「憧れを現実にできる場所」 初心者だらけの早稲田女子8人がダンスで輝いた夏【UNIDOL】

「憧れを現実にできる場所」 初心者だらけの早稲田女子8人がダンスで輝いた夏【unidol】

「UNIDOL 2022 Summer」決勝戦に出場した「Prismile」(早稲田大学)【写真:舛元清香】

「UNIDOL 2022 Summer」出場チーム 「Prismile」(早稲田大学)

今年で10周年を迎えた女子大生たちによる大学対抗アイドルコピーダンスコンテスト「UNIDOL」(ユニドル)。アイドルグループやダンスパフォーマンスに魅了された女子大生がチームを編成し、日本一を目指してその出来栄えを競い合うコンテストが8月、3年ぶりに復活した。舞台は過去最大級のNHKホール。そこで「勝者も敗者もUNIDOLにかける思いは一緒」をテーマにこの夏「UNIDOL」に青春をささげたファイナル出場全チームのインタビューを紹介。今回は「UNIDOL 2022 Summer」決勝出場チーム、早稲田大学の「Prismile」をピックアップ。

――チームについて。

「Prismile」早稲田大学 メンバー8人

ももか(3年生)、あいりょん(2年生)、ちぃまる(2年生)、はるはる(2年生)、れなてゃ(2年生)、あやや(1年生)、りか(1年生)、ましろ(1年生)

ももか「プリスマらしい王道かわいい」

――大変だったことは。

ももか「初心者が多く、ダンスを揃えることに苦労しました」

――今回の演目で頑張ったポイントは。

ももか「セットリストを考える際、物語チックな構成を意識しました」

セットリスト

1.デモンストレーション/ももいろクローバーZ

2.驕りと誇り/スタァライト九九組

3.Star Divine/スタァライト九九組

4.神々の領域/SKE48

――ステージを終えた感想をお願いします。

ももか「決勝で勝てるチームになるにはまだまだ足りない部分がたくさんあるなと思いました」

「憧れを現実にできる場所」 初心者だらけの早稲田女子8人がダンスで輝いた夏【unidol】

「Prismile」(早稲田大学)【写真:舛元清香】

――大会を通して学んだことは。

ももか「心をひとつにすることの大切さ」

――次に向けての課題は。

ももか「全員が同じ方向を向き、もっともっと同じ熱量で頑張り抜く力を付けたいです」

――あなたにとって「UNIDOL」とは。

はるはる「自分を高めるもの」

ももか「憧れを現実にできる場所」

ちぃまる「自分の憧れが叶うもの」

れなてゃ「自分の居場所」

りか「自分もパフォーマンスを観ている人も幸せになれる場所」

あいりょん「自分が輝ける場所」

ましろ「自分らしく居られる場所」

あやや「輝いてる、輝ける場所」

――将来の夢は。

はるはる「自分を高めるもの」

ももか「笑いに関わる仕事」

ちぃまる「探し中です」

れなてゃ「物理学者」

りか「未定」

あいりょん「国際的な仕事」

ましろ「心理学系」

あやや「未定」

コロナ禍の影響で3年ぶりの開催となった「UNIDOL 2022 Summer」は全国5都市から49大学53チームが予選に参加し、敗者復活戦を勝ち抜いた2チームを含めた16チームが決勝戦に進出した。ファイナルの舞台となったのは過去最大規模の会場「NHKホール」。決勝戦では各チーム持ち時間8分のダンスパフォーマンスでし烈な争いを繰り広げた。そして「UNIDOL 2022ー23 Winter」の開催も決定。北海道、関西、関東、東海、九州の各ブロック予選が12月に行われ、23年2月15日に東京「Zepp Haneda」で決勝戦/敗者復活戦が開催される。

「UNIDOL 2022 Summer 決勝戦/敗者復活戦」結果

2022年8月21日(日)NHKホール

優勝

「Bombs!」(筑波大学)

準優勝

「SPH mellmuse」(上智大学)

第3位

「やっぱりまかろん。」(同志社大学)

ベストフェアプレー賞

「完全無敵シンデレラ」(A大学)

ベストポジティブ賞

「さよならモラトリアム」(慶應義塾大学)

ベストドレッサー賞

「chocolat lumiere」(K大学)

ベストアトラクティブ賞

「chocolat lumiere」(K大学)

ベストパフォーマンス賞

「Bombs!」(筑波大学)

★シークレットゲスト「アンジュルム」福嶋剛

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     フリーアナウンサーとして活躍する枡田絵理奈さん(36)は広島市在住。広島東洋カープの堂林翔太選手との結婚を機に、8年前に移住しました。全く縁のなかった土地にすっかりなじみ、3人の子育てに奮闘しながらの広島暮らしに「感動」しているそう。どこがそんなにいいの? 枡田さんに「広島愛」の理由を尋ねました。  ―TBSアナウンサーという多くの人が憧れる仕事を辞めて、地方に拠点を移すことに戸惑いはなかったのですか。  東京にも、キー局の女子アナという肩書にも不思議と未練はありませんでした。入社して8年間、朝や昼の帯番組などの仕事に恵まれました。興味があったスポーツ報道でも、五輪やサッカーW杯という大舞台の中継に携われたことで目標がかなったな、全力で駆け抜けたなという達成感があったんです。  夫と出会って「次はこの人を支える仕事をしたい」という気持ちが自然と湧きました。アナウンサーから野球選手の妻に「転職」したみたいな感覚ですね。  夫との交際中から広島にはちょくちょく遊びに来ていて、住みやすそうと感じていました。ほどよく都会で自然も多い。横浜出身の私は東京と横浜の生活しか知らなかったから、首都圏を離れて暮らすのも楽しみだったんです。  ―実際、生活してみてどうですか。  感動したのは、とにかく食べ物がおいしいこと。海の幸も山の幸も。朝採れ野菜だってすぐ手に入る。しかもお手頃。わが家はみんなよく食べるので助かります。広島市内のディスカウントスーパーにもよく行きます。いろんなものが安くてつい買い過ぎちゃう。テンション上がりまくりです。  TBS時代は本社がある赤坂の近くに住んでいて、いつも「高いなー」と思いながら食材を買っていました。量も少ないし、鮮度もイマイチ。それに、東京で暮らした当時は私も背伸びしたり、「よろい」をまとったりしていたけど、広島では肩の力を抜けるから心地いいんです。穏やかな街の雰囲気や人の温かさに包まれているからでしょうね。皆さんフレンドリーでおおらか。「よろい」は東京に置いてきました。  ―知り合いもたくさん増えたそうですね。  ご近所や公園、産婦人科の母親学級で仲良くなったママ友たちです。知人がいない土地だからこそ、勇気を出して自分から「友達になってください」と話し掛けるようにしていて、皆さんも受け入れてくれる。広島の人は一度心を開いてくれたら、親しくなりやすい気がします。  ママ友とは助け合いながら一緒に子育てをしている感じです。調味料のストックがなくなったり、食材の買い忘れがあったりして慌てたときも「おしょうゆ貸して」「天ぷら粉持ってる?」と気軽にお願いできる。6歳、4歳、2歳の子がいると、また買い物に行くのも大変なので本当に助かります。  以前、私が体調を崩した時も、おかずを差し入れてくれました。自転車で土瓶蒸しを届けてくれた方や、子どもが好きなミートソースや煮込みハンバーグを用意してくれる方もいて、一気に食卓が豪華になって。涙が出るほどありがたかった。「みんなの優しさ便」と勝手に呼んでいます。  夫が活躍した翌日は、中国新聞の記事の写真をメールで送ってくれる友人も多いんですよ。釣った魚を届けてくれる方もいて、いつもは台所に立たない夫も魚のうろこを取ってくれる。 鈴木誠也選手が大リーグに行く前までは家族ぐるみの付き合いをしていて、白ご飯が足りなくなった時に妻の畠山愛理ちゃんに分けてもらったこともあります。私がうっかり屋なので、皆さんの親切に甘えさせてもらっています。  ―買い物先でも交流が生まれているとか。  対面販売のお店が大好きなんです。会話しているだけでも楽しいし、レシピに困った時は「こうやって食べたらおいしいよ」とアドバイスをくれます。  お肉屋さんに行くと「堂林、昨日はいいヒットだったね」と声を掛けてくれたり、「もっとパワーつけんさい!」とおまけしてくれたり。カープファンが多いのもあると思うのですが、周囲の方が見守ってくれていると感じます。いい意味でおせっかいというか距離感の近さがいいですよね。 枡田絵理奈さん
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    久しぶりに本が読みたくなる書評 『回想十年 新書版』(吉田茂 著・毎日ワンズ) 9月27日は安倍晋三元首相の国葬の実施日である。 【画像】吉田茂元首相の国葬(1967年) 岸田首相が国葬の実施を表明した当初は、銃撃事件の衝撃がまだ生々しく残っていたためか、それほど強い反対も出なかったように見えた。だが衝撃が薄れるとともに、山上容疑者の暗殺動機となった旧統一教会と安倍氏との接点、さらに多くの自民党議員との関係が明らかになるにつれ、国葬反対の声は日を追うごとに増大、国論を二分する状態に陥り、岸田政権の支持率にも影響を与えるようになった。 式典そのものは粛々と執り行われるだろうし、そうあるべきで、野党の対応に眉を顰める人も多いだろう。だがその一方で、評者はなんとなく岸田首相の国葬表明に拙速を感じてしまうのである。もう少し時間をおいて、旧統一教会と自民党の関連を見極めれば、おそらく国葬という言葉は出てこなかっただろう。拙速なるがゆえに、一方で旧統一教会の対応に追われ、そんな中で旧統一教会との関係のあった安倍氏の国葬を執り行うというチグハグなことになってしまうのである。正直なところ、国葬決定によって清和研(安倍派)を懐柔し、政権運営に資しそうという考えが、岸田総理の頭の中に全くなかったとは言えないだろう。ハト派の岸田首相(宏池会)とタカ派の清和研(安倍派)とは政策的にしっくりこないところがあるのである。 また、安倍氏が国葬にふさわしい政治家だったかも、すぐに答えは出ないだろう。あるいは歴史家の領分かもしれない。 しかしあえて言えば、確かに安倍氏は首相在任期間7年8カ月で歴代トップだが、例えば歴代3位にしてノーベル平和賞受賞者の佐藤栄作氏や、皇族以外で戦後2人目となる大勲位菊花大綬章を生前に受章した中曽根康弘氏、あるいは奇しくも安倍氏と同じ参議院選挙で、過酷な応援演説がたたって選挙期間中に病院に運ばれ、現職総理のまま帰らぬ人となった大平正芳氏はいずれも国葬ではない。ワンランク下がる「国民葬」ならこれほどまで揉めることはなかっただろう。「国民葬」も国費が使われるが、そうなれば佐藤栄作氏以来となる。今回決定した国葬となれば、戦後初めて生前に大勲位菊花大綬章を受けた吉田茂氏以来のことである。 そこで今回の書評は、その吉田氏の回想録『回想十年 新書版』(吉田茂 著・毎日ワンズ)を取り上げようと思う。 この毎日ワンズという出版社はなかなか個性的な出版社で、以前この書評で紹介した『明治維新の研究』(津田左右吉 著)もこの出版社であった。いずれも復刻版だが、日本の近現代史にかかわる重要な書籍を軽便な装丁で出版してくれるので、とてもありがたい存在だ。 「浪々の身の上」の吉田氏 さて、吉田氏は首相就任当時、かなり国民的人気が高かったようだ。 それは外交官出身の吉田氏が、その英米流自由主義の立場から、戦前には日米開戦回避に動き、また戦中は和平に向けて様々な工作を行っていたからである。当然、東条英機大将率いる軍部は吉田氏に目を光らせた。実際に敗戦色が濃厚になった昭和20年4月に、憲兵隊は吉田氏を連行、拘束した。そして40日後に不起訴となり釈放される。 不起訴になったのは旧知の阿南惟幾(あなみこれちか)陸軍大臣の意向が強く働いたようだ。この人は終戦時に「一死以て大罪を謝し奉る」という遺書を残し、現職の陸軍大臣のまま割腹自殺を遂げた。これは『日本のいちばん長い日 決定版』(半藤一利 著・文春文庫)のクライマックスの一つとなっている。一身に敗戦の罪を背負うことによって陸軍のクーデター、暴発が抑えられたのである。 さて、一方の吉田氏は拘束中、空襲にあって都内各所を憲兵の案内で逃げ回ったりして大変な目に遭ったらしい。戦後になってそういった事実が公にされ、空襲、あるいは軍部の憲兵隊監視体制に嫌気がさしていた国民は、権力中枢内で、ひそかに開戦回避や終戦工作に動いていた吉田に拍手喝采し、その内閣を強く支持したのだろう。 また吉田氏はこうも書いている。 (以下引用) 「私は昭和十四年三月、駐英大使を最後に外務省を退き、終戦後の東久邇(ひがしくに)内閣の外務大臣に就任するまでの約六年半の間はまったく浪々の身の上で、他人から見れば、いわゆる悠々自適の境涯にいたわけである」 (以上引用) つまり、政府の役職についていなかったために、却って自由に動ける環境にあったのだろう。しかし開戦回避工作はうまくいかなかった。また和平工作にも失敗した。 (以下引用) 「私はそれまで密かに、『近衛公(評者注:近衛文麿元首相)をスイスに派遣し、和平工作を進めてみればどうか』と、私だけで考えていたのだが、木戸侯爵(評注:木戸幸一内府…内大臣 天皇を輔弼する職)の意向を伝え聞いて、私の案もあながち実現性がないでもないと、若干自信をもつことができた」 (以上引用) そこで近衛公にそのプランを打ち明けると、驚いた様子だったが、「公は『木戸内府にも話してみてくれ』と多少気動きが見えた」そうだ。木戸内府を通して直接天皇の耳にその計画を伝え、諒解を得ようということなのだろう。 しかし、その計画は天皇には伝わらなかった。「『東条(評注:東条英機)総理大臣が《近衛公を取り締まる必要がある》とかねがね監視している』という話を伝え聞いていたので、内府もその際若干躊躇されたものと察した」というのだ。つまり、木戸内府の段階で握り潰されてしまったのである。 一方で、吉田氏自身が和平交渉役を働きかけられたこともあった。外務省の先輩から自宅に呼び出された時のことについて、次のように記している。 (以下引用) 「『今、海軍部内でイギリスを通じて和平交渉を進めることを計画しているが、これにあたるのには、君をおいてほかにない。早いほうがいいと思うが、どうだ』という。翁は時折、夢のようなことを考える人であった。 私は『四面敵に囲まれているのに、どうして国を出るか』と問うと、『潜水艦で行けばいい』という。 『潜水艦もいいが、油の補給など、どこでどうしてやるのか』とさらに聞き返すと、『万事は軍令部の小沢(*治三郎)が心得ているはずだから、詳しいことは小沢に聞け。途中で死んだっていいじゃないか』という。ずいぶん乱暴な話だ」 (以上引用) おそらく吉田氏の元駐英大使の経歴に願をかけたのだろう。 ところが、さっそく小沢軍令部次長を訪ねてみたものの、「そんな計画はない」と相手はにべもない。そして吉田氏が憲兵隊に連行されたのは、その翌日のことだった。 このように吉田氏の和平工作は実を結ばなかったが、その後、海軍出身の鈴木貫太郎首相が御前会議で昭和天皇の聖断を仰ぎ、ようやく日本は終戦に持ち込むことができたのだった。 戦後の活躍ぶり 戦後になると、吉田茂氏は無役で浪々の身から一転、解き放たれたような大活躍を見せる。 東久邇内閣の外務大臣に指名され、GHQ(連合国総司令部)との折衝に当たることになる。GHQは日本国内にあって超法規的存在で、相当な力業を行使して日本の民主化に向かって、拍車をかけていた。 吉田氏はGHQのマッカーサー総司令官と、かなり気脈が通じ合ったようである。 マッカーサー総司令官は、日本とは40年来の因縁があり、古くからかなり日本の事情に通じていたようだとし、彼が吉田氏に向かって言った次の言葉を引用している。 (以下引用) 「『爺さん、婆さん、娘に至るまで、毎日早朝から夜遅くまで、田畑に働きに出ている。こんな勤勉な国民が世界のどこにいるだろうか。日本人は種々の発明などから見たって、決して世界のどの民族にも劣っていない』」 (以上引用) また、ソ連が北海道に占領部隊として進駐することを求めてきた際に、ただちに「峻拒(しゅんきょ)」したことを取り上げている。 ...
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  • 「ナカタナカタ梅干ナカタ…」郵便局に突如掲示されたのは“怪文書”!? 詳細不明の文章の反響を梅干しメーカーに聞いた

    5回、岡林勇希が左前安打を放つ(カメラ・相川 和寛)  ◆JERAセ・リーグ 中日―巨人(25日・バンテリンD)  中日・岡林勇希外野手が菅野から5回までに2安打を放ち、シーズン153安打とした。今季48度目のマルチ安打でリーグトップの阪神・近本&中野に並んだ。  高卒3年目の今季、右翼のレギュラーに定着。初の規定打席もクリアした若竜が初タイトルへ猛進している。
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  • 直木賞作家・今村翔吾さん「まつり旅」、山形でフィナーレ…全国巡り書店・出版界盛り上げ

    5回、岡林勇希が左前安打を放つ(カメラ・相川 和寛)  ◆JERAセ・リーグ 中日―巨人(25日・バンテリンD)  中日・岡林勇希外野手が菅野から5回までに2安打を放ち、シーズン153安打とした。今季48度目のマルチ安打でリーグトップの阪神・近本&中野に並んだ。  高卒3年目の今季、右翼のレギュラーに定着。初の規定打席もクリアした若竜が初タイトルへ猛進している。
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  • サッカーアメリカ代表から見た日本代表。「中盤をコントロールしていた」「本当にクレバー」と挙げた選手とは?

    5回、岡林勇希が左前安打を放つ(カメラ・相川 和寛)  ◆JERAセ・リーグ 中日―巨人(25日・バンテリンD)  中日・岡林勇希外野手が菅野から5回までに2安打を放ち、シーズン153安打とした。今季48度目のマルチ安打でリーグトップの阪神・近本&中野に並んだ。  高卒3年目の今季、右翼のレギュラーに定着。初の規定打席もクリアした若竜が初タイトルへ猛進している。
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  • 【あすのちむどんどん 残り5話】移住して1年、沖縄ライフ満喫!東京からある人物が…

    5回、岡林勇希が左前安打を放つ(カメラ・相川 和寛)  ◆JERAセ・リーグ 中日―巨人(25日・バンテリンD)  中日・岡林勇希外野手が菅野から5回までに2安打を放ち、シーズン153安打とした。今季48度目のマルチ安打でリーグトップの阪神・近本&中野に並んだ。  高卒3年目の今季、右翼のレギュラーに定着。初の規定打席もクリアした若竜が初タイトルへ猛進している。
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  • 【RIZIN】メイウェザーのパンチに立ち上がれず… 朝倉未来「ここまで戦えたのは自信になりました」

    5回、岡林勇希が左前安打を放つ(カメラ・相川 和寛)  ◆JERAセ・リーグ 中日―巨人(25日・バンテリンD)  中日・岡林勇希外野手が菅野から5回までに2安打を放ち、シーズン153安打とした。今季48度目のマルチ安打でリーグトップの阪神・近本&中野に並んだ。  高卒3年目の今季、右翼のレギュラーに定着。初の規定打席もクリアした若竜が初タイトルへ猛進している。
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  • ≪第75回秋季関東地区大会群馬県予選≫明和県央、桐生商 準決勝進出

    5回、岡林勇希が左前安打を放つ(カメラ・相川 和寛)  ◆JERAセ・リーグ 中日―巨人(25日・バンテリンD)  中日・岡林勇希外野手が菅野から5回までに2安打を放ち、シーズン153安打とした。今季48度目のマルチ安打でリーグトップの阪神・近本&中野に並んだ。  高卒3年目の今季、右翼のレギュラーに定着。初の規定打席もクリアした若竜が初タイトルへ猛進している。
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【阪神】井上広大が特大3ラン、直近4戦4発「継続してやっていければ」

<練習試合:阪神2軍6-0ソフトバンク3軍>◇24日◇鳴尾浜 阪神井上広大外野手が一振りで特大3ランを決めた。ソフトバンク3軍との練習試合に「4番左翼」で出場。初回1死一、二塁で左腕村上の初球を捉え、左翼ポールの上をいくアーチを放った。 ウエスタン・リーグの試合も含め、直近4戦4発の大砲は「バットの出方も良くなっていると思いますし、タイミングもとれてきていると思うので、継続してやっていければ」と引き締めた。 1回裏阪神1死一、二塁、左越え3点本塁打を放つ井上(撮影・前田充) Read more »

2023年まで待てない スバルXVが車名をクロストレックに改め、全面改良

2023年まで待てない スバルXVが車名をクロストレックに改め、全面改良  スバルがXVの後継車となるクロストレックを世界初公開した。今回のフルモデルチェンジを機に日本市場向けも車名を北米仕様に用いられていたクロストレックに変更。2010年に発表された初代インプレッサXVから数えると4世代目となる。 【写真80点】2023年まで待てない スバルXVが車名をクロストレックに改め、全面改良 の詳細画像をチェック 新型はクロストレックから投入 これまではベースとなるインプレッサのフルモデルチェンジが先に行われ、そのあとにXVの新型が登場していたが、今回はXV=クロストレックが先行して全面刷新された。なお、インプレッサのニューモデルも追って登場するはずだ。 SUV感をさらにアップ インプレッサをベースに最低地上高と車高を高め、外観にSUV風の装飾を施すというコンセプトは従来モデル通り。ボディは従来モデルと比べるとキャビンが絞り込まれ、フェンダーの張り出しが際立つ造形になった。フロントまわりはグリルが拡大され、SUVらしい精悍さをアップ。グリル内を左右に貫くモールをヘッドライトにつながるように延長することで幅広感を強調するデザインになっている。これまでよりも小さくなったヘッドライトはフルLED式で、スバル初のLEDコーナリングランプが組み込まれた。 ボディ・サイズは全長4480×全幅1800×全高1580mm、ホイールベースは2670mm。従来のXVに対して全長は5mm短く、全高は30mm高いが、全幅とホイールベースは変わらない。最低地上高も同等の200mmを確保している。 縦型ディスプレイを採用 インテリアではレヴォーグに似た11.6インチ縦型のインフォテインメント用ディスプレイを採用。シートに仙骨を押さえて骨盤を支える新構造を採用することで、車体の揺れが頭部へ伝わることを防止。さらに、シートレールの取り付け部からブラケットを廃して車体側へ直接固定し、シートそのものの揺れを抑制した。 プラットフォームは「スバルグローバルプラットフォーム」がベースだが、新型クロストレックは現行レヴォーグなどが採用する「フルインナーフレーム構造」となった。従来型は上下ボディを別々に組み立ててから接合していたが、これをボディ全体の骨格を組み立ててから外板を溶接する工法に改め、剛性アップを実現している。さらに、ルーフ・パネルとブレースの間に弾性接着剤の高減衰マスマチックを使用することでルーフの振動による騒音を低減した。 ハイブリッドのフラット4を搭載 パワートレインは、2.0リッター水平対向4気筒直噴DOHCユニットとモーターを組み合わせた「e-ボクサー」に、CVTの「リニアトロニック」を組み合わせる。電動パワーステアリングは2ピニオン式とし、応答遅れの減少とスポーティかつ上質なフィールを追求。ブレーキは電動ブースターを備え、自動ブレーキ作動時のレスポンスが向上した。 先進運転支援装備の「アイサイト」は画角を従来比約2倍に拡大した最新版のステレオ・カメラに、低速時により広範囲を検知できる広角単眼カメラを追加。歴代最高性能を実現しているという。 なお、公開されたのはプロトタイプで、量産版は2023年以降にまず日本で発売され、その後は世界各国へ順次投入される予定だ。 文=関 耕一郎 (ENGINE WEBオリジナル) Read more »

安倍元首相の政治資金「ズサンな使い道」の記録 デタラメ領収書は3年分で1000枚にも

お気に入りの「なっちゃん」まで(「安倍晋三フェイスブック」から) ガリガリ君、オレンジジュース、一人飯まで アイスキャンディーにオレンジジュース、油そば代──。普通の会社ではとても経費で落とせない私的な支払いを、安倍元首相は政治資金で処理しまくっていた。日刊ゲンダイは以前、安倍氏が代表を務める資金管理団体「晋和会」の1件1万円以下にかかわる少額領収書の写しを開示請求。すると、デタラメな領収書が続々だった。その実態を2015年に報じたが、改めてそのズサンさを振り返る。 ◇ ◇ ◇ 〈赤城ガリガリ君コーンポタージュ×2 ¥252〉 2012年9月5日に「セブン-イレブン衆議院第一議員会館店」が発行した領収書には、こう印字されていた。時刻は12時44分。ランチタイムに会館事務所で安倍氏本人かスタッフがガリガリとかじりついたのか。 “神の水”も購入 さらに、12年2月23日付の領収書には、サントリーのオレンジジュース「なっちゃん」などに計569円を支出した旨の記載がある。安倍氏は、自身のフェイスブックで「なっちゃん」をゴクゴクと飲む写真を投稿。秘書の書き込みとして〈最近時節柄か「なっちゃん」見ませんねぇ。安倍さんキヨスクで探してました〉と記されていた。お気に入りのジュースを政治資金で買っていたわけだ。 さらに、安倍氏本人が「あの水じゃなくちゃ、ぜったいダメなんだ」と周囲に語っていたという“神の水”も購入。これは、新潟・神立温泉の地下1400メートルからくみ上げた天然温泉水という触れ込みで、都内の「光ジャパン」という会社がネット販売していたもの(現在は中止)。15年当時〈老化防止だけでなく、延命効果もある〉などとうたわれていた。 その他、東京・渋谷のラーメン店に1人前の油そば代、新宿の居酒屋に1人分の食事代を支出。トローチやカイロ、風邪薬と、安倍氏本人かスタッフの個人的な買い物としか思えない支出を繰り返していた。 私的な支出続出の背景には晋和会の“バブル”状態が? 問題は、これらの支出を全て「事務所費」として処理していたことだ。総務省は事務所費について、事務所の家賃や電話代や切手購入費など〈事務所の維持に通常必要とされるもの〉と定義している。おやつやランチ代が事務所の維持に必要とはとても思えない。ポケットマネーで買うのが常識だろう。 晋和会が10~12年の3年間で、事務所費の「その他の支出」として計上した金額は計300万円超。日刊ゲンダイが開示請求で入手した領収書の写しはざっと1000枚にも及んだ。なぜ、こんなフザケた支出を繰り返してきたのか。これまで、日刊ゲンダイは何度も安倍事務所に問い合わせてきたが、回答は一度もなかった。政治資金問題に詳しい神戸学院大教授の上脇博之氏はこう言う。 「政治活動に必要とは思えない私的な支出を続けてきたのは、安倍氏本人の『集金力』が高く、晋和会の収入が“バブル”状態になっていたからではないか。もし、収入が少なければ、安倍氏本人がムダ遣いをとがめていたはずです。巨額の収入があるが故にスタッフのタガが外れていたのだと思います。いずれにせよ、説明責任が果たされなかったのは問題です。安倍氏本人は『説明しなくても許される』と考えていたのでしょう」 政治資金の使途まで何でもアリだったわけだ。 Read more »

出演タレントに向かって「ぶっ殺すぞ」 「めちゃイケ」スタッフの衝撃発言、雛形あきこが明かす

出演タレントに向かって「ぶっ殺すぞ」 「めちゃイケ」スタッフの衝撃発言、雛形あきこが明かす 俳優の雛形あきこさんが、2022年9月21日に放送された「あちこちオードリー」(テレビ東京系)に出演。レギュラー出演していた「めちゃ×2イケてるッ!」(フジテレビ系)の過酷な裏話を明かした。 「大人が『ぶっ殺すぞ』って言われてるの見て…」 当時17歳だった1995年から、前身番組の「めちゃ×2モテたいッ!」もあわせて約22年間レギュラー出演をしていた雛形さん。 初めは、スタッフから「俳優の武田真治さんとのトーク番組です」と聞いていたものの、いざ収録が始まると、お笑いコンビ「ナインティナイン」とともに番組のクレーマーに直接会いに行く企画や、当時雛形さんがドラマで演じていたキャラクターをそのままコントに起用するなど、自由な発想でやりたい放題の内容だったという。 しかしながら、雛形さんから見たら、共演していた芸人もスタッフも「ストイックだと思ってました。みんな」と振り返る。 (以下引用) 「(収録中に)ちょっとはしゃいでた(鈴木)紗理奈とぐっちょん((『よゐこ』)濱口優さん)が、(スタッフから)『ぶっ殺すぞ』って言われてて…」 「大人が『ぶっ殺すぞ』って言われてるの見て、私言われたくないと思って」 (以上引用) と裏側を暴露。改めて、収録は真剣に取り組まないといけないと再確認したと当時の心境を語る。 収録中に映画に行くことも また、「めちゃイケ」の収録は、毎週火曜日と水曜日の深夜に行われていたといい、長時間の待ち時間について「絶対始まらないと思ってるから1回準備してから、ぐっちょんとか映画観に行ったりとかするときありました」と笑い。 さらに、スケジュールは押さえられていても実際に呼ばれるかは確定ではなかったため、「いや、行けんじゃねえか?」とギャンブル感覚で旅行していたと告白。「オアシズ」光浦靖子さんや武田さんとも一緒に旅行に行ったことがあると明かすのだった。 Read more »

【ロシア動員令】大統領報道官の息子が招集拒否か 音声公開で波紋

 ウクライナ侵攻を巡り、ロシアで部分動員令に反対する抗議活動が拡大しています。部分動員令を巡っては、ロシア高官の息子が招集を拒否したとされる音声が公開されていますが、このやり取りを公開した団体が25日午後、取材に応じました。  拘束される抗議デモ参加者:「我々は大砲の餌食ではない!」  ウクライナに軍事侵攻してから7カ月。ロシア国内では国民の部分動員令に反対する抗議行動が日に日に広がりをみせています。  拘束される抗議デモ参加者:「撮ってないよ…やめろよこの野郎!」  警察の機動隊:「このデモに参加することをやめなさい!すぐさま行動をやめなさい!警告します!」  プーチン大統領は、新たに動員する規模は30万人で、対象は軍務経験のある予備兵に限られると述べていました。  しかし、独立系ニュースサイト「メディアゾナ」は兵役の経験のないまま招集された男性について伝えています。  また、別の独立系ニュースサイト「ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ」は動員規模は30万ではなく、実際には「100万人を徴兵できる」と伝えていて、今、ロシア社会に反発と動揺が広がっているのです。  警察の機動隊:「おとなしくしろ!地面に!地面に!横たわれ!ほら!」  独立系人権団体「OVDインフォ」によりますと、日本時間25日午後4時時点で、ロシア33都市で797人が拘束。特に首都モスクワでは390人以上が拘束されたといいます。  一方、招集に応じる予備兵たちもいました。  招集に応じた予備兵:「娘と一緒に幼稚園に行ったら、道で招集令状を渡されたんです。すぐにここに来ました。大丈夫です、落ち着いています。期間が長くならないことを願っています」「一番つらいのは子どもたちに別れを告げることです。あとはなんとか…」  そんななか、ペスコフ大統領報道官の息子が招集を拒否したとされるやり取りが公開されて、反響が広がっています。  ペスコフ報道官の息子、ニコライ氏:「もしもし?」  反体制派の団体、ドミトリー氏:「こんにちは、ニコライさんですか?」  ペスコフ報道官の息子、ニコライ氏:「どちら様ですか?」  反体制派の団体、ドミトリー氏:「こちらは徴兵事務所です。今、時間ありますか?」  ペスコフ報道官の息子、ニコライ氏:「いいですよ」  電話を掛けているのはロシアの反体制派の団体で、当局者を装い、ペスコフ報道官の息子に徴兵施設への出頭を求めたのです。  反体制派の団体、ドミトリー氏:「ニコライ・ぺスコフさん、本日あなたに招集令状が出されましたので、お伝えしなくてはなりません。あなたはまだ良く理解されていないようですが、令状に従って、あす朝10時に徴兵事務所に来て下さい」  ペスコフ報道官の息子、ニコライ氏:「もちろん行きません。 私はぺスコフですよ、理解していますか?なぜ、私が徴兵事務所に出向かなければならないのですか?これは違うレベルの話で、私の件はどうなるかよく考える必要があります」  AFP通信によりますと、この映像についてペスコフ報道官は会見で、この件については息子から聞いていると説明し、動画の発言は一部のみを切り取ったものであるなどと反論しています。  ペスコフ報道官の息子・ニコライ氏に電話した団体は25日午後、取材に応え反論しました。  映像を配信したロシアの反体制派団体、ドミトリー氏(35):「ネットでライブ配信していたのでやり取りは全部入っている。ペスコフ氏に感謝している。『私の息子ではない』と言えたが、彼はあっさり息子と認めてくれた。ロシアの政治家は国民を戦地に送るが、自分たちの息子は送らない」  人員不足が伝えられているロシア軍の危機感の表れなのでしょうか。  ロシアは、実効支配するウクライナ東部・ドネツク州や南部のヘルソン州などの4つの州で住民投票を開始。ロシアへの編入を急いでいます。  タス通信によりますと、これらの地域では早ければ30日にもロシアへの編入手続きが行われる見通しで、プーチン大統領が手続きに参加する可能性があると報じています。 Read more »

リランキング上昇も竹内美雪が悩む飛行機移動

8位でフィニッシュした ◇国内女子◇ミヤギテレビ杯ダンロップ女子オープン 最終日(25日)◇利府GC (宮城)◇6491yd(パー72) 「飛行機に乗るとパターのライ角がズレる。車移動だと全然ズレない」。通算7アンダー8位で終えた竹内美雪が悩みを打ち明けた。 神戸出身の竹内は今週、伊丹空港から仙台空港を経て会場に乗り込んだ。商売道具のゴルフクラブは航空会社に手荷物として預けた。練習日の会場でクラブ担当者と確認すると、パターのライ角が0.3度ズレていたという。 「毎週ライ角とかチェックしてもらっている。その安心感もあっていい成績が出たのかなと。キャロウェイのフィッターの方々がありがたい」 出だし1番で1mを沈めてバーディ発進。続く2番パー5はチップインバーディと2連続でスコアを伸ばした。3日間の平均パット数は27.67だった。 移動中の衝撃でパターのライ角がズレた可能性もあるが、「(調整を)やってもらった安心感もある。これはニュートラルだと信じられる安心感。パターが良かった」と感謝した。 グリーン上で安定したこともあり、出場優先順位(※シード選手らを除く)がメルセデスランキングに基づいて並び替えられる第2回リランキングは24位(7月の第1回は32位)で終えた。 「(リランキングは)やっぱり気にしたくなくても気になる。それが正直なところ」。一部を除いた残り試合に確実に出場するためには暫定リランキング20位前後が目安だった。 「上位でプレーしていると、周りの選手もいいプレーするので私も勉強できる。ちょっとでも成長して1打でもいいスコアで回れるように日々努力したい」。勝負の秋に向けて表情を引き締めた。 <第2回リランキング結果 上位30人> 順位/選手名(第1回時点の優先順位) 1/黄アルム(1) 2/佐藤心結(10) 3/ささきしょうこ(3) 4/後藤未有(6) 5/福田真未(2) 6/永井花奈(8) 7/岸部桃子(5) 8/阿部未悠(11) 9/佐久間朱莉(4) 10/小倉彩愛(16) 11/桑木志帆(7) 12/葭葉ルミ(17) 13/上野菜々子(27) 14/川岸史果(21) 15/岩井明愛(30) ... Read more »

「生きる苦しみ、忘れちゃえた」ピアニスト、グレン・グールド生誕90年 レコード贈られ「抱きしめた」

本人から贈られたレコードを手にする伊東容子さん。後ろにはグールドの父親からもらったグールドの写真や手紙も=明石市  特製の低い椅子に座り、猫背でハミングしながら弾いたカナダ出身のピアニスト、グレン・グールド。クラシックの枠を超え、世界中に熱狂的ファンを獲得した奇才は9月25日に生誕90年、10月4日に没後40年となる。兵庫県明石市の伊東容子さん(70)も魅せられた一人。グールドから贈られたレコードを40年過ぎた今も大切にしている。(松本寿美子)  伊東さんは5歳のときから母にピアノを習った。光や音に過敏な虚弱体質で、学校にほとんど通えなかった。13歳のときグールドが弾くバッハの「2声と3声のインベンション」を聞いた。「誰かに命をあげたくて弾いているようで、フェニックス(不死鳥)の羽をもらった気持ちになった」と振り返る。そのときから、いつかグールドに会いに行くことが希望になった。  1981年、28歳のときにカナダへ。生家を訪ね、そこに暮らすグールドの父親の友人夫婦と親交を育み、容子さんのことを本人に伝えてもらった。面会はかなわなかったが、ワーグナーとベートーベンの作品を収録したレコードが届いた。ワーグナーの非売品レコードのジャケット裏面には「best wishes(ご多幸を祈ります)」のメッセージとサインも添えられた。「もう夢見心地で抱きしめた」と話す。  しかし1年後、グールドが50歳で急逝。直後に伊東さんはグールドも学んだトロント王立音楽院に入学したが「夢でも泣いて目が覚めると枕がぬれていた」。その後1年で最高位クラスを終え、10カ月後には演奏者資格を獲得。テノール歌手と協演した地元のキュアニス・コンクールで伴奏者賞1位に輝き、体調を崩すほど多くの舞台に立った。  グールドの父親とは自宅に訪ねたり、グールドの写真やクリスマスカード、ビザのための推薦状をもらったりするなど交流は続き、35歳で帰国した。  現在は「後追い日記」(ハンドルネーム・原マサコ)と題し、カナダの日々を追想したブログの英訳に、3きょうだいや友人らの協力を得て取り組む。「海外にも気持ちを共有できる人が増えれば一人でも寂しくないから」と伊東さん。  「グールドの両親は聴衆の人生を変えるような演奏を息子に期待したわけだけど、私がその証し。ずっと日本に居場所がないと感じていた人生を引っ張ってくれたのだから。生きる苦しみなんか忘れちゃえた」と感謝する。 Read more »

新型コロナ 香川県439人感染 25日発表分

香川県庁  香川県は25日、439人の新型コロナウイルス感染を確認したと発表した。 Read more »

サンフレッチェ広島、8年ぶりのルヴァンカップ決勝進出!福岡退け国立の舞台へ

hiroshima-fukuoka JリーグYBCルヴァンカップ準決勝第2戦が25日に行われ、サンフレッチェ広島とアビスパ福岡が対戦した。 21日に行われた初戦は広島が3-2と勝利。3つのアウェイゴールを奪った広島はドウグラス・ヴィエイラ、川村拓夢らが先発し、後方は3バックとなった。一方で福岡はルキアン、ジョルディ・クルークスらが先発したが、第1戦で効果的な動きを見せていたフアンマ・デルガドはベンチスタートとなっている。 20分には広島に決定機。相手のクリアミスを拾った川村がゴール左から仕掛ける。DFを振り切って左足を振り抜くも、シュートは左ポストに嫌われた。26分には福岡もルキアンが長いパスに抜け出してゴール右からシュートに至ったが、GKの正面を突いた。 複数得点が必要な福岡は59分にフアンマを投入。ロングボールを中心とした組み立てとなり、広島ゴールに近づこうと試みる。 一方の広島もリスクを冒すことなく人数をかけない攻撃に終始。初戦のリードを守り切る戦いへとシフトしていく。 結局、試合はスコアレスで終了。合計スコア3-2で広島が、8年ぶりの決勝進出を決めた。 Read more »

紀平梨花、約1年半ぶり復帰戦6位、松生理乃が優勝、河辺愛菜が2位 フィギュア中部選手権

紀平梨花  ◆フィギュアスケート ▽中部選手権 最終日(25日、愛知・邦和みなとスポーツ&カルチャー)  女子フリーが行われ、ショートプログラム(SP)首位の松生理乃(中京大中京高)が127・93点、合計192・63点で優勝。 SP4位の河辺愛菜(中京大中京高)が、118・03点、合計176・62点で2位。SP2位の横井ゆは菜(中京大)が109・10点、合計173・36点で3位だった。  SP3位の大庭雅(東海東京FH)は104・32点、合計166・37点で4位、SP5位の山下真瑚(中京大)は105・65点、合計162・89点で5位、SP6位の紀平梨花(トヨタ自動車)は、右足故障から約1年半ぶりの復帰戦で、97・80点、合計154・49点で6位だった。 Read more »

スタート直前にバイク乗り換え……エスパルガロ、”エコ”マップで大チャンス失う「100%勝てたのに」

Aleix Espargaro, Aprilia Racing Team  アプリリアのアレイシ・エスパルガロは、MotoGP日本GPの決勝を、タイトルを争うライバルたちよりも上位である6番グリッドから臨むはずだったが、スタート直前にピットレーンに飛び込むとバイクを乗り換え、後方からの追い上げを強いられた。  結局、16位でレースを終えたエスパルガロはノーポイント。ポイントリーダーのファビオ・クアルタラロ(ヤマハ)が8位となり、ギャップが8ポイント広がり25ポイントとなった。  エスパルガロは、バイクを乗り換えざるを得なかった理由について、グリッドに向かうサイティングラップで燃料を節約するために使われる、”エコ”エンジンマップが原因だったと説明した。  本来はこのマップを削除して、本来のレース用エンジンマッピングに置き換えなくてはいけないのだが、これがうまくいかなかったようだ。  何が問題だったのかを尋ねられたエスパルガロは、「エコ・マップと呼ばれるもので、燃料を節約するために、バイクは100km/h以上、5000rpm以上にはならないんだ」と説明した。 「いろいろ試したけれど、うまくいかなかったんだ。ピットで2台目のマシンに乗り換えたんだけど、そのマシンはリアタイヤがソフトで、そのタイヤではまともに走れなかったんだ」 「最初から分かっていたことだけど、バイクがただフロントをプッシュしていた。僕はただ、トラックに留まろうと努めていた。非常にナーバスだったから、何度もミスしてしまっていた」 「だから赤旗か何かを待つためにコースに残ることにしたんだけど、それは起こらなかった」 Heartbreak @AleixEspargaro reverts to the pits due to a technical problem ️#JapaneseGP pic.twitter.com/K7revJu2i1 — MotoGP (@MotoGP) September ... Read more »

高校、大学、実業団がガチ勝負の奥球磨駅伝 2チーム参加の青学大・原晋監督「収穫あった」

青学大の野村昭夢(中央)は奥球磨駅伝1区で奮闘し、出雲駅伝出場の可能性につなげた(左は宮坂大器、右は絆ランニングクラブで出場した東大大学院の古川大晃=写真提供・青山学院大陸上競技部) ◆奥球磨駅伝  (9月25日、熊本・多良木町役場発着、高校7区間42・195キロ、大学・実業団4区間42・195キロ)  高校、大学、実業団(クラブ含む)の男子チームがカテゴリーの枠を越えて、同時スタートで勝負する画期的な駅伝の第1回大会は、長野・佐久長聖高が2時間7分16秒で制し、初代王者に輝いた。総合2位はトヨタ自動車九州Aチームで2時間7分32秒。総合3位は地元熊本の九州学院高で2時間7分52秒だった。  20年に第1回大会が行われる予定だった奥球磨駅伝はコロナ禍などの影響で2度、中止され、今年が第1回大会となった。注目は画期的な競技方法。高校は全国高校駅伝とほぼ同じで1区10キロ、2区3キロ、3区8・25キロ、4区7・9キロ、5区3キロ、6区5キロ、7区5・045キロ。大学・実業団は1区10キロ、2区11・25キロ(高校の2区と3区)、3区10・9キロ(高校の4区と5区)、4区10・045キロ(高校の6区と7区)。一斉スタートのガチンコ勝負を演じた。  今年の第98回箱根駅伝(1月2、3日)で総合新記録(10時間43分42秒)で2年ぶり6度目の優勝を果たした青学大は2チームを編成。Bチームは2時間9分44秒で大学勢のトップの総合7位。Aチームは2時間12分27秒で総合19位だった。原晋監督(55)は「レースの駆け引き、ペースの上げ下げなど駅伝ならでは経験が積むことができた。収穫はありました」と評した。  学生3大駅伝の開幕戦、出雲駅伝(10月10日)に選手登録(10人)されている宮坂大器主将(4年)と野村昭夢(2年)はメンバー選考をかねて1区で対決。野村が29分55秒で全体3位と踏ん張る一方で宮坂は31分42秒で全体18位と苦戦した。「野村は及第点。出雲駅伝で学生3大駅伝デビューの可能性を残しました。宮坂はずっと夏合宿で頑張っていたので疲れがあった」と原監督は評した。  出雲駅伝では登録メンバー外ながら、全日本大学駅伝(11月6日)、箱根駅伝(来年1月2、3日)に向けて、原監督が高評価した選手が今大会で4区2位の畦地貴斗(4年)と3区2位の倉本玄太(3年)。「畦地は入学からこれまでの3年半でほとんど故障せずに練習を積んで、少しずつ力をつけています。畦地は1月3日が誕生日。アンカー(10区)を走って歓喜のゴールテープを切る可能性はありますよ。世羅高で鍛えられた倉本も駅伝力のあるところを見せてくれました」と話した。  選手層が分厚い青学大。激烈なメンバー争いがチームをさらに強くしていくことになる。 Read more »

【巨人】清水隆行氏の見解 岡本和真は一振りで仕留めるのも好調の証し

2回無死、岡本和真が5年連続30号となる左越えソロ本塁打(カメラ・相川 和寛) ◆JERAセ・リーグ 中日2―1巨人(24日・バンテリンドーム)  巨人の岡本和真内野手(26)が、5年連続のシーズン30本塁打に到達した。2回に一時同点の左越えソロを放ち、王貞治(19年連続)、松井秀喜(7年連続)に続く球団3人目の記録を樹立した。チームは最下位の中日に4安打1得点で敗れ、2年連続勝率5割以下が確定し、4位に並ぶ阪神、広島とは1ゲーム差。残り3試合、自力でのクライマックスシリーズ(CS)進出決定へ、最近9戦5発と復調した主砲に期待がかかる。  * * * *  残り3試合にCS進出をかける巨人にとって、岡本和の復調は心強い。2回の一発はこの試合のファーストスイング。いいバランスで振れた。  岡本和は「センター中心に強い打球が飛ぶと好調」と言われるが、この日のようにワンスイングで仕留めるというのも好調の証し。悪い時には捉えたはずの球がファウルになったりする。  打者はバットを強く振ろうとして、体も振ってしまうことがある。そうすると、バットは出てこない。そこから、速い球に差し込まれる→遅れないようにポイントを前にする→ポイントが前になり過ぎ、変化球に体を出される→見極めが悪くなる、という悪循環が始まる。  3打席目の右翼への安打を思い出してほしい。小笠原のチェンジアップを巧打した。完璧な当たりではないかもしれないが、抜かれても対応の幅が広がっているということだ。今の岡本和は体を振るのではなく、バットを振っている。実際にはそういうことはないのだが「球を捉えた後で体が回っている感じ」とでも言えばいいのか。  残り3戦を菅野、戸郷の2人の先発で臨める。打線がある程度得点すれば勝利の可能性が高くなる。その中心に岡本和がいなければいけない。(野球評論家・清水隆行) Read more »

〝復活〟紀平梨花が全日本切符奪取! 2年ぶりの大舞台「完璧なパフォーマンスをする」

〝復活〟紀平梨花が全日本切符奪取! 2年ぶりの大舞台「完璧なパフォーマンスをする」 1つの壁をクリアした。フィギュアスケートの中部選手権最終日(25日、愛知・邦和みなとスポーツ&カルチャー)、女子フリーが行われ、2018年グランプリ(GP)ファイナル覇者でショートプログラム(SP)6位の紀平梨花(20=トヨタ自動車)は、97・80点をマーク。合計154・49で6位となり、全日本選手権(12月、大阪・東和薬品RACTABドーム)の切符を勝ち取った。 全日本選手権のシード権を持つ河辺愛菜(17=中京大中京高)を除く上位13人に入れば、最終予選となる西日本選手権(10月、京都アクアリーナ)への進出が決まる一戦。ただ、紀平はGPシリーズ第2戦スケートカナダ出場のため免除されており、中部選手権を通過した時点で全日本選手権出場が確実となる状況だった。 しかし、この日のフリーではダブルアクセル(2回転半ジャンプ)で転倒するなど、思うような演技ができず。「通って~」とキス・アンド・クライでは祈るような表情で得点を待ったが、神様は紀平にほほ笑んだ。 右足首の状態は決して万全ではない。「全日本を捨てるのは無理」。覚悟を決めて臨んだ試合で目標を見事に達成。得点表示後の〝セーフ〟のしぐさが喜びを物語っていた。「いつ痛みが出るかという不安もあった。常に願いっぱなしの期間だった。全日本の切符をつかめてホッとしている。しっかりと集中できていた。久々の試合でも集中できたのはよかった」と声を弾ませた。 終始明るい声で今大会を振り返った一方で、早くも世界の舞台を見据えている。「何をしても痛みが出ない状態に早く持っていきたい。全日本で万全の健康な状態で出場して、完璧なパフォーマンスをして、表彰台に上がって、世界選手権や四大陸選手権に出場できるように頑張りたい」。 全日本選手権までは約3か月。今回の経験をプラスに変え、進化した姿を披露する。 Read more »

羽生結弦さん「一生やらないと思いました」映画でちょんまげ姿披露後の役者オファー断っていた

役者は一回きり!? フィギュアスケート男子で14年ソチ、18年平昌オリンピック(五輪)を連覇した羽生結弦さん(27)が25日に地元宮城県のknb東日本放送の「サンデーチャージ!&スポーツ」に生出演。同局の開局40周年記念で16年に公開され、羽生さんも出演した映画「殿、利息でござる!」の映像が流されると、恥ずかしそうに振り返った。 仙台藩第7代藩主の伊達重村役でりりしいちょんまげ姿を披露したことで当時も話題になったが、「緊張しすぎて、せりふが出てこなくて大変でした。一生やらないと思いました」と告白。実際に以降も役者のオファーはあったが、断っていたと明かした。 登場シーンは共演者にはサプライズだったそうで、「みなさん『誰が来るんだ』となってて、僕はそれどころじゃないんです、せりふでいっぱいいっぱいで。言葉で表現するのは僕はだめかなと思ってましたね。いまやったら、もうちょっとうまくできると思うんですけど」と恥ずかしそうにしていた。 羽生結弦さん(2022年7月撮影) Read more »

「みんなの有機農業に乾杯!」岐阜県白川町に次々と移住した若手有機農家たちの“半農半X”【報道特集】

「みんなの有機農業に乾杯!」岐阜県白川町に次々と移住した若手有機農家たちの“半農半X”【報道特集】 9月17日放送の「報道特集~有機農業の未来は?」で取り上げた岐阜県白川町。有機農業をしようと各地から移住した人々を取材しました。山間で農地が狭いため農作物の収量が限られ、副業に頼らざるを得ない側面もありますが、上村彩子キャスターがスタジオでも述べた通り、「半農半X」という、とても魅力的な暮らしをしていました。30代で白川町に引っ越し、今、40代になった彼らのライフスタイルをご紹介します。 【写真を見る】「みんなの有機農業に乾杯!」岐阜県白川町に次々と移住した若手有機農家たちの“半農半X”【報道特集】 ■子どもの頃から穴掘りが大好きだった高谷さん VTRでも紹介した「五段農園」の高谷裕一郎さん(44)は、子どもの頃から土に穴を掘ることが好きでした。土に触れ、アリなど様々な生き物を見つけることに喜びを感じていたそうです。 高谷さんは、山形大学大学院で土壌微生物の研究をした後、横浜の種苗会社でサラリーマン生活。東日本大震災や原発事故に直面し、白川町へ7年前に移住しました。白川町の有機農家たちが1998年に立ち上げたNPO「ゆうきハートネット」のサポートを受け、有機農家になりました。作った野菜は、インターネットで販売する他、有機野菜を多数扱う名古屋のスーパー「旬楽膳」などで販売しています。 高谷さんにとっての「半X」、いわゆる副業は、得意とする有機堆肥づくりに関するものです。堆肥や培養土を売り、一般家庭むけ「生ゴミ堆肥化セミナー」や、農業関係者むけの「堆肥の学校」を開いて収入を補っています。収入の半分は、こうした野菜販売以外の稼ぎだそうです。 ■田んぼに放ったアイガモが一晩で襲われた児嶋さん アイガモ農法に挑んだものの何者か獣に襲われたと話していた児嶋健さん(42)も脱サラして移住した有機農家です。 児嶋さんは東京理科大学を卒業後、エンジニアとして自動車関連会社でサラリーマンをしながら、週末はアウトドア会社のスタッフとしても働いていました。環境問題への興味はどんどん膨らみ、有機農家への転職を決意。32歳で白川町にたどり着きました。 有機野菜を育て野菜セットの通販をするほか、シェフを招いてのレストランや、農業体験、サマーキャンプといった自然体験教室を開催しています。花などを売るエコショップも併設し、ビールの醸造にも挑もうとしています。農園名は「暮らすファームSunpo」。一歩、二歩、三歩と“散歩”をしながら着実に前進していく想いを表現。Sun(太陽)の恵みにも感謝しながら暮らす生活スタイルを提案する意味も込められています。 ■料理人と菓子職人の夫婦 その「暮らすファームSunpo」のレストランで料理を提供していた「hokimoto」の保木本耕太さん(42)も有機農家です。有機の野菜を育て、自分の料理に使っています。 保木本さんは、これまで料理人として食材を提供してくれる国内外の生産者を訪ね、話を聞く旅を続けてきました。そのうち農業の魅力を感じ、「いつかこんな料理を作りたい」だけでなく、「いつか自分でもこんな野菜を作りたい」という思いが募り5年前、白川町へ移住。半分はシェフとして、半分は有機農家として暮らしています。 妻のあずささんはパティシエで、やはり有機農法で育てた野菜・果物・ハーブを使った菓子を作っています。 ■河原にサウナを作って経営している伊藤さん 白川町を流れる清流の河原にヒノキづくりの樽型のサウナを作ったのは「和ごころ農園」の伊藤和徳さん(44)です。 伊藤さんは、北海道大学大学院を卒業後、環境問題への関心から、水をきれいにするセラミックス関連会社に勤めていましたが、脱サラ。32歳で白川町に移住しました。 有機農業は、農家の数だけ農法があるとも言われますが、伊藤さんのは「無肥料自然栽培」です。農薬を使わないだけでなく、畑に何も投入せず(緑肥は育てます)、大地の力と微生物の営みだけに頼った農法です。野菜はネット通販で販売しています。 副業では、都会の人たちに様々な農業体験ツアーを提供しています。ある夏の休日、ツアー参加者は午前中に農業体験をした後、河原のサウナに入って川へ直行。冷たい水を浴びて、リラックスできたら、有機野菜をたっぷり使ったランチです。最後は、白川町の名物・お茶タイムが待っています。これも有機のお茶です。 伊藤さんが白川町のヒノキを使ったサウナを運営するのは、町のほとんどを占める森に入って、木を間伐することで、森を健全に保つという目的もあります。健全な森が川を通じて自分の畑にも直結するからです。 ■山間の自然を活かした副業が中心だが… その林業を有機農業の副業としていたのは、「田と山」の椎名啓さん(41)。やはり脱サラ組です。 椎名さんは東京や名古屋でサラリーマン生活をした後、32歳で移住しました。主に米づくりや野菜づくりをしていますが、森に入るメリットは多く、シイタケ栽培や山菜とり、狩猟もしています。 こうして白川町の有機農家たちは、山間の自然を活かして様々な副業をしていました。化学農薬も化学肥料も使わない有機農業に至った彼らの共通点として、やはり自然環境を守りたい、家族や仲間と自然の中で健康に暮らしたい、という熱い思いがそれぞれあります。 でも副業は、必ずしも自然に関することだけではありません。ガスのメーター交換など全く別のことをしている人もいます。最近はリモートワークが充実してきましたから、IT関係の仕事を副業としている人もいます。 「半農半X」では、自分の好きなことや得意なことを活かすのが基本。何でもアリなのです。 私たちの取材中、名古屋大学や東京農業大学の学生らが白川町に視察に訪れていました。「半農半X」の有機農業を軸にした町づくりに注目したようで、若者たちには魅力的にうつったようです。受け入れた町の人たちが「こんな田舎になぜ?」と驚いていました。この後、白川町の有機農業は、どんな展開を見せるのでしょうか。 Read more »

語る仏教から「聴く」仏教へ 人生100年時代の「老」との向き合い方 ちゃんと見る〝前〟が怖い私たち

医師たちが、僧侶を招いて「死」や「病」をテーマに語り合いました=※画像はイメージです Getty Images 人生100年時代ともいわれる今。人生の大半を占める「老い」の期間と、どう向き合ったらいいのでしょうか。仏教では「生老病死」は人間の営みで、あらがえないものと捉えるそうですが、僧侶は「それに向き合う前の、漠然としたイメージが怖いのではありませんか?」と問いかけます。僧侶や医師たちが「生老病死」をテーマに語り合いました。 <SNS医療のカタチTV2022:2022年9月4,11日、有志の医師たち「SNS医療のカタチ」やボランティアによって配信されたオンライン番組。この番組内で、医師と僧侶が語り合うトークセッションが開かれました。この記事はセッションを記事化した後編です> 「語る仏教」から「聴く仏教」への変化 ヤンデル先生(病理医・市原真):お寺も「場」を開いて、みんなが集まってくるコミュニティーが大事というお話が出てきました。 新型コロナウイルスの関連で、よくテレビで拝見していた尾身茂先生の著書、最後の方に「やっぱりコミュニティー作った方がいいよね」って話が出てくるんですよ。 公衆衛生・感染症・疫学とかやってらっしゃる方も、何かそういう集まりを作った方がいいんじゃないかって話がぱっと出てくるの。西先生は「暮らしの保健室」の活動で、「社会的処方」をしているじゃないですか。 西智弘先生(緩和ケア医):医学業界も、「最新の治療はこれ」「これが最新の研究だ」と、さも市民の人たちに「僕たちが教えてあげるよ」という感じになっているんですが、「僕らが権力を持っていて、市民の人たちにそれを上から押しつけるような感じ」に捉えられていると思っています。 コロナ禍で「行動制限しましょう」「感染がこれだけ危険です」と医者が言えば言うほど、民意を反映せずに、上から押さえつけるような感じになってしまう。 だから僕は、そこにコミュニティの力を取り戻していく必要があるんじゃないのかなと想像しているんです。 ただ、仏教の流れとしてはどうなのか、昇洋さんに聞いてみたいです。 僕は必ず初診の時、患者さんに信仰している宗教があるかどうかを聞きます。するとほとんどの人が「とんでもない、宗教なんてありません」ってちょっといやがるように言うんですよ。 でも僕は、精神的なよりどころが、日本人の心の中にもあると思うんですよね。 それでも「お坊さんにお話を聞いてみよう」とはなかなかならない。大事なことだし、いろいろな人間の悩みも、すでに経典の中に書いてあるのに。 現代において「また仏教の世界に戻りましょう」「経典を読みましょう」というのは自然な流れではないと思うんですが、どうなんでしょうか? ケアの「聴く」がコミュニティーをつくる 吉村昇洋さん(僧侶):仏法の伝え方について、ここ20年ぐらいですかね、「語る仏教」から、「聴く仏教」へっていうような動きがあったんです。 それまでは法話を中心に、もう一方的に伝えるっていうやり方をしていたんですよね。 それが、あるとき、カウンセリング技術がガーッと上がってきて、お坊さんの中でもそういったことを学んでくる人たちがちょっとずつ出てきて、「やっぱりお坊さんもちゃんと聞かなきゃだめだ」となったんですね。 おそらくバブル崩壊後ぐらいだと思いますが、そんな流れの中で、「ちゃんと話を聞けるお坊さんを作っていこう」と、各宗派で若手のお坊さんに対してレクチャーがありました。 「聴く」ことが、そのコミュニティーの基本になっているんですよね。 結局、どこに惹かれて集まるかというと、それは仏教の教え自体ではなくて、「あのお坊さんに会いにいきたい」「あそこに来る誰々さんに会いたい」みたいなかたちがやっぱり多いんです。 だから法を語ったからといって、そこに集まるわけでもないのが現実で、結局は人間力だったりするんです。 もちろんその教えの力というのも、ちゃんと勉強すればあるんですよ。でもその魅力だけではない部分がやっぱりあるわけですよ。 浅生鴨さん(MC):まさに「傾聴」といわれるものですね。人はやっぱり聞いてもらいたい存在なんですかね。 西先生: コミュニティを作るっていうのは、最初に「コミュニティを作る」があるんじゃなくて、ケアの力を利用して「聴く」から入っていった方がいいんでしょうね。 「この人は、自分の暮らしている地域で、自分の話を聞いてくれる存在なんだ、自分の苦しみに付き合ってくれる存在なんだ」と思うと、入ってきてくれる。それが結果的にコミュニティになるっていう。 ... Read more »

有村藍里「妹が少し遊びに来てくれました」 有村架純とのツーショット公開しブランド1周年報告

タレント有村藍里(31)が25日までにインスタグラムを更新。妹の女優有村架純(29)とのツーショットを公開した。フォロワーからは、美人姉妹、仲良姉妹などのコメントが寄せられた。 藍里は「ブランド1周年ということで展示会前に、今年も妹が少し遊びに来てくれました。妹は今年のチェスターコートを。私は今季のローズニットカーディガンを。ありがとう。多忙な中、駆けつけてくれてうれしかったです」と投稿した。 藍里がクリエーティブディレクターを務めるブランド「ローズ・ブルー」がこのほど1周年を迎えたことで、展示会が行われたようだ。 さらに藍里は「ブランドを始めて、1周年を迎えることができたのは応援してくださる皆さま、支えてくださる皆さまのおかげです。ありがとうございます」と感謝の気持ちもつづった。 フォロワーからは「最高にかわいい姉妹。ツーショット、ありがとうございます。そして1周年おめでとうございます」「姉妹ツーショットありがとうございます」「有村姉妹ほんとうに美人すぎます。そしてコートめちゃくちゃかわいい」「有村姉妹大好きです」「最強姉妹大好きです」などの、声が寄せられた。 有村藍里のインスタグラムより Read more »

日本馬が凱旋門賞制覇に近づいた伝説のレース3選

◆日本競馬界の悲願・凱旋門賞 今年の凱旋門賞には4頭の日本馬が参戦。日本馬の総大将は、天皇賞(春)、宝塚記念を連勝中のタイトルホルダーか 写真/橋本健  10月2日、フランスのロンシャン競馬場で凱旋門賞が行われます。日本からは、、ステイフーリッシュ、タイトルホルダー、ディープボンド、ドウデュースの4頭が出走予定。  凱旋門賞には、1969年のスピードシンボリ以来、延べ29頭が挑戦し、その厚い壁に跳ね返されてきました。  芝の中長距離のカテゴリーにおいて、日本馬の実力は世界のトップレベルにあり、凱旋門賞は手が届かないレースではなくなっています。また、ドバイミーティングや香港国際競走など、凱旋門賞以外にも目指すべきレースが増えたこともあり、凱旋門賞というレース自体、究極の最終目標とはいえなくなってきました。  それでも、初期のダビスタで特別な条件を満たせば挑戦できた唯一の海外レースが凱旋門賞であったように、漫画『風のシルフィード』のクライマックスが凱旋門賞であったように、日本の競馬ファンにとって、凱旋門賞制覇は日本競馬の悲願として深く刻み込まれています。  そしてそれが、ある種の呪縛になっているのも事実。凱旋門賞を勝たないことには、日本競馬は次のステップに進めない感さえあります。果たして、今年の日本馬4頭は悲願を達成し、歩みを進めることができるのでしょうか?    今回は、日本馬の凱旋門賞挑戦史において、勝利に近づいた3つのレースを取り上げてみたいと思います。 ◆初めて手が届くレースとして意識した 99年エルコンドルパサー  1969年のスピードシンボリ、1972年のメジロムサシ、1986年のシリウスシンボリとそれまで凱旋門賞に挑戦した3頭はいずれも二桁着順の大敗。日本馬にとって凱旋門賞は手の届かない存在として認識されていました。  日本馬4頭目の挑戦となったのは1999年エルコンドルパサー。前年のジャパンカップを制して日本最強の座に就くと、翌年は凱旋門賞を目指してヨーロッパに拠点を置く長期の遠征を敢行します。フランス初戦のイスパーン賞こそクロコルージュに苦杯を嘗めますが、続くサンクルー大賞、フォワ賞を連勝。この2つのレースでドリームウェル、ボルジアといった最強クラスの相手を降したエルコンドルパサーにとって、残すライバルは欧州最強3歳馬のモンジューだけとなります。  一騎討ちムードで迎えた本番は、逃げの手に出たエルコンドルパサーが直線で後続を2馬身、3馬身と引き離します。「エルコンドルが勝った!」そう思ったその刹那、モンジューが強襲。エルコンドルパサーも必死の抵抗をみせますが、半馬身だけ及びませんでした。  それまで夢物語でしかなかった凱旋門賞を、初めて手が届くレースだと意識させてくれたエルコンドルパサー。これなら、そう遠くない将来に日本馬に凱歌が上がるはず。そう思ったファンは多かったことでしょう。まさか、そこから20年以上も勝てない日々が続くとは、当時のファンは知る由もありません。 ◆競馬ファンが勝利を信じて疑わなかった 06年ディープインパクト 日本競馬史上、最も凱旋門賞制覇に近づいたのがオルフェーヴル。2012年、2013年と2年連続で2着だった  エルコンドルパサーの挑戦から7年後、あのディープインパクトが凱旋門賞に参戦します。無敗の三冠馬にして、それまで11戦10勝。3200mの天皇賞(春)を超レコードで圧勝し、壮行レースとなった宝塚記念でも、雨でぬかるんだタフな馬場を物ともせず快勝。遠征に送り出す競馬ファンのムードも「(凱旋門賞を)勝てるかも」ではなく「勝てるだろう」に変わっていきました。    2006年の凱旋門賞は、ハリケーンラン、シロッコとともにディープインパクトが三強を形成。強力メンバーが揃ったことで、8頭立ての少頭数となります。  欧州調教馬しか勝っていないという事実が示す通り、凱旋門賞には厳しい「アウェーの洗礼」があります。多頭数で揉まれてしまい、馬群から抜け出せない危険がありましたが、頭数が減ったことでその心配も解消。風はディープインパクトに吹いているかのように思われました。  しかし、レースでは残り400m地点でディープインパクトが持ったままの手応えで先頭に立ったものの、そこから伸びが鈍り、レイルリンク、プライドにつぐ3着(レース後にフランス競馬における禁止薬物が検出され失格)。日本競馬の悲願は持ち越しとなりました。    実は、筆者も現地でレースを観戦していた一人。在籍していた月刊誌は月末締め切りでしたが、印刷所に無理を言って巻頭の1ページだけ締め切りを10月2日の深夜まで伸ばしてもらい、速報を挿入することになっていました。失意のまま、プレスセンターでカメラマンがディープインパクトの写真を送信している光景を眺めていましたが、あの虚無感を、今でもハッキリと覚えています。   ◆誰もが勝利を確信した 12年オルフェーヴル  ディープインパクトの敗戦から6年、再び、三冠馬が凱旋門賞に挑みます。  阪神大賞典での世紀の大逸走、天皇賞(春)での惨敗から立ち直り、宝塚記念とフォワ賞を連勝したオルフェーヴルは、凱旋門賞では、同年の英愛ダービー馬キャメロットに次ぐ2番人気に支持されます。  レースは後方2番手で最後の直線を迎えると、大外から持ったままの手応えで進出。残り300m地点で内の馬群を一飲みします。リードを広げにかかった姿に、日本中の誰もが勝利を確信しました。しかし、そこから内ラチ沿いまで急激に斜行してしまい失速。鞍上のスミヨン騎手も必死に追いましたが、急追してきたソレミアがクビ差交わしたところがゴールでした。  最後の直線での盛り上がりからの落胆は、「悲哀の凱旋門賞2012」と銘打たれたYouTubeの動画をみると実感できます。まさに、これと同じ光景が、日本全国で繰り広げられていたことでしょう。この競馬をしても勝てないのか、それが全競馬ファンの思いでした。 ... Read more »

【神戸新聞杯】武豊騎手のヤマニンゼストが低評価を覆す2着「決め打ちだったけどね。うまくはまった」

神戸新聞杯で2着に入ったヤマニンゼストと武豊騎手=中京競馬場(撮影・榎本雅弘) 9月25日の中京11R・第70回神戸新聞杯(3歳オープン、GⅡ、芝2200メートル、馬齢、17頭立て、1着賞金=5400万円)は、鮫島克駿騎手の5番人気ジャスティンパレス(牡、栗東・杉山晴紀厩舎)が好位から突き抜けて重賞初制覇を飾った。タイムは2分11秒1(良)。 武豊騎手のヤマニンゼストが12番人気の低評価を覆す好走を見せた。道中は後方のインでじっくりと脚を溜めると、直線でも馬群の内から鋭く伸びて2着。先に抜け出した勝ち馬には3馬身半突き放されたものの、菊花賞(10月23日、阪神、GⅠ、芝3000メートル)の優先出走権を得た。 ◆武豊騎手(2着 ヤマニンゼスト)「決め打ちだったけどね。内でじっとして直線勝負に、うまくはまった」 Read more »

榊原CEO「ごぼうの党」代表が花束を落とした件を謝罪「品性下劣な男をリングにあげたことを…」

謝罪する榊原CEO(撮影・島崎忠彦)  ◇超RIZIN フロイド・メイウェザーー朝倉未来(2022年9月25日 さいたまスーパーアリーナ)  総合格闘技イベント「RIZIN.38」が25日にさいたまスーパーアリーナで開催された。榊原CEOが同日の「超RIZIN」で元5階級制覇王者フロイド・メイウェザー(45=米国)への花束贈呈の場面で「ごぼうの党」の奥野卓志代表(48)が花束を渡さずリングに落としたことについて謝罪した。  第4試合終了後にリングにあがった榊原CEO。「フロイド・メイウェザーと朝倉未来戦の冒頭に本当に情けない行為を働いた人間がいます。リングの中は神聖な場所だし、命をかけて戦う選手たちにどちらのファンだとか関係なく、礼節をもって対応するべきだと思っています」と怒りを言葉にした。  「品性下劣な男をリングにあげたことをこの場を借りてお詫びします。申し訳ありませんでした」と頭を下げた。  さらに「悔しいです。残念ながら世界中で流れてるので、日本人の恥をさらしたことが悔しい。今後はこういうことがないように全力でやります。許してください!すいません」と再び頭を下げた。  メインイベント直前の花束贈呈のシーン。朝倉未来(トライフォース赤坂)にはラッパー・Zeebraが渡したが、その直後に“騒動”が起きた。袴姿で現れた奥野代表だったが、花束を渡す素振りを見せるも、それをリング上に落とした。そのまま花束を渡さず、会場は一時騒然となったが、メイウェザーは動じることなく拾い上げ、セコンドに渡した。  この行為にネット上では「失礼すぎる」「さすがにリスペクトが無さすぎじゃないか」「水差さないで欲しい」「礼儀を重んじろや」「花くらいちゃんと渡そうや」「これはやっちゃダメだろ」「朝倉未来選手にも失礼です」「ほんま何しに来たんって感じやな」「それは違うよ!ダメ絶対!!」と批判の声が殺到している。 Read more »

【凱旋門賞】Mデムーロ騎手の渡航理由が「凱旋門賞騎乗」から「競馬騎乗」に変更

ミルコ・デムーロ騎手  JRAは9月25日、海外渡航届(10月1~6日)を提出しているミルコ・デムーロ騎手=栗東・フリー=の渡航理由が「凱旋門賞騎乗のため」から「競馬騎乗のため」に変更になったことを発表した。  この日、中京競馬場で騎乗した同騎手は「(凱旋門賞で騎乗する可能性があった馬が)別のジョッキーが乗ることになったので。(フランスに)行くのは行きます」と説明。25日時点で現地の別のレースに騎乗する予定はないという。 Read more »

氷上のアフリカツイン、スウェーデンでのアイスライド

氷上のアフリカツイン、スウェーデンでのアイスライド ホンダヨーロッパスペインチームライダーKirian Mirabet(キリアン・ミラべ)の公式Youtubeに、今年1月にスウェーデンで行ったアイスライドの映像がアップされています。COVIDの関係で入国に手間取ったりしたようですが、現地のDUNLOPがキリアンのために特別な氷上用タイヤを用意してくれています。 CRF1100L Africa Twin車種カタログ Read more »

豪快な大渦に歓声!「秋の大潮のシーズン」迎える鳴門海峡 多くの観光客でにぎわう

 徳島県の鳴門海峡では秋の大潮のシーズンを迎え、渦潮を一目見ようと大勢の観光客でにぎわっています。  台風15号が過ぎ、青空が広がった鳴門海峡。3連休最終日の9月25日、間近で渦潮を見ようと全国から多くの観光客が訪れました。鳴門海峡の渦潮は潮の干満差などで生まれ、特に春と秋の大潮の時期は幅20mほどにもなる大きな渦ができることで知られています。訪れた親子連れらは次々に現れる豪快な大渦に歓声を上げていました。  (観光客)  「きれいだった。(Qどんな感じだったかな?)「グルグルグルって感じだった」  「大自然ってすごいですね。初めて見て、感動しました」  秋の大潮の渦潮は9月いっぱい楽しめるということです。 Read more »

【超RIZIN】メイウェザー、本気にさせた朝倉未来を称賛「未来に拍手を送ってください」

勝利したフロイド・メイウェザー【写真:山口比佐夫】 メインイベント 格闘技イベント「The Battle Cats presents 超RIZIN」(9月25日・さいたまスーパーアリーナ=ABEMAで全試合完全生中継)第4試合、RIZINスタンディングバウトルール:3分×3R メインイベントでは“路上の伝説”朝倉未来(トライフォース赤坂)が“マネー”フロイド・メイウェザー(米国)に2R・TKOで敗れた。ボクシングで50戦全勝、史上初めて無敗のまま5階級制覇を成し遂げたレジェンドを相手に奇跡を起こすことはできなかった。メイウェザーは試合後のマイクで、未来を称賛した。 メイウェザーは未来のパンチを被弾。途中からガードを上げ、たくみなフェイントも織り交ぜながらガードする展開。要所でパンチをたたきこみ、着実に未来にダメージを蓄積させていった。 最後はカウンター気味の右ストレートを打ち抜き、未来を沈めた。 試合後のマイクでは「日本の皆さんに言いたい。素晴らしい国、素晴らしい会場です。未来に拍手を送ってください。とにかくRIZINありがとう、TMTのメンバーありがとう。今日も素晴らしい経験ができました。今夜はファンのみなさまに興奮できるような試合をできてうれしいです。呼んでくれてありがとう。私は戻ってきます」と敗者を称えながら、日本のファンにも感謝を口にした。ENCOUNT編集部 Read more »

米国版タマちゃんが出現 野生アザラシに地元は大盛り上がり 最後は自ら警察へ

野生のアザラシが街中に現れ、多くの人が詰めかける事態に(画像はイメージ)【写真:写真AC】 突如として多摩川に現れたアゴヒゲアザラシのタマちゃんが2002年の夏、日本中でブームになりました。当時はタマちゃんを一目見ようと、連日多くの人々が多摩川へ。現在、米国でも同じような現象が起きているようです。「地元のセレブ」と呼ばれ話題をさらっているのは、野生のハイイロアザラシ「シューベルト」くん。かわいらしい愛称はタマちゃんと同じく、現れた場所の名前にちなんでいます。1週間ほど町をにぎわせ、癒やしを与えたシューベルトくんでしたが、最後は意外な幕引きとなったようです。 ◇ ◇ ◇ シューベルトくん見たさに連日大にぎわい! アイテムも登場 米マサチューセッツ州の北東部にある小さな町、ビバリー市の池に出没したシューベルトくん。米地元紙「ボストン・グローブ」は、「アザラシのシューベルトは一週間、ビバリーのシュー池に滞在後、警察署に助けを求めてヨチヨチ歩き」との見出しで、顛末を特集しています。 ハイイロアザラシのシューベルトくんが過ごしたのは、郊外のオフィス街にある小さな「シュー池」。「まったく魅力的ではありませんが、それでもたくさんの魚がいますし、サメもいません。リラックスしながら一人になれる淡水の隠れ家です」と紹介されています。 オフィスの集まる「カニンガム・センター」で、なぜかバカンスを楽しむ野生のアザラシを見たさに、池には大勢の人が集まってきたそうです。シューベルトくんのアイスクリームから、Tシャツまで登場する人気ぶり。 オフィス街や役所の担当者が「シューベルトのパーソナルスペースと仕事の邪魔をしないでください」「アザラシに近寄らないでください」という告知を出すほど加熱していたそうです。あまりの熱狂から、役所はシューベルトくんの保護に乗り出したそうですが、ことごとく逃げられてしまいました。 帰りたくなったのか地元警察に“出頭”したシューベルトくん ところが、そんなセレブライフに疲れたのでしょうか。シューベルトくんは現地時間23日未明に池を抜け出し、ヨチヨチ歩きでオフィス街にある駐車場の横断を試みました。そして、たどり着いた先は何と地元ビバリー警察署の裏口だったそうです。同署は保護前から公式フェイスブックで、シューベルトくんを真ん中にあしらったアイコンを公開し、「シューベルトが帰りたいなら応援する」と支援を表明していました。 同署のマイケル・ブッチ氏は、シューベルトくんが“出頭”しようと、「そっちに向かっている!」とカニンガム・センターの警備係から連絡があったことを明かしています。 動物保護団体の職員や消防隊が出動し、シューベルトくんを無事保護。自然に戻す前に健康状態のチェックや治療のためにコネチカット州のミスティック水族館に一時収容されることに。 保護のために警察署まで駆けつけたというミスティック水族館副館長のサラ・カランさんは「彼はプールで居眠りして休んでます。午後にはランチも食べました」と近況報告するなど、シューベルトくんは元気な様子です。 驚きの結末に地元民も大盛り上がり 映画化や絵本化を望む声も 地元では早くも寂しい空気が流れています。シューベルトくんを保護したビバリー警察署は、「BPD(同署)に信頼を寄せてくれたシューベルトくん、ありがとう。そして、我々の友人たちは心から寂しがっているよ。この1週間、我々の町に大きな楽しみと喜びをもたらしてくれました。いつでも戻ってきてくださいね」と人気者に粋なメッセージを送っています。 投稿には、「素晴らしい物語と1頭の特別なアザラシの、何て素敵でクレイジーな結末。BPD、シューベルトの安全を見守ってくれてありがとう」「壮大な一週間の素晴らしい締めくくり。ありがとうありがとう、ビバリー警察署」「バイバイ、シューベルト! 寂しくなるけど、きっとまたどこかで会えるよ! 絵本の表紙や映画のスクリーンでもね!」など、700件を超える温かなコメントが寄せられています。 Read more »

いじられキャラの「俺っち」 が“硫酸男”に変貌するまで やることリストに「硫酸かける」白金高輪駅事件 裁判で分かった驚きの真相

いじられキャラの「俺っち」 が“硫酸男”に変貌するまで やることリストに「硫酸かける」白金高輪駅事件 裁判で分かった驚きの真相 去年8月、東京・港区の白金高輪駅の構内で、大学の後輩だった男性に硫酸をかけ、重傷を負わせた罪などに問われている花森弘卓被告(26)の初公判が20日に行われた。 【画像】都心の地下鉄の駅で起きた硫酸事件。被害者の痛々しい傷跡も・・・。事件を画像で振り返る。 小さな声で「間違いありません」 黒のジャージ姿で傍聴席に軽く会釈をして入廷した花森被告。そのがっちりとした体格は、逮捕時とはあまり変化はなかった。花森被告は、人定質問で名前を名乗ったものの、その声を聞き取ることはできず、裁判長から何度か言い直すよう促された。その後、「花森弘卓です」と口にしたが、その声も小さかった。 花森被告は2つの罪で起訴されている。1つ目は、去年4月、大学の部室において、後輩の男性(以下「Aさん」)の両腕をつかんで転倒させ、顔面を拳で1回殴った暴行罪。2つめは、白金高輪駅の構内で、Aさんとは別の後輩の男性(以下「Bさん」)に硫酸をかけて、全治3カ月のけがをさせた傷害罪だ。 裁判長から、起訴内容に間違いないかと問われた花森被告は、「間違いないです」と、これまた小さな声で答え、起訴内容を認めた。弁護人も起訴内容を認め、量刑で争う姿勢を示した。では、なぜ、花森被告は硫酸をかけるという行為にまで至ったのか。初公判で行われた検察側と弁護側の冒頭陳述などをもとに、事件の経緯を振り返りたい。 昆虫好きな少年が大学へ 1996年6月、日本人の父と中国人の母との間に中国で生まれた花森被告。2歳の時に、日本に移住し、生活を始めた。小学校ではクラスになじむことができず、「思い通りにいかないと手が出ることがあった」という。一方で勉強には熱心で、昆虫や生物が好きな少年だった。 中学生になってからは忘れ物が多く、教師から何度も注意されたが改善しなかった。また、東日本大震災の発生後、放射線などを不安に感じた母親の意向で、いったん中国に戻ったが、進学のため再び日本に戻ってきたという。 しかし、高校でもクラスになじめず、「他者の言動に過敏になり、被害妄想が見られる」こともあったという。そして琉球大学農学部に進学。1年生の時は、アルバイトをしたり、友人と一緒に昆虫を採りに行くなどして穏やかに過ごしていた。 「いじられキャラ」と母の病死 花森被告は、大学2年になると、映画研究会に入会。この時の同期がAさんやBさんだった。同期ではあるものの年齢は1つ上だった花森被告。Bさんから「敬語を使った方がいいか」と聞かれたが「同期だしいいよ」と言われたので、AさんやBさんはタメ口で交流していた。 映画研究会の中で花森被告は、新入生歓迎会でトレーニングのコーチを買って出たため、「コーチ」と呼ばれたり、俺っちという口癖から「俺っち」とも呼ばれていた。いわゆる「いじられキャラ」だったそうだ。 大学2年の終わり頃、花森被告の母親がガンで病死。その後、花森被告は琉球大学を退学。実家に戻り、静岡県内の大学に編入した。父親も高校2年の時に病死していたため、実家では1人暮らしだった。実家に戻ってからは、大学の友人たちとは疎遠となっていた。 「不審者に放火される」被害妄想も そんな中、花森被告が、実家の前で、不審な男を見かけたという。そもそも、実家の中は、片付けができていない上、ガレージは開けっぱなしだった。そんな生活を見かねた叔父は、「不審者に入ってこられる。放火でもされたらどうする」などと注意したそうだ。 花森被告は、この「不審な男」を、AさんやBさんらと結びつけ、「攻撃される、放火される」などと考えるようになったという。不安に思った花森被告は、「不審な男」が誰なのか確認しようと考え、Bさんに会いに行くことにした。 LINEで「沖縄に行くので宿泊させてほしい」と連絡を取ったが、Bさんは多忙だったため断ったという。その後も連絡を取り続けたが、夜中に起こされたり、卒論で忙しかったこともあり、Bさんは、花森被告のLINEを「ブロック」したそうだ。 ”やることリスト”に「硫酸かける」 弁護側によると「被害者らに真意を確認しようとしたものの連絡が取れず、一層不安が募ることになった。このような中、2021年2月頃、被害者らからの襲撃に備えるため、インターネットで器具や材料を買い、硫酸を作り始めた」という。 一方、Aさんについては、去年4月、映画研究会の部室で再会した。花森被告は、Bさんの居場所などを聞き出そうとしたが、Aさんは取り合わなかったという。そこで花森被告は、「おまえ、1年生の時の態度悪かったよな。土下座で謝れ」などと言い暴行を加えた。これが1つめの事件である。 AさんからはBさんの所在は聞き出せなかったものの、大学のホームページなどから、Bさんの就職先を特定した花森被告。花森被告の自宅から見つかったレシートの裏には「やることリスト」が書かれていた。その一番目に書かれていたのが「硫酸をかける」だった。 被害者を追いかけ回し そして硫酸を 事件1カ月前の去年7月、花森被告はBさんと接触。BさんはAさんから暴行事件のことを聞いていたのでタクシーで逃げようとしたが、花森被告はタクシーにも乗り込んできた。花森被告は「自宅に来たか」などと聞くもBさんは否定。話をまともに取り合ってもらえなかったため、「Bさんに対する不安や恐怖感が一層高まった」(弁護側)という。 そして、事件当日、花森被告はBさんの勤務先まで行き、数時間にわたって周辺を徘徊しつつ、Bさんが出てくるのを待ち続けた。その後、退社したBさんを追いかけ、白金高輪駅の構内で硫酸をかけた。 以上が初公判で明らかになった事件の経緯だ。「攻撃されるかもしれない」という”思い込み”から、AさんやBさんに、危害を加えたとされる花森被告。弁護側は、花森被告が自閉スペクトラム症とPTSDと診断されており、これらが事件に影響したと主張した。 「いじり」も事件を誘発か ... Read more »

GK権田修一、日本代表チーム離脱を発表 アメリカ戦で背中強打、ハーフタイムで途中交代

日本代表GK権田修一【写真:Getty Images】 JFAが公式リリース、アメリカ戦で負傷か 日本サッカー協会は9月25日、GK権田修一が欧州遠征中の日本代表チームから途中離脱すると発表した。JFAによると、理由は怪我のためとされている。 権田は23日にドイツ・デュッセルドルフで行われたアメリカとの国際親善試合に先発出場。試合中、ボールをキャッチした際に背中を強打し、ハーフタイムにGKシュミット・ダニエル(シント=トロイデン)と交代していた。(FOOTBALL ZONE編集部) Read more »

【巨人】菅野智之5回途中KO「大事な試合で自分の役割が果たせなくて申し訳ない」

пјњдё­ж—ҐпјЌе·Ёдєєпјћв—‡25ж—Ґв—‡гѓђгѓігѓ†гѓЄгѓігѓ‰гѓјгѓ 自身3連勝中だった巨人菅野智之投手(32)が、5回途中で降板した。 ■好相性のマウンドだったが… 菅野は本来の球威がなく、2回には2死から下位打線に3連打を浴びて1失点。3回には木下に適時二塁打を浴びて2失点目。5回1死三塁で阿部に中前適時打で3失点目を喫すると、原監督から交代を告げられた。菅野はバンテリンドームで通算10勝1敗で最後の黒星は14年7月25日、この試合前まで7連勝中と好相性だった。だが、この日は4回1/3を69球、8安打4失点と打ち込まれた。「大事な試合で自分の役割が果たせなくて申し訳ないです」とコメントした。 ■バトンを託された2番手畠だったが… 0ー3となって2番手で登板した畠世周投手(28)だったが、中日打線の勢いを止められなかった。ビシエドには右中間への二塁打で1死二、三塁とし、木下に左前に2点適時打を食らうと、わずか7球で降板した。 中日対巨人 5回裏途中、降板する畠(左)を迎える菅野(撮影・狩俣裕三) Read more »

男子マラソンでキプチョゲが世界新

 【ベルリン共同】ベルリン・マラソンは25日、ベルリンで行われ、男子のエリウド・キプチョゲ(ケニア)が速報タイムで世界新記録となる2時間1分9秒をマークして優勝した。2018年のこの大会で自身が出した記録を更新した。 Read more »

元中日・山崎武司さんが5位 2年ぶり表彰台ならず「次の鈴鹿で巻き返したい」【GR86/BRZカップ第3戦】

山崎武司さん ◇25日 GR86/BRZカップ第3戦(北海道・十勝スピードウェイ)  元中日ドラゴンズ内野手の山崎武司さん(53)は25日、アマチュア向けのクラブマンシリーズ第3戦決勝に出場し、5位でゴール。2年ぶりの表彰台獲得はならなかった。  ウエットコンディションのなか2番グリッドの好位置からスタートを切ったが、1周目にコース外に押し出されて順位を下げた。  昨季までは上級のエキスパートと、自身が参加していたオープンの2クラスに分かれていたが、今季から統合されてハイレベルな激戦に。「難しい。上には上がいる。次の鈴鹿(10月30日決勝)で巻き返したい」と悔しさをにじませた。  十勝大会では2019年、20年と3位に入り、得意にしていた。 Read more »

「ブレイブルー」の“生みの親”森利道氏、20年間務めたアークシステムワークスを退社「人生の宝」

森利道氏がツイッターでアークシステムワークス退社を報告【画像:ツイッター(@zatuyoP)より】 今後も「何かしらの形でユーザーの皆様にゲームをお届け出来れば」 格闘ゲーム「BLAZBLUE」(ブレイブルー)シリーズの“生みの親”として知られる森利道氏が25日、自身のツイッターを更新。同ゲームの開発元であり、自身が取締役を務めていたアークシステムワークス株式会社を退社したことを明かした。 「私、森利道は長年お世話になりましたアークシステムワークスを退社いたしました」と報告。「ピックパックという会社でギルティギア Xの開発に携わらせていただいた事がきっかけで、アークシステムワークスに入社し、多数の格闘ゲームの開発を経て、私の代表作であるブレイブルーを開発させて頂いた事、そして多くのユーザー様と関係を持たせて頂いた事など、アークシステムワークスに入社してから約20年間の多くの経験は、私の人生の宝です」と振り返った。 続けて、「アークシステムワークススタッフの皆様、お世話になった関係者の方々、そして私を応援してくださったユーザーの皆様には感謝の気持ちしかありません。本当に、本当に、ありがとうございました」と会社スタッフやユーザーへの思いを語った。 また、アークシステムワークスを退社することについて、「特にブレイブルーユーザーの皆様には不安な気持ちにさせてしまうかもしれません。この点につきましては誠に申し訳ありません」と謝罪。今後については「何かしらの形でユーザーの皆様にゲームをお届け出来れば」と明かし、「それに尽力する思いですので、何卒応援の程よろしくお願いします」とメッセージを送った。ENCOUNT編集部 Read more »

【神戸新聞杯】1番人気パラレルヴィジョンは7着 ルメール「重たかったし、もっと広いコースの方がいい」

9月25日の中京11R・第70回神戸新聞杯(3歳オープン、GⅡ、芝2200メートル、馬齢、17頭立て、1着賞金=5400万円)は、鮫島克駿騎手の5番人気ジャスティンパレス(牡、栗東・杉山晴紀厩舎)が好位から突き抜けて重賞初制覇を飾った。タイムは2分11秒1(良)。 デビューから2戦2勝の成績で1番人気に支持されたパラレルヴィジョンは、道中は中団から後方馬群を追走。直線での末脚勝負にかけるも、進路がふさがる場面もあり伸び切れないまま7着に敗れた。 ◆C・ルメール騎手(7着 パラレルヴィジョン)「重たかったし、もっと広いコースの方がいい」 Read more »

RIZIN花束炎上 420万円で「売名テロ」「炎上商法」批判も 「ごぼうの党」知名度暴発トレンド

花束贈呈でメイウェザーに手渡す花束を投げ捨てる奥野氏(撮影・高石航平)  25日午後、ネット上では政治団体「ごぼうの党」の名前がツイッターのトレンドワード1位となり、「花束投げ捨て」「花束捨てた」などのワードもトレンド入りした。  同日に行われた「超RIZIN/RIZIN.38」で、フロイド・メイウェザー(45)と朝倉未来(30)の試合前に、デジタルチケットを420万円で購入してメイウェザーへの花束贈呈役を務めた政治団体「ごぼうの党」の奧野卓志代表が、メイウェザーの目の前で花束をリングに投げ捨てた。  これがネット上で批判、抗議などが殺到する大炎上に発展。「ごぼうの党」のツイッターだけでも約3時間で約2500件のコメントが殺到し、大半が厳しい内容となっている。  「ごぼうの党」は7月の参院選前に現れ、芸能人の支持も受けて若者中心にアピール活動を行ったが、あらゆる意味で結党後最大の炎上劇で、少なくとも知名度は上昇した格好。ネット上は「炎上商法」「420万円で購入し スゴい宣伝効果だなw」「売名テロ」「20万円でこれだけ売名出来れば安いものか」との指摘も投稿されている。 Read more »

ハリーとハーマイオニーの出会いやルーピン先生VSディメンターなどハリポタの名シーンをレゴ ブロックセット「ホグワーツ特急 コレクターズエディション」で完全再現してみた

5129個のレゴ®ブロックを組み合わせてハリー・ポッターに登場する「ホグワーツ特急」を組み立てられるキットが「ホグワーツ特急 コレクターズエディション」です。そんな「ホグワーツ特急 コレクターズエディション」が編集部にやってきたので、機関車の作成や線路&炭水車の作成に続いて、ミニフィギュアや小物を並べて作中の名シーンを再現可能な客車を組み立ててみます。 ホグワーツ特急™-コレクターズエディション 76405 | ハリー・ポッター™ |レゴ®ストア公式オンラインショップJPで購入 https://www.lego.com/ja-jp/product/hogwarts-express-collectors-edition-76405 「ホグワーツ特急 コレクターズエディション」は、5129個のブロックを組み合わせて全長118cmのホグワーツ特急を作成できるキットです。キットの中には4冊の組み立て手順書が入っており、それぞれの手順書にしたがって「機関車」「線路&炭水車」「客車」「駅のホーム」を組み立て可能。実際に手順書に従ってリアルな車輪付の機関車を組み立てる様子は、以下の記事で確認できます。 レゴブロックでハリポタの「ホグワーツ特急」を完全再現できる「ホグワーツ特急 コレクターズエディション」で車輪付きの機関車を組み立ててみた – GIGAZINE また、以下の記事では長い線路や石炭山積みの炭水車を組み立てる様子を確認できます。 「ディメンターに襲われるハリーたち」などの名シーンを再現可能なレゴキット「ホグワーツ特急 コレクターズエディション」で石炭たっぷりの炭水車を作ってみた – GIGAZINE 今回は、3冊目の手順書に従って作中の名シーンを再現可能な客車を組み立てます。 客車の組み立てには、大量のブロックを使います。 ブロックが入った小袋には、ハリーやマルフォイ、ルーナのミニフィギュアも入っていました。 また、ネビルが飼っているヒキガエル「トレバー」や、ロンが飼っていたネズミ「スキャバース」など、ハリー・ポッターシリーズの視聴者ならニヤリとする小物がたくさん入っています。 客車を組み立てて各種ミニフィギュアや百味ビーンズ、蛙チョコレートなどの小物を配置すると、「ハリー・ポッターと賢者の石」でハリーとロンがハーマイオニーと出会うシーンを再現できます。 さらに、「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」でハリーたちが吸魂鬼(ディメンター)に襲われるシーンや…… 「ハリー・ポッターと謎のプリンス」でマルフォイに石化魔法をかけられたハリーをルーナが助けるシーンも再現できます。 客車には、実際に横にスライドできる引き戸や…… 外側に開閉可能な扉も装着できます。 客車の車輪パーツはこんな感じ。 ... Read more »

勝てば優勝 ヤクルトスタメン 村上宗隆の56号は? 前日途中交代の塩見泰隆と一軍復帰青木宣親がベンチスタート

ヤクルト・村上宗隆選手(左)塩見泰隆選手(中央)青木宣親選手(右) ◇プロ野球セ・リーグ ヤクルト-DeNA(25日、神宮球場) ヤクルト-DeNAのスターティングメンバーが発表されました。 4番には56号ホームランの期待がかかる村上宗隆選手。 偉業が期待されていますが、8試合ホームランは出ていません。 また前日、初回にヒットを放ち一塁を回ったところで体勢を崩し、2回の守備からベンチに下がった塩見泰隆選手は、ベンチスタート。 さらに、この日一軍復帰した、青木宣親選手もベンチスタートとなりました。 ◇ヤクルトスタメン 1(中)山崎 2(左)宮本 3(二)山田 4(三)村上 5(一)オスナ 6(捕)中村 7(右)サンタナ 8(遊)長岡 9(投)小川 ◇DeNAスタメン 1(中)桑原 2(右)大田 3(左)佐野 4(二)牧 5(三)宮崎 6(一)ソト 7(捕)嶺井 8(遊)森 9(投)今永 Read more »

日中国交正常化 半世紀の節目祝う 岡山県華僑華人総会が大会

日中国交正常化50周年を記念して開かれた慶祝大会  29日に迎える日中国交正常化50周年を前に、岡山県華僑華人総会は25日、岡山市内で半世紀の節目を祝う慶祝大会を開き、関係者が今後も市民レベルの交流を深めることを誓った。  県内や大阪、福岡など西日本を中心としたエリアに在住する中国人ら約170人が出席。大会実行委員長を務める同総会の胡森雄副会長が「日中関係は困難な時期を迎えているが、友好関係発展のためにこれからも市民間の交流を続けていこう」とあいさつした。  功労者表彰では、1988年に中国からパンダなどを招いて「中国三大珍獣展」を開いた池田動物園(岡山市北区京山)の忠政智登士副園長に感謝状が贈呈されたほか、中国の高齢者福祉の向上などに貢献した社会福祉法人・旭川荘(同祇園)の故・江草安彦名誉理事長にも贈られ、親族が代理で受け取った。  国交正常化に尽力した吉備中央町出身の名誉県民・岡崎嘉平太氏の業績を紹介する講演などもあった。 Read more »

朝倉未来 メイウェザーは「すべてが異次元」「頭のダメージの検査をしないと」

1回、メイウェザーを攻める朝倉未来(撮影・高石航平)  「超RIZIN/RIZIN.38」(25日、さいたまスーパーアリーナ)  ボクシングに準じたルールでのエキシビションマッチ3回戦(契約体重なし)で総合格闘家の朝倉未来(30)=トライフォース赤坂=は元ボクシング世界5階級制覇王者フロイド・メイウェザー(45)=米国=に2回3分15秒TKOで敗れた。  2回終了間際にカウンターの右を浴びて立ち上がれず、キャリア初のKO負けを喫した未来。だが、鉄壁の防御を誇る相手に、2回に未来の飛び込んでの右ストレートを顔面に浴びせるなどの健闘を見せた。  インタビューでの未来はさすがに意気消沈で、まずは「悔しいですね。あと頭痛いです」と心境をポツリ。2回にヒットさせた一撃は「当たってるな、って感じ。気持ち的には手応えは乗ってきたという感じで、全然戦えると思った」という。  しかし、最後に受けたパンチは「記憶がない。何であれで倒れたのか謎でした。メチャメチャ頭が痛いんで。多分ですけど、気を抜いていたのかも知れない。1ラウンド目が様子見で終わったから、次もそんな感じかなと思ったところに急に入ってきて効いたのかなと思います。地面がゆがんでて、立ち上がろうと思っても立ち上がれなかった」と振り返った。メイウェザーについては「すごい反応速度、すべてが異次元。技術が異次元」と驚嘆した。  対戦が決まってからは、ラスベガス、ハワイ、渋谷などで会見が開かれ、試合も世界へ向けて配信された。圧倒的に不利なマッチメークではあったが「普通の人じゃできない体験をしたし、MMAの選手として成長したんで、やってよかったと思う」と受け止め、「すごくボクシングテニックが向上していると思うし、オープンフィンガー(グローブ)ならもっと(パンチが)速くなるんじゃないですか。メイウェザーとここまで戦えたのは自信になるし、MMAの選手には負けないよ、と」と、成果を口にした。  次戦についてはMMAに戻るか問われ、「まだわからない。頭のダメージがどれぐらい残っているか検査しないと」と語った。 Read more »

【阪神】平田2軍監督「1年の頑張り見て貰いたい」27日から甲子園で2位ソフトバンクと大一番

ウエスタン・リーグ連覇へ首位を走る阪神2軍は、27日から甲子園で2位ソフトバンクとの直接対決に臨む。 優勝マジックは消滅しているが阪神の最短Vは28日。優勝争いの大一番に向け、平田2軍監督は「望むところや。甲子園でできるし、ファンのみなさんに選手たちの1年の頑張りを見てもらいたい」と力を込めた。27日の先発はドラフト3位左腕の桐敷の予定。この日はソフトバンク3軍との練習試合(鳴尾浜)に6-0で快勝し、はずみをつけた。 阪神平田2軍監督(2022年9月22日撮影) Read more »

「和田義盛」鎌倉支えた男なのに北条が滅ぼした訳 「鎌倉殿の13人」の1人だった有力御家人の最期

鎌倉にある和田合戦の戦死者を葬ったと伝わる「和田塚」(写真:Photo_N/PIXTA) NHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の放送で、源氏や平氏の歴史に注目が集まっています。13人のうちの1人として登場する「和田義盛」は、源頼朝が平家打倒のために伊豆で挙兵したときから、頼朝を支えた忠臣です。ところが、鎌倉幕府2代執権である北条義時は和田義盛を滅ぼします。その背景には何があったのでしょうか。歴史学者の濱田浩一郎さんが解説します。 源頼朝の平家打倒の挙兵に参加して戦功を立てた 元久2(1205)年閏7月、江間(北条)義時は、父・北条時政を伊豆に追放し、北条家を継承した。 時政は、嫡男の北条宗時が石橋山の戦い(1180年)で戦死した後、スムーズに「次男の義時を当主に」と考えていたのではない。北条氏の苗字の地「北条」(静岡県伊豆の国市)の隣地である「江間」を義時は父から与えられていた。つまり、義時は本家である北条家から出されて江間家を継いでいた。 義時は北条家の正当な後継者ではなかったわけだが、その義時が一発逆転、北条氏の惣領となることができたのは、父を追放したからであった。 さて、北条氏は梶原景時、比企能員、畠山重忠といった有力御家人を排除、打倒してきた。では、義時が北条家を継承してから、最初に潰した大物御家人は誰であろうか。それは、和田義盛である。 和田氏は三浦氏の一族で、根拠地は相模国(神奈川県)和田であった。源頼朝の平家打倒の挙兵に参加し、戦功を立てたこともあり、侍所の別当(長官)に就任する(1180年)。 義盛はその後も、平家追討戦や奥州藤原氏討伐にも加わり、活躍。頼朝死去後は「13人の合議制」に列するまでになる。義盛自身、頼朝死後は、北条氏とともに、前述した有力御家人を打倒する側に回ってきた。 梶原景時を追い落とすときなどは、煮え切らぬ態度を示す宿老の大江広元を「景時の権威を恐れて諸将の鬱憤を隠し立てするのは、法に違えるのではないか」と叱り飛ばすほどの急先鋒であった。しかし、そんな義盛が打倒される側に回るときが来る。それが建暦3(1213)年5月に起こった「和田合戦」である。 ことの起こりは、その年の2月、鎌倉甘縄にある千葉成胤(ちば・なりたね)の邸に阿静房安念(あせいぼうあんねん)という法師が姿を現したことであった。安念は「信濃国の泉親衡(いずみ・ちかひら)は将軍実朝を廃位し、頼家の遺児・千寿丸を擁立しようとしている。併せて、義時も打倒したいから、助勢を」と成胤に告げるのだ。 不穏な誘いを成胤は蹴り、すぐさま安念を捕らえ、義時に突き出す。安念は謀反の一味を次々と自白。謀反の主体となる者は130人、それに連なる者は200人という大人数だった(『吾妻鏡』)。謀反人は次々と生け捕りになるが、そのなかに、和田義盛の子・義直と義重、甥の胤長(たねなが)が含まれていた。義盛は3月8日に、上総国から鎌倉に馳せ参じる。 そして、鎌倉幕府の3代将軍・源実朝に息子たちの赦免を願い出る。義盛のこれまでの勲功により、息子の赦免は実現する。 ところが、甥の胤長の罪は許されず、陸奥国に配流となるのであった。謀反の張本人というべき泉親衡でさえ、消息知れずで処罰されていない現状であり、他に赦免された者も大勢いる。「なぜ、胤長だけが……」と義盛の怒りと疑念は深まったに違いない。 北条義時が和田義盛を挑発 義盛の神経を逆なでする事件がさらに起こる。胤長が所有していた邸を義盛が拝領したいと願い出て、おそらく実朝の判断により、許可される。 しかし、4月2日、その邸は急に取り上げられ、義時に与えられるのだ。義時は、その邸を被官に与え、義盛の代官をも追い出してしまう。これは、北条義時による和田義盛への挑発行為と見ることができよう。 『吾妻鏡』もこの出来事により、義盛の「叛逆の心はいよいよ止めることができなくなった」と記している。 4月27日には、将軍実朝の使者が義盛の邸に「謀反の実否」の確認をするため派遣されるほど、事態は緊迫していた。義盛は謀反を否定したが、邸内には武者が居並び、不穏な空気は流れていたという。 夜に再度、使者がやって来たときに義盛は「将軍様へは何の恨みもございません。北条義時のやり方が傍若無人なので、詳しい理由を問いただすために武装して行こうと、若者らが話し合っているようです。この義盛が何度も諫めているが、相手にされません。すでに皆、心を1つとしている。こうなってしまった以上、私の力の及ぶところではありません」と回答したといわれる。 同族の三浦義村が突如寝返った そして、5月2日、ついに和田合戦が勃発する。義盛の邸に軍兵が参集していることから、その報が次々と北条義時のもとに入ってきた。義盛に同心していたはずの三浦義村(和田義盛とは同族で従兄弟)からも義盛蜂起の知らせがあった。 その報を得ると、義時は驚く様子もなく、すぐさま、御所に向かう。実朝夫人や北条政子を鶴岡八幡宮の別当坊に避難させたのだ。義時が御所に向かったのは、将軍を敵方に奪われるのを防ぐためでもあろう。午後4時、義盛の軍勢が御所を襲撃。しかし、義時方の武士がよくこれを防ぐ。 午後6時、和田の軍勢は惣門を破り、南庭に乱入、御所に放火する。実朝は頼朝の墓所・法華堂に入った。和田勢が優勢に見えたが、時が経つにつれて、兵も矢も少なくなってきて、疲弊し、義盛は由比ヶ浜に退却。翌日(3日)に援軍を得て、再び攻勢をかけた。 しかし、日和見をしていた曾我・中村・二宮・河村の軍勢が、将軍実朝の命令書を頂戴したことにより、幕府軍に加勢。幕軍は勢いをつけ、和田方を圧倒し、義盛も江戸義範の家臣に討ち取られた。 合戦後、義盛らの所領は没収され、御家人に分与された。侍所別当の職は、義時が得ることになる。政所別当と侍所別当の就任。義時は幕府の2大要職を得ることになったが、それは和田義盛を滅ぼしたからこそ可能となった。ここに、義時が義盛を挑発した真因を見ることもできよう。 Read more »
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