担当者の工夫を紹介する「ろう映画の字幕制作の裏側」(9日)、ろう者を撮るドキュメンタリー映画監督が語る「ドキュメンタリーとろう者」(10日)をテーマにしたシンポジウムもある。  実行委員会は「『ろう者=手話を使う人』と思われがちだが、さまざまな背景を持った人がいる。ろう者と聴者がお互いを理解し合うきっかけになれば」と呼び掛けている。  12日までのオンライン上映は、配信日時が決まっており、チケットは1時間前まで、映画祭のウェブサイト(https://tidff.tokyo)で購入できる。問い合わせは実行委員会(tdfstaff2021@gmail.com)。
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  • 「300b」はなぜ“真空管の王様”と呼ばれるのか?ウェスタンエレクトリック流の矜持、復刻の舞台裏を探る

    ■本家・ウェスタンエレクトリック「300B」が国内でも正式発売 去る10月28日、待望のニュースが発表された。真空管アンプに用いられる出力管の中でも格別の人気を誇る、本家ウェスタンエレクトリックの「300B」再生産品がようやく国内で販売されることになったのである。数年前から噂でウェスタンエレクトリックの300Bが再生産されることを耳にしており、2021年に入ってから本国サイトでは販売を開始していたので、国内導入の知らせを待っていたのだ。 【写真】21世紀に復刻/1997年製造/PSVANEの「300B」 10月28日のリリースで、ここ日本では輸入総代理店に株式会社エレクトリ、総販売元に株式会社トライオードが担当することが公表された。これは真空管をよく知るトライオードならではの販売チャネルを通すことで、市場動向や後に説明する保証体制の手順を円滑に進められるという利点があるからだ。 新たな300Bは1本11万円、特性の揃った2本ペア+化粧箱セットで23万1千円、さらに特性の揃った4本クアッドセットが48万4千円となる。近年オリジナル300Bが高騰する情勢を踏まえると決して安くはないものの、高すぎるプライスではない。 今回、「2021東京インターナショナルオーディオショウ」開催直前の慌ただしい中、株式会社トライオードの山順一社長にもウェスタンエレクトリック300Bを取り扱うことになった経緯やその思いを伺うことができた。その中で見えてきたのは、今回の再生産はオリジナルに忠実な復刻というより “現代の最新技術で再構築” した、『新300B』であるということだ。 ■さらに一皮むけた音質クオリティの新300B 山社長もウェスタンエレクトリック製品の魅力に惹かれていたお一人であり、かなり以前から入手し、その音に耳を傾けていたという。「300Bはもちろんですが、励磁型コンプレッションドライバー『555W』を使った大型のホーン型システム『15A』を使っていたこともあります。その当時勤務していた国鉄の社宅に搬入するのにとても苦労しましたね。ベランダの窓枠を外すしかなくて(笑)。6畳の部屋に2台入れたんです」 まさに武勇伝だが、古くからのオーディオマニアにとってウェスタンエレクトリックとは憧れの存在であり、いつかは手に入れたい逸品であったのである。 社名とした “トライオード” は三極管を意味しており、まさに300Bはその代表格。今回のウェスタンエレクトリック300Bを取り扱うようになったことはまさに格別の思いであろう。 「日本にはまず先方からヒビノさんに打診があったようなのです。ヒビノさんは基本的にプロシューマー企業ですから、コンシューマー向けには傘下企業であるエレクトリさんでどうだろうという話の流れとなったようですね。ただ真空管単体の販売という点では経験も必要ですし、そうしたことが得意な販売元を探していたそうです。イベント等でもご一緒する機会も多くありましたので、そんなご縁からお声がけいただきました」 「新300Bの音質はかなり低域が伸びてます。97年の再生産のものよりも一皮むけてます。空間の出方もここまで変わると思わなかったほどで、ハイレゾ時代でも対応できるレンジの広さを実感しました。一口にウェスタンといっても製造時期によって音も違いますが、新300Bの音質傾向は非常に良いもので、ウェスタンとして語れるものであると考えています」 ■劇場用の音響システムなどを手掛けてきたウェスタンエレクトリック 300Bも当然素晴らしい真空管であるが、この300Bを生み出したウェスタンエレクトリックがどのようなメーカーなのかも触れておこう。ウェスタンエレクトリックが設立されたのは1872年。1881年からはアメリカの電話会社AT&Tの機器製造部門を100年以上担っていた。 1925年にはウェスタンエレクトリックの技術部門はベル研究所となり、後年トランジスタなど、いくつもの革命的な発明を生んでいる。1916年にはコンデンサーマイクを発明。1920年代からはトーキー映画用の劇場用拡声器・音響システムの開発にも力を入れていった。1926年に誕生した名機の誉れ高い励磁型コンプレッションホーン555Wもそうしたシステム群を構成する基幹製品のひとつだ。 ウェスタンエレクトリックは音の入り口であるマイク、そして出口であるスピーカーまでを開発できる、まさに総合メーカーとしての側面を持っていたが、その仕向け先は業務用であり、製品の性能や耐久性については極めて高いクオリティを要求される。だからこそ、製品を構成するパーツ一つ一つにも妥協なく当時入手できる最高のものを使い、その時での最先端技術を用いて製造されていた。そしてこの製品に使われる真空管についても当然のごとく最高水準の性能・耐久性を求められるわけだが、ここにもウェスタンエレクトリックは大きな強みを持っていたのである。 1910年代、ウェスタンエレクトリックは電話中継用に用いる真空管の製造を開始し、第1次世界大戦当時は軍用の真空管製造も手掛けていた。無線分野や海底ケーブル中継器など、絶対の信頼度が要求される現場で磨かれた製品クオリティがその後のウェスタンエレクトリック神話へと繋がってゆくのである。 そして1938年、300Bが誕生。劇場用拡声器に向けた大出力なニーズに応えるために開発された直熱三極管である。当初は「300A」として登場したが、間もなく改良版である300Bが生まれた。 300Bはシンプルな構造で増幅を行う直熱三極管のなかでもA級シングルで8Wという大きな出力を取り出せることが特徴だが、ただ出力の大きさという点で見ると後年登場するビーム管などの方が優位である。 ではなぜ未だに高い人気を誇るのか。「45」「2A3」そして300Bと続く直熱三極管の歴史は高出力化への歩みでもある。直熱三極管はフィラメント、グリッド、プレートという増幅を行うための必要最小限の構造であるため、その音も素直で透明感の高い爽やかなサウンド性が特徴だ。ここに真空管特有の艶やかさや華やかさと言った倍音表現が加わり、独特な音質を生んでいる。 直熱三極管の中でも巨大な部類に属する300Bは素直さと繊細さ、そして力強さを兼ね備えたバランスの良い出力管であり、巨大なプレートを支えるガラス管の優美な形状も相まって “真空管の王様” という呼び名が定着しているのだろう。この現在での300Bの高評価もウェスタンエレクトリックが由来だからこそであるが、本来業務用に供給されていた真空管であったため、入手が難しかった時代があったことも評価を押し上げる要因の一つだったのかもしれない。 ウェスタンエレクトリック製300Bは幾度かの生産休止期間を挟みつつ製造が続けられていたが、1988年に一旦その歴史に終止符を打った。しかし世界の管球マニアの300B復活を求める声に応えるかたちで、1997年にウェスタンエレクトリック300Bの再生産が始まったのである。しかし1961年に設立され、300Bも生産していたカンザスシティ工場の老朽化などが要因で、この時の再生産は2006年で終焉を迎えた。 この頃になると中国や東欧諸国で生産される他社製300Bも増えてきたが、相反するようにウェスタンエレクトリック・オリジナルの300Bを望む声は日増しに高まっていく。トライオードでも、元曙光電子のエンジニアが独立して立ち上げた中国・PSVANEが1960年代のオリジナル300Bの構造を研究した“限りなくオリジナルに近い300B“である「WE300B」を取り扱っているが、このPSVANE WE300B開発時にも山社長は色々とアドバイスをしていたという。 「PSVANEは曙光電子よりもっと良いものを作りたいということで独立したんですね。ですからモノづくりの経験値は相当高いものを持っています。初めてPSVANEのWE300Bを見たときは “本物じゃないの” って思ったくらいです。内部も含めて本物とほとんど遜色ないクオリティでしたね。途中で色々変更されないよう注意を払っていましたが、サウンドは問題なかったですし、他社製300Bとしては非常にクオリティの高いものです」 2006年に一旦終了したかに見えたオリジナル300B復活プロジェクトであるが、実は水面下では動き続いていたそうで、2018年にジョージア州ロスヴィルに真空管製造ラインを持つ新工場が設立された。ここにはかつてのカンザスシティ工場で使われていた製造・測定器具も含まれていたそうだが、多くは新たに開発した製造・測定器具となり、製造精度の向上へと結びついているという。 ■優れた特性を持つ素材を投入、真空度も向上している 今回のオリジナル新300Bにおいて従来のものと大きく異なるのがプレートのコーティング素材である。往年はカーボンを用いていたが、今回はグラフェンを取り入れているという。プレート-フィラメント間の熱放射率や電気伝導率を改善するとともに、プレート自体の素材である純ニッケル合金とグラフェンの第一原子層が結び付くことで、高い真空を維持しつつ寿命に結び付くガスの発生を抑えるという。さらに平均プレート電流も高くなり二次電子放出の影響も大幅に減少しているそうだ。 フィラメントはかつてのウェスタンエレクトリック・ホーソン工場に由来する溶解物から取り出した伝統のある素材だそうで、酸化コーティング剤は海底ケーブル伝送用に開発されたものを最先端の製造工程で施しているという。 そして旧来の300Bに使われていたガラスやハンダなどはかつて鉛を含んでいたが、現在はRoHS指令などに基づいて、環境に配慮した素材を使わなければ国や地域によっては輸出ができない。それゆえ、プレートのコーティング素材を含め、現在入手できる優れた特性を持つ素材を導入しているのである。 ちなみに96〜06年までの再生産時には金メッキピン仕様のものも登場したが、「ウェスタンエレクトリックとしては本来はやりたくなかったが、輸入元の要請で実施した」という事情があったそうだ。他にもガラス管内の真空度に影響するポンプについて、ドライスクロールポンプを補助に用いた最新のターボ分子ポンプによって、極めて高い真空度を達成したとのこと。「優れたPSVANEでも新300Bの真空度にはかなわない」と山社長。この真空度の高さは新300Bの大きなメリットとなるだろう。 「実は去年からウェスタンエレクトリックの取り扱いについて話をしていまして、サンプルも来たんです。その最初のサンプルでは、プレートはカーボンコーティングを施した黒いものでした。ただ不具合がありまして、構造上の問題なのか、変に響くのでそれを直すよう進言しました。するとコーティングを変えて見事に直してきたんですね。結果的に良い改良だったと考えています。さすがウェスタンエレクトリックだと」 「PSVANE WE300Bと新300Bを比較すると、少し色気が違うのです。どちらもしなやかなサウンドで良いのですが、新300Bは低域の量、空間性が良い印象です。ただしPSVANEのWE300Bも継続して販売してゆく予定です。単価が違いますし、PSVANEにはPSVANEとしての個性と魅力がありますからね。ウェスタンらしいニュアンスを持ったリーズナブルな選択肢として存在価値があります」 「新300Bとどちらを選ぶのかという楽しみも増えますよね。アンプ製品にはオプションでウェスタンエレクトリックの新300Bに交換できるようにしたいと考えていますが、初めから新300Bを積んだアンプ製品については出す予定はありません」 現在真空管アンプを手掛けるメーカー各社にも新300Bの売り込みを行っているとのこと。販売に関しては量販店やECサイトには卸さず、定価で販売をお願いしているという。「ウェスタンエレクトリックというブランドの価値、プレミアムさを大事にしていきたい」と山社長は語る。 ■異例の「5年保証」を実現。品質の高さに自信あり ウェスタンエレクトリック製品は信頼性、耐久性を重要視していることは前述したが、この新300Bも例外ではない。真空管としては異例の『5年保証』を謳っているのだ。トライオードではこれまでの真空管販売では1年保証としていたが、それも業界としては長めの設定であった。 比較的安価な他社製300Bでは1年もするとノイズが出るものもあり、音が出なくなるなどの致命的なトラブルではないものの、音楽再生では気になってしまう。しかしウェスタンエレクトリック300Bは5年という長さの保証を付けるというのは、それだけ製品の完成度、品質に自信があることを裏付けるものでもある。 新300Bでもベース部にシリアルナンバーが刻印されており、97年からの再生産同様、一本ずつにデータシートも添付。ウェスタンエレクトリックならではの製造年・週表示(取材時のサンプルでは“2152”、2021年52週目の生産を示す表記があった)もベースにプリントされているので、オリジナル品同士でも見分けがつけられるだろう。 説明書も英語だけでなく、フランス語、ドイツ語、中国語、そして日本語でも記載がされており、ウェスタンエレクトリックがユーザーをしっかりと認識しているスタンスが受け取れる。もし壊れてもその個体と似たデータを持つ製品を出荷してくれるそうであり、保証書の登録は必ず行っておきたい。国内ではトライオード宛てに保証書を送付すればよく、エレクトリと本国間で取りまとめ、シリアルが登録されるという。 高い技術力と伝統に息づく耐久性、モノづくりの姿勢を映す『5年保証』はまさに安心・信頼の証である。スペックに則った設計の範囲内で用いることで長寿命を実現できることもウェスタンエレクトリックならではのメリットである。オリジナル300Bとしては比較的安価とはいえ、なかなか手を出しにくいプライスではあるが、長い目で見ての信頼性、安定感という点でこれ以上の選択肢はないだろう。 ...
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  • 【西武】松坂大輔に小倉智昭氏からの質問「球数制限があったら、もっと投げられていた?」

    ■本家・ウェスタンエレクトリック「300B」が国内でも正式発売 去る10月28日、待望のニュースが発表された。真空管アンプに用いられる出力管の中でも格別の人気を誇る、本家ウェスタンエレクトリックの「300B」再生産品がようやく国内で販売されることになったのである。数年前から噂でウェスタンエレクトリックの300Bが再生産されることを耳にしており、2021年に入ってから本国サイトでは販売を開始していたので、国内導入の知らせを待っていたのだ。 【写真】21世紀に復刻/1997年製造/PSVANEの「300B」 10月28日のリリースで、ここ日本では輸入総代理店に株式会社エレクトリ、総販売元に株式会社トライオードが担当することが公表された。これは真空管をよく知るトライオードならではの販売チャネルを通すことで、市場動向や後に説明する保証体制の手順を円滑に進められるという利点があるからだ。 新たな300Bは1本11万円、特性の揃った2本ペア+化粧箱セットで23万1千円、さらに特性の揃った4本クアッドセットが48万4千円となる。近年オリジナル300Bが高騰する情勢を踏まえると決して安くはないものの、高すぎるプライスではない。 今回、「2021東京インターナショナルオーディオショウ」開催直前の慌ただしい中、株式会社トライオードの山順一社長にもウェスタンエレクトリック300Bを取り扱うことになった経緯やその思いを伺うことができた。その中で見えてきたのは、今回の再生産はオリジナルに忠実な復刻というより “現代の最新技術で再構築” した、『新300B』であるということだ。 ■さらに一皮むけた音質クオリティの新300B 山社長もウェスタンエレクトリック製品の魅力に惹かれていたお一人であり、かなり以前から入手し、その音に耳を傾けていたという。「300Bはもちろんですが、励磁型コンプレッションドライバー『555W』を使った大型のホーン型システム『15A』を使っていたこともあります。その当時勤務していた国鉄の社宅に搬入するのにとても苦労しましたね。ベランダの窓枠を外すしかなくて(笑)。6畳の部屋に2台入れたんです」 まさに武勇伝だが、古くからのオーディオマニアにとってウェスタンエレクトリックとは憧れの存在であり、いつかは手に入れたい逸品であったのである。 社名とした “トライオード” は三極管を意味しており、まさに300Bはその代表格。今回のウェスタンエレクトリック300Bを取り扱うようになったことはまさに格別の思いであろう。 「日本にはまず先方からヒビノさんに打診があったようなのです。ヒビノさんは基本的にプロシューマー企業ですから、コンシューマー向けには傘下企業であるエレクトリさんでどうだろうという話の流れとなったようですね。ただ真空管単体の販売という点では経験も必要ですし、そうしたことが得意な販売元を探していたそうです。イベント等でもご一緒する機会も多くありましたので、そんなご縁からお声がけいただきました」 「新300Bの音質はかなり低域が伸びてます。97年の再生産のものよりも一皮むけてます。空間の出方もここまで変わると思わなかったほどで、ハイレゾ時代でも対応できるレンジの広さを実感しました。一口にウェスタンといっても製造時期によって音も違いますが、新300Bの音質傾向は非常に良いもので、ウェスタンとして語れるものであると考えています」 ■劇場用の音響システムなどを手掛けてきたウェスタンエレクトリック 300Bも当然素晴らしい真空管であるが、この300Bを生み出したウェスタンエレクトリックがどのようなメーカーなのかも触れておこう。ウェスタンエレクトリックが設立されたのは1872年。1881年からはアメリカの電話会社AT&Tの機器製造部門を100年以上担っていた。 1925年にはウェスタンエレクトリックの技術部門はベル研究所となり、後年トランジスタなど、いくつもの革命的な発明を生んでいる。1916年にはコンデンサーマイクを発明。1920年代からはトーキー映画用の劇場用拡声器・音響システムの開発にも力を入れていった。1926年に誕生した名機の誉れ高い励磁型コンプレッションホーン555Wもそうしたシステム群を構成する基幹製品のひとつだ。 ウェスタンエレクトリックは音の入り口であるマイク、そして出口であるスピーカーまでを開発できる、まさに総合メーカーとしての側面を持っていたが、その仕向け先は業務用であり、製品の性能や耐久性については極めて高いクオリティを要求される。だからこそ、製品を構成するパーツ一つ一つにも妥協なく当時入手できる最高のものを使い、その時での最先端技術を用いて製造されていた。そしてこの製品に使われる真空管についても当然のごとく最高水準の性能・耐久性を求められるわけだが、ここにもウェスタンエレクトリックは大きな強みを持っていたのである。 1910年代、ウェスタンエレクトリックは電話中継用に用いる真空管の製造を開始し、第1次世界大戦当時は軍用の真空管製造も手掛けていた。無線分野や海底ケーブル中継器など、絶対の信頼度が要求される現場で磨かれた製品クオリティがその後のウェスタンエレクトリック神話へと繋がってゆくのである。 そして1938年、300Bが誕生。劇場用拡声器に向けた大出力なニーズに応えるために開発された直熱三極管である。当初は「300A」として登場したが、間もなく改良版である300Bが生まれた。 300Bはシンプルな構造で増幅を行う直熱三極管のなかでもA級シングルで8Wという大きな出力を取り出せることが特徴だが、ただ出力の大きさという点で見ると後年登場するビーム管などの方が優位である。 ではなぜ未だに高い人気を誇るのか。「45」「2A3」そして300Bと続く直熱三極管の歴史は高出力化への歩みでもある。直熱三極管はフィラメント、グリッド、プレートという増幅を行うための必要最小限の構造であるため、その音も素直で透明感の高い爽やかなサウンド性が特徴だ。ここに真空管特有の艶やかさや華やかさと言った倍音表現が加わり、独特な音質を生んでいる。 直熱三極管の中でも巨大な部類に属する300Bは素直さと繊細さ、そして力強さを兼ね備えたバランスの良い出力管であり、巨大なプレートを支えるガラス管の優美な形状も相まって “真空管の王様” という呼び名が定着しているのだろう。この現在での300Bの高評価もウェスタンエレクトリックが由来だからこそであるが、本来業務用に供給されていた真空管であったため、入手が難しかった時代があったことも評価を押し上げる要因の一つだったのかもしれない。 ウェスタンエレクトリック製300Bは幾度かの生産休止期間を挟みつつ製造が続けられていたが、1988年に一旦その歴史に終止符を打った。しかし世界の管球マニアの300B復活を求める声に応えるかたちで、1997年にウェスタンエレクトリック300Bの再生産が始まったのである。しかし1961年に設立され、300Bも生産していたカンザスシティ工場の老朽化などが要因で、この時の再生産は2006年で終焉を迎えた。 この頃になると中国や東欧諸国で生産される他社製300Bも増えてきたが、相反するようにウェスタンエレクトリック・オリジナルの300Bを望む声は日増しに高まっていく。トライオードでも、元曙光電子のエンジニアが独立して立ち上げた中国・PSVANEが1960年代のオリジナル300Bの構造を研究した“限りなくオリジナルに近い300B“である「WE300B」を取り扱っているが、このPSVANE WE300B開発時にも山社長は色々とアドバイスをしていたという。 「PSVANEは曙光電子よりもっと良いものを作りたいということで独立したんですね。ですからモノづくりの経験値は相当高いものを持っています。初めてPSVANEのWE300Bを見たときは “本物じゃないの” って思ったくらいです。内部も含めて本物とほとんど遜色ないクオリティでしたね。途中で色々変更されないよう注意を払っていましたが、サウンドは問題なかったですし、他社製300Bとしては非常にクオリティの高いものです」 2006年に一旦終了したかに見えたオリジナル300B復活プロジェクトであるが、実は水面下では動き続いていたそうで、2018年にジョージア州ロスヴィルに真空管製造ラインを持つ新工場が設立された。ここにはかつてのカンザスシティ工場で使われていた製造・測定器具も含まれていたそうだが、多くは新たに開発した製造・測定器具となり、製造精度の向上へと結びついているという。 ■優れた特性を持つ素材を投入、真空度も向上している 今回のオリジナル新300Bにおいて従来のものと大きく異なるのがプレートのコーティング素材である。往年はカーボンを用いていたが、今回はグラフェンを取り入れているという。プレート-フィラメント間の熱放射率や電気伝導率を改善するとともに、プレート自体の素材である純ニッケル合金とグラフェンの第一原子層が結び付くことで、高い真空を維持しつつ寿命に結び付くガスの発生を抑えるという。さらに平均プレート電流も高くなり二次電子放出の影響も大幅に減少しているそうだ。 フィラメントはかつてのウェスタンエレクトリック・ホーソン工場に由来する溶解物から取り出した伝統のある素材だそうで、酸化コーティング剤は海底ケーブル伝送用に開発されたものを最先端の製造工程で施しているという。 そして旧来の300Bに使われていたガラスやハンダなどはかつて鉛を含んでいたが、現在はRoHS指令などに基づいて、環境に配慮した素材を使わなければ国や地域によっては輸出ができない。それゆえ、プレートのコーティング素材を含め、現在入手できる優れた特性を持つ素材を導入しているのである。 ちなみに96〜06年までの再生産時には金メッキピン仕様のものも登場したが、「ウェスタンエレクトリックとしては本来はやりたくなかったが、輸入元の要請で実施した」という事情があったそうだ。他にもガラス管内の真空度に影響するポンプについて、ドライスクロールポンプを補助に用いた最新のターボ分子ポンプによって、極めて高い真空度を達成したとのこと。「優れたPSVANEでも新300Bの真空度にはかなわない」と山社長。この真空度の高さは新300Bの大きなメリットとなるだろう。 「実は去年からウェスタンエレクトリックの取り扱いについて話をしていまして、サンプルも来たんです。その最初のサンプルでは、プレートはカーボンコーティングを施した黒いものでした。ただ不具合がありまして、構造上の問題なのか、変に響くのでそれを直すよう進言しました。するとコーティングを変えて見事に直してきたんですね。結果的に良い改良だったと考えています。さすがウェスタンエレクトリックだと」 「PSVANE WE300Bと新300Bを比較すると、少し色気が違うのです。どちらもしなやかなサウンドで良いのですが、新300Bは低域の量、空間性が良い印象です。ただしPSVANEのWE300Bも継続して販売してゆく予定です。単価が違いますし、PSVANEにはPSVANEとしての個性と魅力がありますからね。ウェスタンらしいニュアンスを持ったリーズナブルな選択肢として存在価値があります」 「新300Bとどちらを選ぶのかという楽しみも増えますよね。アンプ製品にはオプションでウェスタンエレクトリックの新300Bに交換できるようにしたいと考えていますが、初めから新300Bを積んだアンプ製品については出す予定はありません」 現在真空管アンプを手掛けるメーカー各社にも新300Bの売り込みを行っているとのこと。販売に関しては量販店やECサイトには卸さず、定価で販売をお願いしているという。「ウェスタンエレクトリックというブランドの価値、プレミアムさを大事にしていきたい」と山社長は語る。 ■異例の「5年保証」を実現。品質の高さに自信あり ウェスタンエレクトリック製品は信頼性、耐久性を重要視していることは前述したが、この新300Bも例外ではない。真空管としては異例の『5年保証』を謳っているのだ。トライオードではこれまでの真空管販売では1年保証としていたが、それも業界としては長めの設定であった。 比較的安価な他社製300Bでは1年もするとノイズが出るものもあり、音が出なくなるなどの致命的なトラブルではないものの、音楽再生では気になってしまう。しかしウェスタンエレクトリック300Bは5年という長さの保証を付けるというのは、それだけ製品の完成度、品質に自信があることを裏付けるものでもある。 新300Bでもベース部にシリアルナンバーが刻印されており、97年からの再生産同様、一本ずつにデータシートも添付。ウェスタンエレクトリックならではの製造年・週表示(取材時のサンプルでは“2152”、2021年52週目の生産を示す表記があった)もベースにプリントされているので、オリジナル品同士でも見分けがつけられるだろう。 説明書も英語だけでなく、フランス語、ドイツ語、中国語、そして日本語でも記載がされており、ウェスタンエレクトリックがユーザーをしっかりと認識しているスタンスが受け取れる。もし壊れてもその個体と似たデータを持つ製品を出荷してくれるそうであり、保証書の登録は必ず行っておきたい。国内ではトライオード宛てに保証書を送付すればよく、エレクトリと本国間で取りまとめ、シリアルが登録されるという。 高い技術力と伝統に息づく耐久性、モノづくりの姿勢を映す『5年保証』はまさに安心・信頼の証である。スペックに則った設計の範囲内で用いることで長寿命を実現できることもウェスタンエレクトリックならではのメリットである。オリジナル300Bとしては比較的安価とはいえ、なかなか手を出しにくいプライスではあるが、長い目で見ての信頼性、安定感という点でこれ以上の選択肢はないだろう。 ...
    See Details: 【西武】松坂大輔に小倉智昭氏からの質問「球数制限があったら、もっと投げられていた?」
  • Nmb48渋谷凪咲「生大喜利に挑戦します!」全国ネットの深夜ラジオに初挑戦

    ■本家・ウェスタンエレクトリック「300B」が国内でも正式発売 去る10月28日、待望のニュースが発表された。真空管アンプに用いられる出力管の中でも格別の人気を誇る、本家ウェスタンエレクトリックの「300B」再生産品がようやく国内で販売されることになったのである。数年前から噂でウェスタンエレクトリックの300Bが再生産されることを耳にしており、2021年に入ってから本国サイトでは販売を開始していたので、国内導入の知らせを待っていたのだ。 【写真】21世紀に復刻/1997年製造/PSVANEの「300B」 10月28日のリリースで、ここ日本では輸入総代理店に株式会社エレクトリ、総販売元に株式会社トライオードが担当することが公表された。これは真空管をよく知るトライオードならではの販売チャネルを通すことで、市場動向や後に説明する保証体制の手順を円滑に進められるという利点があるからだ。 新たな300Bは1本11万円、特性の揃った2本ペア+化粧箱セットで23万1千円、さらに特性の揃った4本クアッドセットが48万4千円となる。近年オリジナル300Bが高騰する情勢を踏まえると決して安くはないものの、高すぎるプライスではない。 今回、「2021東京インターナショナルオーディオショウ」開催直前の慌ただしい中、株式会社トライオードの山順一社長にもウェスタンエレクトリック300Bを取り扱うことになった経緯やその思いを伺うことができた。その中で見えてきたのは、今回の再生産はオリジナルに忠実な復刻というより “現代の最新技術で再構築” した、『新300B』であるということだ。 ■さらに一皮むけた音質クオリティの新300B 山社長もウェスタンエレクトリック製品の魅力に惹かれていたお一人であり、かなり以前から入手し、その音に耳を傾けていたという。「300Bはもちろんですが、励磁型コンプレッションドライバー『555W』を使った大型のホーン型システム『15A』を使っていたこともあります。その当時勤務していた国鉄の社宅に搬入するのにとても苦労しましたね。ベランダの窓枠を外すしかなくて(笑)。6畳の部屋に2台入れたんです」 まさに武勇伝だが、古くからのオーディオマニアにとってウェスタンエレクトリックとは憧れの存在であり、いつかは手に入れたい逸品であったのである。 社名とした “トライオード” は三極管を意味しており、まさに300Bはその代表格。今回のウェスタンエレクトリック300Bを取り扱うようになったことはまさに格別の思いであろう。 「日本にはまず先方からヒビノさんに打診があったようなのです。ヒビノさんは基本的にプロシューマー企業ですから、コンシューマー向けには傘下企業であるエレクトリさんでどうだろうという話の流れとなったようですね。ただ真空管単体の販売という点では経験も必要ですし、そうしたことが得意な販売元を探していたそうです。イベント等でもご一緒する機会も多くありましたので、そんなご縁からお声がけいただきました」 「新300Bの音質はかなり低域が伸びてます。97年の再生産のものよりも一皮むけてます。空間の出方もここまで変わると思わなかったほどで、ハイレゾ時代でも対応できるレンジの広さを実感しました。一口にウェスタンといっても製造時期によって音も違いますが、新300Bの音質傾向は非常に良いもので、ウェスタンとして語れるものであると考えています」 ■劇場用の音響システムなどを手掛けてきたウェスタンエレクトリック 300Bも当然素晴らしい真空管であるが、この300Bを生み出したウェスタンエレクトリックがどのようなメーカーなのかも触れておこう。ウェスタンエレクトリックが設立されたのは1872年。1881年からはアメリカの電話会社AT&Tの機器製造部門を100年以上担っていた。 1925年にはウェスタンエレクトリックの技術部門はベル研究所となり、後年トランジスタなど、いくつもの革命的な発明を生んでいる。1916年にはコンデンサーマイクを発明。1920年代からはトーキー映画用の劇場用拡声器・音響システムの開発にも力を入れていった。1926年に誕生した名機の誉れ高い励磁型コンプレッションホーン555Wもそうしたシステム群を構成する基幹製品のひとつだ。 ウェスタンエレクトリックは音の入り口であるマイク、そして出口であるスピーカーまでを開発できる、まさに総合メーカーとしての側面を持っていたが、その仕向け先は業務用であり、製品の性能や耐久性については極めて高いクオリティを要求される。だからこそ、製品を構成するパーツ一つ一つにも妥協なく当時入手できる最高のものを使い、その時での最先端技術を用いて製造されていた。そしてこの製品に使われる真空管についても当然のごとく最高水準の性能・耐久性を求められるわけだが、ここにもウェスタンエレクトリックは大きな強みを持っていたのである。 1910年代、ウェスタンエレクトリックは電話中継用に用いる真空管の製造を開始し、第1次世界大戦当時は軍用の真空管製造も手掛けていた。無線分野や海底ケーブル中継器など、絶対の信頼度が要求される現場で磨かれた製品クオリティがその後のウェスタンエレクトリック神話へと繋がってゆくのである。 そして1938年、300Bが誕生。劇場用拡声器に向けた大出力なニーズに応えるために開発された直熱三極管である。当初は「300A」として登場したが、間もなく改良版である300Bが生まれた。 300Bはシンプルな構造で増幅を行う直熱三極管のなかでもA級シングルで8Wという大きな出力を取り出せることが特徴だが、ただ出力の大きさという点で見ると後年登場するビーム管などの方が優位である。 ではなぜ未だに高い人気を誇るのか。「45」「2A3」そして300Bと続く直熱三極管の歴史は高出力化への歩みでもある。直熱三極管はフィラメント、グリッド、プレートという増幅を行うための必要最小限の構造であるため、その音も素直で透明感の高い爽やかなサウンド性が特徴だ。ここに真空管特有の艶やかさや華やかさと言った倍音表現が加わり、独特な音質を生んでいる。 直熱三極管の中でも巨大な部類に属する300Bは素直さと繊細さ、そして力強さを兼ね備えたバランスの良い出力管であり、巨大なプレートを支えるガラス管の優美な形状も相まって “真空管の王様” という呼び名が定着しているのだろう。この現在での300Bの高評価もウェスタンエレクトリックが由来だからこそであるが、本来業務用に供給されていた真空管であったため、入手が難しかった時代があったことも評価を押し上げる要因の一つだったのかもしれない。 ウェスタンエレクトリック製300Bは幾度かの生産休止期間を挟みつつ製造が続けられていたが、1988年に一旦その歴史に終止符を打った。しかし世界の管球マニアの300B復活を求める声に応えるかたちで、1997年にウェスタンエレクトリック300Bの再生産が始まったのである。しかし1961年に設立され、300Bも生産していたカンザスシティ工場の老朽化などが要因で、この時の再生産は2006年で終焉を迎えた。 この頃になると中国や東欧諸国で生産される他社製300Bも増えてきたが、相反するようにウェスタンエレクトリック・オリジナルの300Bを望む声は日増しに高まっていく。トライオードでも、元曙光電子のエンジニアが独立して立ち上げた中国・PSVANEが1960年代のオリジナル300Bの構造を研究した“限りなくオリジナルに近い300B“である「WE300B」を取り扱っているが、このPSVANE WE300B開発時にも山社長は色々とアドバイスをしていたという。 「PSVANEは曙光電子よりもっと良いものを作りたいということで独立したんですね。ですからモノづくりの経験値は相当高いものを持っています。初めてPSVANEのWE300Bを見たときは “本物じゃないの” って思ったくらいです。内部も含めて本物とほとんど遜色ないクオリティでしたね。途中で色々変更されないよう注意を払っていましたが、サウンドは問題なかったですし、他社製300Bとしては非常にクオリティの高いものです」 2006年に一旦終了したかに見えたオリジナル300B復活プロジェクトであるが、実は水面下では動き続いていたそうで、2018年にジョージア州ロスヴィルに真空管製造ラインを持つ新工場が設立された。ここにはかつてのカンザスシティ工場で使われていた製造・測定器具も含まれていたそうだが、多くは新たに開発した製造・測定器具となり、製造精度の向上へと結びついているという。 ■優れた特性を持つ素材を投入、真空度も向上している 今回のオリジナル新300Bにおいて従来のものと大きく異なるのがプレートのコーティング素材である。往年はカーボンを用いていたが、今回はグラフェンを取り入れているという。プレート-フィラメント間の熱放射率や電気伝導率を改善するとともに、プレート自体の素材である純ニッケル合金とグラフェンの第一原子層が結び付くことで、高い真空を維持しつつ寿命に結び付くガスの発生を抑えるという。さらに平均プレート電流も高くなり二次電子放出の影響も大幅に減少しているそうだ。 フィラメントはかつてのウェスタンエレクトリック・ホーソン工場に由来する溶解物から取り出した伝統のある素材だそうで、酸化コーティング剤は海底ケーブル伝送用に開発されたものを最先端の製造工程で施しているという。 そして旧来の300Bに使われていたガラスやハンダなどはかつて鉛を含んでいたが、現在はRoHS指令などに基づいて、環境に配慮した素材を使わなければ国や地域によっては輸出ができない。それゆえ、プレートのコーティング素材を含め、現在入手できる優れた特性を持つ素材を導入しているのである。 ちなみに96〜06年までの再生産時には金メッキピン仕様のものも登場したが、「ウェスタンエレクトリックとしては本来はやりたくなかったが、輸入元の要請で実施した」という事情があったそうだ。他にもガラス管内の真空度に影響するポンプについて、ドライスクロールポンプを補助に用いた最新のターボ分子ポンプによって、極めて高い真空度を達成したとのこと。「優れたPSVANEでも新300Bの真空度にはかなわない」と山社長。この真空度の高さは新300Bの大きなメリットとなるだろう。 「実は去年からウェスタンエレクトリックの取り扱いについて話をしていまして、サンプルも来たんです。その最初のサンプルでは、プレートはカーボンコーティングを施した黒いものでした。ただ不具合がありまして、構造上の問題なのか、変に響くのでそれを直すよう進言しました。するとコーティングを変えて見事に直してきたんですね。結果的に良い改良だったと考えています。さすがウェスタンエレクトリックだと」 「PSVANE WE300Bと新300Bを比較すると、少し色気が違うのです。どちらもしなやかなサウンドで良いのですが、新300Bは低域の量、空間性が良い印象です。ただしPSVANEのWE300Bも継続して販売してゆく予定です。単価が違いますし、PSVANEにはPSVANEとしての個性と魅力がありますからね。ウェスタンらしいニュアンスを持ったリーズナブルな選択肢として存在価値があります」 「新300Bとどちらを選ぶのかという楽しみも増えますよね。アンプ製品にはオプションでウェスタンエレクトリックの新300Bに交換できるようにしたいと考えていますが、初めから新300Bを積んだアンプ製品については出す予定はありません」 現在真空管アンプを手掛けるメーカー各社にも新300Bの売り込みを行っているとのこと。販売に関しては量販店やECサイトには卸さず、定価で販売をお願いしているという。「ウェスタンエレクトリックというブランドの価値、プレミアムさを大事にしていきたい」と山社長は語る。 ■異例の「5年保証」を実現。品質の高さに自信あり ウェスタンエレクトリック製品は信頼性、耐久性を重要視していることは前述したが、この新300Bも例外ではない。真空管としては異例の『5年保証』を謳っているのだ。トライオードではこれまでの真空管販売では1年保証としていたが、それも業界としては長めの設定であった。 比較的安価な他社製300Bでは1年もするとノイズが出るものもあり、音が出なくなるなどの致命的なトラブルではないものの、音楽再生では気になってしまう。しかしウェスタンエレクトリック300Bは5年という長さの保証を付けるというのは、それだけ製品の完成度、品質に自信があることを裏付けるものでもある。 新300Bでもベース部にシリアルナンバーが刻印されており、97年からの再生産同様、一本ずつにデータシートも添付。ウェスタンエレクトリックならではの製造年・週表示(取材時のサンプルでは“2152”、2021年52週目の生産を示す表記があった)もベースにプリントされているので、オリジナル品同士でも見分けがつけられるだろう。 説明書も英語だけでなく、フランス語、ドイツ語、中国語、そして日本語でも記載がされており、ウェスタンエレクトリックがユーザーをしっかりと認識しているスタンスが受け取れる。もし壊れてもその個体と似たデータを持つ製品を出荷してくれるそうであり、保証書の登録は必ず行っておきたい。国内ではトライオード宛てに保証書を送付すればよく、エレクトリと本国間で取りまとめ、シリアルが登録されるという。 高い技術力と伝統に息づく耐久性、モノづくりの姿勢を映す『5年保証』はまさに安心・信頼の証である。スペックに則った設計の範囲内で用いることで長寿命を実現できることもウェスタンエレクトリックならではのメリットである。オリジナル300Bとしては比較的安価とはいえ、なかなか手を出しにくいプライスではあるが、長い目で見ての信頼性、安定感という点でこれ以上の選択肢はないだろう。 ...
    See Details: Nmb48渋谷凪咲「生大喜利に挑戦します!」全国ネットの深夜ラジオに初挑戦
  • 【社説】米軍機タンク投棄 人命軽視、容認できない

    ■本家・ウェスタンエレクトリック「300B」が国内でも正式発売 去る10月28日、待望のニュースが発表された。真空管アンプに用いられる出力管の中でも格別の人気を誇る、本家ウェスタンエレクトリックの「300B」再生産品がようやく国内で販売されることになったのである。数年前から噂でウェスタンエレクトリックの300Bが再生産されることを耳にしており、2021年に入ってから本国サイトでは販売を開始していたので、国内導入の知らせを待っていたのだ。 【写真】21世紀に復刻/1997年製造/PSVANEの「300B」 10月28日のリリースで、ここ日本では輸入総代理店に株式会社エレクトリ、総販売元に株式会社トライオードが担当することが公表された。これは真空管をよく知るトライオードならではの販売チャネルを通すことで、市場動向や後に説明する保証体制の手順を円滑に進められるという利点があるからだ。 新たな300Bは1本11万円、特性の揃った2本ペア+化粧箱セットで23万1千円、さらに特性の揃った4本クアッドセットが48万4千円となる。近年オリジナル300Bが高騰する情勢を踏まえると決して安くはないものの、高すぎるプライスではない。 今回、「2021東京インターナショナルオーディオショウ」開催直前の慌ただしい中、株式会社トライオードの山順一社長にもウェスタンエレクトリック300Bを取り扱うことになった経緯やその思いを伺うことができた。その中で見えてきたのは、今回の再生産はオリジナルに忠実な復刻というより “現代の最新技術で再構築” した、『新300B』であるということだ。 ■さらに一皮むけた音質クオリティの新300B 山社長もウェスタンエレクトリック製品の魅力に惹かれていたお一人であり、かなり以前から入手し、その音に耳を傾けていたという。「300Bはもちろんですが、励磁型コンプレッションドライバー『555W』を使った大型のホーン型システム『15A』を使っていたこともあります。その当時勤務していた国鉄の社宅に搬入するのにとても苦労しましたね。ベランダの窓枠を外すしかなくて(笑)。6畳の部屋に2台入れたんです」 まさに武勇伝だが、古くからのオーディオマニアにとってウェスタンエレクトリックとは憧れの存在であり、いつかは手に入れたい逸品であったのである。 社名とした “トライオード” は三極管を意味しており、まさに300Bはその代表格。今回のウェスタンエレクトリック300Bを取り扱うようになったことはまさに格別の思いであろう。 「日本にはまず先方からヒビノさんに打診があったようなのです。ヒビノさんは基本的にプロシューマー企業ですから、コンシューマー向けには傘下企業であるエレクトリさんでどうだろうという話の流れとなったようですね。ただ真空管単体の販売という点では経験も必要ですし、そうしたことが得意な販売元を探していたそうです。イベント等でもご一緒する機会も多くありましたので、そんなご縁からお声がけいただきました」 「新300Bの音質はかなり低域が伸びてます。97年の再生産のものよりも一皮むけてます。空間の出方もここまで変わると思わなかったほどで、ハイレゾ時代でも対応できるレンジの広さを実感しました。一口にウェスタンといっても製造時期によって音も違いますが、新300Bの音質傾向は非常に良いもので、ウェスタンとして語れるものであると考えています」 ■劇場用の音響システムなどを手掛けてきたウェスタンエレクトリック 300Bも当然素晴らしい真空管であるが、この300Bを生み出したウェスタンエレクトリックがどのようなメーカーなのかも触れておこう。ウェスタンエレクトリックが設立されたのは1872年。1881年からはアメリカの電話会社AT&Tの機器製造部門を100年以上担っていた。 1925年にはウェスタンエレクトリックの技術部門はベル研究所となり、後年トランジスタなど、いくつもの革命的な発明を生んでいる。1916年にはコンデンサーマイクを発明。1920年代からはトーキー映画用の劇場用拡声器・音響システムの開発にも力を入れていった。1926年に誕生した名機の誉れ高い励磁型コンプレッションホーン555Wもそうしたシステム群を構成する基幹製品のひとつだ。 ウェスタンエレクトリックは音の入り口であるマイク、そして出口であるスピーカーまでを開発できる、まさに総合メーカーとしての側面を持っていたが、その仕向け先は業務用であり、製品の性能や耐久性については極めて高いクオリティを要求される。だからこそ、製品を構成するパーツ一つ一つにも妥協なく当時入手できる最高のものを使い、その時での最先端技術を用いて製造されていた。そしてこの製品に使われる真空管についても当然のごとく最高水準の性能・耐久性を求められるわけだが、ここにもウェスタンエレクトリックは大きな強みを持っていたのである。 1910年代、ウェスタンエレクトリックは電話中継用に用いる真空管の製造を開始し、第1次世界大戦当時は軍用の真空管製造も手掛けていた。無線分野や海底ケーブル中継器など、絶対の信頼度が要求される現場で磨かれた製品クオリティがその後のウェスタンエレクトリック神話へと繋がってゆくのである。 そして1938年、300Bが誕生。劇場用拡声器に向けた大出力なニーズに応えるために開発された直熱三極管である。当初は「300A」として登場したが、間もなく改良版である300Bが生まれた。 300Bはシンプルな構造で増幅を行う直熱三極管のなかでもA級シングルで8Wという大きな出力を取り出せることが特徴だが、ただ出力の大きさという点で見ると後年登場するビーム管などの方が優位である。 ではなぜ未だに高い人気を誇るのか。「45」「2A3」そして300Bと続く直熱三極管の歴史は高出力化への歩みでもある。直熱三極管はフィラメント、グリッド、プレートという増幅を行うための必要最小限の構造であるため、その音も素直で透明感の高い爽やかなサウンド性が特徴だ。ここに真空管特有の艶やかさや華やかさと言った倍音表現が加わり、独特な音質を生んでいる。 直熱三極管の中でも巨大な部類に属する300Bは素直さと繊細さ、そして力強さを兼ね備えたバランスの良い出力管であり、巨大なプレートを支えるガラス管の優美な形状も相まって “真空管の王様” という呼び名が定着しているのだろう。この現在での300Bの高評価もウェスタンエレクトリックが由来だからこそであるが、本来業務用に供給されていた真空管であったため、入手が難しかった時代があったことも評価を押し上げる要因の一つだったのかもしれない。 ウェスタンエレクトリック製300Bは幾度かの生産休止期間を挟みつつ製造が続けられていたが、1988年に一旦その歴史に終止符を打った。しかし世界の管球マニアの300B復活を求める声に応えるかたちで、1997年にウェスタンエレクトリック300Bの再生産が始まったのである。しかし1961年に設立され、300Bも生産していたカンザスシティ工場の老朽化などが要因で、この時の再生産は2006年で終焉を迎えた。 この頃になると中国や東欧諸国で生産される他社製300Bも増えてきたが、相反するようにウェスタンエレクトリック・オリジナルの300Bを望む声は日増しに高まっていく。トライオードでも、元曙光電子のエンジニアが独立して立ち上げた中国・PSVANEが1960年代のオリジナル300Bの構造を研究した“限りなくオリジナルに近い300B“である「WE300B」を取り扱っているが、このPSVANE WE300B開発時にも山社長は色々とアドバイスをしていたという。 「PSVANEは曙光電子よりもっと良いものを作りたいということで独立したんですね。ですからモノづくりの経験値は相当高いものを持っています。初めてPSVANEのWE300Bを見たときは “本物じゃないの” って思ったくらいです。内部も含めて本物とほとんど遜色ないクオリティでしたね。途中で色々変更されないよう注意を払っていましたが、サウンドは問題なかったですし、他社製300Bとしては非常にクオリティの高いものです」 2006年に一旦終了したかに見えたオリジナル300B復活プロジェクトであるが、実は水面下では動き続いていたそうで、2018年にジョージア州ロスヴィルに真空管製造ラインを持つ新工場が設立された。ここにはかつてのカンザスシティ工場で使われていた製造・測定器具も含まれていたそうだが、多くは新たに開発した製造・測定器具となり、製造精度の向上へと結びついているという。 ■優れた特性を持つ素材を投入、真空度も向上している 今回のオリジナル新300Bにおいて従来のものと大きく異なるのがプレートのコーティング素材である。往年はカーボンを用いていたが、今回はグラフェンを取り入れているという。プレート-フィラメント間の熱放射率や電気伝導率を改善するとともに、プレート自体の素材である純ニッケル合金とグラフェンの第一原子層が結び付くことで、高い真空を維持しつつ寿命に結び付くガスの発生を抑えるという。さらに平均プレート電流も高くなり二次電子放出の影響も大幅に減少しているそうだ。 フィラメントはかつてのウェスタンエレクトリック・ホーソン工場に由来する溶解物から取り出した伝統のある素材だそうで、酸化コーティング剤は海底ケーブル伝送用に開発されたものを最先端の製造工程で施しているという。 そして旧来の300Bに使われていたガラスやハンダなどはかつて鉛を含んでいたが、現在はRoHS指令などに基づいて、環境に配慮した素材を使わなければ国や地域によっては輸出ができない。それゆえ、プレートのコーティング素材を含め、現在入手できる優れた特性を持つ素材を導入しているのである。 ちなみに96〜06年までの再生産時には金メッキピン仕様のものも登場したが、「ウェスタンエレクトリックとしては本来はやりたくなかったが、輸入元の要請で実施した」という事情があったそうだ。他にもガラス管内の真空度に影響するポンプについて、ドライスクロールポンプを補助に用いた最新のターボ分子ポンプによって、極めて高い真空度を達成したとのこと。「優れたPSVANEでも新300Bの真空度にはかなわない」と山社長。この真空度の高さは新300Bの大きなメリットとなるだろう。 「実は去年からウェスタンエレクトリックの取り扱いについて話をしていまして、サンプルも来たんです。その最初のサンプルでは、プレートはカーボンコーティングを施した黒いものでした。ただ不具合がありまして、構造上の問題なのか、変に響くのでそれを直すよう進言しました。するとコーティングを変えて見事に直してきたんですね。結果的に良い改良だったと考えています。さすがウェスタンエレクトリックだと」 「PSVANE WE300Bと新300Bを比較すると、少し色気が違うのです。どちらもしなやかなサウンドで良いのですが、新300Bは低域の量、空間性が良い印象です。ただしPSVANEのWE300Bも継続して販売してゆく予定です。単価が違いますし、PSVANEにはPSVANEとしての個性と魅力がありますからね。ウェスタンらしいニュアンスを持ったリーズナブルな選択肢として存在価値があります」 「新300Bとどちらを選ぶのかという楽しみも増えますよね。アンプ製品にはオプションでウェスタンエレクトリックの新300Bに交換できるようにしたいと考えていますが、初めから新300Bを積んだアンプ製品については出す予定はありません」 現在真空管アンプを手掛けるメーカー各社にも新300Bの売り込みを行っているとのこと。販売に関しては量販店やECサイトには卸さず、定価で販売をお願いしているという。「ウェスタンエレクトリックというブランドの価値、プレミアムさを大事にしていきたい」と山社長は語る。 ■異例の「5年保証」を実現。品質の高さに自信あり ウェスタンエレクトリック製品は信頼性、耐久性を重要視していることは前述したが、この新300Bも例外ではない。真空管としては異例の『5年保証』を謳っているのだ。トライオードではこれまでの真空管販売では1年保証としていたが、それも業界としては長めの設定であった。 比較的安価な他社製300Bでは1年もするとノイズが出るものもあり、音が出なくなるなどの致命的なトラブルではないものの、音楽再生では気になってしまう。しかしウェスタンエレクトリック300Bは5年という長さの保証を付けるというのは、それだけ製品の完成度、品質に自信があることを裏付けるものでもある。 新300Bでもベース部にシリアルナンバーが刻印されており、97年からの再生産同様、一本ずつにデータシートも添付。ウェスタンエレクトリックならではの製造年・週表示(取材時のサンプルでは“2152”、2021年52週目の生産を示す表記があった)もベースにプリントされているので、オリジナル品同士でも見分けがつけられるだろう。 説明書も英語だけでなく、フランス語、ドイツ語、中国語、そして日本語でも記載がされており、ウェスタンエレクトリックがユーザーをしっかりと認識しているスタンスが受け取れる。もし壊れてもその個体と似たデータを持つ製品を出荷してくれるそうであり、保証書の登録は必ず行っておきたい。国内ではトライオード宛てに保証書を送付すればよく、エレクトリと本国間で取りまとめ、シリアルが登録されるという。 高い技術力と伝統に息づく耐久性、モノづくりの姿勢を映す『5年保証』はまさに安心・信頼の証である。スペックに則った設計の範囲内で用いることで長寿命を実現できることもウェスタンエレクトリックならではのメリットである。オリジナル300Bとしては比較的安価とはいえ、なかなか手を出しにくいプライスではあるが、長い目で見ての信頼性、安定感という点でこれ以上の選択肢はないだろう。 ...
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    ■本家・ウェスタンエレクトリック「300B」が国内でも正式発売 去る10月28日、待望のニュースが発表された。真空管アンプに用いられる出力管の中でも格別の人気を誇る、本家ウェスタンエレクトリックの「300B」再生産品がようやく国内で販売されることになったのである。数年前から噂でウェスタンエレクトリックの300Bが再生産されることを耳にしており、2021年に入ってから本国サイトでは販売を開始していたので、国内導入の知らせを待っていたのだ。 【写真】21世紀に復刻/1997年製造/PSVANEの「300B」 10月28日のリリースで、ここ日本では輸入総代理店に株式会社エレクトリ、総販売元に株式会社トライオードが担当することが公表された。これは真空管をよく知るトライオードならではの販売チャネルを通すことで、市場動向や後に説明する保証体制の手順を円滑に進められるという利点があるからだ。 新たな300Bは1本11万円、特性の揃った2本ペア+化粧箱セットで23万1千円、さらに特性の揃った4本クアッドセットが48万4千円となる。近年オリジナル300Bが高騰する情勢を踏まえると決して安くはないものの、高すぎるプライスではない。 今回、「2021東京インターナショナルオーディオショウ」開催直前の慌ただしい中、株式会社トライオードの山順一社長にもウェスタンエレクトリック300Bを取り扱うことになった経緯やその思いを伺うことができた。その中で見えてきたのは、今回の再生産はオリジナルに忠実な復刻というより “現代の最新技術で再構築” した、『新300B』であるということだ。 ■さらに一皮むけた音質クオリティの新300B 山社長もウェスタンエレクトリック製品の魅力に惹かれていたお一人であり、かなり以前から入手し、その音に耳を傾けていたという。「300Bはもちろんですが、励磁型コンプレッションドライバー『555W』を使った大型のホーン型システム『15A』を使っていたこともあります。その当時勤務していた国鉄の社宅に搬入するのにとても苦労しましたね。ベランダの窓枠を外すしかなくて(笑)。6畳の部屋に2台入れたんです」 まさに武勇伝だが、古くからのオーディオマニアにとってウェスタンエレクトリックとは憧れの存在であり、いつかは手に入れたい逸品であったのである。 社名とした “トライオード” は三極管を意味しており、まさに300Bはその代表格。今回のウェスタンエレクトリック300Bを取り扱うようになったことはまさに格別の思いであろう。 「日本にはまず先方からヒビノさんに打診があったようなのです。ヒビノさんは基本的にプロシューマー企業ですから、コンシューマー向けには傘下企業であるエレクトリさんでどうだろうという話の流れとなったようですね。ただ真空管単体の販売という点では経験も必要ですし、そうしたことが得意な販売元を探していたそうです。イベント等でもご一緒する機会も多くありましたので、そんなご縁からお声がけいただきました」 「新300Bの音質はかなり低域が伸びてます。97年の再生産のものよりも一皮むけてます。空間の出方もここまで変わると思わなかったほどで、ハイレゾ時代でも対応できるレンジの広さを実感しました。一口にウェスタンといっても製造時期によって音も違いますが、新300Bの音質傾向は非常に良いもので、ウェスタンとして語れるものであると考えています」 ■劇場用の音響システムなどを手掛けてきたウェスタンエレクトリック 300Bも当然素晴らしい真空管であるが、この300Bを生み出したウェスタンエレクトリックがどのようなメーカーなのかも触れておこう。ウェスタンエレクトリックが設立されたのは1872年。1881年からはアメリカの電話会社AT&Tの機器製造部門を100年以上担っていた。 1925年にはウェスタンエレクトリックの技術部門はベル研究所となり、後年トランジスタなど、いくつもの革命的な発明を生んでいる。1916年にはコンデンサーマイクを発明。1920年代からはトーキー映画用の劇場用拡声器・音響システムの開発にも力を入れていった。1926年に誕生した名機の誉れ高い励磁型コンプレッションホーン555Wもそうしたシステム群を構成する基幹製品のひとつだ。 ウェスタンエレクトリックは音の入り口であるマイク、そして出口であるスピーカーまでを開発できる、まさに総合メーカーとしての側面を持っていたが、その仕向け先は業務用であり、製品の性能や耐久性については極めて高いクオリティを要求される。だからこそ、製品を構成するパーツ一つ一つにも妥協なく当時入手できる最高のものを使い、その時での最先端技術を用いて製造されていた。そしてこの製品に使われる真空管についても当然のごとく最高水準の性能・耐久性を求められるわけだが、ここにもウェスタンエレクトリックは大きな強みを持っていたのである。 1910年代、ウェスタンエレクトリックは電話中継用に用いる真空管の製造を開始し、第1次世界大戦当時は軍用の真空管製造も手掛けていた。無線分野や海底ケーブル中継器など、絶対の信頼度が要求される現場で磨かれた製品クオリティがその後のウェスタンエレクトリック神話へと繋がってゆくのである。 そして1938年、300Bが誕生。劇場用拡声器に向けた大出力なニーズに応えるために開発された直熱三極管である。当初は「300A」として登場したが、間もなく改良版である300Bが生まれた。 300Bはシンプルな構造で増幅を行う直熱三極管のなかでもA級シングルで8Wという大きな出力を取り出せることが特徴だが、ただ出力の大きさという点で見ると後年登場するビーム管などの方が優位である。 ではなぜ未だに高い人気を誇るのか。「45」「2A3」そして300Bと続く直熱三極管の歴史は高出力化への歩みでもある。直熱三極管はフィラメント、グリッド、プレートという増幅を行うための必要最小限の構造であるため、その音も素直で透明感の高い爽やかなサウンド性が特徴だ。ここに真空管特有の艶やかさや華やかさと言った倍音表現が加わり、独特な音質を生んでいる。 直熱三極管の中でも巨大な部類に属する300Bは素直さと繊細さ、そして力強さを兼ね備えたバランスの良い出力管であり、巨大なプレートを支えるガラス管の優美な形状も相まって “真空管の王様” という呼び名が定着しているのだろう。この現在での300Bの高評価もウェスタンエレクトリックが由来だからこそであるが、本来業務用に供給されていた真空管であったため、入手が難しかった時代があったことも評価を押し上げる要因の一つだったのかもしれない。 ウェスタンエレクトリック製300Bは幾度かの生産休止期間を挟みつつ製造が続けられていたが、1988年に一旦その歴史に終止符を打った。しかし世界の管球マニアの300B復活を求める声に応えるかたちで、1997年にウェスタンエレクトリック300Bの再生産が始まったのである。しかし1961年に設立され、300Bも生産していたカンザスシティ工場の老朽化などが要因で、この時の再生産は2006年で終焉を迎えた。 この頃になると中国や東欧諸国で生産される他社製300Bも増えてきたが、相反するようにウェスタンエレクトリック・オリジナルの300Bを望む声は日増しに高まっていく。トライオードでも、元曙光電子のエンジニアが独立して立ち上げた中国・PSVANEが1960年代のオリジナル300Bの構造を研究した“限りなくオリジナルに近い300B“である「WE300B」を取り扱っているが、このPSVANE WE300B開発時にも山社長は色々とアドバイスをしていたという。 「PSVANEは曙光電子よりもっと良いものを作りたいということで独立したんですね。ですからモノづくりの経験値は相当高いものを持っています。初めてPSVANEのWE300Bを見たときは “本物じゃないの” って思ったくらいです。内部も含めて本物とほとんど遜色ないクオリティでしたね。途中で色々変更されないよう注意を払っていましたが、サウンドは問題なかったですし、他社製300Bとしては非常にクオリティの高いものです」 2006年に一旦終了したかに見えたオリジナル300B復活プロジェクトであるが、実は水面下では動き続いていたそうで、2018年にジョージア州ロスヴィルに真空管製造ラインを持つ新工場が設立された。ここにはかつてのカンザスシティ工場で使われていた製造・測定器具も含まれていたそうだが、多くは新たに開発した製造・測定器具となり、製造精度の向上へと結びついているという。 ■優れた特性を持つ素材を投入、真空度も向上している 今回のオリジナル新300Bにおいて従来のものと大きく異なるのがプレートのコーティング素材である。往年はカーボンを用いていたが、今回はグラフェンを取り入れているという。プレート-フィラメント間の熱放射率や電気伝導率を改善するとともに、プレート自体の素材である純ニッケル合金とグラフェンの第一原子層が結び付くことで、高い真空を維持しつつ寿命に結び付くガスの発生を抑えるという。さらに平均プレート電流も高くなり二次電子放出の影響も大幅に減少しているそうだ。 フィラメントはかつてのウェスタンエレクトリック・ホーソン工場に由来する溶解物から取り出した伝統のある素材だそうで、酸化コーティング剤は海底ケーブル伝送用に開発されたものを最先端の製造工程で施しているという。 そして旧来の300Bに使われていたガラスやハンダなどはかつて鉛を含んでいたが、現在はRoHS指令などに基づいて、環境に配慮した素材を使わなければ国や地域によっては輸出ができない。それゆえ、プレートのコーティング素材を含め、現在入手できる優れた特性を持つ素材を導入しているのである。 ちなみに96〜06年までの再生産時には金メッキピン仕様のものも登場したが、「ウェスタンエレクトリックとしては本来はやりたくなかったが、輸入元の要請で実施した」という事情があったそうだ。他にもガラス管内の真空度に影響するポンプについて、ドライスクロールポンプを補助に用いた最新のターボ分子ポンプによって、極めて高い真空度を達成したとのこと。「優れたPSVANEでも新300Bの真空度にはかなわない」と山社長。この真空度の高さは新300Bの大きなメリットとなるだろう。 「実は去年からウェスタンエレクトリックの取り扱いについて話をしていまして、サンプルも来たんです。その最初のサンプルでは、プレートはカーボンコーティングを施した黒いものでした。ただ不具合がありまして、構造上の問題なのか、変に響くのでそれを直すよう進言しました。するとコーティングを変えて見事に直してきたんですね。結果的に良い改良だったと考えています。さすがウェスタンエレクトリックだと」 「PSVANE WE300Bと新300Bを比較すると、少し色気が違うのです。どちらもしなやかなサウンドで良いのですが、新300Bは低域の量、空間性が良い印象です。ただしPSVANEのWE300Bも継続して販売してゆく予定です。単価が違いますし、PSVANEにはPSVANEとしての個性と魅力がありますからね。ウェスタンらしいニュアンスを持ったリーズナブルな選択肢として存在価値があります」 「新300Bとどちらを選ぶのかという楽しみも増えますよね。アンプ製品にはオプションでウェスタンエレクトリックの新300Bに交換できるようにしたいと考えていますが、初めから新300Bを積んだアンプ製品については出す予定はありません」 現在真空管アンプを手掛けるメーカー各社にも新300Bの売り込みを行っているとのこと。販売に関しては量販店やECサイトには卸さず、定価で販売をお願いしているという。「ウェスタンエレクトリックというブランドの価値、プレミアムさを大事にしていきたい」と山社長は語る。 ■異例の「5年保証」を実現。品質の高さに自信あり ウェスタンエレクトリック製品は信頼性、耐久性を重要視していることは前述したが、この新300Bも例外ではない。真空管としては異例の『5年保証』を謳っているのだ。トライオードではこれまでの真空管販売では1年保証としていたが、それも業界としては長めの設定であった。 比較的安価な他社製300Bでは1年もするとノイズが出るものもあり、音が出なくなるなどの致命的なトラブルではないものの、音楽再生では気になってしまう。しかしウェスタンエレクトリック300Bは5年という長さの保証を付けるというのは、それだけ製品の完成度、品質に自信があることを裏付けるものでもある。 新300Bでもベース部にシリアルナンバーが刻印されており、97年からの再生産同様、一本ずつにデータシートも添付。ウェスタンエレクトリックならではの製造年・週表示(取材時のサンプルでは“2152”、2021年52週目の生産を示す表記があった)もベースにプリントされているので、オリジナル品同士でも見分けがつけられるだろう。 説明書も英語だけでなく、フランス語、ドイツ語、中国語、そして日本語でも記載がされており、ウェスタンエレクトリックがユーザーをしっかりと認識しているスタンスが受け取れる。もし壊れてもその個体と似たデータを持つ製品を出荷してくれるそうであり、保証書の登録は必ず行っておきたい。国内ではトライオード宛てに保証書を送付すればよく、エレクトリと本国間で取りまとめ、シリアルが登録されるという。 高い技術力と伝統に息づく耐久性、モノづくりの姿勢を映す『5年保証』はまさに安心・信頼の証である。スペックに則った設計の範囲内で用いることで長寿命を実現できることもウェスタンエレクトリックならではのメリットである。オリジナル300Bとしては比較的安価とはいえ、なかなか手を出しにくいプライスではあるが、長い目で見ての信頼性、安定感という点でこれ以上の選択肢はないだろう。 ...
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    ■本家・ウェスタンエレクトリック「300B」が国内でも正式発売 去る10月28日、待望のニュースが発表された。真空管アンプに用いられる出力管の中でも格別の人気を誇る、本家ウェスタンエレクトリックの「300B」再生産品がようやく国内で販売されることになったのである。数年前から噂でウェスタンエレクトリックの300Bが再生産されることを耳にしており、2021年に入ってから本国サイトでは販売を開始していたので、国内導入の知らせを待っていたのだ。 【写真】21世紀に復刻/1997年製造/PSVANEの「300B」 10月28日のリリースで、ここ日本では輸入総代理店に株式会社エレクトリ、総販売元に株式会社トライオードが担当することが公表された。これは真空管をよく知るトライオードならではの販売チャネルを通すことで、市場動向や後に説明する保証体制の手順を円滑に進められるという利点があるからだ。 新たな300Bは1本11万円、特性の揃った2本ペア+化粧箱セットで23万1千円、さらに特性の揃った4本クアッドセットが48万4千円となる。近年オリジナル300Bが高騰する情勢を踏まえると決して安くはないものの、高すぎるプライスではない。 今回、「2021東京インターナショナルオーディオショウ」開催直前の慌ただしい中、株式会社トライオードの山順一社長にもウェスタンエレクトリック300Bを取り扱うことになった経緯やその思いを伺うことができた。その中で見えてきたのは、今回の再生産はオリジナルに忠実な復刻というより “現代の最新技術で再構築” した、『新300B』であるということだ。 ■さらに一皮むけた音質クオリティの新300B 山社長もウェスタンエレクトリック製品の魅力に惹かれていたお一人であり、かなり以前から入手し、その音に耳を傾けていたという。「300Bはもちろんですが、励磁型コンプレッションドライバー『555W』を使った大型のホーン型システム『15A』を使っていたこともあります。その当時勤務していた国鉄の社宅に搬入するのにとても苦労しましたね。ベランダの窓枠を外すしかなくて(笑)。6畳の部屋に2台入れたんです」 まさに武勇伝だが、古くからのオーディオマニアにとってウェスタンエレクトリックとは憧れの存在であり、いつかは手に入れたい逸品であったのである。 社名とした “トライオード” は三極管を意味しており、まさに300Bはその代表格。今回のウェスタンエレクトリック300Bを取り扱うようになったことはまさに格別の思いであろう。 「日本にはまず先方からヒビノさんに打診があったようなのです。ヒビノさんは基本的にプロシューマー企業ですから、コンシューマー向けには傘下企業であるエレクトリさんでどうだろうという話の流れとなったようですね。ただ真空管単体の販売という点では経験も必要ですし、そうしたことが得意な販売元を探していたそうです。イベント等でもご一緒する機会も多くありましたので、そんなご縁からお声がけいただきました」 「新300Bの音質はかなり低域が伸びてます。97年の再生産のものよりも一皮むけてます。空間の出方もここまで変わると思わなかったほどで、ハイレゾ時代でも対応できるレンジの広さを実感しました。一口にウェスタンといっても製造時期によって音も違いますが、新300Bの音質傾向は非常に良いもので、ウェスタンとして語れるものであると考えています」 ■劇場用の音響システムなどを手掛けてきたウェスタンエレクトリック 300Bも当然素晴らしい真空管であるが、この300Bを生み出したウェスタンエレクトリックがどのようなメーカーなのかも触れておこう。ウェスタンエレクトリックが設立されたのは1872年。1881年からはアメリカの電話会社AT&Tの機器製造部門を100年以上担っていた。 1925年にはウェスタンエレクトリックの技術部門はベル研究所となり、後年トランジスタなど、いくつもの革命的な発明を生んでいる。1916年にはコンデンサーマイクを発明。1920年代からはトーキー映画用の劇場用拡声器・音響システムの開発にも力を入れていった。1926年に誕生した名機の誉れ高い励磁型コンプレッションホーン555Wもそうしたシステム群を構成する基幹製品のひとつだ。 ウェスタンエレクトリックは音の入り口であるマイク、そして出口であるスピーカーまでを開発できる、まさに総合メーカーとしての側面を持っていたが、その仕向け先は業務用であり、製品の性能や耐久性については極めて高いクオリティを要求される。だからこそ、製品を構成するパーツ一つ一つにも妥協なく当時入手できる最高のものを使い、その時での最先端技術を用いて製造されていた。そしてこの製品に使われる真空管についても当然のごとく最高水準の性能・耐久性を求められるわけだが、ここにもウェスタンエレクトリックは大きな強みを持っていたのである。 1910年代、ウェスタンエレクトリックは電話中継用に用いる真空管の製造を開始し、第1次世界大戦当時は軍用の真空管製造も手掛けていた。無線分野や海底ケーブル中継器など、絶対の信頼度が要求される現場で磨かれた製品クオリティがその後のウェスタンエレクトリック神話へと繋がってゆくのである。 そして1938年、300Bが誕生。劇場用拡声器に向けた大出力なニーズに応えるために開発された直熱三極管である。当初は「300A」として登場したが、間もなく改良版である300Bが生まれた。 300Bはシンプルな構造で増幅を行う直熱三極管のなかでもA級シングルで8Wという大きな出力を取り出せることが特徴だが、ただ出力の大きさという点で見ると後年登場するビーム管などの方が優位である。 ではなぜ未だに高い人気を誇るのか。「45」「2A3」そして300Bと続く直熱三極管の歴史は高出力化への歩みでもある。直熱三極管はフィラメント、グリッド、プレートという増幅を行うための必要最小限の構造であるため、その音も素直で透明感の高い爽やかなサウンド性が特徴だ。ここに真空管特有の艶やかさや華やかさと言った倍音表現が加わり、独特な音質を生んでいる。 直熱三極管の中でも巨大な部類に属する300Bは素直さと繊細さ、そして力強さを兼ね備えたバランスの良い出力管であり、巨大なプレートを支えるガラス管の優美な形状も相まって “真空管の王様” という呼び名が定着しているのだろう。この現在での300Bの高評価もウェスタンエレクトリックが由来だからこそであるが、本来業務用に供給されていた真空管であったため、入手が難しかった時代があったことも評価を押し上げる要因の一つだったのかもしれない。 ウェスタンエレクトリック製300Bは幾度かの生産休止期間を挟みつつ製造が続けられていたが、1988年に一旦その歴史に終止符を打った。しかし世界の管球マニアの300B復活を求める声に応えるかたちで、1997年にウェスタンエレクトリック300Bの再生産が始まったのである。しかし1961年に設立され、300Bも生産していたカンザスシティ工場の老朽化などが要因で、この時の再生産は2006年で終焉を迎えた。 この頃になると中国や東欧諸国で生産される他社製300Bも増えてきたが、相反するようにウェスタンエレクトリック・オリジナルの300Bを望む声は日増しに高まっていく。トライオードでも、元曙光電子のエンジニアが独立して立ち上げた中国・PSVANEが1960年代のオリジナル300Bの構造を研究した“限りなくオリジナルに近い300B“である「WE300B」を取り扱っているが、このPSVANE WE300B開発時にも山社長は色々とアドバイスをしていたという。 「PSVANEは曙光電子よりもっと良いものを作りたいということで独立したんですね。ですからモノづくりの経験値は相当高いものを持っています。初めてPSVANEのWE300Bを見たときは “本物じゃないの” って思ったくらいです。内部も含めて本物とほとんど遜色ないクオリティでしたね。途中で色々変更されないよう注意を払っていましたが、サウンドは問題なかったですし、他社製300Bとしては非常にクオリティの高いものです」 2006年に一旦終了したかに見えたオリジナル300B復活プロジェクトであるが、実は水面下では動き続いていたそうで、2018年にジョージア州ロスヴィルに真空管製造ラインを持つ新工場が設立された。ここにはかつてのカンザスシティ工場で使われていた製造・測定器具も含まれていたそうだが、多くは新たに開発した製造・測定器具となり、製造精度の向上へと結びついているという。 ■優れた特性を持つ素材を投入、真空度も向上している 今回のオリジナル新300Bにおいて従来のものと大きく異なるのがプレートのコーティング素材である。往年はカーボンを用いていたが、今回はグラフェンを取り入れているという。プレート-フィラメント間の熱放射率や電気伝導率を改善するとともに、プレート自体の素材である純ニッケル合金とグラフェンの第一原子層が結び付くことで、高い真空を維持しつつ寿命に結び付くガスの発生を抑えるという。さらに平均プレート電流も高くなり二次電子放出の影響も大幅に減少しているそうだ。 フィラメントはかつてのウェスタンエレクトリック・ホーソン工場に由来する溶解物から取り出した伝統のある素材だそうで、酸化コーティング剤は海底ケーブル伝送用に開発されたものを最先端の製造工程で施しているという。 そして旧来の300Bに使われていたガラスやハンダなどはかつて鉛を含んでいたが、現在はRoHS指令などに基づいて、環境に配慮した素材を使わなければ国や地域によっては輸出ができない。それゆえ、プレートのコーティング素材を含め、現在入手できる優れた特性を持つ素材を導入しているのである。 ちなみに96〜06年までの再生産時には金メッキピン仕様のものも登場したが、「ウェスタンエレクトリックとしては本来はやりたくなかったが、輸入元の要請で実施した」という事情があったそうだ。他にもガラス管内の真空度に影響するポンプについて、ドライスクロールポンプを補助に用いた最新のターボ分子ポンプによって、極めて高い真空度を達成したとのこと。「優れたPSVANEでも新300Bの真空度にはかなわない」と山社長。この真空度の高さは新300Bの大きなメリットとなるだろう。 「実は去年からウェスタンエレクトリックの取り扱いについて話をしていまして、サンプルも来たんです。その最初のサンプルでは、プレートはカーボンコーティングを施した黒いものでした。ただ不具合がありまして、構造上の問題なのか、変に響くのでそれを直すよう進言しました。するとコーティングを変えて見事に直してきたんですね。結果的に良い改良だったと考えています。さすがウェスタンエレクトリックだと」 「PSVANE WE300Bと新300Bを比較すると、少し色気が違うのです。どちらもしなやかなサウンドで良いのですが、新300Bは低域の量、空間性が良い印象です。ただしPSVANEのWE300Bも継続して販売してゆく予定です。単価が違いますし、PSVANEにはPSVANEとしての個性と魅力がありますからね。ウェスタンらしいニュアンスを持ったリーズナブルな選択肢として存在価値があります」 「新300Bとどちらを選ぶのかという楽しみも増えますよね。アンプ製品にはオプションでウェスタンエレクトリックの新300Bに交換できるようにしたいと考えていますが、初めから新300Bを積んだアンプ製品については出す予定はありません」 現在真空管アンプを手掛けるメーカー各社にも新300Bの売り込みを行っているとのこと。販売に関しては量販店やECサイトには卸さず、定価で販売をお願いしているという。「ウェスタンエレクトリックというブランドの価値、プレミアムさを大事にしていきたい」と山社長は語る。 ■異例の「5年保証」を実現。品質の高さに自信あり ウェスタンエレクトリック製品は信頼性、耐久性を重要視していることは前述したが、この新300Bも例外ではない。真空管としては異例の『5年保証』を謳っているのだ。トライオードではこれまでの真空管販売では1年保証としていたが、それも業界としては長めの設定であった。 比較的安価な他社製300Bでは1年もするとノイズが出るものもあり、音が出なくなるなどの致命的なトラブルではないものの、音楽再生では気になってしまう。しかしウェスタンエレクトリック300Bは5年という長さの保証を付けるというのは、それだけ製品の完成度、品質に自信があることを裏付けるものでもある。 新300Bでもベース部にシリアルナンバーが刻印されており、97年からの再生産同様、一本ずつにデータシートも添付。ウェスタンエレクトリックならではの製造年・週表示(取材時のサンプルでは“2152”、2021年52週目の生産を示す表記があった)もベースにプリントされているので、オリジナル品同士でも見分けがつけられるだろう。 説明書も英語だけでなく、フランス語、ドイツ語、中国語、そして日本語でも記載がされており、ウェスタンエレクトリックがユーザーをしっかりと認識しているスタンスが受け取れる。もし壊れてもその個体と似たデータを持つ製品を出荷してくれるそうであり、保証書の登録は必ず行っておきたい。国内ではトライオード宛てに保証書を送付すればよく、エレクトリと本国間で取りまとめ、シリアルが登録されるという。 高い技術力と伝統に息づく耐久性、モノづくりの姿勢を映す『5年保証』はまさに安心・信頼の証である。スペックに則った設計の範囲内で用いることで長寿命を実現できることもウェスタンエレクトリックならではのメリットである。オリジナル300Bとしては比較的安価とはいえ、なかなか手を出しにくいプライスではあるが、長い目で見ての信頼性、安定感という点でこれ以上の選択肢はないだろう。 ...
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  • 牧野裕氏の見解 逆転賞金王へ星野陸也は最終組の1つ前の組でプレーに集中できる

    ■本家・ウェスタンエレクトリック「300B」が国内でも正式発売 去る10月28日、待望のニュースが発表された。真空管アンプに用いられる出力管の中でも格別の人気を誇る、本家ウェスタンエレクトリックの「300B」再生産品がようやく国内で販売されることになったのである。数年前から噂でウェスタンエレクトリックの300Bが再生産されることを耳にしており、2021年に入ってから本国サイトでは販売を開始していたので、国内導入の知らせを待っていたのだ。 【写真】21世紀に復刻/1997年製造/PSVANEの「300B」 10月28日のリリースで、ここ日本では輸入総代理店に株式会社エレクトリ、総販売元に株式会社トライオードが担当することが公表された。これは真空管をよく知るトライオードならではの販売チャネルを通すことで、市場動向や後に説明する保証体制の手順を円滑に進められるという利点があるからだ。 新たな300Bは1本11万円、特性の揃った2本ペア+化粧箱セットで23万1千円、さらに特性の揃った4本クアッドセットが48万4千円となる。近年オリジナル300Bが高騰する情勢を踏まえると決して安くはないものの、高すぎるプライスではない。 今回、「2021東京インターナショナルオーディオショウ」開催直前の慌ただしい中、株式会社トライオードの山順一社長にもウェスタンエレクトリック300Bを取り扱うことになった経緯やその思いを伺うことができた。その中で見えてきたのは、今回の再生産はオリジナルに忠実な復刻というより “現代の最新技術で再構築” した、『新300B』であるということだ。 ■さらに一皮むけた音質クオリティの新300B 山社長もウェスタンエレクトリック製品の魅力に惹かれていたお一人であり、かなり以前から入手し、その音に耳を傾けていたという。「300Bはもちろんですが、励磁型コンプレッションドライバー『555W』を使った大型のホーン型システム『15A』を使っていたこともあります。その当時勤務していた国鉄の社宅に搬入するのにとても苦労しましたね。ベランダの窓枠を外すしかなくて(笑)。6畳の部屋に2台入れたんです」 まさに武勇伝だが、古くからのオーディオマニアにとってウェスタンエレクトリックとは憧れの存在であり、いつかは手に入れたい逸品であったのである。 社名とした “トライオード” は三極管を意味しており、まさに300Bはその代表格。今回のウェスタンエレクトリック300Bを取り扱うようになったことはまさに格別の思いであろう。 「日本にはまず先方からヒビノさんに打診があったようなのです。ヒビノさんは基本的にプロシューマー企業ですから、コンシューマー向けには傘下企業であるエレクトリさんでどうだろうという話の流れとなったようですね。ただ真空管単体の販売という点では経験も必要ですし、そうしたことが得意な販売元を探していたそうです。イベント等でもご一緒する機会も多くありましたので、そんなご縁からお声がけいただきました」 「新300Bの音質はかなり低域が伸びてます。97年の再生産のものよりも一皮むけてます。空間の出方もここまで変わると思わなかったほどで、ハイレゾ時代でも対応できるレンジの広さを実感しました。一口にウェスタンといっても製造時期によって音も違いますが、新300Bの音質傾向は非常に良いもので、ウェスタンとして語れるものであると考えています」 ■劇場用の音響システムなどを手掛けてきたウェスタンエレクトリック 300Bも当然素晴らしい真空管であるが、この300Bを生み出したウェスタンエレクトリックがどのようなメーカーなのかも触れておこう。ウェスタンエレクトリックが設立されたのは1872年。1881年からはアメリカの電話会社AT&Tの機器製造部門を100年以上担っていた。 1925年にはウェスタンエレクトリックの技術部門はベル研究所となり、後年トランジスタなど、いくつもの革命的な発明を生んでいる。1916年にはコンデンサーマイクを発明。1920年代からはトーキー映画用の劇場用拡声器・音響システムの開発にも力を入れていった。1926年に誕生した名機の誉れ高い励磁型コンプレッションホーン555Wもそうしたシステム群を構成する基幹製品のひとつだ。 ウェスタンエレクトリックは音の入り口であるマイク、そして出口であるスピーカーまでを開発できる、まさに総合メーカーとしての側面を持っていたが、その仕向け先は業務用であり、製品の性能や耐久性については極めて高いクオリティを要求される。だからこそ、製品を構成するパーツ一つ一つにも妥協なく当時入手できる最高のものを使い、その時での最先端技術を用いて製造されていた。そしてこの製品に使われる真空管についても当然のごとく最高水準の性能・耐久性を求められるわけだが、ここにもウェスタンエレクトリックは大きな強みを持っていたのである。 1910年代、ウェスタンエレクトリックは電話中継用に用いる真空管の製造を開始し、第1次世界大戦当時は軍用の真空管製造も手掛けていた。無線分野や海底ケーブル中継器など、絶対の信頼度が要求される現場で磨かれた製品クオリティがその後のウェスタンエレクトリック神話へと繋がってゆくのである。 そして1938年、300Bが誕生。劇場用拡声器に向けた大出力なニーズに応えるために開発された直熱三極管である。当初は「300A」として登場したが、間もなく改良版である300Bが生まれた。 300Bはシンプルな構造で増幅を行う直熱三極管のなかでもA級シングルで8Wという大きな出力を取り出せることが特徴だが、ただ出力の大きさという点で見ると後年登場するビーム管などの方が優位である。 ではなぜ未だに高い人気を誇るのか。「45」「2A3」そして300Bと続く直熱三極管の歴史は高出力化への歩みでもある。直熱三極管はフィラメント、グリッド、プレートという増幅を行うための必要最小限の構造であるため、その音も素直で透明感の高い爽やかなサウンド性が特徴だ。ここに真空管特有の艶やかさや華やかさと言った倍音表現が加わり、独特な音質を生んでいる。 直熱三極管の中でも巨大な部類に属する300Bは素直さと繊細さ、そして力強さを兼ね備えたバランスの良い出力管であり、巨大なプレートを支えるガラス管の優美な形状も相まって “真空管の王様” という呼び名が定着しているのだろう。この現在での300Bの高評価もウェスタンエレクトリックが由来だからこそであるが、本来業務用に供給されていた真空管であったため、入手が難しかった時代があったことも評価を押し上げる要因の一つだったのかもしれない。 ウェスタンエレクトリック製300Bは幾度かの生産休止期間を挟みつつ製造が続けられていたが、1988年に一旦その歴史に終止符を打った。しかし世界の管球マニアの300B復活を求める声に応えるかたちで、1997年にウェスタンエレクトリック300Bの再生産が始まったのである。しかし1961年に設立され、300Bも生産していたカンザスシティ工場の老朽化などが要因で、この時の再生産は2006年で終焉を迎えた。 この頃になると中国や東欧諸国で生産される他社製300Bも増えてきたが、相反するようにウェスタンエレクトリック・オリジナルの300Bを望む声は日増しに高まっていく。トライオードでも、元曙光電子のエンジニアが独立して立ち上げた中国・PSVANEが1960年代のオリジナル300Bの構造を研究した“限りなくオリジナルに近い300B“である「WE300B」を取り扱っているが、このPSVANE WE300B開発時にも山社長は色々とアドバイスをしていたという。 「PSVANEは曙光電子よりもっと良いものを作りたいということで独立したんですね。ですからモノづくりの経験値は相当高いものを持っています。初めてPSVANEのWE300Bを見たときは “本物じゃないの” って思ったくらいです。内部も含めて本物とほとんど遜色ないクオリティでしたね。途中で色々変更されないよう注意を払っていましたが、サウンドは問題なかったですし、他社製300Bとしては非常にクオリティの高いものです」 2006年に一旦終了したかに見えたオリジナル300B復活プロジェクトであるが、実は水面下では動き続いていたそうで、2018年にジョージア州ロスヴィルに真空管製造ラインを持つ新工場が設立された。ここにはかつてのカンザスシティ工場で使われていた製造・測定器具も含まれていたそうだが、多くは新たに開発した製造・測定器具となり、製造精度の向上へと結びついているという。 ■優れた特性を持つ素材を投入、真空度も向上している 今回のオリジナル新300Bにおいて従来のものと大きく異なるのがプレートのコーティング素材である。往年はカーボンを用いていたが、今回はグラフェンを取り入れているという。プレート-フィラメント間の熱放射率や電気伝導率を改善するとともに、プレート自体の素材である純ニッケル合金とグラフェンの第一原子層が結び付くことで、高い真空を維持しつつ寿命に結び付くガスの発生を抑えるという。さらに平均プレート電流も高くなり二次電子放出の影響も大幅に減少しているそうだ。 フィラメントはかつてのウェスタンエレクトリック・ホーソン工場に由来する溶解物から取り出した伝統のある素材だそうで、酸化コーティング剤は海底ケーブル伝送用に開発されたものを最先端の製造工程で施しているという。 そして旧来の300Bに使われていたガラスやハンダなどはかつて鉛を含んでいたが、現在はRoHS指令などに基づいて、環境に配慮した素材を使わなければ国や地域によっては輸出ができない。それゆえ、プレートのコーティング素材を含め、現在入手できる優れた特性を持つ素材を導入しているのである。 ちなみに96〜06年までの再生産時には金メッキピン仕様のものも登場したが、「ウェスタンエレクトリックとしては本来はやりたくなかったが、輸入元の要請で実施した」という事情があったそうだ。他にもガラス管内の真空度に影響するポンプについて、ドライスクロールポンプを補助に用いた最新のターボ分子ポンプによって、極めて高い真空度を達成したとのこと。「優れたPSVANEでも新300Bの真空度にはかなわない」と山社長。この真空度の高さは新300Bの大きなメリットとなるだろう。 「実は去年からウェスタンエレクトリックの取り扱いについて話をしていまして、サンプルも来たんです。その最初のサンプルでは、プレートはカーボンコーティングを施した黒いものでした。ただ不具合がありまして、構造上の問題なのか、変に響くのでそれを直すよう進言しました。するとコーティングを変えて見事に直してきたんですね。結果的に良い改良だったと考えています。さすがウェスタンエレクトリックだと」 「PSVANE WE300Bと新300Bを比較すると、少し色気が違うのです。どちらもしなやかなサウンドで良いのですが、新300Bは低域の量、空間性が良い印象です。ただしPSVANEのWE300Bも継続して販売してゆく予定です。単価が違いますし、PSVANEにはPSVANEとしての個性と魅力がありますからね。ウェスタンらしいニュアンスを持ったリーズナブルな選択肢として存在価値があります」 「新300Bとどちらを選ぶのかという楽しみも増えますよね。アンプ製品にはオプションでウェスタンエレクトリックの新300Bに交換できるようにしたいと考えていますが、初めから新300Bを積んだアンプ製品については出す予定はありません」 現在真空管アンプを手掛けるメーカー各社にも新300Bの売り込みを行っているとのこと。販売に関しては量販店やECサイトには卸さず、定価で販売をお願いしているという。「ウェスタンエレクトリックというブランドの価値、プレミアムさを大事にしていきたい」と山社長は語る。 ■異例の「5年保証」を実現。品質の高さに自信あり ウェスタンエレクトリック製品は信頼性、耐久性を重要視していることは前述したが、この新300Bも例外ではない。真空管としては異例の『5年保証』を謳っているのだ。トライオードではこれまでの真空管販売では1年保証としていたが、それも業界としては長めの設定であった。 比較的安価な他社製300Bでは1年もするとノイズが出るものもあり、音が出なくなるなどの致命的なトラブルではないものの、音楽再生では気になってしまう。しかしウェスタンエレクトリック300Bは5年という長さの保証を付けるというのは、それだけ製品の完成度、品質に自信があることを裏付けるものでもある。 新300Bでもベース部にシリアルナンバーが刻印されており、97年からの再生産同様、一本ずつにデータシートも添付。ウェスタンエレクトリックならではの製造年・週表示(取材時のサンプルでは“2152”、2021年52週目の生産を示す表記があった)もベースにプリントされているので、オリジナル品同士でも見分けがつけられるだろう。 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リチャードが来季40発へあの手この手 極めつけは人気漫画に登場したあの部屋

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右肘手術から復活の甲斐野、勝負の4年目は「勝ちパターンで50試合投げる」

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京産大23年ぶり5度目v 広瀬佳司監督1年目で全勝

© スポーツ報知/報知新聞社 23年ぶりの優勝を果たし、歓喜の京産大フィフティーン ◆関西大学ラグビー 最終日 京産大33―5関学大(4日、たけびし)  最終節2試合が行われ、リーグ戦全日程が終了。京産大は関学大を破り、1998年以来23年ぶり5度目の優勝を決めた。4月に就任したOBの元日本代表SO広瀬佳司監督(48)が就任1年目で全勝Vに導いた。昨季大学日本一の天理大は“サヨナラペナルティーゴール”で同大に逆転勝ち。順位を3位に上げ、全国選手権に弾みをつけた。  悲願の優勝を告げるノーサイドの笛が鳴ると、京産大フィフティーンは喜びをかみしめるようにゆっくり中央に集まって抱き合った。「23年ぶりは監督になってから知った。こんなに勝ってなかったのかと」。広瀬監督は選手一人一人と握手をかわし、感謝を伝えた。  簡単な試合ではなかった。前半は7―5。主将のプロップ平野叶翔(4年)=西陵=が「優勝争いは初めてで浮かれてしまっていた」と関学大のプレッシャーに苦戦した。しかし、ハーフタイムに修正。「京産大らしいラグビーを体現しよう」と原点に立ち返り、後半4トライを奪って突き放した。  躍進の裏には、指揮官と選手との絶妙な距離感があった。W杯3度出場のレジェンドながら、就任時に決断したのは「自分の色を出さず、伝統を引き継ぐこと」。19年度シーズン限りで勇退した大西健監督(71)によって築かれた選手のひたむきさを信じ、自主性を尊重。平野主将は「ちょっと上の先輩のような距離感で意見も言いやすい。いい意味でラフに接してくれる監督」とやりやすさを感じている。  昨年、全国選手権を制した天理大のAリーグ6連覇を阻止しての頂点。日本一に向け「関東勢は強いが、十分狙っていけると思う」と指揮官。自身が2、3年時(93、94年)の過去最高タイ4強を超え、再び歓喜をもたらす。(南 樹広) Read more »

李克強氏、imf専務理事と会談 世界経済回復の促進で一致

© 新華社 李克強氏、IMF専務理事と会談 世界経済回復の促進で一致 3日、IMFのゲオルギエバ専務理事(右)とオンラインで会談する李克強氏。(北京=新華社記者/劉衛兵)  【新華社北京12月4日】中国の李克強(り・こくきょう)国務院総理は3日午後、北京の中南海紫光閣から国際通貨基金(IMF)のゲオルギエバ専務理事とオンライン方式で会談した。  李克強氏は次のように表明した。中国はIMFとの関係を非常に重視しており、引き続き債務や気候変動対応などの問題で協力をさらに深め、前向きな進展を得るよう願っている。IMFがクオータ(出資割当額)とガバナンスの改革を続け、発展途上国の感染症対策を支援し、世界経済回復の促進でより大きな役割を果たすことを期待する。 © 新華社 李克強氏、IMF専務理事と会談 世界経済回復の促進で一致 3日、IMFのゲオルギエバ専務理事とオンラインで会談する李克強氏。(北京=新華社記者/申宏)  李克強氏はまた、次のように強調した。複雑な環境と新たな下押し圧力に直面する中、中国は引き続き穏健的金融政策を実施し、流動性の合理的な余裕を保ち、多様な金融手段を活用して預金準備率を適時引き下げ、実体経済、特に中小・零細企業に対する支援を強めるとともに、総合的な資金調達コストの低下を促し、経済の健全で安定した運営を確保する。 © 新華社 李克強氏、IMF専務理事と会談 世界経済回復の促進で一致 3日、オンライン会談の北京会場。(北京=新華社記者/申宏)  ゲオルギエバ氏は、中国が経済回復推進のために講じた措置と発展途上国の発展支援で果たした指導的役割を高く評価した上で、新型コロナウイルス感染症が現在、世界経済が直面する最大の脅威であり、インフレと債務問題も経済回復の課題になっていると指摘。IMFは中国との交流・協力を一段と強化し、世界経済のバランスの取れた回復と持続可能な発展を後押ししたいと表明した。 Read more »

「世界の王」から「昭和の怪物」まで… 現役引退の松坂さんに寄せられた数々のメッセージ

© 西日本スポーツ 今季限りで現役を引退した元西武の松坂大輔さん(41)の引退セレモニーが4日、メットライフドームでのファン感謝イベント「LIONS THANKS FESTA 2021」内で開かれた。「松坂世代」の先頭を走って日米通算170勝を挙げ、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)などでも活躍した剛腕に多くのメッセージが寄せられた。 ◇ ◇ 横浜高元監督の渡辺元智さん「10月19日、最後の試合は感動しました。そこまでに至る人生の縮図を垣間見ることができたからです。栄光の陰に苦労あり。これからは次のステージに向かって頑張ってもらいたい」 ソフトバンク・王貞治球団会長兼特別チームアドバイザー「よく頑張りましたね。本当にすごい球を投げて、見ている人をびっくりさせていました。これだけ長くやれたのは、日頃の精進が生きたということですね。23年間、本当にご苦労さまでした」 巨人・原辰徳監督「私が同じチームになった2009年WBCにおいて、ぜひ参加してくれとお願いして、気持ちよく集まってもらった。私の印象からするともう松坂大輔のような選手は出てこない。今後の活躍にエールを送ります」 前ソフトバンク監督の工藤公康さん「人生の中で野球ができるのは長くても半分、あとの半分はこれからしっかり考えて。野球選手はやっぱり野球から離れられないと思う。若い人たちに1年でも1日でも長く野球ができるようにいい指導者になってほしい」 オリックス・中嶋聡監督「大輔、捕らせてくれて本当にありがとう。コーラとポテチが好きで、それを取り上げられた記憶を忘れません。これだけ投げた体をゆっくり休めてまた、新たなステージに進んでください」 野球解説者の江川卓さん「平成の怪物松坂さん、昭和の怪物江川卓です。今まで野球のすごさ、素晴らしさを皆さんに見せていただいて本当にありがとうございました。ライオンズのドラフト1位同士(自身は1977年に入団拒否)、本当にお疲れさまでした」 Read more »

宮内庁の鴨場で鳥インフル 千葉・市川、300羽殺処分へ

© KYODONEWS 宮内庁が管理している千葉県市川市の「新浜鴨場」=2016年7月  千葉県は5日、同県市川市の宮内庁新浜鴨場で、鳥インフルエンザが確認されたと発表した。飼育しているアイガモとアヒル計338羽の殺処分を進める。県によると、今季の農場での確認は5県目で、関東では初めて。  新浜鴨場にある飼育場3カ所のうち1カ所で、4日に8羽が死んでいるのが見つかった。同日、簡易検査で陽性が確認され、遺伝子検査で5日に確定した。 Read more »

和歌山「火が屋根より高く…」住宅全焼76歳男性死亡

 和歌山県新宮市で住宅が全焼し、この家に住む76歳の男性が死亡しました。  4日午後5時すぎ、新宮市の住宅で「火事です」と通行人から消防に通報がありました。  火はおよそ5時間半後に消し止められましたが、木造2階建ての住宅およそ90平方メートルが全焼しました。  この住宅に一人で暮らす岡田秀人さん(76)が病院に搬送されましたが、死亡が確認されました。  近くに住む人:「屋根より高く火が真っ赤に燃えていました。恐ろしかったです。まだ震えています」  警察と消防が火が出た原因を詳しく調べています。 Read more »

44の国と地域に感染拡大 新型コロナ オミクロン株

© FNNプライムオンライン 新型コロナウイルスの新たな変異ウイルス、オミクロン株は、これまでに40を超える国と地域で感染が確認されるなど、拡大が続いている。 4日には、アフリカ南部のザンビアで初めて感染者が確認された。 保健省によると、感染が確認されたのは3人で、うち外国への渡航歴のない1人は、ワクチン接種を受けていなかったという。 また、ルーマニアやチリなどでも初の感染者が確認され、これまでに44の国と地域でオミクロン株の感染者が確認された。 WHO(世界保健機関)の首席科学者は3日、オミクロン株がデルタ株に置き換わり、今後の主流になる可能性があると指摘。 感染しても症状が軽いとの報告が多く出ていることについては、重症化するリスクを判断するのは時期尚早だとしている。 こうした中、韓国では4日、新たに3人オミクロン株の感染確認が発表された。 保健当局によると、3人は、いずれも11月、仁川(インチョン)市の教会で開かれた400人規模の礼拝に参加していた。 韓国で4日に発表された新型コロナ全体の新規感染者は5,352人で、重症者752人、死者70人ともに過去最多となっている。 Read more »

習主席「宗教界に愛国主義を」 会議で統制強調

© KYODONEWS 中国の習近平国家主席(新華社=共同)  【北京共同】中国の習近平国家主席は3~4日に北京で開いた宗教管理に関する会議で、「宗教界で愛国主義や社会主義教育を進め、共産党史の学習を強化しなければならない」と述べた。宗教を社会主義に「適応」させる必要性も強調した。新華社電が4日伝えた。  習氏は、宗教関係者や信者に「偉大な祖国や中華民族、党」を認める気持ちを持たせなければならないと主張。「社会主義現代化強国」実現のため、信仰を持つ人々と広範な国民を「組織し、導く」とした。法や規則により、宗教活動への管理を強める考えも示した。 Read more »

7日に米ロオンライン会談 緊迫するウクライナ情勢など協議

© 朝日新聞社 バイデン米大統領=ロイター  ロシアのペスコフ大統領報道官は4日、プーチン大統領と米国のバイデン大統領のオンライン会談がモスクワ時間の7日夕に行われることを明らかにした。ノーボスチ通信に語った。  ロシアと北大西洋条約機構(NATO)との間では、ロシアが2014年に併合し、実効支配するウクライナ南部クリミア半島やウクライナ東部との国境付近で進める軍備増強をめぐって緊張が激化。その緩和の道を探るための米ロ間の首脳協議が、2日にスウェーデンで行われた外相会談などで調整されていた。(モスクワ=喜田尚) Read more »

なぜ清水と湘南がj1に生き残り徳島がj2降格となったのか…「重要な試合に慣れていない選手ばかりだった」

 清水エスパルス、湘南ベルマーレ、徳島ヴォルティスが繰り広げていた熾烈なJ1残留争いは、清水と湘南の残留、そして徳島のJ2降格で決着がついた。  明治安田生命J1リーグ最終節の10試合が4日午後2時のキックオフで一斉に行われ、清水がセレッソ大阪に2-1で逆転勝利を収め、湘南がガンバ大阪と0-0で引き分けたのに対して、徳島はサンフレッチェ広島に2-4で敗れた。  この結果、3連勝締めの清水は勝ち点を「42」に伸ばし、前節より順位をひとつ上げた14位でフィニッシュ。湘南は「37」で残留圏の16位をキープした一方で、徳島は前半だけで喫した3失点が大きく響いて湘南にわずか1ポイント差の「36」にとどまり、降格圏の17位から抜け出せずに1シーズンでのJ2への逆戻りが決まった。 先に試合を終えた湘南は結果待ち  敵地・パナソニックスタジアム吹田のピッチ上に、ちょっと変わった光景が生まれた。ガンバとの最終節をスコアレスドローで終えた湘南の選手やスタッフたちが、ところどころに輪を作ってはスマホの画面をのぞき込んでいたからだ。  見入っていたのは7分もの後半アディショナルタイムが表示され、同時刻のキックオフながらまだ決着がついていなかった徳島対広島。前者が引き分け以下ならば湘南のJ1残留が決まるなかで、徳島が2点のビハインドを背負っていた。 「このまま早く試合が終わってほしいという思いと、スコアが4-2だったので安堵ではないですけど、少し余裕を持って試合を見ているような状況でした」  ガンバから期限付き移籍している守護神で、日本代表にも名を連ねる谷晃生が契約で出場できない一戦で、ゴールマウスを託された富居大樹がピッチ上で経験した数分間に抱いた心境を振り返る。試合はそのまま終了し、清水に続いて湘南の残留が決まった。  キックオフ前の勝ち点で、15位の清水が「39」、16位の湘南と17位の徳島が「36」で並び、得失点差で湘南が大きくリードして迎えた運命の最終節。3チームが2つの椅子を争う熾烈なJ1残留争いは、前半のうちにほぼ決着がついていた。  サポーターの後押しを受けるはずのホームのポカリスエットスタジアムで、徳島が前半9分、11分と連続失点。湘南との直接対決を制した前節後に「勝って天命を待ちたい」と決意を明かしていた、キャプテンのMF岩尾憲がピッチ上で急きょ円陣を作った。 「失うものはないからしっかりとサッカーしよう、と言いました。守備にしても攻撃にしても、この状況での振る舞いとしてはありえなかったので」  しかし、前半36分にも失点を重ねる。後半9分に一矢を報いたMF岸本武流は、同20分に4失点目を喫した瞬間の心境を「見ている方々も、気持ちがポキッと折れてしまったかもしれない」と神妙な表情で振り返りながら、こんな言葉を紡いだ。 「僕たちのチームにはJ1経験者が少なく、このような重要な試合に慣れていない選手ばかりだった。緊張で体が硬くなって、試合への入りがよくなかったと思う」  今シーズンの出場試合数とJ1通算出場試合数が一致している、つまり今シーズンにJ1デビューを果たした選手たちが、徳島の先発陣では岸本を含めて実に8人を占めていた。攻守両面でキーマンを担う33歳の岩尾にしても今シーズンの開幕前の時点で、湘南に在籍した2013シーズンの7試合に出場しただけだった。 経験を積み重ねている過程にある徳島の現在地を、岩尾は「これが実力ということ」と位置づけながら、来シーズン以降の巻き返しへ向けて努めて前を向いた。 「最後は自力で勝ち点を積み上げないと残留できない、というぎりぎりの状況でこのような試合になってしまうのが、この一年間の集大成だと思う。手を抜いたつもりはないけど、必死に走ってきた結果がこれだということは受け止めなければいけない」  4年間に渡って指揮を執り、徳島を7年ぶりのJ1へ導いたスペイン出身のリカルド・ロドリゲス監督(現浦和レッズ監督)が昨シーズン限りで退任。後任のダニエル・ポヤトス監督が新型コロナウイルス禍で入国できず、合流が4月中旬にずれ込んだ。 「本当にチームは少しずつ成長できたし、それをピッチでも表現できたと思う。ただ、最終的にまとめると、時間がもう少し必要だったと思っている」  指導を開始するまでの“ロス”を、同じくスペイン出身の指揮官はこう振り返った。年間わずか3勝の最下位に終わり、5試合を残してJ2降格が決まった2014シーズンから白星を10に、総得点を倍以上の34に伸ばし、最終節まで残留の可能性をつなぎ止めた軌跡を未来への可能性に変えて、徳島の2度目のJ1挑戦は幕を閉じた。 Read more »

乃木坂46 星野みなみ、妹キャラを10年間背負ってきた立役者 “可愛いの天才”が芸能界引退に至る卒業劇

 乃木坂46の星野みなみがグループからの卒業を発表した。自身のブログで星野は卒業に関して以前からスタッフと話し合っていたことを明かしている。ただ、今年9月にブログ内でも「自分の気が緩んでしまって皆さんを悲しませる行動」と触れられている一部サイトでの報道があり、活動を自粛。11月より活動を再開していたものの、予定より少し早い、星野の誕生月である来年2月頃に卒業を決めたことが文章からは読み取れる。さらに、卒業後は芸能界から引退することを明言しており、「また違う場所で頑張るのでそっと見守っていただけると嬉しいです^ ^」と最後まで星野らしく記している(※1)。 【画像】“可愛いの天才”すぎる星野みなみ  長年の間「卒業ラッシュ」と言われ続けている乃木坂46だが、12月31日の『NHK紅白歌合戦』(NHK総合)がラストステージとなる生田絵梨花に、星野と同じく12月をもって芸能界からも引退となる寺田蘭世、来年1月末に迎える30歳を機に卒業の新内眞衣、そして2月に星野と今後も怒涛の卒業メンバーが続くこととなる。  1期生として乃木坂46の10年間を支えてきた星野。これまでグループがリリースしてきた28枚のシングル中、7thシングル『バレッタ』、8thシングル『気づいたら片想い』の2作を除く、26作で選抜入りしているメンバーだ。初の選抜落ちとなった7thシングルにおいてもアンダー楽曲「初恋の人を今でも」でセンターを務めており、常に一定の人気を獲得し続けたことが分かる。  その象徴と言えるのが「生生星(いくいほし)」のメンバーの一人であること。生生星とは生田絵梨花、生駒里奈、星野みなみを指し、この3人は1stシングル『ぐるぐるカーテン』、3rdシングル『走れ!Bicycle』、4thシングル『制服のマネキン』、5thシングル『君の名は希望』でフロントメンバーとしてグループの顔を張ってきた(『走れ!Bicycle』は生生星に桜井玲香を加えた4人がフロント)。乃木坂46は6thシングル『ガールズルール』から白石麻衣が初のセンターに。白石と松村沙友理、橋本奈々未による「御三家」がフロントを務める、乃木坂46にとっての大きな転換点を迎えることとなる。  つまり、生生星は乃木坂46の初期の顔としてあり続けた3人であり、そこから最後にグループを旅立っていくのが星野ということになる。ユニットとしてはコンサートでブランコに乗る演出が印象的かつそのメルヘンな世界観をバナナマン・設楽統も度々いじっていた「ここじゃないどこか」、さらに2017年リリースの3rdアルバム『生まれてから初めて見た夢』収録の「満月が消えた」で久々に生生星が復活。かつてのイメージとは一線を画す大人に成長した生生星が「満月が消えた」では表現されている。  また、その生生星でのイメージも相まって、星野に定着していたのが妹キャラだった。20歳を迎えた2018年には1st写真集『いたずら』を刊行。キャッチコピーは「可愛いの天才」。舌をペロッと出した可愛らしい表紙とそのタイトルはそのまま星野の人柄を表している。ただ、秋元康も帯コメントで触れているように、星野も確実に大人へと成長していた。言い方を変えれば、そのパブリックイメージにある妹キャラを10年間背負い続けてきたのが星野という一人のメンバーなのであろう。27thシングル『ごめんねFingers crossed』収録の「全部 夢のまま」のMVでは与田祐希、筒井あやめとともにフロントメンバーを担当。各期の妹キャラが集結した形である。さらに同シングル収録の個人PV「星野みなみのとにかくかわいいかるた」は、星野の10年間の“かわいい”を凝縮したベストアルバムのような内容。年を重ねる毎に本来の星野の姿とは徐々に乖離していったのかもしれないが、そのリクエストに全力で応える姿勢は称賛の価値に値する。 乃木坂46 27th 星野みなみ 個人PV「星野みなみのとにかくかわいいかるた」予告編  この12月に5期生のメンバー発表が予定されている乃木坂46。5期生が加入することにより3期生以降のメンバーが占める比率は格段に増加。さらなる世代交代が加速していく。メンバー一人ひとりの世間への認知度や人気の獲得が世間一般に向けた世代交代の形と言えるが、グループとしてはユニット楽曲やポジション、大きく捉えれば10年間で築き上げてきた魂や志といったものがゆっくりと継承されていくフェーズでもある。生田や寺田、新内だけでなく、星野のポジションもまた次の世代へと受け継がれていく。 (※1)https://blog.nogizaka46.com/minami.hoshino/2021/12/064292.php 渡辺彰宏 Read more »

高木美帆、女子1000mで今季W杯初勝利…スピードW杯第3戦

© スポーツ報知/報知新聞社 高木美帆 ◆スピードスケート W杯第3戦第2日(4日、米ソルトレークシティー)  女子1000メートルは高木美帆(日体大職)が1分11秒83で制した。今季のW杯で主戦場の1500メートルは2戦2勝だが、この種目は初勝利。2位のユダ・レールダム(オランダ)に0秒42差、3位で今季2勝のブリタニー・ボウ(米国)とは0秒77差だった。  高木美は10組中、8組目で小平奈緒(相沢病院)と同走。300メートル通過は全体7番目の17秒7だったが、後半にかけて加速。最後の400メートルは唯一の27秒台を記録した。ボウの持つ世界記録まで0秒22差に迫る好タイムで優勝し、ゴール後は両拳を握り、喜びをかみしめた。 Read more »

就職したことがないのに株式投資で4.5億円!母親や妻も投資を始めた結果どうなったか?

 中学2年から株ひと筋で、株式投資歴30年以上のベテラン専業投資家、かぶ1000が『賢明なる個人投資家への道』を著した。中学時代から体育のジャージ姿で地元の証券会社に通い詰め、中高年の投資家にかわいがられ、バブル紳士にお金儲けのイロハを教えてもらった。中学3年生で300万円、高校1年で1000万円、高校2年生で1500万円へと株式資産を増やす。会計系の専門学校卒業後、証券会社の就職の誘いを断って専業投資家の道へ。2011年に“億り人”になると、2015年に3億円、2019年に4億円を突破。アルバイト経験さえない根っからの個人投資家が、学校では絶対に教えてくれないお金の知識と増やし方を徹底指南する。 【この記事の画像を見る】 ● 賢明なる個人投資家への道とは?  みなさま、はじめまして。  専業投資家の、かぶ1000と申します。  私は中学2年生の頃、貯金40万円を元手に株式投資をスタートしました。  2021年で投資歴は33年になり、累積利益は4.5億円を超えるまでになりました。  2021年1月に刊行した私の初の著書『貯金40万円が株式投資で4億円 元手を1000倍に増やしたボクの投資術』は、幸いにも多くの方々に読んでいただけました。  読者のなかには、私が投資を始めたのとほぼ同い年の中学1年生の男子もいました。  なんと彼は、私の本を6回もくり返し読んでくれたそうです。  中学の同級生にすすめたら、その友だちも読んでくれたそうで、著者としては本当にうれしい気持ちでいっぱいになりました。  参考までに、その中学生に「どこが面白かった?」と尋ねてみると、「ファミコンを転売して稼いでいたというところが面白かったです」とのこと。  彼にはそういう発想がなかったそうです。  私は専業投資家になる前の小学生の頃に、リサイクルショップやディスカウントストアでファミコンソフトを安く買い、それをより高値で買いとってくれるお店に転売する「アービトラージ」という手法でお金を稼いでいた時期があります。  アービトラージとは、価格の安いところで購入して価格の高い別のところで売却、その価格差(利ざや)を利用して儲けることから、「サヤとり」とも呼ばれます。  この安く買って高く売るという考え方は、株式投資の基本でもあります。  前著では、資産に対して割安な銘柄を見つけて投資する「バリュー(割安)株投資」について詳しく解説しました。  中学生に「バリュー株投資のところはどうだった?」と尋ねてみると、彼からは「正直、よくわかりませんでした」という答えが返ってきました。  この中学生だけではありません。ツイッターなどを介して読者から、「数式がたくさん出てきてちょっと難しかった」とか「バリュー株投資以前に、もっと基本的な話も知りたかった」といった意見が、私のもとにたくさん寄せられました。  そうした声にこたえるために、改めて書いたのが『賢明なる個人投資家への道』というわけです。  日本でもようやく株式投資への注目が集まるようになり、証券口座を開設する人たちが増えています。  大手ネット証券の楽天証券は2021年5月、証券口座数が600万口座を突破したと発表しました。  前年12月に500万口座を突破してから、約5ヵ月で100万口座も増加。  30代以下の利用者が全体の40%以上と比率を拡大しています。  その一方で、いまだに「株ってよくわからない」「株は危ないんじゃないか」「株はギャンブルでしょ」といったネガティブな印象を持っている人も、まだまだ多いのが実態です。  たしかに一攫千金を狙った投機(ギャンブル)的な株取引をして、失敗している投資家もいます。  しかし、それだけを見て「株は危ない」と決めつけるのは間違っていますし、手っとり早く稼ぎたいと投機的な株取引に走るのも間違っていると私は思います。  そもそも、「投資」と「投機」は、まったく異なるものです。  目先の金儲けではなく、あくまで中長期の長い目で株式投資に向き合い、正しい情報を得つつ自分の頭で考えて、失敗しながらも自分自身で銘柄選定や売買の判断を下すのが「賢明なる個人投資家」への第一歩だと私は考えています。  「儲かる銘柄を教えてください!」と他人の意見に依存しがちな人は多いですが、それで儲かるとは限りません。 ... Read more »

奥川恭伸、佐々木朗希の世代からまた好投手。元広陵の右腕が脅威の完成度でドラフト上位候補に急浮上

これほど「粗削り」からほど遠い20歳など、過去にいただろうか──。  試合中、何度もそう思ってしまった。大阪ガス(大阪市)の若きエース・河野佳(かわの・けい)のことだ。 【写真】2022年のドラフト候補たち  広島・広陵高から入社して2年目。8月23日に誕生日を迎え、20歳になったばかりの右腕である。  12月2日、都市対抗野球大会の初戦・伏木海陸運送戦に先発した河野は、9回を投げて二塁を踏ませない快投で4安打完封勝利を挙げた。  20歳らしい初々しさ、若々しさなどない。圧倒するようなボールがあるわけでもない。与えた四死球はゼロ。1球1球、丁寧にコースに投げ込む姿は、まるで社会人野球の厳しい世界で何年も戦っているような風格があった。  河野にはすでに立派な勲章もある。今夏に開催された社会人日本選手権で4試合に登板し、3勝をマークして優勝に貢献。19イニング無失点の成績で、大会MVPに輝いた。2022年のドラフト上位候補に挙がるのは間違いないだろう。  今年20歳ということは、佐々木朗希(ロッテ)、奥川恭伸(ヤクルト)、宮城大弥(オリックス)らプロ球界で続々と台頭している有望株と同世代になる。河野は彼らと立つステージこそ異なるが、先行するトップランナーの背中を追うような躍進ぶりだ。  河野は高校時代に春のセンバツに出場し、大会後には佐々木らとともにU-18代表候補の研修合宿に参加している。  高校時代の河野で思い出されるシーンがある。センバツ初戦の八戸学院光星戦。河野は八戸学院光星の3番打者・武岡龍世(現ヤクルト)に対して、勝負所で執拗にインコースを突いた。2対0とリードした8回表二死二、三塁のピンチでは、141キロのストレートで武岡のインコースを突き、力ないショートフライに打ち取っている。  試合後、武岡は「最後はインコースにくるとわかっていたんですけど、想像以上に河野くんのボールのキレがよくて、対応できませんでした」と語っている。大事な場面で危険なゾーンへと投げ切れる河野の勝負強さと、制球力の高さを物語るシーンだった。 Read more »

松坂大輔、涙の裏側 イチロー氏の“心遣い”「雰囲気まとえる大人になりたい」

イチロー氏がサプライズ登場「言葉では表し切れないくらい感謝」 “平成の怪物”松坂大輔投手が4日、メットライフドームで行われた西武のファン感謝イベント「LIONS THANKS FESTA 2021」の中で、現役引退セレモニーに臨んだ。最後の舞台に花を添えたのは、数々の名勝負を繰り広げたイチロー氏やプロ入り当時の監督だった東尾修氏の来訪。涙を流す場面もあり、特に感慨深げな表情を見せた。 【実際の様子】場内騒然…突然イチロー氏が登場し、松坂が号泣したシーン  イチロー氏の登場は、球団サイドが用意したサプライズ中のサプライズだった。いったんセレモニーは終了し、辻監督が来季への抱負を述べ、選手会長の高橋光成が一本締め。さらに松坂がファンに手を振りながらグラウンドを1周した後に待っていた“粋な計らい”だった。 「涙が出てしまいました。びっくりしたのと、めちゃくちゃ嬉しいのとで……」と感無量の松坂。「プロ入り前からイチローさんの背中を見ていましたし、その大きな背中を追いかけ続けることで、ここまでやって来ることができた。言葉では表し切れないくらい感謝しています」と振り返った。  松坂とイチロー氏は、2006年と2009年のWBCでは日本を大会連覇に導いた盟友であり、ペナントレースでは好敵手。1999年5月16日、西武ドーム(現メットライフドーム)での初対戦では、当時ルーキーの松坂が3三振を奪い「自信が確信に変わりました」と名ゼリフを吐いた。2か月後の7月6日、神戸でイチロー氏が通算100号を放ってリベンジしたことは、今も語り草だ。宿命のライバルの存在が、松坂の価値をワンランク押し上げたとも言える。  しかもイチロー氏はこの日、松坂に花束を渡し、耳元で何かをささやくと、マイクの前に立つことなく颯爽と去っていった。自分が目立ち過ぎて“主役は松坂”の大前提を崩すことがないようにとの心遣いもにじむ。松坂は「すごく格好いいなって思いました。僕もああいう雰囲気をまとえる大人になりたいです」と改めて舌を巻いた。 ファンの前で「約束してほしい」と迫る東尾氏にタジタジ  一方、やはり花束を手に駆け付け、大勢のファンの前で松坂に「ひとつ、あなたが私に果たしていない約束がありますね? わかってますよね?」と問いかけたのは東尾氏だった。  1998年のドラフト会議で、当時西武の監督だった東尾氏は横浜(現DeNA)、日本ハムとの競合の末、横浜高の松坂の交渉権を引き当てた。それでも「自分の意中は横浜ベイスターズ」と言い放った平成の怪物を、自身の通算200勝達成時の記念ボールをプレゼントして口説き落とした。松坂は自分が通算200勝して記念ボールを“お返し”する約束を交わしていたが、現役生活の終盤は相次ぐ故障に苦しみ、日米通算170勝に終わったのだった。  そこで東尾氏は「ここで新しい約束をしてほしい。今度帰ってくる時は、ライオンズ以外のユニホームを着たらダメだぞ!」と厳命。「大輔自身の口から、守りますと言って下さい」と迫った。松坂は慌てて「こればかりは僕が(監督・コーチを)やりたいと言ったからといって、戻って来られるわけではない。ライオンズに声をかけてもらえるように、これからも野球を勉強します」とかわすしかなかった。 「東尾さんの顔を見ると、一気にルーキーの年に引き戻されように、記憶がよみがえってきます」  松坂は懐かしむように言う。「実は東尾さんとは昨日も、別の仕事で一緒だったのですが、全くこんな雰囲気はなくて、お疲れ~って帰っちゃった」と明かし、「(東尾氏の現役投手時代の)相手バッターに悟られない姿を感じました」と苦笑した。それはプロ入りからの3年間で“東尾監督”から学んだ投球術でもあった。  東尾氏が触れた指導者への転身について、松坂は報道陣の前でも「正直言って、今すぐにというのはない。まだまだ勉強しなければならないことがある」と強調した。とはいえ、松坂には青いユニホームとこの球場がよく似合う。改めてそう印象付けた1日だった。 宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki Read more »

「本当にとんでもない選手だ」ベラトール社長は失神koの堀口恭司に賛辞!「あれこそがmmaであり、美しさだ」

「完全にコントロールしていたのは、彼だった」  敗れてもなお、31歳のサムライは勇ましかった。  師走に入り、様々なイベントが行なわれている格闘界。そのなかで話題を集めているのは、現地時間12月3日にアメリカのアンカスビルにあるモヒガン・サンアリーナで実現した、ベラトール世界バンタム級タイトルマッチだ。 【動画】目の覚めるような裏拳! ペティスが堀口を沈めた渾身のKOシーン  王者のセルジオ・ペティス(アメリカ)に挑んだのは、堀口恭司(アメリカントップチーム)。日本が誇るエースは、RIZIN同級王座との二冠王を目指した。  決着は瞬間的についた。4回終了間際、距離を詰めにきた堀口に対して、ペティスが渾身のバックハンドブローを炸裂。相手が「流れるように出したら完璧に当たった」と振り返った一撃を顎にもろに食らったRIZIN王者は、そのまま失神。レフェリーが試合を止めた。  ペティスのほぼ倍である130発中もの打撃を繰り出した堀口。巧みな試合運びで試合の主導権を完全に握っていただけに、悔しい敗戦となった感は否めない。  そんな敗者にも称賛の声が寄せられている。ベラトールのスコット・コーカー社長は、試合直後に担架で運び出される際に、サムズアップで周囲の声援に応えた堀口の姿を目の当たりにし、「信じられないものだった」と語った。 「ホリグチがどんなレベルにある選手かは誰もが目にしたはずだ。彼は本当にとんでもない選手だよ。今日のペティスとの試合でペースを完全にコントロールしていたのは、彼だった」  しかし、コーカー社長は「それでも彼はたった一撃を当てられてしまったんだ」と、MMAの持つ魅力を説いた。 「でも、あのKOこそがMMAであり、その美しさだ。凄まじく速く、爆発力がある。そして何よりも生々しい。ホリグチは素晴らしかったが、当てられてしまった。今日の試合はそれだけなんだ」  たった一発。されど一発である。コーカー社長の言うように、優位にあった堀口の敗戦は、MMAを象徴するものだったと言える。 構成●THE DIGEST編集部 Read more »

【西武】松坂大輔に聞く…イチロー氏のサプライズ演出に「最後まで本当に格好いいなと」

 今季限りで現役を引退した西武の松坂大輔投手(41)が4日、本拠メットライフで行われた「LIONS THANKS FESTA」で引退セレモニーを行い、WBCでチームメートだった憧れの先輩にして盟友のイチロー氏が花束贈呈でサプライズ登場。笑顔と感激の涙を浮かべ23年間、日米通算170勝108敗の現役生活を締めくくった。セレモニーでは恩師の横浜高・渡辺元監督や原監督ら著名人から、ねぎらいのビデオメッセージが寄せられた。  ◆松坂に聞く  ―イチロー氏が来場。  「まさかイチローさんがメッセージをくれたんだと、そこ(映像の時点)でビックリして。何て言葉をかけてもらえるかなと思っていたら、直接花束を渡しに来てもらって…。一気に、我慢していた涙が出てしまいました。ビックリしたのとめちゃくちゃうれしいのと。最後にイチローさんに声をかけてもらって、これまでやってきてよかったと改めて思いました」  ―かけられた言葉は?  「それは言えないですよ(笑い)。イチローさんに言われると、同じ言葉でも僕への響き方が違う。全部は言わないですけど、お疲れ様でしたということと、長い間よく頑張った、と。その言葉を聞いた瞬間に涙が出ましたね」  ―会ったのは米国が最後。  「連絡は取ったりしてますけど、会うのはめちゃくちゃ久しぶりです」  ―イチロー氏らしい演出。  「花束を渡されて、去って行く姿を見て、最後まで本当に格好いいなって思いましたね。これぞイチローさんという演出の仕方だったんじゃないですかね」 報知新聞社 Read more »

衝撃のko劇を生んだのは堀口恭司の“隙”? 王者ペティスが語った勝因「ホリグチは余裕を持ち過ぎた」

劣勢のなかでも冷静に“隙”を見定め  王者が劣勢を一撃で覆した。  現地時間12月3日、アメリカ、アンカスビルのモヒガン・サンアリーナで、ベラトール世界バンタム級タイトルマッチが行なわれ、RIZIN同級王座と二冠王を目指した堀口恭司(アメリカントップチーム)は、王者セルジオ・ペティス(アメリカ)に4回KO負けを喫した。 【動画】史上最高のフィニッシュ!? 堀口をKOさせたペティスの衝撃KOシーンをチェック  雌雄は瞬間的に決した。4回終了間際、距離を取りに行った相手に詰めに行った堀口。しかし、その瞬間にペティスが放った渾身のバックハンドブローを被弾。これが顎にクリーンヒットして大の字でダウンした。  失神KOとなって担架で運び出された堀口。もっとも、試合は31歳のサムライが優位に立っていた。ベラトールが発表した公式スタッツを見ても、堀口はペティスの80発(ヒット数は19)を大きく上回る130発(ヒット数は73)もの打撃を繰り出し、テイクダウン数も王者がゼロなのに対し、7本も奪っていた。  追い込まれたペティスがイチかバチかとも言える“裏拳”で勝利を手繰り寄せた……かに見えた。しかし、試合後の会見で「俺はゲームプランに従ったんだ」と語った28歳は、勝因を端的に指摘した。 「ホリグチは闘いのなかですごく余裕を見せていたんだ。俺がテイクダウンをされて『クソッタレめ!』って思わず言ったら、平気で笑うぐらいにね。彼は良いテイクダウンとジャブで試合の主導権を握ったことで、余裕を持ち過ぎたのかもしれない。それで少し雑になったんだと思う。俺はそれを活かせたよ」  ベラトールのスコット・コーカー社長が「とんでもない選手だ」と褒めちぎるように、ハイレベルな闘いを演じた堀口も見事だった。だが、劣勢のなかでも冷静に相手の“隙”を見定め、舞い込んだチャンスを利したペティスのパフォーマンスは、まさに王者のそれだった。 構成●THE DIGEST編集部 Read more »

埼玉の浄水場で有害物質検出、上流で基準の34倍高濃度地点も

Copyright(C) Japan News Network. All rights reserved.  埼玉県は、荒川に流入する麦生川で、高濃度の有害物質「ジクロロメタン」が検出されたと発表しました。  埼玉県によりますと、今月2日、さいたま市にある大久保浄水場の取水口で、有害物質「ジクロロメタン」が検出されたため、上流を調査したところ、川越市内の麦生川の上江橋付近で、基準値の34倍という高濃度の「ジクロロメタン」が検出されました。  大久保浄水場は、さいたま市や飯能市などに水道水を供給していますが、県は「水道水に影響はない」としています。一方で、高濃度の有害物質が検出されたエリア周辺では、川に入ったり水を飲んだりしないよう注意を呼び掛けています。  有害物質の発生源はわかっていないということで、県は、浄水場で24時間濃度を監視するとともに、今後、さらに上流を調べています。(04日19:04) Read more »

一度は行ってみたい「絶景温泉」ランキング【東日本編】

寒さが深まるこの時期、温泉の湯けむりが恋しい季節が始まります。 「絶景温泉」をテーマにアンケートを実施したところ、一度は行ってみたいと思う絶景温泉1位は「星空絶景が楽しめる温泉」でした。 都会ではなかなか見ることができない満天の星と温泉を同時に楽しめる、天然のプラネタリウムのような景色はまさに非日常を感じられる癒やしの時間となりそうです。 続く2位は「インフィニティ温泉」がランクインしました。海や空と一体化したような景色が楽しめるインフィニティ温泉は、景色の中に溶け込む感覚が味わえるのも醍醐味のひとつ。3位と4位には、季節を感じられる「雪絶景が楽しめる温泉」「桜や紅葉絶景が楽しめる温泉」、5位は壮大な景色が広がる「パノラマ絶景が楽しめる温泉」という結果になりました。 ランクインした絶景が堪能できる、東日本のオススメ絶景温泉を株式会社リクルートが発行する旅行情報誌『じゃらん』編集部が厳選し紹介します。 各エリアの温泉地を取材してきた編集部ならではのラインナップとなっています。身も心もほぐす絶景温泉旅の参考にぜひ活用ください。 【調査概要】インターネット調査 調査時期:2021年10月1日(金)~10月4日(月) 調査対象:全国在住20代~50代/有効回答数:1,005名 複数回答 『じゃらん』編集部がオススメする絶景温泉<東日本編> ランキング1位「星空絶景が楽しめる温泉」のオススメ ユルイの宿恵山【長野県】 日本一きれいな星空が見える「星の村」として知られる阿智村にあり、炭火の囲炉裏料理とワイルドな岩風呂でもてなす宿。昼神温泉郷と南信州の山々を一望できるだけでなく、満天の星を露天風呂や客室にいながらも楽しむことができる。 ほったらかし温泉【山梨県】 甲府盆地を見渡す標高700mに位置し、眼下に甲府盆地の夜景、見上げれば満天の星が広がる。他にも、日の出や富士山といつ訪れても絶景に出合える稀有な温泉。pH10.1の高アルカリ性温泉はややぬるめなので長湯ができる。 Read more »

【追う!マイ・カナガワ】横須賀の海岸に謎のコンクリ製構造物…戦争遺構?いけす?正体を調べてみた

 神奈川県横須賀市長井の富浦公園の海岸に、コンクリートの大きな箱のようなものが昔からある。これが何なのかずっと気になっていたという同市の歯科衛生士の女性(58)から「追う! マイ・カナガワ」取材班に調査依頼が届いた。女性は、戦時中の砲台、漁師が使ったいけす跡などの説を聞いたことがあるというが、地元住民も首をかしげる箱の正体は-。 【地図と写真】内部に草も生えている構造物 ◆地元の子どもの遊び場  「この公園はダイヤモンド富士も見える眺めの良い場所です」という女性の言葉に誘われ、記者も現地へと向かった。三浦半島の西海岸に海が広がり、日光浴を楽しむカップルもいて、のどかな雰囲気だ。  スマートフォンの地図を片手に、公園を海岸沿いに北へ進むと、コンクリートの物体が現れた。波が打ちつける砂浜に、四角い箱が三つ並んでいる。大きなものは長さ10メートル以上ありそうだ。  波で浸食され崩れているものもあり、中に草が生えているのが見えた。灰色の荒廃した姿は、戦争の遺構をほうふつとさせる。 ◆戦前は旧海軍の基地が  周辺には陸上自衛隊の武山駐屯地や高等工科学校などがあり、戦前は旧海軍の射撃場があった場所だ。インターネット上には「戦時中の砲台では」との憶測もあったが、確かな情報は見つけられなかった。  地元の人なら何か知っているかもしれない。農家の男性(52)は「小さい頃からあそこで遊んでいたけど、戦争の何かでしょ。今も子どもたちの遊び場だよ」と話す。公園を管理する同市公園管理課は「分からない」という。  横須賀市自然•人文博物館も「遺構のことは分からない」というが、「横須賀考古学会なら何か情報があるかも」と教えてくれた。同会は何年か前、遺構を調査していたらしい。  早速、同会に連絡してみると「あの構造物は戦争遺構ではありません」と記者に告げた。では正体は何なのか…。 ◆「製塩工場?」…再調査  三浦半島地域を考古学的に研究する「横須賀考古学会」の臼井敦さん(59)によると、2015年に同会で横須賀市長井地区の歴史を取り上げた際、コンクリートの箱について調べたという。  三つのうち、中央の構造物は円形と長方形が合わさり、左右の構造物は長方形で、それぞれ約2メートルの高さがあった。地元で育った人に聞き取りも行い、「関東大震災から終戦まであった製塩工場ではないか」と結論が出た。ただ、裏付ける資料を見つけられず、断定は難しかった。  今回、マイカナ班の取材を受けた臼井さんが「戦跡ではない証左をちゃんと示したかった」と、6年ぶりに再調査に乗り出し、国立公文書館のアジア歴史資料センターで、古い関連資料を発見することができた。 ◆「昭和初期の産業遺産」  臼井さんが見つけた資料から、遺構は1933(昭和8)年に海水利用に関する基礎研究のために国が設立した「大蔵省専売局中央研究所長井分室」と判明した。装置の図面や、行われていた試験概要などの資料を読み込むと、今も残っているのは「濃縮鹹水(かんすい)製造装置」の一部のようだ。  ここで何を行っていたのか。「たばこと塩の博物館」(東京都)の高梨浩樹主任学芸員(53)に尋ねると、「塩を作るには海水を煮詰める必要がある。この装置で、その技術を改良する実験をしていたのでしょう」と解説してくれた。塩の自給率が低い日本で海水から塩を効率良く採取するため、当時の最先端の研究を行っていた施設であった。  遺構は装置の中枢部ではなく、海水をためるタンクだが、この時代の海水利用研究の施設は国内で保存されていないという。高梨さんは「昭和初期の日本の産業遺産として位置付けることはできる。しっかり調べた方がいい」と指摘した。  高梨さんによると、昭和初期に塩を作っていた民間施設では、沖縄県名護市の「我部塩田遺跡」周辺に、コンクリート製の海水タンクが残されているという。  同市に問い合わせると、そのタンクについては2013年に沖縄国際大が考古学調査も行い、「沖縄の塩づくりを伝える大切なもの。持ち主が分かっていないが、できるだけ保存し、後世に残したい」と担当者もその価値を認識していた。横須賀でも、説明看板などを付けて保存できないだろうか。臼井さんも「歴史的史料なら、何らかの形で保存を」と期待する。 ◆価値があれば保存対象  日本専売公社発行の「日本塩業史」によると、長井分室では1938年まで研究が行われていたようだが、いつ閉鎖されたのか、装置の中枢部がどこに消えたのかは不明だ。  当時、分室を運営していた大蔵省専売局は同公社が設置された49年に廃止され、塩事業はその後、日本たばこ産業株式会社へ、96年からは財団法人塩事業センターが引き継いでいる。  塩専売事業に関する資料を保存する同センターに問い合わせると、「製塩技術に関する歴史的史料ではあると思うが、保存の判断は今の土地の所有者に委ねたい」と回答があった。  所有者の事情は複雑で、富浦公園は横須賀市の公園だが、遺構のある場所は国有地で、海岸は県の河川砂防課が管理している。  これまであまり注目されなかった遺構について、県は「当時の記録もなく、誰の所有物かも分かっていなかった。海岸管理に支障はないので、特に撤去もされず長年にわたって残っていたのだろう」と推察する。  横須賀市の生涯学習課は「初めてそういうものがあると聞いた」と驚いた様子だったが、「今後、専門家を交えて調査研究し、文化財としての価値があり、市の重要文化財等に指定されれば、保存・保護の対象になる」と話している。 ◆取材班から   投稿者の疑問から、海辺で朽ち果てていた謎のコンクリートの箱の正体が判明した。所有者不明のまま、おそらく80年以上も撤去を免れ、貴重な史料が思わぬ形で残されていた。歴史を伝える遺構の保全活用がどうなるのか、今後を見守りたい。 ... Read more »

経営の神様・稲盛和夫が教えた「私が飲食店を開くなら、こんな店にします」

 経営の神様と称される稲盛和夫氏に「あなたが飲食店を開くならどんな店にしますか?」という質問をしたことがある。その答えは、「ランチにマグロ丼を出すすし店」という興味深いものだった。その理由とは?(イトモス研究所所長 小倉健一) ● 経営の神様・稲盛和夫氏に 「飲食店の経営論」を聞いてみた  「脱サラして飲食店を経営したい」  「早期退職制度に応募して割高の退職金をもらったから、地元に戻ってカミさんと一緒に小料理屋でもやろうか」  人生100年時代の生活設計として、そんな将来を思い描く人もいるだろう。カフェでコーヒーを飲みながら、そば店で新そばをすすりながら、「自分ならもっとこういう店にするのにな」などと夢想することもあるはずだ。  日本を代表する経営者でもあり、ソフトバンクグループの創業者である孫正義氏、アリババグループの創業者であるジャック・マー氏など、名だたる経営者が尊敬してやまない経営の神様・稲盛和夫氏。その稲盛氏に「もし一軒の飲食店を任されたら、どう経営するか」という質問を私の取材インタビューでかつてしたことがある。  「稲盛さん、あなたがカフェや飲食店を開くならどうしますか」などという質問を、「経営の神様」に対してする私も私かもしれないが……。  しかもそれが「ランチにマグロ丼を出すすし店」だというのだから面白い。いったい、どんな発想なのか。 ● 稲盛氏が語る商売の醍醐味は 「どれだけの粗利が取れるか」  稲盛氏は、職人視点で「いいネタを厳選し、安く仕入れる」だけではだめだ、と説く。  「彼(職人)が雇われる立場ではなく、オーナーだったらどうか。その日、マグロが安いとなれば、トロや赤身を多めに仕入れ、ランチメニューにマグロ丼定食を出すといった発想をすると思います」  「ビジネスマンを喜ばせるなら、ボリュームがあって値段は600円程度でしょう。これでは利益率10%達成が無理だというのなら、マグロのほかにアジをさりげなく加えます」  「それから、しっかりと原価計算をします。1人分につきマグロとアジで200円、赤だしのみそと具で50円、そのほかにガス・水道代を案分するといった具合です。それでどれだけの粗利が取れるか、商売の醍醐味はそこにあるわけです」  職人視点で言えば「おいしい魚を、安くお腹いっぱい食べてほしい」と考えがちだ。  実際、「こんなに安いのにおいしくてたっぷり食べられるお店」としてメディアで紹介される店は多い。そのような店の店主は「採算度外視」「正直赤字」と言いながら「でも皆さんにおいしいものを食べてほしくて」などと話すことも多い。「お客さんの笑顔」、それこそが店を経営する楽しみであるかのように。  だが稲盛氏は違う。商売の醍醐味は「どれだけの粗利が取れるか」にあるというのだ。  「売り上げを増やし、コストを抑えるための創意工夫は、どの商売にも通じる」。稲盛氏はそう語る。 Read more »

千葉の宮内庁新浜鴨場で鳥インフル

 千葉県は5日、同県市川市の宮内庁新浜鴨場で、鳥インフルエンザが確認されたと発表した。飼育しているアイガモとアヒル計338羽の殺処分を進める。 Read more »

バイクと電車が接触 当て逃げか 小田急線・座間駅近くの踏切

© FNNプライムオンライン 神奈川・座間市の小田急線の踏切で4日夕方、電車とバイクが接触し、バイクの運転手は逃走している。 4日午後4時半ごろ、座間市入谷西の小田急線・座間駅付近の踏切で電車とバイクが接触し、バイクの運転手とみられる男性が、そのまま逃走した。 乗客にけが人はおらず、電車は、およそ1時間後に運転を再開した。 現場には、接触した際に破損したバイク後部のブレーキランプとみられる部品が残されていた。 また、付近の防犯カメラには、遮断機が下りかけている中でバイクが踏切に進入する様子が映っていたことから、警察は、当て逃げとみてバイクの運転手の行方を調べている。 Read more »

東北自動車道で車炎上 埼玉・蓮田市

© FNNプライムオンライン 埼玉・蓮田市の東北自動車道で、車が燃える火災があった。 4日午後3時半ごろ、東北道上り蓮田サービスエリア付近で「車が燃えた」と、運転手の男性(50代)から110番通報があった。 警察によると、車がガードレールにぶつかり、部品の一部を引きずりながら走行していたことが火災の原因とみられている。 けが人はいなかった。 Read more »

岸田首相 年内の訪米断念 オミクロン株感染拡大で

© FNNプライムオンライン 岸田首相が、年内のアメリカ訪問を見送る方向であることがわかった。 岸田首相は、これまで年内にもアメリカを訪問し、バイデン大統領との首脳会談を実現したいとの意向を示してきた。 複数の政府関係者によると、アメリカ国内の政治情勢や、「オミクロン株」の世界的な広がりなどにより、対面での会談が実現する見通しは立っていないという。 岸田首相としては、当面は国内のコロナ対応などを優先し、年明け以降の訪問を模索するものとみられる。 Read more »

前田大然 初の得点王を手土産にスコットランド・セルティック移籍へ 最終節の一撃で今季23点

© スポーツ報知/報知新聞社 後半29分、ゴールを決め雄叫びを上げる横浜M・前田大然 ◆明治安田生命J1リーグ 第38節 横浜FM1―1川崎(4日・日産ス)  横浜Mはホーム最終戦で川崎と1―1で引き分けた。得点ランク首位で並んでいたFW前田大然(24)と川崎FWレアンドロダミアン(32)が互いに1ゴールを挙げ、今季23得点で得点王に輝いた。前田はスコットランド・セルティックに買い取りオプション付きで期限付き移籍することが決定的になった。  得点王も、何よりチームの勝利も、諦めるわけにはいかなかった。後半22分にダミアンが得点。一歩リードを許したが、前田は王者にくらいつき、7分後にこじ開けた。FWエウベルの左クロスに左足を合わせて同点ゴール。「ゴールを取ることでチームを助けられる。決められて本当に良かった。チームメートに感謝」と仲間の期待も背負ってストライカーとしての仕事を果たし、今季最多の3万657人が駆けつけた本拠地を沸かせた。  川崎は開幕戦で0―2と完敗し、優勝を譲った相手。悔しさが消えることはないが、「1年間のすべてをぶつける」という言葉通りに攻撃的スタイルの進化を見せつけ、「引き分けたけど、今シーズン一番ってくらい自分たちらしいサッカーができた」と意地の同点弾で得点王の座も守った。最後の直接対決まで個人タイトルをめぐってし烈なレースを繰り広げたダミアンとは、「おめでとう」と互いの健闘をたたえあった。  横浜Mでつけた背番号38は、「初心に帰ろう」とプロキャリアを歩み始めた松本で背負ったもの。「他の選手に負けていない」と自負する爆発的スピードと攻守にわたる献身性でチームを幾度となく救い、今季は2度のハットトリックを含め23ゴールを挙げた。6年目で、自身プロ初となる栄冠。今季リーグ最多の82得点を記録したチームの中心に君臨した点取り屋は、「まさか自分がなるとは想像していなかった。でもたくさんの人の支えがあったから。今までやってきたことが間違いじゃないと証明もできた」と感謝を一番に、胸を張った。  今年6月まで横浜Mを率いたポステコグルー監督が指揮するセルティックへの移籍が決定的で、2度目の欧州挑戦。来夏の完全移籍が濃厚で、移籍金は約2億円とされる。ポルトガル・マリティモの在籍は約1年だったが、帰国後は再び海外を目指し、英語の勉強に取り組むなどピッチ外でもひたむきに努力してきた。「これ(得点)をずっと続けないと、この時だけと言われがち。点を取り続ける意味ではここからがスタート」と飽くなき向上心を燃やしたハマのいだてん。得点王の称号を得て、次は欧州の地へ走り出す。  ◆前田 大然(まえだ・だいぜん)1997年10月20日、大阪・堺市生まれ。24歳。山梨学院高卒業後、J2松本に入団。J2水戸、ポルトガル1部マリティモへの期限付き移籍を経て昨年8月から横浜M。今季より完全移籍しリーグ36試合23得点。国際Aマッチ2試合出場。173センチ、67キロ。右利き。50m5秒8。家族は妻と1男1女。 〇…今季限りで勇退するリーグ戦通算最多出場記録を持つ家本政明審判員が、横浜M―川崎で最後の主審を務めた。J1通算338試合目となったこの日は、ハイテンポな試合展開を的確なジャッジで裁いた。サッカー・ファンからは「いえぽん」の愛称で親しまれ、川崎DF谷口主将からも「今日もスムーズな進行でいい試合ができた。長い間お疲れ様でした」とねぎらわれた。また、同じく今節で勇退する村上伸次審判員も、名古屋―浦和でJ1通算307試合目の主審を務めた。 Read more »

松坂さんがイチローさんのサプライズ登場に涙 日米で名勝負「大きな背中を追い掛け続けることができた」

 今季限りで現役を引退した元西武の松坂大輔さん(41)の引退セレモニーが4日、メットライフドームでのファン感謝イベント「LIONS THANKS FESTA 2021」内で開かれた。セレモニーの最後には日米で熱い戦いを繰り広げたイチローさん(48)がサプライズで登場。花束を受け取った「平成の怪物」が涙を流し、背番号18のユニホームに別れを告げた。 【写真】マウンドに最後の別れ 松坂が場内一周後に見せた行動       ◇      ◇   最後の最後にビッグサプライズが待っていた。9分間のスピーチを終えた松坂さんは、場内一周でファンの声援に応えた。これで終了。のはずが、ホームベース付近へ促されると、センターの大型ビジョンからサプライズメッセージが流された。  イチローさん「大輔、どんな言葉を掛けていいのかなかなか言葉が見つからないよ。だから僕にはこんなやり方しかできません。許せ、大輔」  真のサプライズはここからだった。一塁側から花束を持ったスーツ姿のイチローさんが現れた。花束を受け取り、「お疲れさま。長い間、よく頑張ったね」などと声を掛けられると、涙があふれた。わずか1分ほど。記念撮影などをすることなく、さっそうと引き揚げる「イチ流」の演出にこらえきれなかった。  松坂さん「まさか直接花束を渡しに来てもらえるなんて想像していなかった。一気に我慢してきた涙が出てしまった。びっくりしたのとめちゃくちゃうれしいのと。イチローさんに言われると同じ言葉でも響き方や重みが違う。これぞイチローさんという演出の仕方だったと思います」  2人は1999年の初対決で、松坂さんが3打席連続三振に仕留め「自信が確信に変わった」と名言を残した。一方でイチローさんには同年にプロ通算100号本塁打をたたき込まれた。WBCでは投打の主力として2度の世界一に輝き、メジャーで何度も対戦した。「イチローさんという大きな背中を追い掛け続けることができたので、ここまでやってこられた。言葉では表しきれないぐらい感謝している」と感慨深げだった。  甲子園で「平成の怪物」と騒がれ、西武で始まったプロ人生を西武で終えた。「ライオンズのユニホームで18番をつけることができて本当にいい最後だった」。ファン、チームメート、そして特別なイチローさんにもねぎらわれ、23年間の現役生活に幕を閉じた。(小畑大悟) 西日本スポーツ Read more »

緊急着陸のf-16 燃料タンク投下のワケ 海上では高価なミサイルを投棄するケースも

三沢基地所属のF-16が緊急着陸 投下した燃料タンクが住宅地近くに落下  2021年11月30日(火)、青森県にあるアメリカ空軍三沢基地に所属するF-16戦闘機2機が、日本海側から太平洋方面に向かって飛行していたところ、その内の1機がエンジントラブルに見舞われ、近傍にあった青森空港に緊急着陸しました。 【写真】F-16戦闘機が緊急着陸した青森空港  これにより、青森空港での民間旅客機の運航に支障が生じましたが、それ以上に問題となったのが、緊急着陸に先立ってF-16が投下した燃料タンクの落下位置です。緊急着陸したF-16は、両翼下に燃料タンクをふたつ装着していましたが、青森空港への緊急着陸に先立って、これらの燃料タンクを投下しました。  当初、防衛省によると、アメリカ軍側の説明では、F-16は人の住んでいないエリアに燃料タンクを投下したとされていましたが、その後、徐々に状況が明らかになってくると、その説明には大きな誤りがあったことが明らかになりました。というのも、実際に燃料タンクのひとつが落下していたのは青森県深浦町近くにある道路で、その近くには住宅地も広がっていたのです。さらにもうひとつの燃料タンクも、同じ深浦町の山中で発見されました。 なぜ燃料タンクを投下?  しかし、そもそもなぜF-16はわざわざ燃料タンクを投下する必要があったのでしょうか。  結論からいえば、それは緊急着陸に際してのリスクを極力減らし、安全に着陸するためです。たとえば、燃料タンクやミサイルなどを搭載したまま緊急着陸を行えば、万が一、着陸に失敗したり、あるいは不測の事態が発生したりした場合に、これらに引火して爆発または炎上する危険性があります。  そうなれば、機体やそのパイロットのみならず、空港設備や駐機中の航空機などに大きな被害が及ぶ可能性も否定できません。また、燃料タンクや兵装類はそれ自体、かなりの重さがあるため、着陸時の機体重量が重いと速度が落ちにくかったり、あるいは機体の状態によっては飛行が困難になったりしてしまいます。そこで、爆発や炎上のリスク回避や、機体重量の軽減化によって、より安全に着陸することを目的として、今回F-16のパイロットはマニュアルに従って燃料タンクを投下したというわけです。 Read more »

好調「日本沈没」 snsで上がる“原作無視”の指摘を考える 映画版の影響か?

「日曜劇場 日本沈没ー希望のひとー」(TBS)の視聴率がいい。10月期ドラマの中で断トツだ。第7話までの世帯視聴率の平均値は15.7%で、個人全体の平均値は同9.6%に達している。ところが「原作無視」と猛批判する向きがある。本当に無視しているのか。そもそもドラマは原作通りにつくらなくてはならないのか(視聴率はビデオリサーチ調べ)。 【写真】杏、香川照之…作品を支える俳優陣  作家の故・小松左京さんが1973年に発表した小説『日本沈没』の物語のポイントは次の通り。 「田所雄介博士が日本沈没に気付き、それを唱える」「誰も信じない」「第2次関東大震災来る」「その後は地震が頻発」「やっと沈没を確信した政府が日本人の移住先探しに奔走する」  ドラマ版の第7話までのポイントと合致している。「ドラマが原作を無視している」というのはオーバーではないか。  またテーマも「正常性バイアスへの警鐘」「日本国と日本人とは何か」「政治家と官僚の役割とは何か」という点で原作とドラマ版は重なる。やはり原作無視とは言えないはずだ。  原作は群像劇であり、ハッキリとした主人公がいない。物語の中心人物は何人かいて、その1人が小野寺俊夫。この小野寺が原作発表と同じ1973年に公開された映画版では主人公に据えられ、藤岡弘(75)が演じた。  この小野寺という人物についてはやや誤解がある。単なる深海潜水艇の操縦者との認識が目立つが、それは物語の前半まで。途中から「D計画本部」のメンバーになる。  D計画本部の役割は沈没を予測するための海底調査や沈没対策の全般。小野寺以外のメンバーは大半が各省庁の官僚か国立大の教員だ。そもそも小野寺自身も元官僚なのである。  こう書けばお分かりの通り、原作のD計画本部はドラマ版で環境官僚・天海啓示(小栗旬、38)らが所属する日本未来推進会議と性格が似ている。この点でもドラマ版は原作に寄せようとしている。 田所博士 原作、映画版、ドラマ版を比較  原作の登場人物でドラマにも出てくるのは田所雄介博士だけだが、その分、香川照之(55)は原作のキャラクターをかなり忠実に再現しようとしている。  原作の田所博士は学界のアウトサイダー。「野人」とも称されている。ドラマ版の田所博士と一緒。研究費を出してくれるなら、ヤバイ組織とも接触した。これも同じだ。  ドラマ版の田所博士は環境ビジネスを手掛ける「Dプランズ社」と接点があったが、原作の田所博士は米海軍とつながる宗教団体「世界海洋教団」との関係を指摘された。  ちなみに映画版の田所博士を演じたのは故・小林桂樹さん。いぶし銀の名優だった。当時50歳で現在の香川とほぼ同年代と言っていい。  原作、映画版、ドラマ版の田所博士には共通点がある。いずれも一人称代名詞が「ワシ」なのだ。  1973年とは違い、今の時代の50代が「ワシ」を使うのは珍しい。田所博士のキャラクターづくりを任されている香川が、原作を大切にしようと考えている表れと見ていいだろう。  ドラマ版の第8話以降の見どころは移住先探しになるはずだが、これも原作と関連性がある。原作で移住交渉のカギを握るのは日本の優秀な技術者たち。中国やソ連(現ロシア)が彼らをほしがった。ドラマ版はこれをヒントにして「生島自動車」などの企業を交渉材料に使うことにしたのだろう。  原作とドラマではもちろん違いがいくつもある。最たるものは日本人を救おうとする中心人物が官僚の天海であるところ。原作では首相だ。  原作では首相の登場場面が多いのに、名前はない。映画版では「山本首相」と名前が付き、故・丹波哲郎さんが演じた。カッコイイ首相だった。  ドラマ版の東山栄一首相(仲村トオル、56)のように優柔不断ではなく、関東が大地震に襲われ、東京が火の海になると、独断で宮城(皇居)の門を開かせる。市民を助けるためだ。  泣き叫ぶ人たちを中継映像で目の当たりにした丹波さん演じる山本首相は、無線を通じ宮内庁長官に叫ぶ。 「宮城を空けさせる。命令だっ!」  決断まで数秒。東山首相のように悩まなかった。首相のキャラも大違いだ。  もっとも、原作とドラマ版にかなりの共通点があることには変わりがない。どうして「原作を無視している」との批判があるのだろう。その理由の1つは映画版のイメージが強いせいではないか。 Read more »

女子1000メートルで高木美帆が優勝

 【ソルトレークシティー共同】スピードスケートのワールドカップ第3戦は4日、米ソルトレークシティーで行われ、女子1000メートルで高木美帆(日体大職)が優勝した。 Read more »

中村哲さんは生きている 母校に「ペシャワール班」、相次ぐ書籍

用水路にたまった石や泥をかき出す住民たち=11月30日、アフガニスタン(PMS/ペシャワール会提供) 大学生や高校生、中村哲さんと共に働いた元ワーカーが意見を交わしたイベント。学生らはアフガニスタンの民族衣装をまとって臨んだ=11月、福岡市用水路にたまった石や泥をかき出す住民たち=11月30日、アフガニスタン(PMS/ペシャワール会提供) アフガニスタンで人道支援に尽くした中村哲医師が現地で凶弾に倒れてから4日で2年がたった。戦乱や干ばつに苦しむ人々を助けようと、遠い異郷で医療活動や用水路建設の現場に立ち続けた中村さん。理解と共感は時を経て風化するどころか、様々な世代へ広がり続けている。 「先生は誰も想像しなかったゴールを目指す苦悩とどう向き合ったのですか」。11月28日、福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」の元現地ワーカーを招いて、同市で開かれたイベント。当初は「無謀」とも言われた用水路建設を巡る学生の問いに、中村さんと働いた元ワーカーは答えた。 「いつも呪文のように、設計に関わる計算を口にされていた。必死に努力していたのだと思う」「現地での仕事はできるか、できないか、ではない。やらなければならなかった」。若者たちの質問を受けて次々と明かされる現地での逸話に、会場の約80人は真剣な表情で耳を傾けていた。 イベントは中村さんの母校、九州大の学生と福岡高の生徒ら約10人でつくる実行委員会が主催した。今夏に同大で開かれた授業「中村哲記念講座」にも関わった同大2年の野中諒(あき)委員長(21)は「『すごい』で終わらずに私たちができること、やるべきことを考えたいと思った」と話す。 実行委メンバー、福岡高2年の辺見紗来(さら)さん(17)らは10月に生徒会活動の一環で「ペシャワール班」を設立。支援の輪を広げようと、今月6日からの1週間は「中村哲さんウイーク」と銘打ち、校内にポスターを展示したり、昼休みに募金をしたりする計画という。 ◆ ◆ 関連書籍の出版も続く。10月出版の「わたしは『セロ弾きのゴーシュ』」(中村哲著、NHK出版)は、1996~2009年にNHKのラジオ番組で行われた中村さんのインタビューが掲載されている。 タイトルは宮沢賢治の童話にちなむ。現地の困窮を見かねて活動を続けた自らを、動物の依頼でやむなく演奏をするうちにセロが上達した主人公に重ねた中村さんの発言から着想した。 「肉声を忠実に再現した」と、担当編集者の加藤剛さん(49)。生前の中村さんを知る読者からは「声が聞こえるようだ」、知らない人からも「語り口が優しい」と好評という。 共感の広がりは、活動を引き継ぐペシャワール会の支援にもつながっている。会員や支援者はこの1年で3千人増え、11月現在で計約2万2千人。イスラム主義組織タリバンが政権を樹立した今年8月以降に急増した。会の関係者は「現地が大変な時期にこそ、事業を続けてほしいという思いが集まった」とみる。 ◆ ◆ 今月3日、ペシャワール会事務局。スタッフやボランティアが、現地から届いたばかりの映像に見入っていた。最初に造った用水路にたまる泥や石を、シャベルや素手でかき出す住民たち…。命日を前に自発的に行われたという。アフガンにも中村さんの思いと事業は息づいている。 「住民たちを守り、住民たちに守られているのが先生の魂そのもののような気がして、うれしい」。村上優会長(72)がそう話した後、全員で黙とうをささげた。 (中原興平) Read more »

<速報>渋野日向子が「66」で一気に浮上 古江彩佳も首位と1打差に接近

<Qシリーズ 3日目◇4日◇マグノリアグローブ(米アラバマ州)◇クロッシングズC(6664ヤード・パー72)、フォールズC(6643ヤード・パー71)> 来季米国女子ツアー出場権をかけた予選会は3日目に入った。トータル2オーバー・72位と1週目通過圏外で2日目を終えていた渋野日向子は、クロッシングズCでの第3ラウンドで爆発。7バーディ・1ボギーの「66」と6つ伸ばしてホールアウトし、トータルスコアを4アンダーにした。 予選会会場で撮影!渋野日向子ドライバースイング動画 1番でボギーが先に来る展開となったが、3番でバーディを奪うと8、9番でも1つずつ伸ばし前半でトータルイーブンパーに戻した。後半も12、13番、そして15、16番を連続バーディとし ホールアウト時点で23位タイまで浮上。一気に2週目への進出ライン、さらい予選会突破ラインを飛び越えた。 首位と2打差のトータル7アンダー・5位タイからスタートした古江彩佳は現在終盤のラウンドに入り、2つ伸ばして3位タイにつけている。首位との差は1打差。 © Cross Planet, Inc. 渋野日向子がビッグスコアをマーク(撮影:ALBA) Read more »

スワーヴリチャードの妹、ルナソルは有力馬そろう国枝厩舎でも期待される逸材

© photo by Yasuo Ito/AFLO 厳選!2歳馬情報局(2021年版) 第28回:ルナソル  今年もはや12月。6月から始まった2歳戦においてもGIが開催される。来年のクラシックを占う意味でも大きな注目を集めるだろうが、これからデビューを迎える2歳馬のなかにも、まだ期待の逸材が控えている。  美浦トレセンの国枝栄厩舎に所属するルナソル(牝2歳/父ロードカナロア)も、その1頭である。 © Sportiva 提供 GI2勝を挙げているルナソルの兄、スワーヴリチャード  ルナソルが脚光を浴びるのは、輝かしい実績を残している兄がいるからだ。2014年生まれのスワーヴリチャード(牡/父ハーツクライ)である。  同馬は2016年にデビューし、2歳秋のGIII東京スポーツ杯2歳S(東京・芝1800m)で2着と奮闘。その後、3歳になってGIII共同通信杯(東京・芝1800m)を制覇し、クラシックの有力候補の1頭に挙げられた。  しかし、本番のクラシックではGI皐月賞(中山・芝2000m)が6着。GI日本ダービー(東京・芝2400m)でも惜しくも2着に終わって、戴冠を遂げることはできなかった。  それでも、秋には古馬相手にGIIアルゼンチン共和国杯(東京・芝2500m)を快勝し、明け4歳初戦のGII金鯱賞(中京・芝2000m)を勝利。続くGI大阪杯(阪神・芝2000m)で、ついにGIタイトルを手にした。向こう正面からまくり気味に仕掛けていっての、豪快な勝ちっぷりだった。  以降、GI戦線では善戦止まりが続いたものの、5歳秋のGIジャパンC(東京・芝2400m)で2度目のGI制覇。道中は先行集団の後方内側に構え、直線に入ってからは重馬場で伸びあぐねるライバルたちを尻目に、最内から鋭く伸びて鮮やかな勝利を飾った。  その偉大な兄を持つルナソル。今はまだ放牧中の身だが、関東競馬専門紙の記者が国枝調教師から現状についての話を聞いた。 「放牧先のノーザンファーム天栄からは、『(ルナソルは)いかにもスピードがありそうな馬』という報告を受けているようです。馬体重は450kg~460kgほどで、脚さばきが軽く『500kgを超えていた兄スワーヴリチャードとは少しタイプが違うのではないか』とのこと。国枝調教師は『早くトレセンでその走りを見たいよ』と言って、ルナソルの入厩を心待ちにしているようでした」  スタッフによれば、年内にはデビューさせたい意向があるようだが、あくまでも馬の状態次第だという。その辺りの詳細について、先述のトラックマンが補足する。 「ゲート試験は6月に合格しているのですが、体質面で弱いところがあって、ここまでデビューが延びているようです。調教のペースを上げると、疲れが出ることもあるみたいですね。とはいえ、『能力があることは確か』とスタッフ。無事デビューまでたどり着けば、かなり期待できるのではないでしょうか」  その血統背景や外厩で見せる動きから、国枝調教師をはじめ、スタッフの誰もが「楽しみ」と話すルナソル。数多くの有力馬を抱える陣営にあっても、期待度の高い1頭のようだ。無事に初陣を迎えることができれば、兄と同じく、将来に可能性を感じさせる走りを見せてくれるに違いない。 Read more »

【f1動画】f1第21戦サウジアラビアgp予選ハイライト

© Zak Mauger / Motorsport Images Lewis Hamilton, Mercedes, celebrates in Parc Ferme after securing pole Follow @MotorsportJP →角田裕毅の活躍を見逃すな! DAZN 新規入会1ヵ月無料 © motorsport.com 提供 dazn Read Also:F1サウジアラビアGP予選:メルセデスがワンツー! フェルスタッペンは最終アタックでウォールの餌食に。角田裕毅は8番手FIA、F1サウジアラビアGP予選での過度なスロー走行の取締強化……フリー走行ではニアミスが多発高速ジェッダ、パワーの重要度はそれほど高くない? レッドブル代表「我々にとっては励みになる」ジェッダ市街地コース、トラフィックとブラインドコーナーは危険な香り……ハミルトン&ノリスが指摘DAZN、2022年のF1、FIA F2、FIA F3配信継続を正式発表 Read more »

愛子さま20歳「全ての経験が私の財産となっています」眞子さん“nyファッション”のルーツと、佳子さま“スカート丈”への変わらぬこだわり

 秋篠宮家の長女・眞子さんと小室圭さんのニューヨークでの新生活は、大きな注目を集めた。海外メディアも2人の近影を捉えようと、英「デーリー・メール」は眞子さんが日用品を買い物したり、小室さんと連れ立って街を歩く様子を多数の写真と動画で伝えた(11月22日、現地時間)。警備がつかないで出歩く様子や現在の住まいがわかる形で報じられていることに、“セキュリティの危険性が高まっている”と懸念する記事もある。 【写真】目元にパールとラメが…上品な薄づきメイクをなさった最近の愛子さま  報道される眞子さんの姿を見ていると、いずれもカジュアルでややオーバーサイズの洋服を選んでいる。ある時はボリューム感のあるデニムの裾を大きく折り返し、「MACOBER(マコバー)」というフランスのブランドのボア素材のアウターを着込んでいた。小室圭さんは出国時に続いて、ダース・ベイダーがあしらわれたスリッポンを履き、こだわりを示していた。(「NEWSポストセブン」、2021年11月25日)  時折、満面の笑みを浮かべる眞子さんの表情からは、自分の好きなファッションに身を包んで小室圭さんと自由に街を歩くことができる解放感を味わっている様子が伝わってくる。振り返れば皇族であったころから、眞子さんの洋服選びでは“サイズ感”が重要なポイントだったように思う。 箱根旅行での「おうちスタイル」  思い出したシーンが2つある。まずは、2018年6月に眞子さんがご友人と箱根旅行へ出かけた時のことだ。眞子さん以外のご友人3人は、Tシャツ、ジーンズにスニーカー、ナイロン製の旅行バッグという動きやすいスタイルだったが、眞子さんは「おうちスタイル」とも言えるようなラフなファッションに身を包み、細いフレームのメガネをかけていた。  ゆったりとしたネイビーのフレンチスリーブTシャツに、ブルーのマキシスカート。そして足元はダークネイビーの太いヒールサンダルだった。小さなリュックサックからはサングラスがのぞき、ブラックのキャリーケースを引いていたという。この年の冬、勤務先から退勤する折には、夕食を買ったのか片手にビニール袋を下げて、オーバーサイズのコートを着て丸の内を歩いていたこともあった。 Read more »

「一生懸命やったことが戦後、馬鹿みたいに言われて」…“名戦闘機乗り”が最期に遺した「むなしい人生」の言葉

 昭和16(1941)年12月8日、日本海軍機動部隊によるハワイ・真珠湾への奇襲攻撃で大東亜戦争(太平洋戦争)の火ぶたが切られて、今年、令和3(2021)年12月8日で80年になる。 【貴重写真】爆炎をあげる敵艦…真珠湾攻撃のその瞬間!  あの日、日本海軍の6隻の航空母艦、「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」「翔鶴」「瑞鶴」から発艦した350機(第一次発進部隊183機、第二次発進部隊167機)の攻撃隊は、アメリカ太平洋艦隊の本拠地、ハワイ・オアフ島の真珠湾を奇襲、わずか2時間たらずの攻撃で米艦隊と航空部隊を壊滅させた。  アメリカ側は、戦艦4隻が沈没または転覆したのをはじめ19隻が大きな損害を受け、300機を超える飛行機が破壊あるいは損傷し、死者・行方不明者は2400名以上、負傷者1300名以上をかぞえた。  いっぽう、日本側の損失は飛行機29機と特殊潜航艇5隻、戦死者は64名(うち飛行機搭乗員55名)だった。  しかし、この真珠湾の「大戦果」は、日本の開戦通告が攻撃開始時刻に間に合わなかったことから、「だまし討ち」と喧伝され、かえってアメリカの世論をひとつにまとめる結果となってしまった。  「リメンバー・パールハーバー」のスローガンのもと、一丸となったアメリカ軍はその後、驚異的な立ち直りを見せて反撃に転じ、3年9ヵ月におよんだ戦いの結果は、日本の主要都市焼尽、降伏という形で終わる。  真珠湾攻撃に参加した日本側の飛行機搭乗員は765名(途中、故障で引き返した3機や機動部隊上空哨戒、および予備員の人数はふくまず)。真珠湾で戦死した55名を含め、約8割にあたる617名がその後の激戦のなかで戦死、あるいは殉職し、生きて終戦の日を迎えたのは148名に過ぎない。そのほとんどがいまや故人となったが、ここでは、筆者の四半世紀におよぶ関係者へのインタビューをもとに、あの日、真珠湾の夜明けを見た男たちの回想を9回シリーズでお届けする。  【第1回】真珠湾攻撃は本当に「だまし討ち」だったか…当事者が語る80年前の“真実” Read more »

中川翔子 YouTubeでの“快進撃”のウラにあった悲痛…個人事務所「資金消失」でイケメン俳優両親と法廷闘争

《しょこたん、どんどん可愛くなってくし、水着もよく似合ってるし、スタイルもすごいいいし、自撮り写真も可愛い》 【画像あり】2007年、比嘉愛未や森昌子とともに『どんど晴れ』に出演していた内田朝陽 《ほぼ同世代なので、この年齢で水着になれるしょこたん凄い》  中川翔子が、自身のYouTubeチャンネルに“水着動画”をアップしたのは8月28日のこと。再生回数は12月3日現在、約1100万回再生という驚異的な数字を叩き出している。 「YouTuberとしての活躍がめざましい中川さん。チャンネル登録者数は77万人を数えています。水着動画に続き、大胆に肌を露出したコスプレ動画も、300万回を超える再生数を記録しています。  36歳となった今でも変わらぬ美貌をキープする中川さんには、女性からも強い支持があります」(スポーツ紙記者)  “ヲタク女子”ならではの活路を見出した中川だが、今年はショッキングな出来事があった。「仮差押さえ」がなされた東京都港区の老舗レストランをめぐる「騒動」を、本誌は9月に報じている。  この仮差押えを求めたのはタレントの中川の個人事務所。仮差押えを受けていたのは、同じく芸能界で活躍する俳優の内田朝陽の実家の土地だった。内田は、2007年に放送されたNHK連続テレビ小説『どんど晴れ』でヒロイン・比嘉愛未の夫役を務めた人気俳優。中川と内田は幼なじみで、中川の母・桂子さんも、著名人が集まる内田家が営むレストランの常連客だったという。  本誌は当時、内田の実家レストランについて不動産登記を確認している。内田の父が「所有者」であるこの土地は2020年2月19日に、中川翔子本人が「債権者」となって仮差押え命令が出されていた。4月6日に一度、その仮差押えは取り消されたが、4月30日にあらためて中川の個人事務所が債権者として、仮差押えが認められていた。中川の個人事務所の代表は母・桂子さんだった。  事の発端は内田の母・A子さんが、中川の個人事務所の事務を手伝っていたことにあるという。事情を知る芸能関係者はこう語っていた。 「家族同士で長いつき合いだったこともあり、桂子さんはA子さんを信頼していました。そこでA子さんに個人事務所の経理の一切をまかせていたんです。ところが、個人事務所にあるべき資金の一部が消えていることが判明したのです。何度確認しても、金額が合わない。調べるうちに、A子さんによる不自然な送金記録がいくつも見つかりました。最終的に桂子さんは、A子さんが事務所の資金を使い込んだ証拠を見つけて突き付けた、と聞いています。  現在(※9月当時)、中川さん側はA子さんに『横領したお金を返してほしい』と“返還請求”をしているところです。正式な裁判に備えた仮差押え命令はすでに勝ち取っていますが、現在、両者の言いぶんは平行線をたどっています。双方の弁護士の話し合いが続いており、まだ提訴前の段階です」  当時、本誌が内田の母・A子さんに連絡を取ると、「横領なんてありません。あなた方には関係ないことです」とコメント。登記上、“仮差押え”が認められていることについても確認したが「仮差押えなんてされてません」と、強弁を繰り返していたーー。  2025年大阪・関西万博では、公式キャラクターのデザインの選考委員も務めている中川。仕事は増え続けるばかりだが、プライベートは“ウレシス”な出来事ばかりではなかったようだ。 Read more »
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